第15話 帝王とご令嬢


 選挙期間に入り、予定通り優奈が立候補。しかし、対抗馬はそれほど多くねえだろうと思っていたんだが、意外にも優奈を含めて五人もの立候補者が名乗りを上げたってんだから驚きだ。


「うーん」

「どうした、優奈。難しい顔しやがって」

「うん? うん。だって、まさか西条さんが出てくるなんて思っていなかったから」

「なるほど」


 学園内外を問わず、絶大な人気を誇る優奈に対抗しようなんて言うバカが四人もいた事に驚きだが、その内の三人は、はっきり言って敵じゃねえんだ。

 問題は、最後の一人。

 西条さいじょう 那月なつきっつー女が出てきたっつー事だな。


「如月家の息がかかっていない、数少ない日本の大企業……〈西条電機〉のご令嬢で、現在Aランクの三位……いえ、東堂がいなくなった事で繰り上げされ、今は二位でしたね。おまけに、東堂よりも遥かに高い実力を持ち、達人様に何度も挑み、連敗を続けながらも順位を落としたことは一度もない……。なかなかに奇特な方だと記憶しています」


 さっさとAランクに上がってきた美央も交え、Aランクの教室にて会話する俺たち。

 俺に勝つ事以外眼中に無い、とまで断言しているあの西条が、何故に生徒会長なんかに立候補してきたのか。そんなモンに興味がある風には見えなかったがな。


 西条は教室に居ても独特の空気を放っていて、近寄る者は誰もいない。その上、授業が終わったらさっさと帰っちまうもんだから、放課後にダチとつるんでる、なんて姿すらも見たことがねえ。


 そんな奴が生徒会長に立候補しても、票を得られるとは思えねえが……。だが、あの女は前から目をつけていたんだよな。

 俺に負け続けながらも三位……今は二位か。そんな順位にあるっつー事は、他の奴らには全く負けずにスコアを稼ぎまくっているっつーわけだ。是非とも味方に引き込みたいんだが、あいつはいまいち、よくわかんねえんだよな……。


「西条が出てきたところで、選挙じゃ相手にならねえと思うんだが……」

「ところがどっこいです、達人様。ブレイブネットの、こちらをご覧下さい」

「あん?」


 美央が取り出したスマホの画面を見てみると、「選挙の立候補者が発表されましたが、誰に票を入れますか?」というアンケートの結果が表示されていた。

 それを見て、ビックリだ。


「わっ、すごい接戦……」

「嘘だろ、お前……」

「本当です、達人様。これは、ついさっき発表されたばかりのものですよ」


 優奈が票の大半を独占しているだろうという俺の予想は、見事に覆されていた。

 本番で逆転してもおかしくはないと思ってしまう程、優奈の得票数に、西条の得票数が迫ってやがる。

 他の候補者はまぁ、除外していいだろう。こうなると、優奈と西条の一騎打ちだな。


「まさかあの西条がここまで人気だったとは……。物好きもいたもんだ」

「あら? 達人くん、知らないの? 西条さんと言えば、ブレイブネットに専用のスレッドが立つぐらい人気があるのよ? 何でも、あの興味なさげな顔がたまらないとかなんとか」

「ドMホイホイかよ! なるほど、その発想は無かったわー……」

「彼女のファンには、ネットでは偉そうな割に現実では内気、という性格の方が非常に多く、パッと見ではとても人気があるようには思えないのですよ」

「なるほど、すげぇよくわかったわ」

「たぶん、彼女自身も自分が人気者だとは知らないんじゃないかしら。ただ、そうなるとどうして立候補してきたのか、謎が残るんだけど」


 言うなれば、優奈は表のアイドルで、西条は裏……というかネットのアイドル、というわけだ。

 さて、こりゃあ黙って見ているわけにもいかねえぞ? ひとまず、西条が生徒会長になったら、どんな政策を打ち立てるつもりなのか、聞きに行ってみるか。


「美央、西条がどこにいるかわかるか?」

「えっ」

「もちろんです。今は、旧競技場で自主トレーニングをしている頃でしょう」

「旧競技場か……。なんでまた、あんな寂れた所で」

「誰かに見られるのが嫌なのでは?」

「なるほどな、まぁそれしかねえか」


 “なんで知っているの?”と言いたげな顔をしている優奈はさておき、旧競技場か。

 その名の通り、昔使われていた競技場なんだが……。訳ありで廃棄され、その後も何故か取り壊される事なく残っている、曰く付きの場所だ。

 幽霊が出るという噂もあり、生徒達は滅多に近寄らない。肝試しとか言って遊びに行った輩が、行方不明になったりっつー事件もあったみたいだしな。


 誰にも見られずに鍛えるなら、あそこは抜群に優れたトレーニングスポットだ。


「達人くん、まさか……」

「おう。会いに行ってくらぁ」

「畏まりました。では」

「美央は優奈と一緒に選挙の対策でも考えてろ。で、俺を待たなくてもいいから、時間を見て帰れ。いいな」

「はい」

「……レイナさんはどうするの?」

「曰く付きの場所になんざ連れていけるか。さっさと帰らせるさ」

「じゃあ、こっちに協力してもらおうかな」

「それがいい。じゃあな」

「行ってらっしゃいませ」


 レイナの奴、なんとなく幽霊とか苦手そうだしな。わざわざ連れていく必要もねえだろう。

 こうして、優奈たちと別れた俺は、西条が一人寂しく自主トレをしているという、旧競技場へと向かうことになった。





 ひゅーどろどろ……と、いかにもよからぬモノが出そうな程にヤバイ雰囲気の、旧競技場へとやってきた。よくもまぁこんな所で自主トレなんざする気になったな、あの女……。


 ボロボロの通路を歩き、フィールドへたどり着くと、なるほど確かに。

 見覚えのある黒いツインテールの美少女が、刀型のグローリーを構えて立っていた。


 何やら精神を集中させているようだが、遠慮なく声をかけさせてもらう事にする。


 だが。


「……危ねぇな。何しやがる」

「それはこちらのセリフ。覗き見するなんて、変態」

「へぇへぇ、悪ぅござんしたー」


 近付いて声をかけようとした瞬間、西条が刀型のグローリーを振り抜き、俺を攻撃してきやがった。

 さすが、気付いてやがったか。


「何の用」

「うら若き乙女が一人で励んでるってんで、俺が見守ってやろうかと思ってな。こんな所じゃ、よからぬ輩に絡まれても文句は言えねえぜ?」

「そう。今まさによからぬ輩とやらに絡まれているね」

「はっ、そりゃそうだ」


 戦闘をおっ始める気は無いらしく、西条はグローリーを収めてから俺に向き直ってきた。無表情で、何を考えてんだかよぅわからんが。


「で、何の用?」

「そんなに気になるか」

「あんたがわざわざ来るなんて、どうせろくな事じゃない」

「ひでぇなオイ。俺を何だと思ってやがる」

「女と見れば見境なく囲う変態?」

「……お、おう」


 無表情で、なおかつ冷たい声色でそんな事を言ってくるもんだから、思わずたじろいじまった。

 確かに、俺の周りに居るのって女ばっかだな。それも美少女。コイツも可愛いが。


 気を取り直し、地べたに座って本題に入る。


「おま──」

「汚いよ。ここ、荒れてるから」

「アッハイ」


 怒られたので立ち上がる事にした。


「お前、生徒会長に立候補したんだってな」

「そうだね」

「とてもそんなモンに興味があるようには見えなかったんだがな。いつもいつも、俺以外眼中に無いって言ってたじゃねえか」

「あんたに勝つ事以外、ね。変な誤解を招く表現はしないで」

「うっせえ。で、何の為にだ?」

「偵察ってわけ?」

「そうだな」

「ふーん」


 いや、ふーんじゃねえよ! 何か答えろよ! やっぱり、なんかこう、やりづれぇんだよなぁ……。

 ちょっとイライラしていると、何を思ったのか突然西条がスマホを取り出した。そして、画面を操作し、俺に向けてきた。


「これ」

「……おい、コイツは……」

「うん。グゥル」

「どこで撮った?」

「父の部下のパソコンに保存してあった画像をちょろまかした。日付は、ちょうど東堂がパーシヴァルさんに負けた日」

「なんだと……じゃあ、場所はわからねえのか?」

「わかんない。でも、これを撮った人は海外出張なんて行った事無いはずだから、十中八九国内だと思う」

「そうか……」


 参ったな。グゥルめ、既にこの国に来てたってのか。俺に報告が来ていない事から考えると、美央も実家の奴らも、この情報は掴んでいないと見ていいだろう。

 西条電機か、なかなか侮れねえな。


「なんであんたに見せたかわかるよね」

「グゥルと戦う意思があるか否かの確認。いや、見せたって事は既に確信してんだな」

「うん。ブレイブ本来の敵であるグゥルを見て、尻尾を巻いて逃げ出すようなヘタレが、わたしに勝てるわけないもの」

「はっ、大した自信だ。となると……」


 つまり、こいつも俺と同じだ。

 平和ボケし、頼りにならねえ雑魚ばかりが蔓延るこの学園を改革し、近い内に起こるであろうグゥルとの戦争に備える。

 そのために生徒会長になろうって言うんだろう。


「だったらおとなしく優奈を生徒会長にしやがれ。お前は意外と人気があるから厄介なんだよ、対立されるとな」

「……柊さんね。あんたと違って、あの女がグゥルを相手にして怖じ気付かないとは限らないでしょう」

「そうかねえ」

「あんたは“帝王”。誰であろうと従え、叩き潰す、王たる者。柊さんは、ただの偶像。とてもじゃないけど、信用はできない。それに、わたしより弱い人に従う気は無いの」

「だからお前が生徒会長になろうってか」

「うん。あんたが立候補してたなら、わたしもおとなしくしてたけどね。なんで見てるだけなのよ、強いくせに」

「分かってねえな。俺は恐怖政治を是とする独裁者だが、優奈は違う。あいつなら、きちんと民衆生徒どもの心を掴み、戦士として、勇者として育て上げてみせるだろう」

「恐怖政治、ねえ」

「んだコラ」

「いや。パーシヴァルさんや柊さんの懐きっぷりから見ると、とても恐怖政治なんてものを敷く人だとは思えなくて」

「それは俺がいい男なだけさ」

「キモい」

「うるせえ」


 つまりはまぁ、目指すところは同じではあるが、優奈の事が信用できねえってわけか。なら、認めさせればいいだけの話だ。


「西条」

「何?」

「要は、優奈がお前より強けりゃ文句はねえんだな?」

「強ければね。だから言ったでしょう。あんたが立候補すればわたしは従うつもりだった」

「なら話は簡単じゃねえか。優奈とお前が試合をして、優奈が勝ちゃいい」

「……は?」

「ククク……。なんだなんだ? あんな巨乳アイドルなんかに負けるわけない、とでも言いたげだな?」

「……その通りだけど。あんた、わかってる? わたしはあんた以外の生徒に負けた事は無い」

「わかってるぜ。お前には前から目をつけていたんでな」


 優奈はこれまで何度も西条とランク戦を繰り広げているが、全戦全敗。他の奴にも言える事だが、優奈は一度も、西条に勝った事がない。

 そんな奴と今更戦えなんて言われりゃ、少々自信過剰とも取れる発言をするのも仕方ねえだろう。


「どこ見ながら言ってるのよ」

「胸」

「……変態」

「優奈の胸よりは慎ましいがな」

「うっさい! わ、わかったわよ! あんたの目の前で、あの女を叩き潰してあげる!」

「おー、こえーこえー」


 やったぜ。

 いつも無表情で人形みてぇな西条を、まんまと乗せてやったぞ。


 さーてさて、じゃあ準備を整えないとな。まずは優奈の奴に報告しなきゃいかん。



 ぷんすこ怒りながら去っていく西条の背中を見て笑いながら、俺は試合の段取りを考えていった。

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