第14話 帝王と姫と実家のルール


 如月家を後にし、レイナと共に俺の部屋で一夜を明かし、再び学園に登校する日になってしまったわけだが……。


「おーい、タツトー。起きなよー」

「……眠い」

「起きなってばー! せっかく朝ご飯作ったのに、食べ損ねちゃうよ?」


 ぐぅ、それはもったいない。ダルいし眠くて仕方ないが、起きるか……。

 ヨボヨボしながらも目を開けた俺が見たのは、隠しきれないダイナマイトボディを最大に活かした、裸エプロンのレイナでした。


「お前、なんつー格好を……」

「えへへー。昨夜密かにタツトの部屋を漁ってたら、こういう格好をしてる若い奥さんの本があったからさ。真似してみたの!」

「おまっ!?」


 見るなよ! 人のお宝を勝手に!! 眼福です、ありがとうございます!!

 ほら、おっぱいとか今にもこぼれそうじゃねえか。何か? それは俺を誘ってるのか? メイドたちに対抗心でも刺激されちまったのか?


「どう、どう? 似合う? かわいい?」

「お前、そんなに子供が欲しいのか」

「……てへ」


 ふと時間を見ると、恐ろしい程に余裕があった。コイツ、はじめからそのつもりでこんな格好しやがったな?


 この後めちゃくちゃ召し上がった。

 なんだかいつもより我が家のムスコさんが元気だった気がする。



 そんな刺激的な朝から始まった今日という日だが、またあのつまらねえ授業という苦行を乗り越えなければならん事を思うと、ちょっぴり憂鬱だ。


「在学中に子供できたらどうしよう?」

「むしろ、今後グゥルが再び侵攻してくるっつーのを考えると、さっさと作っちまった方がいいかもだぜ」

「あー、そっか。確かに、いざという時に妊婦さんだったら、戦えなくて困るもんね」

「まぁそうなると俺も実家を継がなきゃならなくなる訳だが、そこはいい。大事なのはお前の意思だ。子育てとか、どうなんだよ?」


 何せまだまだコイツはガキだし、さすがの俺も育児の経験なんてものは無い。メイドの子供をあやしたりは稀にするが、それだけだ。

 いざとなりゃババアや実家のベテランメイドたちに教わりながらやればいいが、肝心のレイナ自身が育児に自信が無いっていうんなら、それを無視するわけにもいくまい。


「大変だっていうのは知ってるけど、アタシならちょっとは経験があるから。それに、タツトとの子供、欲しいもん」

「経験?」

「うん。末の弟が最近生まれたばかりで、実家がグゥルに襲われるまで、結構アタシも世話してたんだよ。さすがにおっぱいをあげたりとかは経験無いけどさ」

「なるほどな……」


 グゥルもまぁ、クソみたいなタイミングで来やがったもんだな、そりゃあ。

 幸せ真っ盛りって時に、レイナを残して一家全滅とは、救えねえ。


 少し寂しそうに笑う彼女を見て、俺は決意を新たにした。

 必ず、グゥルどもは俺が絶滅させてやる。


「アタシよりも、タツトの方こそ大丈夫なの? なんか、赤ちゃんのお世話とか全くできなさそうなんだけど」

「俺か? ああ。そこは勉強しなくちゃな。ちょうど専属メイドの赤ん坊が居るし」

「……メイドさんにとっては、アナタとの子供は何よりの宝なんだから、邪険に扱っちゃダメだよ? そんなタツト、嫌いになるからね」

「わ、わかってるって!!」

「ならよし! 責任をもってしっかり育児に協力しないと、許さないからね? メイドさんの子供も、アタシの子供も」

「……はい」


 世のお父さん方はよく嫁の尻に敷かれるらしいが、彼らの気持ちがよく理解できてしまうわ。こりゃ、確かに逆らえん……。

 その手の本をもっと読んで、休日になったら実家に行くか。本腰入れて学ばないとダメだ。ダメなお父さんにはなりたくねえし。


 その後も延々と子供について議論を交わしていると、珍妙な顔をした優奈と出会った。相変わらず俺を待ち構えてんのか、お前。


「……あなたたち、朝からどんな話をしてるのよ……」

「ユウナ、おはよー」

「おはようさん、優奈」

「おはよう、二人とも。なんか、新婚夫婦みたいだったけど……? ま、まさか、子供ができたって言うんじゃないでしょうね!?」

「ち、違うよ! ただ、近いうちにそうなる予定だから、色々と話してただけで」

「もう!? 早すぎるわよ! どんだけスピード結婚なの!?」

「えへへ、だって、もうタツトの実家にも挨拶に行ったし。そうだ、聞いてよユウナ! タツトの家ったらすごいんだよ!? 超デカイ豪邸で、メイドさんと執事さんがめちゃくちゃ居てさ! 本邸とか別邸とかあって、そりゃもうすごいのなんのって!」

「じ、実家に挨拶ぅ!?」

「うん! 最初は驚いたけど、みんないい人たちだったよー。優しいし、色々教えてくれたし。何より、タツト大人気だったし!」

「そ、そうなの。最近の若者は進んでるわね……」

「あはは、ユウナだって最近の若者でしょ」


 ぽつんと佇む俺を他所に、レイナと優奈は談笑を始めてしまった。

 俺を待ち構えていたというより、レイナと待ち合わせをしていたかのようだ。

 ちょっぴり寂しいのは気のせいだろうか。


「ああ、眠い……」

「何よ、夜更しでもしたの? 不健康ね」

「ちげぇよ。朝からレイナに叩き起されて、運動しまくったんだよ」

「は……?」

「ちょ、タツト! 朝からユウナにその話をしたらダメだって! 刺激が強すぎるよ! 理解、できてないっぽいけど」


 寂しさのあまり、レイナと愛を深めあった反動が俺を襲い、猛烈に眠気が来た。

 授業で仮眠を取りたいところだが、それは優奈さんが許してくれない。無念だ。故に、こうしておちょくるぐらいは許されてもいいはずだと思うんだよ、俺は。


 そして、ようやく理解できた様子の優奈が、みるみるうちに顔を赤くしていく。


「な、ななな……何してるのよ!? 朝から、そんな……」

「早くタツトとの子供が欲しいんだもん。いつ、何が起こるかもわからないし、今を全力で生きなきゃ損だよ?」

「で、でも、朝からなんて、ハレンチな……」

「……ユウナなら、タツトの奥さん同士になっても仲良くできそうなのになー」

「はぁっ!? わ、私が、達人くんの!? な、何を言っているのよあなたは!」

「誤魔化しちゃダメだよ。そんなだから、ぽっと出のアタシに取られちゃうんだよ?」

「うっ……」


 どうやら、優奈なら俺の嫁二号になってもいいらしい。当然レイナが正妻で、優奈は愛人というか、側室になるわけだが。

 けどなー。絶対ジジイとソリが合わないと思うんだよなぁ。


「あー、そのぐらいにしておけよ、レイナ」

「えー? だって……」

「ウチで散々話したからわかんだろ。ジジイが、ほら」

「あー……でも、まだ会ってもいないのに、どうなるかなんて分からないじゃん」

「甘い、甘々だぜ。あのジジイは本当に頭がイカレてやがるのさ。合わない奴は問答無用で消される。例えそれが俺の連れだとしてもな」

「むー……そうかなぁ……」


 まだ如月家の、あのジジイの恐ろしさを知らないからそう言えるんだ。

 孫相手ですら容赦なく別邸に追放するような奴だぞ? 女相手だろうと手を抜くような男じゃねえんだよ、アレは。


 レイナと二人でそんな事を話していると、優奈が何やら首を傾げていた。

 まぁ、コイツも他の生徒達も、如月家のどす黒さなんざ全く知らんだろうしな。

 何せ、俺が家に招いた同年代の人間はレイナが初めてだし。


「二人とも、何の話?」

「何でもねえさ。それよりさっさと行こうぜ。遅刻しちまうぞ?」

「わっ、それはダメね! 急がないと!」


 ま、実家……っつーよりジジイの古臭い考えなんざ、俺が近いうちに変えてやる。それまで、下手に優奈を家に関わらせる事はやめておいた方がいいだろう。

 スマホの時計を見て焦った様子の優奈を笑いつつ、学園へと歩く。


 さて。

 東堂もいなくなった事だし、そろそろ次の生徒会長を決めるための選挙が行われる頃だ。

 特に何もしなくても大丈夫そうだが、一応選挙演説やらの準備をしておかねえとな。


「タツト。着いちゃうね」

「ああ」

「やっぱり、寂しいなぁ」

「お前ならすぐにAランクまで来れるだろ。もう少しの辛抱さ」

「うん……」

「それに、生徒会の活動もする事になるんだからな。もちろん、優奈が当選すればの話だが」

「そうだね。ねぇ、キスして」

「……人目を全く気にしない子ですねえ」

「えへへー」


 優奈は先に校舎へと入っていったから今はいねえが、その他の生徒たちは普通にいる。その中で、せがむレイナと熱い口づけを交わし、一時の別れを告げる。


「またな」

「……うん、またね」


 まぁ、すぐにまた顔を合わせるんですがね。

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