第11話 帝王の城
木々が並ぶ道の中を、黒いリムジンが走る。当然我が如月家の者が運転手であり、如月家の詳しい場所はよほどの要人か一族の関係者ぐらいしか知ることは無い。
「わー、これ、どこまで行くの?」
「もうちょい先だ。ちなみに、既に俺んちの敷地内だぞ」
「へっ!?」
しかし、レイナは特に目隠しなどをする事も無く、普通にここまでの道を見せている。まぁ問題は無いだろう。
「坊ちゃん。パーシヴァル様。着きましてでございます」
「ご苦労」
「えっ、着いたって……」
運転手は後部座席のドアを開け、出てきた俺とレイナに対し深々と一礼した後、リムジンと共に消えていった。
二人きりになった事で緊張の糸が切れたのか、しきりにあたりを見回すレイナ。
「えっ、何も無いよね……?」
「もうちょい歩くぞ。あの運転手は、本邸には入れねえんだ」
「ナニソレ!?」
如月家には無数の執事とメイドが居るが、その中でも一族の人間が住む本邸に近寄れるのは、一握りのエリートのみ。
それ以外の者は、能力不足により本邸を追放された、“元如月一族”の落ちこぼれたちの世話をしている。
なので、俺には兄妹が居るが、居ないとも言える。一応、本邸に残る事を許された妹が一人だけ居るが。それ以外は全員別邸へ追放されたってわけだ。
そんな事を、歩きながらレイナに説明してやると、割とドン引きしたようだった。
「な、なんというか、その……」
「笑えるだろ。選民思想というか、なんというか。良くも悪くも能力至上主義なのさ。ああ、能力が高くても性格が歪んでる奴は、事故を装って始末されてたっけな」
「えぇ……ブラックすぎ……」
俺の両親だって、果たして本当に事故で死んだのか怪しいもんだ。
子を育てる資格無しと判断されて、ジジイに始末された可能性の方が高い。
「じゃあ、その……もしかしたら、タツトも殺されるかもしれないって、事?」
「いいや? 俺は強くなりすぎたからな。もうあのジジイでも手出しはできねえさ。俺の周りの人間にも手出しはさせねえしな」
「そ、そっか!」
こんな魔境にレイナを連れてくるのはどうかと思ったが、俺についてくるなら遅かれ早かれ知ることだ。とっとと済ませておいた方がいいだろう。
そういう意味では、まず優奈は無理だな。俺の実家と相容れるわけがない。
そして、ふと何かに気付いた様子のレイナが、こんな質問をぶつけてきた。
「ねえ」
「あ?」
「もしかして、ミオも暗殺者……?」
「ああ、そうだな。うちのメイドと執事は、全員が暗殺者だ。よくある話だろ」
「えーっ!? そ、そうなの!?」
ターゲットに気付かれない内に暗殺する技能と、ターゲットに気付かれてしまっても難なく始末できるだけの戦闘能力を併せ持つスーパーメイドとスーパー執事たちだ。
当然、美央だって例外ではない。むしろ、その中でも優秀だからこそ俺の専属に任命されているんだ。
レイナと黒ヶ崎が親戚同士だと聞いて驚いていたが、あれも本当なんだか演技なんだかわからん。
そして、ようやく屋敷が見えてきた。
「「お帰りなさいませ、達人坊ちゃん!」」
「……すごっ」
「ああ、ただいま」
馬鹿でかい屋敷と、それに続く通路にビッシリと並んだメイド&執事たち。
奴らが全員暗殺者だと教えた事もあり、レイナは完全にビビっていた。
「こ、この人たち全員が……」
「安心しろ。何かがあっても俺なら全員この場で殺せるし、そもそも俺の意に反するような真似をするバカなら、とっくに死んでる」
「ブラックすぎるよアナタの実家ぁ!!」
ハッハッハッ、自覚してらぁ。
さて、行くか。
ニコニコと微笑みながらも、凶器を隠し持つメイド&執事たちをちらちら見ながら、しっかりと俺の服を掴んでついてくるレイナ。
そして入口の前に、一人の女が立っていた。
「お帰りなさいませ、達人様」
「ただいま、美和ちゃん。今日も綺麗だな」
「うふふ、ありがとうございます。そちらの方は、達人様の……」
「ああ。丁重に扱ってくれ。失礼をするバカがいたら消していい」
「畏まりました」
美央の姉貴であり、うちの使用人たちを取りまとめる家令を務める絶世の美女だ。
俺に、性教育を直接施した人でもある。
「タツト、この人は……?」
「俺んちの使用人たちの長であり、お前もよく知る美央の実の姉だ。俺の専属メイドの一人でもある」
「えっ、ミオのお姉さん!?」
「初めまして。恋堂 美和と申します。長いお付き合いになるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。何か不都合がありましたら遠慮なくお申し付けください」
ぺこりと綺麗なお辞儀を披露する美和ちゃん。
最初は美和ちゃんも学園についてくる予定だったのだが、美央を鍛える意味を込めて、あえてサポートに回ってもらったんだ。
「は、初めまして! レイナ・パーシヴァルですっ! えっと、その、まだタツト……くんとは知り合って間もないんですけど、世界一大好きです! あっ、いつも妹さんにはお世話になっています!」
「パーシヴァル……イギリスの名門ですね。なるほど。達人様の事、どうかよろしくお願いしますね。こう見えて意外と抜けているところもあるので」
「うるせー。一言余計だっつーの」
「うふふ、失礼致しました。妹は、何か妙な失敗をやらかしてはいませんか? 心配で心配で……」
「大丈夫ですっ! ミオにはほんと、いつもお世話になってます! もう、頼りになるお姉さんって感じで」
「あの子が、お姉さん……うふふ、ちょっと見てみたいですね」
「だー、いいからさっさと入れてくれよ」
「失礼致しました」
割とのんびり屋なところもある美和ちゃんが、ちゃんと家令なんてやれてるのが不思議でならない。
そしてようやく巨大な扉が開き、本邸へと足を踏み入れた。
尚、美央は何かあった時の連絡係として、学生寮に残してきている。なので、今回は美和ちゃんが俺の後についてくることになる。
やたらとだだっ広い屋敷を歩き、真っ直ぐに奥へと進む。
とっととジジイに説明して休みてぇ。
「よぉ、ジジイ。俺だ」
「……達人か。入りなさい」
あまりにもあんまりな俺の言葉に、美和ちゃんとレイナが顔を見合わせて苦笑いしているのがわかる。今更畏まってたら気持ち悪いだろうが。
やたらと荘厳な大扉を開けると、馬鹿でかいソファーに座った、仙人のように白い髪を伸ばしたジジイと、パッと見レイナと同い年にしか思えない若作りなババアが居た。
「よぉ帰ってきたな、達人や」
「おかえり、達人。こんなクソジジイの用件なんてさっさと済ませて、ゆっくりするとええぞー」
「婆さんや、酷くないか」
「ふんっ」
主にババアの容姿を見て驚いているのだろう、レイナがしきりに俺をつついてくる。
「た、タツト? あの女の子が、おばあさんなの?」
「ああ。あー見えて歳は──」
「達人? 何か言ったか?」
「何でもないですおばあちゃん」
黒い部分を担っているのはジジイだが、一族に恐れられているのは、むしろあのババアの方だ。
科学の力だかなんだか知らねーが、“老い”っつーもんをガン無視してやがる上に、ブレイブ相手ですら瞬殺する凶悪な兵器を常に持ち歩いているからな。
あの、床に置いてある黒い棺がそうだ。
「気をつけろよ、レイナ。絶対にババアの機嫌は損ねるな。お前程度じゃマッハで殺されるからな」
「わ、わかった」
小声で会話している俺とレイナに気付いているのかいないのか、ババアはジジイを蹴ってからさっさと部屋を出ていった。もちろん例の黒い棺を担いで。
俺達が入ってきたところとは別に、緊急避難用の隠し通路が無数にあるんだ。この家にはな。別邸には無い。
「まったく、婆さんの乱暴さにも困ったもんじゃ」
「ああ、まったくだな」
「じゃがそこがいい」
「それは同意しかねる」
「ちっ」
「舌打ちしてんなよ」
厄介なババアが去ったことにより、空気が幾分か和らぐ。
まぁ、あのババアも割と俺には優しいんだがな。
何だかんだ言って、昔は色々と可愛がってもらったもんだ。たぶん俺の性格はババア譲りだろう。
さて。
「で、じゃ。お主、何のつもりだ?」
「学園で色々やってる事か」
「そうだ。それに、その娘っ子。パーシヴァルと言えば、イギリスの名門ではないか。何やら、消えちまったらしいがの」
「話が早くて何より。その、こいつの実家が消えちまったのは、グゥルに喰われちまったからなんだよ。だから、跡形もなく消え去った」
「……グゥル、じゃと?」
グゥルの名を聞き、途端に雰囲気が変わるジジイ。
いや、如月 平八。
「そうか、奴らがまた現れたのか」
「証拠はねえがな。こいつの言葉によると、ってだけだ」
「お前が認めた相手なら、充分だろう。なるほど、それで学園の改革に乗り出したというわけか」
「そういうこった。いざと言う時に役立たずしかいねえんじゃ困るんでな」
「そうだな。よかろう、儂も全面的に支援してやる。婆さんにも力を貸すように言っておく」
「サンキュー、ジジイ」
「当然じゃ。というか、そもそもお主はもうすぐにこの家を継いでもええんじゃぞ。それだけの実績はある。強さもある。納得しないバカは消せばいい」
「御生憎様、もう少しだけ自由に生きたいんでね。ああ、こいつ俺の嫁にするから」
「そうか。いいんじゃねーかな」
「相変わらず軽いなジジイ」
「ほっほっほっ」
何があったのかは知らねえが、ジジイもババアもグゥルを異様に憎んでいる。それが再び現れたとなれば、前線に出て戦う予定の俺に力を貸すのは当たり前の話だ。
あー、でも。たぶんババアも前線に出てくるんだろうな……。
こうして、ジジイとの話はあっという間に終わった。
わざわざ呼ぶ必要があったのか、小一時間問い詰めたい。
孫の顔が見たかった、とかそんな理由なんだろうけどな。
「それじゃ、適当に休ませてもらうぜ」
「おう、そうせぃ。この家はお前の城なんじゃからな。ああ、メイドを孕ますのも程々にのう」
「えっ? タツト……」
「うふふ」
「おまっ、ジジイ!! てめーぶっ殺すぞ!! 余計なこと言うんじゃねえ!」
「ほっほほーい。儂、知らんもんねー。お主がまいた種はお主でなんとかせい!」
「ジジィィィィ!!」
野郎、最後の最後に爆弾発言していきやがった。
見ろ、レイナの顔が般若みたくなってるじゃねえか……。
ああ、美和ちゃん。笑ってないで止めて? 腹をさすらないでいいから!
「タツトぉぉぉぉ!! 説明しなさーい!」
「ぬおぉぉぉぉおぉ!! ジジイ、絶対いつかぶっ殺ぉぉぉす……!!」
悪鬼羅刹のごとき表情で迫り来るレイナから、必死の思いで逃げる俺。
頬を染めながら腹をさすり続ける美和ちゃん。
俺が帰った如月家は、今日も騒がしい。
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