第10話 帝王、偽王子を誘う


 レイナが東堂を倒してから一週間。

 Aランクの二位相手という事もあり、あのダービー戦で得たスコアは凄まじいものだった。加えて、ほんの僅かに残っていた東堂派の連中をことごとく返り討ちにした結果、学園のお偉いさんが太鼓判を押し、今やレイナはDを飛び越えてCランクである。


 あまりにも突拍子もない大躍進に見えるが、東堂派の連中はほとんどがAランク、Bランクであった事が大きい。

 そして、優奈は相変わらず圧倒的な勝利を収め続けており、数々の悪行が明るみに出た……というか被害者たちが告発した事により、もはや東堂のバカは学園中の嫌われ者だ。東堂派の生徒たちも、騙された、知らなかった、なんて言い張っているが、彼女らを見る他の生徒たちの視線は冷たい。


「……こんなはずじゃ……」

「よぉーぅ、東堂」

「……! 如月……」

「おいおい、いつものエセ王子っぷりはどうしたよ」

「はっ、そんなもの、とっくに意味を失ったよ。今や僕はただの厄介者扱いさ」


 この学園において人通りの少ないとある通路にて、見る影もなくガリガリに痩せこけた東堂を見つけ、声をかけてみた。

 かなり精神的に参っているようだし、万が一自殺なんかされちゃ寝覚めが悪い。一応フォローはしておくか。


「いつまでもてめーが強者でいられるなんて、甘い考えに浸ってた代償だな」

「そう、なんだろうね。忘れていたよ、僕は。子供の頃、純粋に強いブレイブになりたいと願っていた、あの時の思いを」

「ハッハッハッ、今更気付いたか」

「ははっ、そうだね。今更、だ」


 さて。どうやらこの一週間でコイツも色々と考えたらしい。

 曲がりなりにもAランクの二位にまで上り詰めた男だ。純粋な気持ちだって、持っていて当然だろう。ただ、生徒会長という椅子、強者という優越感に犯され、思考回路がゲスな方向に傾いていただけだ。


 窓際に腰掛け、ふと考える。


「てめーの人気は、あっという間に落ちぶれた。今やただのド変態クソ野郎扱い。だが、そこから巻き返す事だって不可能じゃねえ」

「そうだろうか。パーシヴァル嬢に完敗して、悟ったよ。僕に才能は無い」

「どうだかな。一応、俺の次に強かった男だろ、てめーは」

「…………」


 いけ好かない野郎ではあったが、コイツが何の才能もないとすると、他の奴らはどうなるって話だ。

 今回レイナに負けたのは、単純に努力を怠っていたからだ。


「てめーは、負け犬か? このまま黙って引き下がる、本物のクズ野郎か? ……純粋に、勝ちたいとは思わねえか」

「……まったく、君はどっちなんだい。僕を引き摺り下ろしたいのか、救いたいのか」

「戦力は多い方がいい。何せ、レイナの実家はグゥルに喰われたっていうんだからな」

「……なんだって?」


 今回はこんな手段に出たが、本来なら人間同士で争っている場合じゃねえ。さっさと一致団結し、互いに切磋琢磨し、そう遠くないうちに起こるだろう、グゥルどもとの二度目の戦争に備えなきゃならねえんだ。


「それは、本当なのかい?」

「本人から聞いた話だ。信憑性は高い」

「そう、なのか。グゥルが……。そうか、だから君は今回こんな強引な手に出たんだね。現状に甘んじる学園を変えるため、まずは僕という旗印を……」

「そういうこったな。ま、これは近いうちに発表する予定だ。いざ戦争となった時に、味方が平和ボケした雑魚どもばかりじゃ困るんだよ」

「となると、君が新しい生徒会長に?」

「冗談。そんなモン向いてねえよ。生徒会長になるのは優奈だ」

「ああ、柊さんか。確かに、彼女なら皆もついていくだろうね」


 グゥルがまたやってくると聞き、死んでいた東堂の目に、光が灯る。

 いいぜ。忘れていた真のブレイブとしての根が、表面に出てきたようだ。


「そうなると、僕に出来ることは……」

「表立って活躍する事は難しいな。てめーがやらかしてきた事を表に出した以上、誰もてめーを信用しやしねえ」

「だろうね。今では何故あんな事をしたのかと、自分を問い詰めたくなるよ」


 東堂の一人軍隊ワンマンアーミーは、鍛えようによっちゃかなり有用な能力だ。仮にコイツが今の何倍も強くなれば、レイナだって倒せるだろう。

 それに、グゥルどもにコピー体をぶつけ、情報収集役を任せることも出来る。


 コイツの被害者たちは納得しねえだろうが、文句は言わせねえ。

 これは、人類全体のための戦いだ。


「東堂」

「なんだい?」

「俺の実家で、鍛えてみるか? ただし、地獄の猛特訓が待っているがな」

「……僕は、強くなれる、のか? 皆の、役に立てるのか?」

「そいつはお前次第だ」


 元殺し屋集団にして、人類きっての科学者集団。

 グローリーの開発グループのリーダー、如月きさらぎ 平八へいはち……つまり俺の爺さんを擁する、戦闘集団。

 そして、日本中の大企業たちを裏で牛耳る、世界でも有数の名門一族。


 それが、俺の実家。如月家だ。


「ああ、言っておくが……」

「ん?」

「死んでも文句は言うなよ」

「……そんなにキツイのか……」

「それと、メイドに手は出すなよ。あれは全部俺のもんだ」

「君も僕と同じド変態だよね」

「はっ、違いねえ」


 憑き物が取れたような、晴れやかな笑みを浮かべる東堂。

 その笑みが、死んだ笑い顔にならない事を祈るぜ。

 たぶんてめーが今想像してるよりキツイぞ。何せ、跡取りの俺ですら幾度となく殺されかけたんだからな。あのジジイは頭がおかしいとしか言いようがねえ。


「そうなると、この学園からは退学することになるか……」

「だなぁ。代わりに、俺の執事にされるんじゃねえかな。よかったじゃねえか、美央と同じポジションになれるぞ」

「ははっ、君が僕の主人になるのか」

「ああ。既にてめーの実家には交渉役が向かってるはずだぜ。交渉というか、脅しだが」

「……ヤクザか何かかい? 君の実家は……」

「それよりタチが悪いな」

「なんだか怖くなってきたよ」

「諦めな」

「はぁ……これも怠けていたツケか……」


 まぁ、別に死人は出やしねえよ。さすがにそこまでしちゃ外聞が悪い。

 死んだ方がマシだと思っちまうような事は、あるかもしれねえが。俺しーらね。


 用意しておいた紹介状を東堂に投げ渡し、さっさと消えるように命じる。

 時間はあまり多いとは言えねえからな。

 グゥルが表立って活動し始めるまで、あとどれぐらいの猶予があるのか……。


 しっかし、俺も呼び出されるんだろうなあ。あーあ、面倒くせぇ。レイナでも連れていくかぁ。


「如月」

「なんだ」

「ありがとう。やれるだけの事はやってみようと思う」

「はっ、てめーを蹴落とした相手に礼を言うなんざ、おかしな野郎だ」

「そうだね。しかし、柊さんといい、パーシヴァル嬢といい……どうやって手篭めにしたんだい?」

「馬鹿野郎、抱いたのはレイナだけだ。優奈の奴とはそんな関係じゃねえよ」

「へえ、そうなのか。とっくにデキてるものだと思っていたよ。他の生徒達も同じだろうけど」

「だろうな。ブレイブネットでよく見る」

「そっか。さて、それじゃあ失礼するよ」

「おう。次会うときは俺の下僕だな」

「ま、そうなるか……。では」

「ああ」


 こうして、偽王子は優秀な執事になるため、学園を去っていった。

 奴が退学するという話が学園中に流れても、誰も気に留める様子がなかったのが、人の怖さを思い知らせる。


 これで生徒会長の座は空位。

 全ては俺の描いたシナリオ通りだ。

 悪いな、東堂。利用できるもんは片っ端から利用するのが俺って男でね。



 そして。


 案の定、実家からメールが届いた。

 “何やら派手に動き回っているようだが、何のつもりか、説明しろ”というものだ。


 仕方ねえ。

 休日になったら行ってやるか。



「そんなわけだ、レイナ。行くぞ」

「ええっ!? いきなり御両親にご挨拶!?」

「両親はとっくに死んでる。居るのは怪物じみたジジイと、やたら若作りなババアだ。あと執事とメイド」

「あっ、ごめんなさい……。そっか、タツトも、両親が……」

「気にすんな。両方ろくでなしの親だったから、むしろくたばった時は喜んだぐらいだぜ」

「え、えー……」


 休日の朝、そんな話をレイナとした。

 これから、仕方なく、本当に仕方なく、実家に向かうってわけだ。


 あー、あのジジイ、また変な事言い出さねえだろうな。

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