第8話 帝王と姫、底辺の英雄を語る


「ん……」

「……知ってる天井だ」


 そりゃそうだ。

 何気なく放った一言に自分でツッコミを入れる。

 ふっかふかの高級ベッドで横たわる俺の隣には、そのわがままボディを惜しげも無くさらけ出したレイナが寝ている。

 いやー、ゆうべはお楽しみでしたね。


「あ、タツト……おはよ……」

「おう、おはよう。昨日は随分と乱れてたじゃねえか」

「そ、それをいわないでよぅ……。恥ずかしいでしょ……いじわる……」


 寝ぼけた顔で挨拶してきたレイナだったが、俺の言葉で色々と思い出したのか、顔を真っ赤にして俯き、全裸である自分の姿を見てますます顔を赤くするというコンボをかました。


「ハッハッ、まぁ、良かったぜ?」

「……色々と下手だったでしょ。これから、もっともっと頑張るね」

「そりゃ初めっから上手かったらこえーっつーの。ありえねーモンの喩えとして、“床上手の処女”なんつー言い回しがあるぐらいだからな」

「そっか、そうだよね。これから上手くなっていけばいいんだよね」

「おう。今後ともヨロシク」

「うんっ! ……あ、でもタツトは上手だったよね……?」

「あー、ほら起きようぜ! 朝飯作ってくれよ! 腹減っちまってよー!」

「ちょっ、逃げないでよー!」


 バカ野郎お前、初めて男と寝た女に、「メイド相手に散々練習してた」なんて言えるか。知らない方がいい事もあるんだよ。

 ちなみに、そのメイドは美央じゃなく、美央の姉貴だ。今は俺の実家から美央のサポートに回ってるから、近くにはいねえけどな。


「あ、服着ろよ」

「……ふぇっ!? あっ、ご、ごめん! って、キャーッ! タツトこそ何も着てないじゃないっ!」

「おお、こりゃ失敬」


 微笑ましい程にウブなレイナに騒がれつつ、今日も朝は過ぎ去っていく。

 また登校せにゃならんが、東堂のバカを引き摺り下ろす第一歩を踏み込めると思うと、いつもより気が楽ではある。




「うー……恥ずかしいよぉ……」

「まだ言ってんのか?」

「だ、だって! 昨夜は暗かったじゃん! なのに、今日は、その、モロに見ちゃったし……アレがアタシの中に入ってたんだなぁと思うと……うぅ~……」


 朝からキワドイ発言をかますお前の方が、俺はよっぽど恥ずかしいぞ。

 こんなもん、他人が見たら寝たのがバレバレじゃねえか。


 と。


「何が入ってたって?」

「ひゃあぁ!?」

「うおォ!?」


 互いにひっつきあってしゃべくってたせいか、いつもの道で待ち構えていた優奈の存在に気付かず、突然声をかけられてビビりまくるハメになった。


「ゆ、ゆゆゆゆユウナ!?」

「おはよう、レイナさん。ついでに達人くん。なんだか随分と驚いていたけど?」

「お、おはようさん、優奈。急に現れんなよな……思わずグローリーを出しそうになっちまったじゃねえか」

「……どんだけ驚いてるのよ……。別にそんな大したことしてないでしょ。声をかけただけじゃない」


 キワドイ発言を聞かれていた事が原因か、はたまた単に顔を合わせるのが気まずいのか、レイナはハンパなく挙動不審だ。

 何せ、優奈も美央も、昨日別れた後にレイナが俺の部屋に泊まりに来た事は知らねえからな。泊まったどころかナニしたと知れば、色んな意味でバクハツする事間違いなしだろう。特に目の前の優奈コイツは。


「……なんか、更に距離が縮まってるわね、あなたたち」

「そ、そそそそんなことないよ? ねー、タツト?」

「お、おう。ねー、レイナ?」

「達人くん、素直にキモイんだけど」

「ひでぇな!?」


 きっとレイナは大根役者に違いない。コイツは人を騙したりとかはできないタイプだな。かく言う俺もかなり怪しいが。

 まさか距離が縮まったどころか既に合体した仲ですとは言えない。優奈の奴、絶対そういうのにはうるさいからな。


「ま、それはさておき。どうするの? 今日のうちに、早速東堂に仕掛ける?」

「えっ、なんだっけ?」

「……レイナさん、あなたやっぱり変よ? 昨日話したばかりじゃないの」

「よーしレイナお前ちょっとこっち来い!」

「えっ、えっ、えぇぇえええ!?」


 いかん。昨日抱いたのは失敗だったかもしれん。こいつ、脳内がピンク一色に染まってて肝心の計画を忘れてやがる。

 ジト目でこっちを凝視してくる優奈を一旦放置し、ずるずるとレイナのバカを連れていく。


「ちょ、タツト!? だ、ダメだよ! ユウナも居るのに、こ、こんなところで……」

「違ぁぁぁう! てめえの頭はハッピーセットか!? 既に夜のことで頭がいっぱいなのか、あぁ!?」

「な、なんで怒ってるのぉ!?」

「呆れてんだよ! いいか、昨日俺はてめーに話したよなぁ!? 東堂のバカを引き摺り下ろすために、てめーがダービー戦で東堂をボコボコにする必要があるってよォ!」

「…………あっ」

「頼むぜほんと……。大丈夫なんだろうな? なんだか俺、心配になってきたぞ……」

「ご、ごめんなさい……」

「幸い、ダービー戦を仕掛けるには放課後まで待つ必要がある。そん時まで頭を冷やしとけ。じゃなきゃ抱いてやんねーぞ!」

「わ、わかった。ごめん、アタシってば、ほんとにダメだね……」

「……ま、分かりゃいいんだ。怒鳴って悪かったな」

「ううん、これからも何かあったら遠慮なく叱っていいよ」

「……ドMかよ」

「……えへへ、目覚めちゃったかも」

「えへへじゃねえわ。ったく……」

「んっ……」


 こうして、俺とレイナは、優奈が近くにいるという事を忘れて濃厚なキスを交わした。

 後になって思えば、頭がハッピーセットだったのは俺も同じだったんだと思う。


「……な、なななな……何してるのよあなたたちはーーー!?」

「「あっ」」


 ディープな口づけの様子を、しっかりと優奈に見られていたのだ。

 そりゃそうだ。いきなりどっかへ行きゃ、様子ぐらい見に来るだろう。


 その後、学園に着くまでねっぷりたっぷりと説教を受け続ける事となった。

 そして、その間もレイナは俺から離れる事は無かった。





「タツト……」

「そんな顔すんな。別に今生の別れでも無し、放課後になりゃすぐに会えらぁ」

「うん……でも、寂しいよ……」

「だったらさっさとここまで上がってくりゃいい話だ。頑張れよ」

「……うん。また、ね」

「おう。またな」


「…………朝からピンクオーラを放ってんじゃないわよ、このバカップルども……!」

「んだようっせーなー」

「もー、ユウナったら空気読んでよねー」

「なんで私が責められてんのよ!? いい!? ここは神聖な学園の校舎! 勉学の場であって、男女がイチャつく場所じゃないのっ! 大体、不純異性交遊にも程があるわよ……! 何よ、出会って数日で男女の仲って……!!」

「あー、ユウナったら羨ましいんだー」

「ち、違いますっ! まったくもう! ほら、達人くん、行くわよ!!」

「へーいへい。そんじゃ、レイナ。また後でなー」

「うんっ! またねー!」


 あの寂しそうな顔は演技なんかじゃないだろうが、優奈のおかげで大分元気になったようだ。ありがとよ、優奈。


 ま、なんか嫉妬らしき何かが顔を出してたが……。俺、刺されたりしねえだろうな……? ちょっとこわいぞ。

 嫌だぜ? 最強の学生ブレイブ、“帝王”たる俺の死因が、同級生の女による刺殺とか。いろんな意味でスキャンダルにならぁ。



 そして相変わらずクソつまんねー授業を終え、レイナと何やら話しながら現れた美央の二人と合流し、東堂が居る放送室へ向かう。

 あのバカは、どうやら今日も解説を務めるようだからな。

 しかも、その試合は黒ヶ崎のダービー戦と来たもんだ。

 レイナ曰く、黒ヶ崎の成長速度はかなりのもので、もう同じEランクの奴らじゃまったく相手にならないらしい。故に、散々黒ヶ崎をバカにしてきた上のランクの奴らをターゲットにして狩りまくっているそうだ。


「しかし、黒ヶ崎くんはどうしてそこまで急成長しているの? いくらEランクとは言え、同じランクの生徒がまるで相手にならないレベルって、ちょっと異常じゃない?」

「それは私も疑問に思っていました。去年までは確かに落ちこぼれ中の落ちこぼれだったはずなのに、どうしてか今年は明らかに動きが違います」


 黒ヶ崎の事をよく知るであろうレイナが共に居るということもあり、疑問を次々に口にする優奈と美央。

 たしかに、そんな作り話みたいな急成長なんざ、めったにあるもんじゃねえからな。


「元々ユキツグには才能があったんだよ。でも、かなり昔に対戦相手を試合で殺しちゃった事があってね。それがトラウマになって、まともに戦えなかったんだよ。去年はね」

「試合で、となりゃ罪には問われねえが、まぁその親族とかにはボロクソに言われただろうしな。トラウマにもなるわ。俺はならねえけど」


 ははーん。話の展開は読めたぜ。

 しかしまぁ、なるほど。あの礼儀正しい黒ヶ崎らしい理由だな。


 今でこそ超再生カプセルが全世界の病院に行き渡ったおかげで、そういった事故は意図しない限りはまず起きねえが、それより前……具体的に言うと十年以上前なら、割と頻繁にあったと聞くからな。

 俺も、対戦相手を殺しちまった事がある。が、「相手が弱すぎて死んだだけの事。お前は気に病む必要などない」とクソ親父に諭されたおかげで、単純だった昔の俺はあっさり納得してたんだ。ガキってこえーよな。


「その対戦相手が、ね。ユキツグの……一番仲が良かったお兄さんなんだ」

「「えっ……」」

「おう。思ったより重い理由だった」


 訂正。

 そりゃ俺でもトラウマになるわ。

 俺に置き換えりゃ、試合で美央やレイナを殺しちまったみたいなもんだ。

 いや、ガキの頃の兄弟ともなりゃ、下手したらそれ以上のショックかもな……。

 フォトン出力が異様に低いってーのも、そのトラウマが原因でグローリー自体に忌避感を持っていたからだろう。恐らく、今計測すればかなり違うはずだ。


「それは……なんというか」

「ええ……。バカにしていた私を殴りたくなりました」

「俺もだ」


 そんだけのトラウマを乗り越えて、今はこうして戦っている。

 やるじゃねえか、黒ヶ崎。

 お前、思った以上にすげえ奴だぜ。


「でも。いつまでも引きずってたら、死んだお兄さんが報われないよって、頑張ってアタシが励ましたらね、立ち上がったんだ。ユキツグは、ちょっと頼りないけどすごい人だよ。アタシだったら、いつまでも立ち直れないと思う」

「……そうね。私も立ち直れる気がしないわ」

「私もです。もし達人様を試合でとは言え手にかけるような事があれば、私はその場ですぐに自身の命を絶つでしょう」

「……黒ヶ崎くろがさき 幸継ゆきつぐ……か。おもしれえじゃねえか。俺と当たった時は、全力で相手してやらなきゃ失礼だな」

「こ、殺さないでね? 才能があるって言ったって、プロ相手に完勝するような化物と本気でぶつかったら、ユキツグが死んじゃうよ」

「わぁってるよ。俺を何だと思ってんだ」

「あら。女の子相手でも、骨をボキボキに折ってトラウマを刻みつけた人の言う事ではないわね」

「達人様は戦いとなると本当に容赦がありませんからね……。相手をした執事の全員が、もう達人坊ちゃんとは戦いたくない、と口を揃えているほどです」

「あれー? 味方がいねぇぞ?」


 化物扱いって地味にひでぇなおい。

 まぁそれだけの事をしてるっつー自覚はあるし構わねえが。


 さってと。


全敗の英雄パーフェクトルーザーの異名を持つ黒ヶ崎選手、またも格上に勝利! しかも今度は圧倒的でした! これは、去年の彼と同一人物だとはまるで思えません!』

『うーん、そうだね。本当に別人になったんじゃないかって疑うレベルだよ。これは、僕も気合を入れないとまずいかな? あははっ』

『おおっ!? さすがの東堂さんも、今年の黒ヶ崎選手には一目置いていると言うことでいいんでしょうか!?』

『かもしれないね。同時に、僕のところまで上がってくるのが楽しみだよ。きっと、あの“帝王”もワクワクしてるんじゃないかな』

『これはっ! 名門中の名門、黒ヶ崎家の名誉挽回といったところでしょうか!? 皆さんも、黒ヶ崎選手の今後の活躍にご期待くださいっ!』


 黒ヶ崎の試合もどうやら完勝で終わったようだし、ちょうどフィールドが空いたところで用を済ませるとするか。


「クククッ、レイナ、出番だぜ」

「うん! ユキツグだけにいい格好はさせないよー!」

「負けたら元も子もないけどね。油断はしちゃダメよ? 嫌な奴だけど、強い事は強いんだから、東堂は」

「達人様の計画のために、失敗は許しませんよ。完勝以外あり得ません。できれば、東堂に情けなく命乞いさせるぐらいがベストですね」


 さーぁ、東堂よぉ……。

 おめーの天下はもう終わりだぜ?

 覚悟を決めておくこったな。

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