第5話 帝王と姫


 柊が鬼城に完勝し、更に俺に宣戦布告した事は、ブレイブネットを通して瞬く間に学園中を駆け抜けた。

 スレを覗いてみれば、どこもかしこも柊一色に染まっている。ついでに言うと、俺はどこでも魔王か何かのような扱いだ。ちょっと温度差が酷すぎませんかねえ?


「なぁ、柊さんよぉ」

「な、何よ。あなたの素行の悪さがいけないんじゃない!」

「そりゃそうだろうが、なぁ。差別はよくないと思うんだ。別に俺は東堂の野郎みたいなあくどい事はしてねえんだぞ」

「私も、達人様の扱いの悪さには断固として抗議します。しかし、ブレイブネットで達人様を擁護する発言をしても、あっという間に埋もれてしまうのですよね……」

「そ、そんな事してたのね、恋堂さん……」


 今は、俺と美央と柊の三人で、学園の近くにある馴染みのカフェで祝勝会をしている。のんびりとした爺さんが営んでいるんだが、いっつもガラガラに空いてるんだよな。経営は大丈夫なのかね?


「ま、それはさておき。柊、おめでとう」

「おめでとうございます、柊さん。まさか鬼城を相手に無傷で勝つなんて、思いもしませんでした」

「ありがとう。だって、如月くんならあんな奴一瞬で倒しちゃうでしょ? そんな人を超えなきゃならないんだから、私もあれぐらいは出来て当然ってぐらい強くならなくちゃって、頑張ったの。上手くいってほっとしてるわ」

「そうかいそうかい。実際大したもんだ。見たか? 東堂の間抜け面。“そんな馬鹿な……。あの女、いったいどうやって?”とかってブツブツ言ってたぜ」

「うーわ、気持ち悪い……。ほんっとしつこいよね、東堂。自分の思い通りにならなかったからって、私を潰しにかかるとか、性格悪すぎよ」

「違いねえ」


 あの柊が、ここまで露骨に嫌悪感を露わにするのは珍しい。まあ、そんだけ東堂の奴が嫌いって事なんだろうが。

 あんなのが生徒会長をやってるって時点で、この学園もろくなもんじゃねえやな。


「そういや、お前は興味ねえのか? 生徒会長。向いてそうだが」

「……うーん。そういえば選挙が近いんだっけ? どうしようかなぁ。でも、忙しくなりそうよね……」

「達人様との時間が取れなくなるので嫌だと、はっきり言ったらどうなんです」

「ばっ!? ち、違うって! そんなんじゃないよ! なんでそうなるの!?」

「まぁ生徒会長ともなれば、ねちっこく俺に付き纏う事はできなくなるだろうなぁ。こっちとしては万々歳だが」

「うっ……あの、やっぱり、嫌だった?」


 東堂の奴を見てるとそうは思えねえが、生徒会長になればかなりやる事が増えるだろう。当然、朝早くから俺を待ち構えるなんて事もできなくなる。

 わざとらしく言ってやると、柊は途端にしおらしくなり始めた。


 ダレダオマエ?


「……はっ。本当に嫌なら、とっくに二度と近付けないようにしてらぁ。ちょっとからかったからっていらん心配してんじゃねえよ」

「そ、そう……そうよね! よ、よかったぁ……」

「……なんだか今日は妙に素直ですね? 柊さん。正直気持ち悪いんですが」


 にぱっと表情が明るくなった柊だったが、美央がさらっと吐いた毒舌を受け、機嫌が急降下した。

 ハッハッハ、やっぱりこいつら仲悪いわ。


「き、気持ち悪いって何よ!? ほんっと、いっつもいっつも失礼ね!」

「自分の気持ちに正直に生きているだけです。しかし、安心してください。他の方相手にはきちんと礼節を弁えています」

「む~~……! 嫌な女~!」

「達人様にへばりつくアメーバに言われたくはありませんね」

「アメ……ッ!? ちょっと如月くん! 何なのよ、あなたの専属メイドはっ!」

「落ち着け。こいつ、これでもお前のことを褒めてたんだぜ。ツンデレなのさ、きっと」

「そんな事言われても素直に喜べないわよっ!」


 適当になだめる俺を捨て置き、遂に取っ組み合いを始める二人。あっ、マスターすんません。いつもいつもご迷惑おかけします。

 だがまぁ、あの柊がこんな事をする相手は美央ぐらいしかいねえだろう。そう考えると、そんなに悪いもんでもねえと思えるな。


 美少女二人の醜い争いを眺めていると、カフェのドアが開いた。

 珍しいな、客か?


「キサラギタツトさん、居るかしら」

「……んぉ?」


 俺の名を呼んだそいつの正体は、あの全敗の英雄パーフェクトルーザー……黒ヶ崎と一緒に居た、Eランクの銀髪巨乳ちゃん。

 イギリスにある実家が跡形もなく消え去ったという巨乳美少女、レイナ・パーシヴァルだった。


 突然の珍客に、柊と美央も取っ組み合いをやめ、何故か優雅に席に戻った。

 いやぁ……絶対今更だぞお前ら……。


「俺に何の用だ? 銀髪巨乳ちゃん。いや、レイナ・パーシヴァル」

「銀髪巨乳て……。堂々とセクハラする辺り、噂通りのようね……。まぁいいわ。そちらに行ってもいい?」

「ドーゾ。巨乳美少女は何人居ても構わねえよ」

「ありがとう。失礼するわ」


 当然の如く胸を凝視しながら答える俺と、しかめっ面を浮かべて銀髪巨乳ちゃんを睨む柊と美央。

 なかなか異様な場だが、銀髪巨乳ちゃんは躊躇する事なく加わってきた。


「改めて、レイナ・パーシヴァルよ。もう知られているようだけど、元はイギリスの実家に住んで、あっちにあるブレイブ養成学園に通っていたの」

「おう、知ってる。ウチの優秀なメイドが調べてくれたんでな」

「パーシヴァルって、あの?」

「柊さん。丁度いいので説明します。お耳を拝借……」

「……へー……」


 挨拶をするレイナ嬢を見ながら、疑問符を浮かべる柊。どうせこの後教えるつもりだったのだしと、美央が事情を説明していた。

 さて。どうやら黒ヶ崎は連れてきていないみたいだが、奴では力不足と見て、厄介事を俺に持ってきたのか、ハナから黒ヶ崎を巻き込むつもりは無かったのか。


「彼氏はいいのかよ」

「カレシ?」

「黒ヶ崎の事だ。あん時全力で抱きついてたろ」

「ああ」


 てっきりそういう関係なのだとばかり思っていたが、違うのか? やはり外国人は何てことのない友人相手でも肌と肌の接触を厭わないのか?

 柊もあの時居たから、俺と同じ疑問を抱いているようで、首を傾げたレイナ嬢を見てちょっと汚いものを見るような視線に変わってきている。


 が。


「ユキツグとアタシは親戚同士よ? 恋人関係なわけないじゃない」

「なにィ!?」

「えっ!?」

「……これは、調べが足りませんでした。私もまだまだ未熟ですね……」


 オーマイガッ! なんてこった、とんだ誤解をしてたぜ! 危うくレイナ嬢が銀髪巨乳という凶器を携えたスーパービッチとして認定されるところだった!


「そうだったのか、悪いな銀髪巨乳ちゃん。てっきりお前さんがビッチなのかと」

「私もそう思ってた。ごめんなさい」

「アナタたち失礼すぎない!? 誰がビッチよ、誰がっ! アタシはきちんとしたレディーだっての!」


 顔を真っ赤にして怒るレイナ嬢に対し、俺と柊は平謝りだ。

 まぁ、俺は胸を凝視するのをやめないわけだが。こう、謝りつつ上目遣いでチラ見するのがコツだな。


「もうっ! 本題に移るわよ!?」

「ドーゾ」

「う、うん」

「お茶入れますね。マスター、ちょっとお借りします」


 マイペースな美央はさておき、すっかり調子が狂った様子のレイナ嬢が、腕を組んで語り始める。ナイスおっぱい。


「まだ外部には漏らして欲しくないのだけど、アタシの実家は……」


 内密に願いたいとの事だが、それをカフェで話すのはどうなんだ。いや、確かに他に客はいねえけどさ。

 しかし、次に放たれた言葉に、場が凍りついた。



「グゥルに喰われたの。奴らの再侵攻は、もう始まっているわ」

「ほう」

「……えっ?」

「お茶が入りました。どうぞ」


 失礼。凍りついたのは柊だけでしたね。


「……リアクション薄いわね?」

「そりゃ、そもそも学園が設立されてから二十年も経ってんだ。グゥルどもがいなくなったのなんてもっと前だろ? そんだけの時間があって、二度と来ないなんて楽観視する方がどうにかしてるぜ」

「達人様が居てくだされば、グゥルなど恐れる必要はありませんので」

「そんな、グゥルが……また現れた……? こんな、急に……」

「柊さんもどうにかしている輩の一人だったようですね」

「うっ……」


 さて。グゥルの再侵攻か。実家がその犠牲となっちまったレイナ嬢の心境や如何に、ってな。親戚となると当然黒ヶ崎の奴も知ってるんだろう。その辺りが、あいつの一勝目に関係しているのかもしれねえな……。


 思考の渦に沈む俺を見て、ふとレイナ嬢が微笑んだ。


「……やっぱり、アナタは他のヤツらとは違うみたいね。キサラギタツト」

「フルネームじゃなくていいよ、長ったらしい。苗字なり名前なり、好きな方で呼べ」

「そう? じゃあ、タツトで」

「おう。レイナ」


 ウチの学園の生徒どもを見て、レイナは心底失望した事だろう。Aランクの奴らですら、グゥルに対抗しようと入学してきた“真のブレイブ”は全くと言っていいほどいねえんだからな。

 あん時の俺を見定めるような鋭い視線は、やっぱりそういう意味合いだったわけだ。


 下の名前で呼び合う俺たちを見て、柊が何かに気付いたように顔をハッとさせた。


「待って? ねえ如月くん。なんで私だけ苗字呼びなの?」

「オメーが俺を苗字で呼ぶからだろうが」

「……じゃ、じゃあ! た、たたた……」

「世紀末救世主ですか?」

「違うわよっ! た、達人くん……」

「おう。優奈」

「……うんっ!」


 なるほど。

 確かに言われてみりゃあ、俺は美央も名前で呼んでるし、レイナもこれで名前呼びになった。

 苗字呼びだったのは柊……いや、優奈だけだ。


「……タツト」

「ん」

「アタシ、すぐにAランクまで上がるから。その方が一緒に居やすいでしょ」

「黒ヶ崎はいいのか」

「ユキツグもすぐに上がってくるわよ。だから、一緒にグゥルと戦ってほしいの」

「ふーん。いいぜ」

「ちょっと達人くん!? 軽くない!?」

「俺はハナからそのつもりで学園に入学したからな。仲間ができるなら大歓迎だ。よし、美央。お前もAランクまで上がってこい。どうせもうBランクには見込みのあるやつなんざ居やしねえんだし」

「承知しました」


 即断した俺に唖然としている様子の優奈だが、意を決した様子で叫んできた。


「わ、私も! 私だってブレイブなんだから、戦うわっ!」

「……まぁ、あの試合から見て、一応大丈夫ではあると思うけどね」

「何よ、そういうあなたはまだEランクじゃない!」

「だって転校生だもの。イギリスではアタシだってAランクの一位だったわ。でも、あっちにはタツトのような人はいなかった。だから日本に来たの。グゥルから逃げたようで、腹が立つけどね……」

「俺は確かに、ブレイブの間でなら世界中で有名だからな。こっちに来たのは間違いじゃねえさ。結果で示してやるよ。お前さんの家族の仇は、俺が必ずぶち殺してやる。だから、そんな辛そうに笑うな。レイナ」


 ずっと気になっていた。

 Eランクの教室で騒いでいる時も、今も、レイナが無理に笑っているようにしか見えなかった事を。

 だが、そりゃ当たり前の話だった。

 俺もそうだが、こいつはまだまだガキなんだ。

 実家を失って、平気でいられるわけがねえ。素直に笑えるはずがねえ。


 だから。

 こいつが心から笑えるように、グゥルどもは俺が一匹残らず、叩き潰す!


「……っ! あ、ありが、ありがとう……。タツト……そんな風に言ってくれる人は、誰も、誰もいなかった……ッ!」

「レイナさん……」

「……なんたって達人様ですから。私の誇りです」

「好きなだけ泣けよ、レイナ。こんな寂れたカフェでよければな」


 マスターが苦笑いしていたが、こんな場面で水を差すような人じゃねえ。

 案の定、グラスを拭きながら奥の厨房へと消えていってくれた。


「みんな……みんな殺されちゃった……! パパも、ママも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、弟も、妹も! メイドたちも、執事たちだって……。アタシは、アタシは、逃げる事しかできなかったの……!」


 声を詰まらせながらも号泣し続けるレイナを、俺は、俺達は、ただただ皆で撫でて聞くに徹しておいた。

 その後の、レイナの恥ずかしそうな顔は忘れられない。

 ま、最後は晴れやかな笑顔を浮かべていたし、いいんじゃねえかな。


 だが……そうなると学園の膿を取り除く必要があるか。東堂、てめえは邪魔だ。

 日和ったクズ野郎はとっとと舞台から降りやがれ。

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