第3話 帝王とメイド
今日も今日とて、面倒な授業が待っている。そして恐らく、俺にサボらせないために柊が待ち構えているのだろう。
だが、だがしかし。
今日の俺はゴキゲンだ。
何せ、柊と七位のランク戦があるからな。あのぷるんぷるんに揺れる乳を見れるんだから、ゴキゲンにもなるってもんだろう。
そんな俺を見て、先を歩く生徒たちがマッハで逃げていくが、気にしない。こんな扱いはもう慣れっこだ。
「おはよう。今日はいつにも増して恐ろしい表情を浮かべているわね。般若みたいよ」
「おはようさん、柊。相変わらず俺を待っていてくれたのか。ケナゲすぎて大感激だぜ」
「うふふ」
「ははは」
やはり彼女は居た。
他の誰が俺を避けようと、柊は変わらぬ態度で接してくれる。マジ天使。口うるさくなければな!
一見和やかに笑いあっているように思える雰囲気が漂っているが……。
「殴るよ?」
「すんませんでした」
売り言葉に買い言葉だ。
他の奴に言われたら、俺はキレているだろう。柊だから許すけど。
しっかし、ウキウキしてるだけだってのに、般若みたいってのはねえだろう?
ちなみに、こいつはよく「殴るよ?」と言うが、実際に殴ることは滅多にない。暴力チンパンジーじゃねえからな。マジで怒らせると俺相手ですら殴りかかってくるが、そんな事はまだ一度しかないんだ。そして、そんな事になった場合、悪いのはコイツを怒らせた奴であり、コイツ自身は何も悪くは無い。
そして、二人仲良く通学路を歩きながら、今日の事で話しかけてみた。
「今日の相手は七位か。見に行ってやるから、負けんなよ。客寄せパンダ」
「負けないわよ。あなたにリベンジするまで、二度と負けない。もちろんその後も負けるつもりは無いけど」
「そりゃ結構。楽しみにしてるぜ」
「うん」
育ちのいいお嬢様っぽい雰囲気を常に纏わせている気がしないでもない柊だが、根っこは筋金入りの負けず嫌いであり、正真正銘のブレイブだ。金のためにプロを目指す雑魚どもとは違う。
ちなみに、ウチを含めたブレイブ養成学園を卒業した者の多くは、同じような連中が集まっている〈Bリーグ〉っつーモンにエントリーする。そのBリーグで好成績を収めた者はより上位の〈レジェンドリーグ〉に参加する事が可能になり、そのレジェンドリーグに集う猛者どもを指して、プロブレイブ……略して“プロ”と呼ぶんだ。
プロともなればお高い給料をもらえるんだが……。天敵に対抗するための英雄が、いまや娯楽のための選手だぜ? 本当に大丈夫なのか、心配になってくらぁ。ただでさえ、俺はプロ相手に完勝してるんだしよぉ。
「でも、手の内を見せるようで、嫌だなって思うところもあるけどね」
「はっ、オメーの手の内なんざ興味ねえんだよ。全部まとめて叩き潰してやるだけだからな」
「言ってなさい。今に足を掬われるわよ」
「掬われねえから俺は“帝王”なのさ」
「……相変わらず腹立つわね」
試合があるせいか、今日の天使はちょっと好戦的だ。いつもなら軽くスルーするはずの俺の自信過剰発言に、ちょっと噛み付いてきやがった。
「リラックスしろよ、柊。らしくねえぞ」
「……そうね、ありがとう」
「礼を言うぐらいならストーカー行為をやめていただけないですかねえ」
「嫌よ。私が見ていないとサボるじゃない」
「そりゃそうだ」
「ほらみなさい」
うん、よかったよかった。
いらん世話を焼いてこそ柊だ。二流の雑魚じゃあるまいし、無闇矢鱈と噛み付いてくる姿なんて似合わねえよ。
俺は損しかしていないが、まぁいいだろうとか思っちまう程度には、俺もお人好しらしい。
顔を俯かせて恥ずかしそうに何かを呟いた柊の姿は、見なかったし聞かなかった事にした。
まったく、お前も趣味悪ぃなぁ。
◆
退屈な授業を終えた俺は、早速柊の試合が行われる第一競技場に向かう。
学園の客寄せパンダにしてアイドルである柊の晴れ舞台とあって、客席は満員の大盛り上がりだ。どこからか仕入れた応援グッズを手に、今か今かと待ち侘びている観客の姿がそこかしこに確認できる。
そして、俺は迷わず客席の先頭に向かい、そこで待っていた女と合流する。当然、一つだけ空いていた席……女の隣に座った。
「お待ちしておりました、達人様」
「よぉ、一週間ぶりぐらいか? 連絡もしなくて悪かったな、美央」
「いえ。達人様のご命令とあらば、喜んで従います」
「そうかい。ああ、席の確保、今日もご苦労さん」
「勿体なきお言葉です」
元は俺の実家に勤めるメイドで、今は俺の専属として、俺の命令によりBランクに留まり、Aランクに上がってこれそうな有望株を探す役目を担っている。
何故かは知らんが、やたらと俺にベタ惚れなのがちょっと困りものだ。今こそ平然としているように見えるが、入学時は酷かった。
Aランクを目指す俺とは別行動で、実力はあるのにあえてBランクに留まれという命令を聞き、号泣しながら縋り付いてきたんだ。
結局、「お前が力不足だってんじゃなく、むしろお前の実力を見込んでの事だ」と、正直に話すことでようやっと落ち着いた。
ちなみに、美央が俺の専属メイドだっつーのは、ウチの生徒なら誰でも知っている。故に、こいつにちょっかいを出そうとするバカはいない。そんな事したら俺に殺されるとわかってるからな。
だがまぁ、持ち前のコミュニケーション能力を存分に活かし、俺でも驚くほど幅広い交友関係を持っているから、仕事に支障は無いだろう。
問題は、こいつのお眼鏡にかなう程の猛者が、全然いねえって事だ。
「美央」
「はい」
「良さそうな奴はいるか?」
「いえ、まったく。どれもこれもが雑魚ばかりです。お話になりません」
「やっぱりかー」
「申し訳ございません、達人様……」
「いやいや、お前はよくやってるよ。悪ぃのはこの学園の生徒どもだ。怠け者しかいやしねえ。“怠け者は蹴落とされるべきだ”で有名な、あの設立者はどう思ってんだかな」
「そうですね。困ったものです」
どいつもこいつもレベルが低すぎる。マシな奴がAランクにしか居ねえとはどういう事だ? いや、黒ヶ崎と銀髪巨乳ちゃんはかなり良さげだったが。
ん、そうだ。
「
「はい。何があったのか、ようやく一勝できたようですね。しかし、試合を見た限りでは、まだまだかと」
「そうか。あいつと、一緒にいた銀髪巨乳ちゃんは見込みがありそうなんだが」
「銀髪巨乳……ですか?」
「ああ。たぶん外国人だと思う」
「……もしやその方は、最近転校してきたという“レイナ・パーシヴァル”嬢では?」
「転校生か。なるほど、だからEランクに居たわけね……」
さすが俺のメイドだ。しっかり情報を集めていたようだな。
しかしまぁ、転校生とはこれまた珍しい。
スコアが一切溜まっていない状態から始まるから、転校生は必ずその学年の最低ランクに入る事になる。そしてそこからコツコツと成り上がっていかなきゃならない。
そんな面倒な事、普通はまっぴらだろう。だから、ウチに限らず、ブレイブ養成学園では転校なんかは全くと言っていいほど無い。親が遠くに移っても生活できるように、学生寮があるんだろうしな。
つまり、あの銀髪巨乳ちゃん──レイナ・パーシヴァル──には、どうしても転校しなければならない程の理由があった。
こりゃあ、ますますもって面白ぇじゃねえかよ。俄然興味が湧いてきたぜ。
「レイナ嬢のデータはあるか?」
「イギリスの名門、パーシヴァル家のご息女ですが、肝心の実家は、つい最近跡形もなく消え去ったようです」
「消えた、だと?」
「はい。レイナ嬢が転校してきた初日に、如月家のデータベースにアクセスして情報収集しましたが、“まるで初めから何もなかったかのように消え去った”という旨の記述があるのみでした」
「……クセェな」
「はい。明らかに厄介事のニオイがします」
こりゃあ、黒ヶ崎の奴、とんでもねえ爆弾を背負い込んじまったかもしれねえぞ。少なくとも、ようやく一勝できた程度の野郎に守れる女だとは思えねえ。
さて、どうするか……。
「達人様。そろそろ柊さんの試合が始まるようです」
「おっと、そうか。しっかり見なきゃな。今の話は、後で柊にも聞かせてやれ」
「承知しました」
可愛い専属メイドと話し込んでいるうちに、時間が来ていたらしい。
美央の美しい脚を撫でながら、優雅に観戦する事にしよう。
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