第2話 帝王と底辺の英雄
放課後の自主練が終わり、学園側が用意した学生寮のVIPルーム……まぁ俺の部屋で寝て、翌日。
また柊のヤツに監視されちゃ敵わんと、昨日より遅めに出た俺。しかし、ウチの生徒たちがやり取りし合う「ブレイブネット」という名のネット掲示板を歩きながら眺めていると、どうにも面白そうな情報を見つけた。
「ほぅ。あの“
先の“グゥル戦争”で、多くのグゥルどもを葬った英雄、
しかし笑える事にソイツは、俺たちブレイブの武器であるグローリーを動かす不思議パワー、“フォトン”の出力が異様に低く、期待された割にはてんで弱い奴だった。
何せ、少なくとも記録されている限りでは、全戦全敗。全戦全勝の俺とは真逆だ。
そんな“名門出の落ちこぼれ”についたあだ名が、「
その
「しっかし、昨日試合なんてやってたのか。全然知らなかったぜ。放送部の奴らも、こんな面白そうなネタがあったんなら、ちゃんと事前にアナウンスしとけってんだ」
そう。この稀に見る落ちこぼれからの下剋上事件は、実はつい昨日起きたばかりらしい。なんと惜しい。見たかったなぁ……。
「……遅かったじゃない」
「へ?」
地の底から響いてくるようなおぞましい声が耳に届いた。
よーく目を凝らしてみると……。
ぷりぷりと可愛らしくお冠の柊さんが、仁王立ちしていらっしゃるじゃありませんか。うーむ、ナイスおっぱい。
って、わざわざ俺を待ち構えてやがったのか!? マジでストーカーなんじゃないだろうな、コイツ!
「後少しで遅刻よ!? なのにあなたはなんでそんなにのんびり歩いているのよ! のんきにスマホなんて見て!」
「おはようさん、柊。ほら、昨日はきちんと出たんだし、今日はいいじゃねえか」
「ああ、おはよう。って良くないわよ! ちゃんと毎日遅刻せずに登校するのが普通の学生ですっ!」
「俺普通じゃねえし」
「黙りなさい! ほら、さっさと歩く!」
生活指導の先公でもここまで熱心ではない。わざわざいつ来るかもわからない俺を健気に待ってたとか、その形相と言葉さえ何とかすりゃ、恋人をそわそわしながら待つ、恋に生きる女の子の出来上がりなんだがなぁ。
あっ、柊さん。胸当たってますよ。
「柊」
「何よ!」
「胸が俺に当たってるんだが」
「……それが?」
「あ、はい。何でも無いッス」
気にしないようだ。変なところで男らしいんだよな、コイツ。
それとも何か? 俺は男として見られていないのか? 手のかかる息子だとでも?
結局、今日も柊に監視されながら生きねばならぬようだ。
なんと不自由な事よ……。
っつーかこんな事してっから、「柊ちゃんと如月の野郎は付き合っている」なんて噂が流れるんだぞ? オメーわかってる?
◆
教室での席まで隣同士である柊のせいで、俺は意味の無い授業を真面目に受けざるを得ない。歴史がどうたら、グゥルがどうたらこうたら、そんなモン全部知ってっからな。
グローリーの扱いについてだって、先公よりもむしろ俺の方が詳しいぐらいだ。教わる必要性は全く無い。よって、俺が興味を向ける対象は、戦いのみ。別に戦闘狂でもバトルマニアでもねえつもりだが。
そんな授業の合間に挟まった休憩時間中に、柏原のチビを含むクラスの連中と談笑する柊に話しかけてみた。
「おい、おっぱい」
「は?」
すいません、間違えました。
「おい、柊」
「……あなたが私をどんな目で見ているのかはよーくわかったわ。で、何よ」
“無敗の帝王”と呼ばれ、学園中で恐れられる俺が口を開いた事により、教室中が静まり返る。そんな中でも柊は至って平然としているのだから、大したヤツだ。
「これ、知ってるか」
「……ああ、例の
「昨日やってたらしいんだが、お前は見たか?」
「残念。あなたを探してたから」
「お前どこまでストーカーなんだよ」
「人聞きの悪い事を言わないでくれる? あなたが妙な真似をしでかさないか心配だっただけよ」
「不発弾か俺は」
微妙にクラスの連中がざわついているが、ふむ。柊も試合を見てはいないのか。どういう感じだったのか、ちょっと興味があるんだが、仕方ねえな。
授業をフケて試合をやってたっつーわけでもねえだろうし、今日の放課後にでも探してみるかね? 噂の
「何? あなた、興味あるの?」
「少しな。だって、去年一勝もできなかった奴が、上のランクの奴に勝っちまったって言うんだぜ? 絶対何かおもしれえ事があったに違いねえ」
「肝心の相手が誰だか知ってる?」
「んにゃ。そこまでは書いてねえしな」
「なんだ、そうなの」
「ん?」
もしかして、コイツも興味あんのか? いかにも「私そんなの興味無いから」とでも言いたげな顔してるくせに、今明らかに落胆したぞ。
「……柊よぉ」
「何よ?」
「見に行かね?」
「……放課後ね。授業をサボって抜け出そうっていうお誘いならぶん殴るわよ」
「よし、決まりだ。俺が完璧にエスコートしてやるから、デートを楽しめよ」
「はいはい」
ハッハッハ、やっぱり興味あるんだな。ツンツンした態度を取ってはいるが、結構嬉しそうな目してるぜ? 可愛い奴め。これで口うるさくなかったらパーフェクトなんだが。
尚、柊の目を盗んで授業中にブレイブネットをチラ見してみると、こんなスレが上がっていた。
【悲報】柊優奈ちゃん、帝王にタラしこまれる
思わず噴き出したのは、言うまでもない。そしてそれが原因でチラ見がバレ、柊にこっぴどく怒られたのも、言うまでもない。
退屈な授業が終わり、
「何だろう。随分賑やかね」
「揉めてるっつーより、騒いでるっぽい感じだな」
「そうね。まったく、あなたといい、Eランクの人達といい、この学園を何だと思っているの?」
「俺に飛び火したのは何故に」
「自分の胸に聞きなさい」
柊の戯言をスルーし、まるで祭りのように騒がしい教室に足を踏み入れる。
そこで行われていたのは……。
「見てよユキツグ! 学園中、あなたの話題で持ちきりよ!」
「やったな! これでちっとは奴らを見返せただろ!」
「ははは、よーし、ここから始まるぜ! 黒ヶ崎と、俺たちEランクの逆襲がよ!」
「あはは……。皆、ありがとう。でも、ここは校舎なんだから、もうちょっと静かに……」
文字通りの祭りだった。
妙な仮装をした男どもが踊りまわり、柊には劣るが素晴らしいプロポーションを誇る女が、例の
あまりの騒がしさに、俺の隣で佇む柊が、顔に青筋を浮かべているのが見えた。
そして──。
「あなたたち、うるさいわよ! ここは神聖な校舎であって、宴会場ではありませんっ!」
「まぁこうなるわな」
すっかり激おこな柊が、ぷんぷんと可愛らしく頬を膨らませながら怒鳴り散らした。
この様子から見るに、
突然現れた柊と、ついでに俺の姿を見て、嘘のように静まる教室。
かと思ったが……。
「うおおお!? 柊ちゃん!? 本物の柊ちゃんっ!?」
「すげー!! 俺、生きててよかった!」
「……えーと、ああ、テレビで見た、Aランクの……Aランク!?」
「……柊、優奈さん……? それに、隣にいるのはまさか……」
底辺の連中の間となると、学園の頂点たるAランクブレイブの中で最も有名なのはやはり、テレビ出演も果たしている柊だろう。
完全に俺は彼女のおまけ扱いだ。だが、どうやら
「いやー、ここは賑やかでいいねえ。こんなお祭り騒ぎができるってんなら、俺もここに住み着きたいぐらいだ」
「何馬鹿な事言っているの! あなたは“帝王”でしょうが!」
「……やっぱり!! “無敗の帝王”! あなたは、あの! 如月達人さんですね!?」
柊とコントをしていると、何やら興奮した様子の
へぇ、柊より俺に興味を持つとは、なかなか。名門出なだけはあるってか?
「如月達人……えっ!? あの!?」
「えっ、ちょっと待て! 柊ちゃんもそうだが、どうしてトップの人間がこんな所に!?」
「“無敗の帝王”……。あの、プロですら歯が立たなかったっていう、最強の学生ブレイブ……?」
男どもが最初とは別のベクトルで騒がしくなり、銀髪巨乳ちゃんは俺を見定めるかのような鋭い視線を送ってきている。
「いよぉ、オメーが噂の
「……は、はい」
「なんで敬語なんだよ、気持ちわりぃ。まぁ一応俺らが年上だし仕方ねえか」
入学したてホヤホヤの一年生には、更に下のFランクがあるが、あそこは全員が一度は入ることになる特殊なクラスだ。
入学したらまずは全員がFランクに入り、そこで行われる“ランク戦”、もしくは上級生に喧嘩を売って、勝つ事ができれば上のランクに駆け上がる近道となる“ダービー戦”。このどちらか、あるいは両方で好成績を収めた奴ほど、学期が変わった時に上のランクに放り込まれるっつー仕組みになっている。
で、クソみたいな成績の奴はいつまでも底辺のままっつーわけだ。目の前にいるコイツらのようにな。
「あの……」
「まずは一勝、おめでとうと言っておくぜ」
「私からも。おめでとう、黒ヶ崎くん。このままAランクに駆け上がってきたら、私もこの金髪ピアスも喜ぶわよ」
「あ、ありがとうございます!」
二年からはまた仕組みが変わり、ランク戦やダービー戦、果ては授業での成績を元にして溜まっていく“スコア”が一定値に達すると、上のランクの最下位と入れ替わる形でいつでも昇格する事が出来る。ちなみに、学年と順位は全く関係ない。例えば三年Cランク二位の奴と、二年Cランク一位の奴が居ても、順位は二年の方が上だ。
故に、連勝を続ければ、一応この優男がAランクに駆け上がってくる事も、不可能ってわけじゃねえ。より多くのスコアが得られる行事もあるしな。ま、不可能じゃないってだけであって、相当難しいのは確かだが。
“怠け者は蹴落とされるべきだ”っつーのが、この学園を設立したお偉いさんの格言なのさ。
「さて、じゃあ柊」
「うん」
「俺たちゃお邪魔みてぇだし、とっとと退散するか」
「そうね。ああ、あなたたちはあまり騒ぎすぎないように。どうしてもと言うなら、人の迷惑にならない場所を借りるのね」
何か言いたげな
のんびりと廊下を歩いていると、柊がこんな事を聞いてきた。
「如月くん」
「あ?」
「どうだった?」
「ああ、いい目をしてたな。見た目の割に、中身はきちんと男だぜ。“必ず追いついてやる”って、目の奥をギラつかせてた」
「楽しみね」
「ああ。それと、あの銀髪巨乳ちゃんもな。ありゃあEランクにいつまでも甘んじているような奴じゃねえ」
「あら。胸しか見ていないと思っていたのだけど」
「安心しろ。俺の視線はいつでもお前の胸に釘付けだ」
「……殴るよ?」
「すんませんでした」
上がってこいよ、黒ヶ崎。
底辺から這い上がって、有象無象どもを蹴散らして、俺の玉座を奪いに来い。
俺はそれを返り討ちにしてやる!
ハッハッハ、今年は楽しくなりそうだ!
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