第1話 帝王と女騎士
かつて、世界は未曾有の危機に陥った。
グゥル。
なんでグールじゃなくてグゥルなのかは知らねえが、奴らには人類お得意の弾丸も、ミサイルも、果てには核兵器すらも、全く効きやしなかったらしい。
そんな怪物を前に、いよいよ持って余裕ぶっていられる状況じゃない事を理解した人類は、〈グローリー〉なんつーファンタジーじみた超兵装を開発しやがった。
相当な犠牲者は出たんだろうが、〈グローリー〉を操り、戦う者……〈ブレイブ〉たちの活躍によって、一旦はグゥル共を撃退。再度の襲撃に備え、ブレイブを養成するための学園を世界各地に設立した……。
ってーのが何と二十年も前の話。
そんだけ時間が経ちゃあ、まあ危機感なんて薄れるわな。
今じゃ、ブレイブは英雄だからっつーより、高給取りだからっつー理由で、主要各国の「将来なりたい職業ランキング第一位」に輝いてる始末だ。
で、かく言う俺もその一人……なんだろうな、他から見ると。
だが、ヤツら全然わかっちゃいねえんだ。
所詮死んだ親から聞いた話でしかねえが、グゥルは別に絶滅したわけじゃねえ。二十年なんて時間も、広い目で見りゃそこまで長いっつーわけでもねえし。過去にゃ百年間戦争してたとこだってあったわけだしな。
そんな風に考えながら歩いていたせいか、どうも先を歩いてた学生にぶつかっちまったらしい。
「痛っ! ちょっ、何す……」
「あ?」
「ひっ!? ご、ごめんなさい!」
別に取って食いやしねえのに、それこそグゥルでも見ちまったかのような顔をして、学生は逃げていった。制服からして、俺と同じ〈国立ブレイブ養成学園第三〉に通う生徒だろう。
「何も逃げるこたぁねえだろうが……」
がしがしと頭をかきながらぼやく俺。もちろんただの独り言のつもりだったが、後ろにも人が居たらしい。
「あなたが睨むからでしょうが」
「あ?」
振り向いて声の主を確認すると、見た目だけは極上の天使が居た。ただし中身はいちいちやかましく、いわゆる委員長タイプってヤツだ。
「柊か。おはようさん」
「おはよう。相変わらずちゃらちゃらした格好ね。そのピアスを外して、金の髪も染めなさいよ。制服もきちんと着なさい! 見てるこっちが恥ずかしいわ」
「うっせ、俺の勝手だっていつも言ってんだろうが。おめーは俺のオカンか」
「勝手じゃないわよ。あなたも一応は学園の顔であるAランクなのだから、きちんとそれなりの格好をする義務があるわ」
「あーあーうるせーうるせー。耳にタコができちまう」
俺と同じクラスの同級生で、見た目はそこらのアイドルが裸足で逃げ出すレベルで整っている。故に男子に人気があり、俺相手ですら臆さず接する事から、女子にも大人気というすごい女だ。
加えて、実力も学園最高峰に当たるAランク。ちなみに俺もAランクで、そもそもウチの学園は実戦授業での成績を元に、実力に応じてクラス分けされているんだ。
素行不良がウリの俺には関係の無い話だが、この女は、学園の客寄せパンダとして、テレビにも出ている。そのままグラビアもやっちまえ。
ちなみに、髪を染めろと俺に言っている割には、コイツもそれなりに明るい茶髪だ。オメーこそ黒く染めろよ。
「ちょっと、聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
「ちゃんと人の目を見て言いなさい! 大体どこ見てるのよ!」
「胸」
「……変態!」
「おう。男は皆変態だ。オープンかムッツリかの違いしかねえ」
「笑顔で言う事……?」
うーむ、何度見てもイイ乳だ。
戦闘になると、これがぷるんぷるんに揺れるから、見応えがあるんだよな。俺がコイツのランク戦を見に足繁く通っている理由でもある。
ああ、ランク戦っつーのは要するに格付けのための試験みたいなモンで、同じランク同士の二人が選ばれ、定期的に行われる。AランクはAランクでも、ビリケツより一位の方が、卒業後に良い暮らしができるって寸法だ。
ちなみに、Aランクの一位は俺だ。で、柊は五位と、何とか上位に残っている程度。本来なら俺がコイツを見て盗む技術なんてほとんどねえが、揺れるおっぱいには敵わん。
噂じゃ、Aランクとは言え五位のくせに世間に出ずっぱりの尻軽、とかいう陰口を叩いている奴も居るようだ。コイツが尻軽とか、目腐ってんのか? とそいつに問いたい。
ま、イイカラダしてる女っつーのは、何かとそういう下品な妬みを買うもんだよな。そこは同情するぜ。
「そうこう言ってる内に着いちまった。俺が時間通りに登校するとか、明日は槍でも降るんじゃねえのか」
「自分で言う事じゃないでしょ。よかったじゃない。皮一枚繋がったわね」
「俺が退学になるわけねえだろ。これでも学園間の広告塔としては活動してるんだぜ」
「……否定できないのが悔しいわね」
「ハッハッハ、なんたって俺は超天才にして最強の学生ブレイブだからな!」
ガミガミうるさい柊の胸を凝視しながら歩いていたせいか、なんと遅刻せずに着いちまった。見ろ、校門の前にいる先公が驚いてやがる。
ああ、柊が世間向けの客寄せパンダなら、俺は各学園に対するウチの実績を誇示する“見世物”だ。
なんせ、同じ学生のブレイブ相手だけでなく、俺は現役のプロブレイブ相手にすら負けたことがない。さすがに世界ランク一位のブレイブとかとは戦った事ねえけど。
ウチの学園からしてみれば、「ウチはこれだけ優秀な戦力を育成しているぞ! お前達はどうだ? ねえねえ、どうなの?」とドヤ顔できるから、俺の素行の悪さには目を瞑るしかないというわけだ。
「一緒に行ってあげるから、ちゃんと授業を受けるのよ?」
「だからお前は俺のオカンか! だーもー、わかったっつーの! ちゃんと授業に出るから、いつまでも監視すんじゃねえよ!」
「そう言って何度逃げたかわからないもの。今日こそは、絶対に目を離さないわよ」
「ストーカーかよ!」
「誰がストーカーよ! 失礼ね!」
学園の先公どもは正直ただの置物同然だが、柊は違う。実際にこうして俺を真人間の道に引きずり込もうとしてくるから、タチが悪い。
見ろよ、他の生徒たちが何かコソコソ話してるじゃねえか!
結局、その後も柊のヤツはピッタリと俺についてきた。同じクラスだから当然教室も同じなわけで、いつまで経っても逃げられん。
クソ、無意味な授業なんて抜け出して、コッソリ自主練するつもりだったのに!
そして。
「ゆうなっち、おはー!」
「おはよう、柏原さん。今日も元気ね」
「えへへー、それがあたしの取り柄だからねー。って、あれ? えっ、なんで……」
ロリロリしい元気っ子、
このチビ、かつてのランク戦でボッコボコにしたからな。それがトラウマになったのか、どうも俺を見ると途端におとなしくなる癖があるんだ。
「よぉ、チビ。どうした? いつまで経っても俺が怖いか? へっへっへ……」
「……こ、怖くなんて、な、ないもん……」
「こら、如月くん。そんな二流のチンピラを演じるのはやめなさいよ。柏原さんが怖がっているでしょう」
「へーへー、悪ぅござんしたー」
あ、俺の名前は
「柏原さん、落ち着いて。大丈夫、私がついているから」
「うぅ、ゆうなっちー……」
「……なんか親子にしか見えねえな、お前ら」
女子特有の過剰なスキンシップを披露しながら、柊がチビ助を慰めている。ああ、いいなー。俺もあの胸に顔を埋めたい。
「うぅ、ゆうなっちー……」とか言って俺が泣きついたら、どうだろう?
「如月くん」
「あ?」
「何か気持ち悪い事を考えていない?」
「エスパーかよ」
安心しろ、自覚はある。
俺が泣きついても殴られて終わりだろう。何せ、想像しただけですさまじくキモかったからな、我ながら。
その後も柊に監視され、止む無く俺は自主練を放課後に回すハメになったのだった。
この女、マジギルティ。
いくら俺が強くたってな、努力を怠ったら転落までマッハなんだぞ、コラァ!
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