悪魔と怪物と女王と
ラグナロク・七騎
世界に八つのみ存在する、対神学園。それぞれ東西南北に二校ずつあり、日々神々と戦う人間を育成している。
東に存在する対神学園・ラグナロク。通う生徒はおよそ八〇〇人。
その中で最強とされる生徒が学園の最高戦力として組織される。現在ラグナロクは七人が選ばれ、
ミーリとユキナ、そして
東の大陸。東南の国、クサトリカ。
「あぁ、丁度今依頼を終えたところだよ。それで、なんの用だい?」
一八〇センチを超える細身の長身。第一ボタンまで締めたシャツに、青いネクタイを締めた少し堅い雰囲気を醸し出すが、しかしその口調と態度は優しいものであり、とても柔らかい思考ができることを印象づけた。
その隣で、彼のパートナーのが巨大な亀の神獣を縛り上げていた。彼女の後ろに結ばれた三つ編みが、物凄い長さの縄となって伸びている。それが体長百メートルを超す巨大な亀を縛っていた。
「ロー? 生徒会からだったんじゃないの? なんだって?」
「あぁ、すぐに学園に戻るよスヴァルト。一大事だ」
対神学園・ラグナロク。五年生、ヘインダイツ・ロー。七年制の対神学園で先輩方を抑え、その実力と仕事ぶりで生徒会長の職務をこなし、現在の七騎を仕切っている男。
連絡を受けた彼は眼鏡の奥で深刻そうな鋭い目つきで遠い何かを睨むと、今度は自ら生徒証を操作し、連絡し始めた。
「もしもし、リスカルかい? 今後輩から連絡があったんだけれどね……」
南の大陸から、東の大陸へと渡る船上。白髪紅眼の少年が波風に吹かれている。少年を見守るように後ろに立つのは、筋肉隆々の黒肌金髪の大男。
対神学園・ラグナロク。五年生、リスカル・ボルスト。風紀委員副委員長の座に就いており、その屈強な姿から皆から恐れられる存在だが、心根は優しい男だ。
ローからの連絡を受けて、リスカルは眉を
「それは本当なのか。あのウートガルドが……わかった。今俺も戻っているところだ。様子を見次第、連絡しよう。あぁ、ではな」
「……どうかしたのか、ボルスト」
「ウートガルドが負傷したらしい。ローに様子を見てくれと頼まれた」
「学園には、
「あの二人のことだ。ウートガルドの負傷に気を病んで、報告は辛かろう。故の配慮だ。とくに今回、リースフィルトにとっては……な」
東の大陸、王国エルグランド。
比較的小さな国の貴族、クーヴォ家の屋敷。そこで異国の言葉で書かれた本を読むのは、この家の次期当主となる青年。
「お嬢様、出発の準備ができました。いつでも出られます」
「あぁ、ありがとう」
揺らめく銀髪に金色の瞳。甲冑型のティアラを思わせる髪飾り。そして上半身に鎧をまとい、前後左右で丈の違う裾のスカートを身に着けた女性。
名を、リエン・クーヴォ。
対神学園・ラグナロク三年生。風紀委員長。そして“戦姫”の通り名を持つ、ラグナロクの女子生徒で最強の存在である。
パートナーは、リエンと姿が似ているカラルド。雰囲気と振る舞い、そして髪が青いことが明確な違い。あとは鎧もスカートも同じだ。
そしてもう一人いるのだが、彼女は馬車の中で眠っていた。肩と腰に鎧をはめ、他は比較的露出度の高い少女エレイン。寝ていると言うのに自身の赤茶色の毛先を、指先で器用にクルクル巻いていた。
それを見たリエンは、仕方ないなと吐息する。
「カラルド、駅までどれくらい掛かる」
「昨晩の土砂崩れで、普段使っている道が塞がってしまいましたので、迂回しなければなりません。およそ四時間ほどかかりますが、エディオン行きの汽車には充分間に合う時間です」
「だが今日の最終便になってしまうな……仕方ないか……あの人に連絡してくれ。どうせ学園にいるだろう。ただし二回かけて出なかったらかけなくていい。三度目となると、あの人は機嫌を悪くするからな」
巡り巡って、ラグナロク。その屋根上。
多数の煉瓦が並んだ寝られる場所でないそこで、横になっている女性がいた。唐突に、大きく揺れる胸。女性は胸元から生徒証を取り出すと、大あくびしながら連絡を受けた。
『あなたが一度目の呼び出しで受けるとは、意外でした』
「言うじゃない、リエン。それで? わざわざ私にかけたんだもの。何か大事な用件なんじゃないの?」
『ミーリ・ウートガルドが負傷したと聞きました。その具合を教えてください。あなたのことだ。ずっと学園にいて、情報は掴んでいるはず』
「あぁ……さっき、ローからも連絡があったみたいなんだけど、同じ用件かな。まぁいいや。ミーリくんの容態? 後ろから刺されて腹を貫かれたけど?」
通話先で、リエンが動揺したのだろうか。わずかながら物音がした。
馬車の音ではないことはわかる。おそらく手を滑らせたのだろうが、戦場でも心を乱さないことで知られる戦姫が、こんなにも簡単に乱れる。それは語るまでもなく、リエンがミーリをどう思っているかを想起させる。
それを知っている女性は、明らか動揺している通話先のリエンを面白がってほくそ笑んだ。こういう性格な彼女は、いつしか“魔性”と呼ばれている。
「心配しないでも、彼なら大丈夫よ。クマムシ並の生命力だもの。ここに運ばれてすぐ、ペラペラ喋ってたし。まぁ今は、疲れたみたいに眠ってるけど?」
『奴は決して弱みを見せません。特にロンゴミアント、そして想い人のまえでは』
「そだね。まぁそれって、一見おかしいことだと思うけれどね?」
『おかしい……何がです』
「本当に大切な人にならね、自分の弱みを見せられるはずよ。あなたの両親はそうじゃない? リエン」
ラグナロクの保健室。戦闘訓練や体育の実技、さらに近場の神と戦った人と、毎日三〇人を超える生徒が入れ替わりに入る場所だ。故に三時間以上ベッドを使用するには、保険医の許可がいる。
ミーリは今回、初めて許可を取った。対神学園・ラグナロクに入学して三年。現在すべての生徒の中で最強とされる彼には、保健室のベッドなど無縁だと誰もが思っていた。
そんなミーリが不覚を取って重傷を負ったと聞いたとき、学園中は混乱した。
誰のせいでこうなって、誰がやったのか。ミーリを慕う友達や、ミーリに憧れる後輩達が犯人捜しを始めようとしたが、深い眠りにつくまえのミーリにやめてと言われ、渋々留まっているという、一種の緊張状態の中にあった。
そんな状態になっていることなど知らず、ミーリは未だ苦悶の状態のまま眠り続ける。刺された箇所が急所ということもあり、治療は難航していた。
「リースフィルト君、君もベッドを使い給え。許可してやるから」
保険医に言われるが、ユキナはミーリの側を離れようとしない。ずっと付きっ切りで、熱を持つ傷口に湿った布を当て、乾けばそれを変えるということを続けていた。
水も食事も摂らず、椅子に座ったまま動こうともしない。ただ二、三〇分毎に、布を変えるだけだ。そして、何も喋らない。
そんなことがもう三日続いている。このままではミーリだけでなく、ユキナまでもが危ない。しかし無理に引き剥がそうとすればユキナのことだ、暴走しかねない。
故に力のない保険医はどうすることもできず、ただ言うことを聞いてくれることを願って声を掛け続けることしかできなかった。
「先生、失礼します」
「おぉ、ロンゴミアント君」
ロンゴミアントが保険医に手渡したのは、サンドイッチとジュースが入ったバスケット。ミーリというよりはそれに付きっ切りのユキナを放っておけず、保健室を離れられない保険医の食事を、ロンゴミアントが持ってきたのだ。
ちなみに、作ったのは保険医の旦那さん。料理人らしい。
「悪いね」
「先生、ミーリは……」
「ウム……さすがの一言だよ。生命力の話じゃない。後ろから刺されたってのに、自分の急所のど真ん中からは攻撃の軌道をズラして刺されてた。あと五ミリ、いや三ミリ真ん中に近かったら、こんな学園の一保険医の治療で済む話じゃなかった。さすが、我が学園最強の生徒だね」
いや、対神学園の医療技術はそこらの小さな病院にも遅れを取らないどころか、かなり上のレベルだ。致命傷の生徒が運ばれることも少なくないこの学園では、上級レベルの医術が求められる。
さらに言えばラグナロクの保険医――通称ヤブさん(本名不明)は一流の医大を卒業し、七年間大学病院で修行した一流の医者。内科外科はもちろん、精神科の資格も持つエキスパートだ。
しかしそんな彼女ですらギリギリだったということは、ミーリは本当に奇跡的に位置をズラすことに成功したということだろう。
「だが、私としては彼女の方が心配だね」
そう言って、ヤブさんはユキナを差す。正直ロンゴミアントも、今はミーリよりもユキナの方が心配だった。この三日間彼女が何も口にしていないことは、知っていた。
「不眠不休なんて話じゃない。なのに倒れもせず顔色も変えないで、まるで機械みたいに自分に命令したことをし続けてる。医学を学んだ者からすれば、とても信じられない体力と気力だ。故に心配だよ。ウートガルドくんが回復したとき、今度は彼女が倒れるんじゃないかって」
「それは心配してません。ユキナの契約している
「その気になれば。それが問題だね」
ヤブさんの言ったとおり、今のユキナの行動は機械的だ。ただミーリの回復を待つ、
そんな状態のユキナが、自分の生命維持のために動くとは思えない。明らかに自壊への一途を辿っている。完全に、危うい状態だ。
だが今回の怪我は、ミーリが彼女を庇って負った傷。責任を感じないはずもなく、ユキナが自ら自責した結果、今の状態になっていることは納得できなくもないことだった。
ユキナを止められるのは、ミーリしかいない。だがそのミーリは今、眠っている。
ミーリの腹部に当てられている布が乾いているのを確認し、ユキナは布を代えようとする。しかし洗面器に入っている水が真っ赤に濁っているのを見て、水を替えるために洗面器を手に行こうとした。
が、体力の限界を迎えていたユキナは自らの脚に
そのまま床にダイブして大怪我かとロンゴミアントが駆け寄ろうとしたそのとき、ベッドから跳ね起きた青い閃光が、ユキナの細く小さな体を受け止めた。
「ユキナ」
「……ミー、リ?」
ミーリが起きた。そのことに一番反応しそうなユキナの反応が、あまりにも薄い。やはり食事も水も何も摂っていないことが影響しているらしく、意識がハッキリしていなかった。
今自分を抱いているのがミーリなのか、視覚だけでは確認ができないらしい。弱々しく持ち上げた手で、ミーリの頬を撫で下ろす。
「……よかったぁ……よかった……ごめんね、ごめんね、ミーリ……私のせいで、私が、私がもっと……」
「君は、何も悪くない。あのとき、泣いてたんでしょ? 俺、鈍感だからさ、ユキナのこと傷付けること何かしちゃったんじゃないかって、ずっと、ずっと夢の中で悩んでた。謝るのは俺の方だよ、ごめんね……ユキナ……鈍感で、ごめんね……」
「違う……違うの……ミーリ、あなたは何も……何も……全部、全部私が……」
ユキナの体からさらに水分を奪うように、目から涙が溢れ出す。しかしそれを指先で拭ったミーリは静かにユキナを抱擁し、その頭を撫で下ろした。
その様子を窓から見ていた女性は、生徒証で連絡を取る。二人の抱擁を見ている彼女の舌は、妖艶に唇を舐め回した。
「もしもしロー? 例の計画、あの二人抜きでやらない? 今の二人じゃ、負担が大きすぎるわ。大丈夫よ、私も出るから――ま、七騎の裏ボスなんて呼ばれてるくらいですから? 二人分くらいは働いて見せましょう」
自らを裏ボスと呼んだこの女性を知る生徒は、数少ない。授業への出席率はおよそ二割。学園の外に出ている確率は、およそ一割。
表に出ることはまるでなく、七騎として数えられるもその存在はもはや怪談レベルの噂にまで格下げされ、しかし噂のせいで七騎を裏で操るボスなどとも呼ばれる存在。
彼女のことを知る者は、皮肉を込めて言う。最強の引きこもりだと。それは、彼女自身もまた然り。
「最強の引きこもりことアイシス・ネバーランドが、出ようじゃないの」
* * *
とんだイレギュラーが生まれたものだ。
彼女の存在は、元の時空にも存在しなかった。
ユキナ・イス・リースフィルトの体についてもそうだが、やはり時空と次元を捻じ曲げて作ったこの世界はやはり異質。元の世界と同じようには、動かないらしい。
まぁもっとも、動かれても困る。彼女達がミーリ・ウートガルドの側に居てしまったら、元の世界と同じ結論に至ってしまう。それだけは避けねば。
故に変質。世界を変質、捻じ曲げる。
ここはミーリ・ウートガルドとユキナ・イス・リースフィルトのために作った世界。あのような不幸はあってはならない。
故に変えよう。性格も姿も本質さえも。
これはすべて他の誰でもない、彼のためにしていること。例え禁忌だとしても自己満足に終わるとしても、絶対に成し遂げてみせる。
これは、大好きな彼の幸せのためだ。
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