vs 悪魔

 悪魔。

 混沌と漆黒、霊力と血によってできた霊的存在。名もない低級の存在から、世に知れた大悪魔まで、その種類は様々だ。

 低級の、もはや幽霊的な存在の悪魔が実態を持つには、人間の肉体に取り憑き、乗っ取る必要がある。だがそれには膨大な時間が掛かってしまう。

 悪魔が体に入ると体調を崩し、完全なる憑依が近付くと人格すら豹変する。そのために大抵の場合は完全に乗っ取られてしまう前に異常に気付き、除霊されてしまうのがオチだ。

 憑依期間は個体にもよるが、平均でおよそ九日間。除霊可能な期間だ。故に低級悪魔による完全憑依の例は、対処法がわかった現在ではあまり見られないが。

 しかし、今回は色々と異質イレギュラーだ。

 まず本来、自身の快楽にのみ従って人間を狙う低級悪魔達が群れを成し、一斉に人間達に憑依した点。

 かの神皇しんのうが使役する七二柱の悪魔が統率でもしなければ、群れで行動するなどあり得ないはずだ。悪魔は基本、束縛を嫌う。

 そして今回最大の異質イレギュラーは、何より憑依してから乗っ取るまでの期間――いや、時間だ。

 大体憑依したとわかるのは、憑依から二日後以降。しかし今回の事例は、とも思えるくらいに、体を乗っ取るまでの時間が短かった。憑依されてから、およそ二時間で悪魔と化してしまったのである。

 これらの異常から、今回対神学園・ラグナロクが誇る七騎しちきを三名も派遣したことは本人らは知らない。ただ教えなくても、そこには状況を冷静に見れる頭脳と直感、そして本能が携わっているのだから、不要とも言えるだろう。

 だが彼らを信じているとはいえ、これが異常事態なのは変わりない。

 人の身を奪わなければ実態も保てない程度の低級悪魔とはいえ、それだけの数を統率し、尚且つ体を乗っ取るまでの時間をここまで短縮させるほどの力を与えた。

 この事件の裏には何か陰謀が隠れていると、例え杞憂だったとしても思わざるを得ない。故に心の底から、彼らの無事を祈る。

 頑張れ、僕の生徒達。


 ▽ ▽ ▽


「なンだ? 予想よㇼ遅かッたジゃァねぇか」

 藍色の瞳に牛の角。漆黒と青蒼の衣装に身を包んだ、黒い長髪の女性。比較的美しい女性の姿をしているそれは、とても低い雑音が混ざった声を出した。

「これダけ騒ぃだンだ。来ㇽとㇵ思っテたが……ふたㇼだけㇳは意外だッたナ。、なㇽㇹ°中中なかなかのㇾイりょくを持ッていㇽョぅだ」

 一人勝手に納得している様子の彼女。

 周囲にいる四体の色様々な肌色をした人外は、その言葉の意味を理解しているのかしてないのか、それぞれケタケタと笑ったり首を傾げたりの反応を見せた。

 そんな彼らの前に、ミーリは出る。その側にロンゴミアントを置き、手は繋げる状態だ。

 周囲の有象無象は問題ないとして、問題は目の前の女性。周囲の四体と比べればという前提での話だが、彼女はこの中でも別格だ。レベルが違う。確実に、彼女がこの騒動の一端を引いていると見て間違いないのだろうが。

「初めまして、悪魔さん。俺は対神学園・ラグナロク三年、ミーリ・ウートガルド。今回は君達の討伐に来たんだけど……そのまえに色々聞きたいことがあるからさぁあ? ちょこっと事情聴取に付き合ってくれないかなぁ」

 少し砕けた、ミーリの態度。これから命をやり取りをしようという敵にとっては、実に不適で不快だろう。

 こういう相手の対処法は、二者択一。不適だと斬り伏せに来るか、面白がって笑みを零すかだ。今回の場合、女性は雑音雑じりの舌が引っかかったような声で笑い飛ばした。

 後者を選ぶタイプもまた、二種のどちらか。動揺を隠すために自らも不適な行動を取って敵を油断させる準策士タイプか、本当に面白がって心から笑う思考する間もなく本能で動く直感タイプ。

 そのどちらかによって、戦闘スタイルが大きく異なってくる。無論、そのどちらでもないタイプもいるわけなので断定は難しいが、今回のように乗って来た場合で言えば、そのどちらかだと断定して構わないだろう。そこから二通りの戦闘パターンを同時に予測、相手の初手を予想する。

 相手の反応を見てからの行動の予測、そこから行う戦闘の組み立て。砕けた態度を取りながら、ミーリはあれこれと考えていた。言うなればこれが、ミーリ・ウートガルドの戦術だ。

「面白奴ダ……ヮたしをマえにして軽口ヲ叩けㇽㇳは。。。ジジョー聴取ㇳ言った? 何、簡単ナこと㋚。頼まレたンだ、あるヤつから

「頼まれた?」

「ソーさ? あㇰま達を従て、有能な奴をせン別しㇿって言ヮㇾたンだよ。そうすりゃ俺に、人間共を従えㇻㇾㇽ力をくれㇽってんだ。乗らねぇ手はねェだろ? ン?」

 嘘か真か。

 しかしながら、おそらく彼女は物事を一々考えながら動くタイプではない――ここまでの言動を見る限りでの推察ではあるが――。

 その彼女が言うのだ、おそらくは嘘ではないだろう。つまりこの事案は、さらに黒幕がいるということだ。まったくなんて面倒な。

 だがこれはなかなかの情報とも言える。持ち替えれば、事件解決の糸口に――なりはしないが、これで終わりではないということはわかった。これからの対処をすることはできるだろう。

「なるほどねぇ……じゃあ教えて欲しいなぁ。その誰か」

「残念だ、それは教らㇾないナ。何せおㇾも知ラねぇンだかㇻョ」

(つまり、この悪魔ひと達は最初から斬り捨てるつもりだったってわけか……単なる実験。その可能性がある感じかな……?)

て……もぅゐィか? そㇿそㇿ、㋔ま達を殺屍ころしたイのだが……?!」

 片方の藍色の虹彩が捲り上がり、白目を見せる。それを合図に二体の悪魔が唐突に駆け出し、ミーリに牙を剥いた。

 だが彼らは次の瞬間、その存在を吹きつけて来た瞬光によって掻き消された。

 その姿形を記憶に留め、描写する間もなく、悪魔達を遥かに超える速度でミーリの前に出たユキナによって文字通り一蹴されたのだった。

 蹴りの衝撃で壁をぶち破り、全身の骨を砕きながら地面を跳ね、大木をへし折って停止した個体と、その蹴りを繰り出すための軸足にするため、踵落としで脳天を貫かれた挙句踏み潰された個体は秒を数えることなく絶命し、死滅した悪魔は乗っ取った死体を残して消え去った。

 余りにも一瞬の出来事に、他二体の悪魔はその場でたじろぐ。自身と同等クラスの悪魔が文字通り瞬殺されたことに、恐怖を禁じ得なかった。

 乗っ取られた人間の脳漿を踏み潰したその足を上げ、ユキナは唇を舐める。自身で砕いた頭部の内側を際限なく広げる足元の巫女の死骸を見下ろすと、再び踏み砕いた。

 実に恐ろしく狂気に満ちた行動だが、ユキナにとっては例え悪魔に取り憑かれた人間だろうと悪魔そのものだろうと、女は女。ミーリに近付く害虫に過ぎない。

 友であればミーリは自分の物だと見せつけ、仲間ならば私のものだと脅し、そして敵ならば容赦なく踏み潰す。それがユキナ・イス・リースフィルトという、憎悪表現の少々過激な女性だ。

 先ほどの戦闘スタイルの予測で言うのなら、ユキナは狂戦士以上に本能に忠実。後先を考えないタイプだ。故にこれ以上もなく行動の先読みが難しいので、強敵と言えるだろう。

「ミーリ、ここは私がやる……ミーリは下がってて? ミーリが他の娘と殺し合いイチャイチャしてるだなんて……我慢できないから」

(ヤバい、ユキナの目がマジだ……)

 振り返って見つめる目が、すでに臨戦態勢金色に変わっているのを見て、ミーリは困り笑顔を浮かべる。頬を二度ばかり指先で掻くと、そのまま数歩後退した。

「君に何かあったら、交代するからね」

「大丈夫よ。また瞬殺してやるわ」

 踏んでいた死骸を蹴り飛ばし、脳漿を撒き散らしながら片手を差し伸べる。その手に現出した立体パズルを握り締めると、それを強く床に投げつけて踏み付けた。

「起きて、起きなさい!」

 ユキナの命令に従うように、立体パズルが動き出す。ユキナの足の下で凄まじい速度で変形したパズルは、確実に最初の面積よりも大きくなって白銀の刀身を持つ西洋剣に似た形になった。

 その上に立っていたユキナはバック転して飛び降り、剣の柄を掴み取る。するとその剣は手の中に溶け、ユキナの両脚に白銀の装甲をまとわせた。

 その脚を深く引いて、ユキナは明らかな突撃の構えを取る。

 神像が祀られていたのだろう祭壇の前に座る彼女は悠然としているが、残り二体の名もない悪魔は攻撃に備えて構える。だがその脆い構えでは、ユキナの神速を捉えられるはずもなかった。

 目にも留まらない速度での突進は後方にも爆風を吹きつけ、光速で放たれた矢のごとく目の前を射抜く。祭壇をも貫いたユキナの手には、構えていた悪魔の頭が握られていた。

 しかし首は繋がっている。身長一四八センチ、体重三一キロの小さく細い体では想像の難しい膂力で駆け抜け、自分の一.五倍の身長と三倍近い体重を持つ悪魔を片手で操っていた。

 そのまま本殿を置き去りにして裏山へ。

 電光石火の文字通り、電光が石を削り火花を散らすほどの速度で駆け抜ける。そして通常の登山なら四時間はかかる裏山を直線軌道で登頂すると、さらにそこから極限の霊力強化で跳躍した。

 空高く。もっと高く。ただの跳躍で、数百メートルの距離を跳ぶ。そしてその勢いが失速し、重力に従って落下するだけとなったとき、ユキナは二人の悪魔を叩きつけるように放り投げる。

 二つの悪魔の体が重なって回転しながら落ちていくと、ユキナは自らの背から霊力を放出、ブースターにして突っ込んだ。

 そして喰らわせる跳び蹴り。悪魔の腹に減り込みながらも貫かず、大気摩擦で自らの体が焼けてしまうくらいの速度で落下していく。

 そのままそれは昼に輝く一筋の金色の流星となって、稲荷神社の敷地内に戻って来た。

「“金色の名を持つ三日月角の堕天使アスタルテ”――!!!!!」

 光の速度で落ちて来た流星。それは見事に地上に着地し、一切のクレーターを残すことなく帰還する。しかしその脚には敵対した悪魔二体の遺骸が絡まっており、それを振り払うとところどころが焼け始めた。

 悪魔は死に、残った体に一縷の興味も示さずユキナは本殿に戻る。脚の装甲は消えて再び差し伸べた掌に立体パズルを現出し、宙に放ってキャッチした。

 重なる瞬殺で四体の悪魔を片付けたユキナは、先ほどの一撃で仕留め損ねた黒髪の彼女のいる祭壇のある部屋へと戻る。今度こそその貧弱な胸を貫いて――自分のことは置いといて――臓器を抉り出し、その顔を変形させてやる。

 神々の中には、かの最高神オリンポスのヘパイストス神のような異形かつ醜悪な姿を持つ神もいることがある。無論、神という名前が似合う神々しい存在が大多数を占めるのを前提にしての話だ。

 しかし悪魔は違う。本来の姿はそれは恐ろしく醜悪。血生臭さと雑音雑じりの奇声は、隠すことも叶わない。

 しかしそれでも、人の姿を取ると彼らは絶対に美しい。乗っ取る人間を、支配する人間を、利用する人間を欺くためだ。悪魔は何よりも美しく、犯し難い存在へと変化する。

 だから、ミーリに近付かせてはいけない。

 悪魔は誘惑の天才だ。故に人の心を奪い、乗っ取り、支配できる。駆け引きをすれば負けを知らず、必ず自身に報いる何かしらを得る。そういう奴らだ。

 だからダメだ。例え婚約者が決まっていても、悪魔が何を言うかわからない。その美しさと誘惑のスキルで、ミーリを魅了してしまうかもしれない。そう思うと心の底から恐ろしく、殺したくなる。

 それでも一瞬でも現場を離れなければならない技を使ったのは、ミーリへの信頼があったからこそ。しかしその信頼を破壊するのが悪魔だ。故に悪魔は、魔と呼ばれているのだから。

「さぁ、次はあな、た……」

 残った悪魔を殺すべく向かったその先で、ユキナが見たものは屍だった。

 ついさっき自身で踏み殺した奴じゃない。一人残った女性が聖槍によって貫かれ、息絶えていた。その体には、痛々しい風穴が空いている。

 それをやったのだろう目の前の彼は、戻って来たユキナを見て血塗れの姿でニッコリと微笑んだ。

「おかえりぃ」

「……殺しちゃった、の? え、黒幕とかは吐かせなくてよかった、の……?」

「うん。どうも本当に名前も顔も知らないみたいだったし、これ以上は無駄かなぁって。それに……」


「この子、君のことを化け物って言ったから……もう、いいや……って」

「そ、そう……」

 ユキナは思う。自分は嫉妬と憎悪で後先を考えず、敵を屠る狂戦士だ。

 しかしながら、ミーリ・ウートガルドは後先を考えつつも、しかし怒りと共にそれらを投げ出し、その怒りの払拭のためにより残酷な方法で敵を殺す。それはまるで、拷問のように。

 本人にその気はないし、結果的にそうなっているだけなのだが、しかしそれでも、このときばかりは恐怖するほかない。

 ミーリ・ウートガルドは誰よりも感情的で、しかし普段はその感情を押し殺したまま生きる。一種の爆弾なのだと、彼女ながらに思った。 

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