悪魔退治
祇園精舎の鐘の声。
夢幻に舞い散る桜吹雪。
かつては神々を奉り、崇拝していた名残である神社仏閣。
木造を基本とした建築物に、着物という独特の布衣装。そして国民の大半が黒い髪の持ち主と
いう東の大国。
名を、和国。
「ユキナ? どしたの? お腹痛い?」
「え、えぇ……大丈夫。うん、大丈夫よ。ありがとう、ミーリ」
ほんの少し腰を浮かせ、隣の彼にキスをする。彼――ミーリはその頭を
まさにいい雰囲気。他人が入り込むことを許さない、二人だけの空間と時間。
しかしその空気を裂く槍脚が、二人の間を貫通した。
「そこまでよ、二人共」
「もう、邪魔しないでよ! ロンゴミアント!」
「あのね、ここは汽車の中で、しかも目の前には私と
ロンゴミアントの言う通り、場所は揺れる汽車の中。周囲には人の目もあり、さらに前にはロンゴミアントと友達の
確かに、これは本人達ではなく見せつけられている知人の方が人目を気にして恥ずかしくなってしまうというパターンだろう。
無論、そんなことはお構いなくユキナはミーリとイチャイチャしたいわけで、そう言われたところでだから何? と返すところなのだが。
ユキナがそんななので、ロンゴミアントの矛先はミーリへと向かう。
「しっかりして、ミーリ。別に心配はしてないけど、油断は禁物っていつも自分で言ってるでしょう?」
「あぁ……そだね、ごめん」
「もう……悪魔退治に
「……はい」
現在、空虚の故郷でもある和国へと向かっているミーリ達。その用件はロンゴミアントの言った通り、悪魔退治の依頼だ。
先日学園に侵入した連続通り魔によって、怪我をさせられた一年生の女子達。本当は彼女らが、討伐体験として空虚に同行するはずだったのだが、怪我をしてしまったために見送られ、代わりにミーリとユキナが同行することになったのである。
しかしそれでも、代行とは言え学園最強である七騎が三人も一緒に依頼に出ると言うのは異例で、普通なら許可など出るはずもないのだが、今回は出てしまった。
学園長の意図はわからないが、激戦の予感なのである。故に油断大敵と、ミーリは今日まで言っていた。
そのミーリがまさに油断してイチャイチャしているので、ミーリは叱られて何も言い返せないのである。
だがその隣で、まったく反省していないユキナが言い返す。
「でも元々、空虚一人で済む相手なんでしょ? そこまで警戒する必要もないんじゃないの?」
「それが、どうやら事情が変わっているかもしれないんだ」
空虚がそう言うと、ユキナは首を傾げる。
事情が変わったならまだわかるが、変わったかもしれないというなんとも煮え切らない答えがわからなかったのだ。隣のミーリも、目つきに鋭さが宿る。
「先日、依頼主の住職から連絡があってな。神社に住み着いていた悪魔が数体、屠られていたそうだ」
「誰に?」
「それがわからん。そして屠られていた悪魔の数が、最初乗っ取りに来た数と会わないらしいが……ミーリ、どう見る」
情報としては余りにも少ない。
要は悪魔が巣食っていた神社に何者かが侵入して来て、それが悪魔の数体を倒した――否、殺
したというだけだ。他の対神学園から来た生徒か、それとも別の何かか。
言うなれば、敵か味方かだが――
「
「なんで?」
「学園の誰かなら、依頼してる人が知らないなんてありえない。全員を倒す前に殺されたにしたって、学園に伝わるとすぐに依頼してる人にも伝わるから」
「じゃあなんなの?」
「同じ悪魔の秤かけ……強い悪魔を選び出す、あれ……なんて言ったっけ。蠍同士を戦わせてすごい毒作る、あれ……」
「
「そうそう、蟲毒。それそれ。だから今残ってるのは、元々来るはずだった子達が見学する暇もないくらい強い悪魔だけってこと――っていう予想だけど、どう?」
相変わらず、こういうことには頭の回転が速い。ほんのわずかな情報量で、得られる推察はこんなにも大きい。
だから頼りになるのだが、その眠気半分の目を止めて欲しいと少し思う空虚。
「すっごい! さすがミーリ!」
そんなことはお構いなく、彼氏の見事な推察に感動し、さすが私の婚約者ねと抱き着くユキナ。
そしてそんな二人に見つめられ、どちらにせよ少し照れている主人にいわゆるジト目を無言で向けるロンゴミアント。
三人の女性に囲まれるミーリは、周囲から見ると俗に言うハーレムという男性からしてみれば嬉しい立ち位置にいるだろう。
しかしながら、ミーリ本人にはハーレムなど関係ない。学園でも異性からの人気の高いミーリだが、その心はもう隣の彼女に決まっている。
頭を撫でるのも、髪を梳くのも、口づけをするのも、
だから正直、自分に恋愛感情を持っている異性に来られると困ってしまう。自分の心はユキナに決まっていると、言い切ることができないからだ。
自身に少しでも好意を抱いているとなると、途端に弱くなってしまう。ミーリ・ウートガルドとは、そういう男だった。
「さて、着いたわけだけど、どうするの? ミーリ」
東の都市エディオンから、大国和国までは夜行汽車を使っておよそ六日間。長旅の疲れを癒したい一行だが、生憎と悪魔達は待ってはくれない。
故に駅に着いてユキナに問われたが、実際はユキナも今後はどうするのかわかっていた。
「もちろん、行くよ。ウッチー、依頼主さんに会って来てくれる? 俺とユキナで狩りに行く。そういう感じでいいよねぇ?」
「あぁ、そのつもりだ。生憎と、まだ私のパートナーが到着していないのでな。本当は明日行くつもりだったが、早いに越したことはない」
「よし、じゃあそうしようか。ってなわけでぇ、ユキナ。行くけどいいよね」
「えぇ、さっさと終わらせてデートの下見をしましょう? なんなら、今日デートでもいいわ」
「……そだね。うん、じゃあ早く終わらせて、何かおいしいの食べよう」
ユキナの鼻先に口づけし、首筋にも一つ。人目を気にしないミーリは二度の接吻をすると、肩にかけている上着を翻した。
「行くよ、ロン」
「えぇ」
ユキナを隣に、そしてロンゴミアントを側にミーリは向かう。その足は空虚が依頼を受けた神社へ。
かつては実に高位の神祖を祀っていたらしいその神社は、神々が敵対する現在ではかつての栄光を見る影もない。世界各地に同じ名の小さな神社を配置するその本殿を、人々は稲荷大社と呼んでいた。
有限に並べられた石畳を渡り、九九の赤く塗られた鳥居を
悪魔が住み着いてしまったという話だが、悪魔が住み着いてもその神々しさは損なわれていない。ここで信仰されていた神は、実に高位な神祖だったのだろうことが見受けられる。
だがそんな本殿の中は、実に鉄臭い赤褐色で満ちていた。
最低級の悪魔は実態を持つために人間に取り憑くものだが、取り憑かれた挙句殺されてしまったこの神社の巫女や坊主が、内臓をぶちまけた状態で転がっている。
その奥から満ち満ちている邪悪な霊力は、感じ取れるだけで五つ。死んでしまった悪魔とは、比べ物にもならないのだろう実力者達がそこにいた。
金色に薄汚い赤褐色で上塗りされた襖を開けると、そこには黒髪の長髪女性とその両脇に立つ四体の人外がミーリ達を睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます