憧れの先輩

 結果から言うと、ミーリとユキナは集会に出なかった。

 情報が集まってないだろう今、緊急集会など開いたところで、では今度は夜分遅くの外出を控え、気を付けましょうとなるだけだと思ったからだ。

 事実、集会はミーリとユキナの予想通りの結論に至り、未だ解決策が思いつかぬまま終了してしまったわけなのだが。

 ミーリはこっぴどく怒られた。わざわざ集会があると教えてくれた、同じ七騎しちきの友達にである。

 その友達はとても真面目で、クラスでも積極的に委員などをやる性格。生活態度や討伐依頼の違反など、曲がったことがあればすぐさまその人を説教し、矯正する性格だ。

 そんな友達の矯正の対象に、ミーリはいつもなっている。授業にもロクに出ず、出ても寝てばかりのミーリに、友達はいつだってカンカンだ。

 だがそうやって自分を叱ってくれる人は他にいないと、ミーリはその友達を大事にしている。普段だって取れていないノートを貸してくれたり、討伐依頼の詳細について説明してくれたりと、世話になってばかりだ。

 故にその友達には頭が上がらない。だから今日も、ミーリは集会に来なかったことを怒るために電話してきた友達の説教を、潔く受けていた。

 そんなミーリの現状を予測していたユキナは、朝から超不機嫌。例え内容が説教であっても、彼氏が他の女子と長電話しているのが許せないのだ。

 どうしてここまで嫉妬深い人間に育ってしまったのか、ユキナ自身もわからない。正直自身でも、パートナーであるロンゴミアントにまで嫉妬しているのは、異常だと思っていた。

 だって、神霊武装ティア・フォリマがいくら主人を愛していたって、世界はその愛を認めない。そういう法律がないのだ。

 神霊武装ティア・フォリマには生殖器官が存在しない。故に家族を持ち、後の人類を反映させるべく次の世代を生むことを前提とした結婚は、法律で禁止されていた。

 同性愛者も対物愛者も見る目は厳しいこの世界。子供を生めないという点では、神霊武装ティア・フォリマも同じだ。

 無論あくまで主人のパートナーなので、同棲もできるし生活もできる。だが絶対に、結婚だけは認められなかった。

 故にロンゴミアントがいくらミーリを好いていようとも、結婚は叶わない。例え叶ったとしても、ミーリの婚約者は自分なのだ。あり得ない。

 他の人間の女にしてもそう。結婚するのは自分だと決まっているのに、ミーリが他の女の子と仲良くしてるのが許せない。

 人間だろうと神霊武装ティア・フォリマだろうと神だろうと、例外なく、許せない。まるで自分以外の誰かが、ミーリと一緒になってしまう気がして――

「ユキナ?」

 呼び掛けられて、ユキナははっと我に返る。声をかけたのはロンゴミアントで、その表情は実に怪訝けげんそうだった。

「大丈夫なの? 顔色が悪いけど」

 確かに少し動悸がする。偏頭痛が酷い。

 こうしてミーリが電話をしているというだけで、とてつもなく気持ちが悪い。吐き気はしない

 ――が、喉に何か詰まった感じだ。

 それらの症状による苦悶が、少々顔に出てしまったようだ。ロンゴミアントの心配はそこだろう。

 彼ら神霊武装ティア・フォリマは武器だから、菌からもらう病気、そして精神的な苦痛による体調不良は起こさない。怪我はするが、体を構築する霊力さえ補えればすぐに回復する。

 だからロンゴミアントに話しても、今のこの状態を理解するのはかなり難しいだろう。ましてや嫉妬対象の一人である彼女に、話すことはプライドが許さない。

 ――いや、精神的苦痛から来る体調不良は起こさないと言ったが、訂正しよう。

 彼女達も人の形と意思を持つ限り、感情がある。それに応じて胸を痛め、感激し、興奮することもある。体調不良は起こさないが、多少の変化は起こすだろう。

 でなければ、ロンゴミアントは主であるミーリを好かなかっただろうから。こんなにも、特別的に。

「ユキナ? ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ。あなたはミーリのパートナーなんだから、ミーリの心配をしなさい……ちょっと出かけてくる。ミーリのこと、よろしくね」

 憎い相手にこうしてミーリを頼むのはしゃくだが、その癪をなんとかしたい。そう思っているユキナは比較的温厚に、ロンゴミアントにその場を託した。

 するとロンゴミアントは何かを察したか、ユキナにそっと耳打ちする。

「来週デートでしょ? 和国だなんて遠いんだから、体調管理はちゃんとしないと。あなたは、ミーリの婚約者かのじょなのよ」

「……わかってる。えぇ、わかってるわ」

 こういうことを言ってくれるから、本当にロンゴミアントには気が抜けない。

 彼女は自分が武装であることも、ユキナが主の婚約者であることもすべて認めている。そのうえで、彼女はミーリが好きなのだと公言しているのだ。

 彼女は戦う前、いつも言っている。

――私はミーリあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる

 自身は武装であることを弁えたうえで、ミーリの常勝のパートナーを謳う。

 そんな彼女に、神霊武装ティア・フォリマながら憧れを抱く女子は意外と多い。彼女がもし人間だったならと、運命を呪う男子も少なくない。

 ロンゴミアントは槍の脚を除けば、容姿端麗で実に美しい女性だ。そこらのモデルよりも格好良く美しく、そして色気がある。

 そんな彼女だから、自分は嫉妬してしまう。戦闘となれば、そんな彼女が一番婚約者に近くなってしまうので、妬いてしまう。

 まったく、困ったものだ。神霊武装ティア・フォリマだと割り切れない。いざ割り切ってしまえば、即座にミーリを奪われる気がしてならない。彼女がそんな存在でないことも知っているが、それでも気が抜けない。

 まったくもって、ロンゴミアントはできた女だ。

 でもだからこそ、ミーリを任せられる。彼女以外に、ミーリを任せられる人間はそういない。

 ロンゴミアントにミーリを任せたユキナは、一人寮を出て行く。今日は学園自体は開いてるが、取っている授業が休講のために学園に行かない予定だった。

 だがなんとなく、その脚は学園へと向かう。一人で物思いにふけるには、どこかのカフェに行くよりも学園の方が落ち着く。

 そう思って学園に来たユキナの脚が向かったのは、学園の闘技場。

 ラグナロクには敷地内に三つの闘技場を完備しており、それぞれドーム状のリブル、塔のムスペル、そして西洋の城の形をしたヨトゥンだ。

 そのうちの一つであるリブルに入ると、そこでは後輩達が自主訓練をしていた。

 学園では生徒は自身のパートナーを召喚するが、それは二年の後期に入ってからだ。さらに正確に言えば、二学期の期末試験を合格した生徒だけが召喚を許される。まぁ九割の人間が合格するので、後期に入ればと言われている。

 だが実際、例外は存在する。

 ミーリやユキナのように実力が認められ、特別な許可を学園長から得て召喚するケース。

 そしてまた、主を失ったはぐれ神霊武装ティア・フォリマと遭遇し、契約してしまうケースもある。これは滅多にないが、あれば実力も問われず認められる。

 不条理だが、その神霊武装ティア・フォリマが名を持つ高位の武装だった場合、失うのは人類にとっては痛い。名を持つ高位の武装は、それだけ戦闘力が高いのだ。人類を救う救済になるかもしれない。

 そんな存在を失うまいと、学園は認めている。まぁ神霊武装ティア・フォリマは基本、主からの霊力供給を失うとすぐに消えてしまうケースが多いので、はぐれと出会うだなんて本当にまれなのだが。

 だがその稀なケースに当たった学生が、その中に一人いた。

 そういうケースに当たった下級生は神霊武装ティア・フォリマの扱いに慣れてないために暴走させたり、霊力が不安定になってしまったりすることが多々ある。そのときの対応をするのも、七騎の役目だ。

 故に七騎であるユキナは、その子のことを資料で知っていた。

 元の色は確か金色のはずだが、どうやら黒に染めているらしい髪の色。

 確かに和国の出身で金髪と言うのも珍しいものだが、そこまで隠さなくてもいいのではないだろうかとも思う。まぁそこは本人の自由なので、無理強いはするつもりはないが。

 全体的に小さな体格は、小柄なユキナよりも小さい。二年下の後輩だが、自分より小さい人というのもそういないので、ちょっと可愛げを感じた。

 確か名前は――

「レオ! 組み手の相手してよ!」

 本名を獅子谷玲音ししやれおん

 獅子にんとなっているので、周囲の友達からはレオと呼ばれているようだ。

 本人はライオンとはかけ離れた性格のようだが、そこはツッコまない方がいいのだろうか。まぁ、多分しない方がいいのだろうが。

 しかし遠目で見ていたが、玲音の組み手は酷かった。何が酷いって、いや、全面的にだ。

 体が固くて動きも鈍い。拳の速度は常人以下だろう。霊力で筋力を強化しているのだろうが、おそらく強化し過ぎて重くなってしまっているのだ、もったいない。

 というか、おそらく彼女は当てる気がないのだろう。友達相手で気が引けているのだ。見てすぐにわかった。

 そんなのろのろパンチが当たるはずもなく、相手に軽く躱される。そして思い切り首筋に叩き込まれた手刀によって倒れ、そのまま神経を麻痺させられて立てなくなってしまった。

 心配した友達が集結し、意識を喪失しかけている玲音を起こそうとしている。

「……何、この茶番劇」

 悪意を持って言ったわけではないのだが、しかしそう言わざるを得ない。組み手とは対人格闘の訓練であり、味方も敵として相手しなければならない。

 故にこんな仲良しごっこは、時間の無駄だ。こんなことで強くなれるのなら、誰も苦労なんてしない。そういうのは、ミーリのような戦闘の才能を持つ人間がすることだ。

 無論、ユキナ・イス・リースフィルトもまた、戦闘に関しては才能豊富な人間だと自負しているが。

(もう……見てらんない――!)

 観客席から飛び降りて、彼女達のいるフィールドへ。

 そして玲音の友達をどけると玲音の腹に思い切り手刀を突き刺し、玲音の呼吸を一瞬止めた。そうして苦しみ、酸素を求めて呼吸しようとする玲音の背を叩く。

 一瞬ぶりの空気を意識ごと取り戻した玲音は、涙を浮かべながら咳き込み、何度かオエっとなりながら自らの呼吸を徐々に取り戻した。

「まったく、そんなんじゃ実戦には出せないわね。あなた達、戦争に出る気はあるのかしら」

「り、リースフィルト先輩……!」

 ラグナロクでのユキナの立ち位置は、どうも本人は理解できていない。

 ユキナの目はいつだって、ミーリだけを見ているからだ。彼女が他人ほかを見るには、ミーリを介している必要がある。

 だから自分が後輩達からどう思われているのか、興味もないし知りたいとも思わない。故に次に出て来た後輩達の言動が、理解し切れなかった。

「リースフィルト先輩! お願いがあるんですけど!」

「私達を鍛えてはくれませんか!?」

「え、え?」

 ユキナの立ち位置。それは簡単に表すのなら、憧れの先輩だ。

 美しい容姿コンパクトにまとまった多彩な才能。彼女に物事をやらせれば、必ず平均より一.五倍以上の成績を残す、才能の塊だ。

 そして肉弾戦闘ではまず、彼女に敵う者はいない。名前も能力も一切が不明の立体パズルの神霊武装ティア・フォリマを片手に振るわれる体術は、強靭かつ端麗だ。彼女の体術こそ、学園で学べる最高技術と言っても過言ではない。

 そして何より憧れられている理由は、ミーリの彼女であることだ。

 東の対神学園の一つ、ラグナロク。そこの七騎にして最強の男子生徒、ミーリ・ウートガルド。そんな彼と共に戦い、また付き合うことができるのは彼女だけだ。

 故に憧れる。ミーリは学園中の女子からの憧れの的だが、誰も自分がミーリの彼女になる姿を想像できない。絶対に相応しくないと思ってしまう。

 だがユキナは違う。まさしくミーリの彼女だ。彼女以外に誰が、その位置にいてなんの違和感もないだろうかと問われれば他に答えはない。

 ラグナロクには他にも憧れを抱かれる女性はいるが、中でもユキナはできるGFかのじょの鏡として女子生徒達から尊敬されていた。

 まぁ無論、ミーリへの過多と思われる束縛を除けばの話にはなるのだが。

 そしてそんな先輩が今目の前にいて、自分達と接しているというこの好機を逃す選択は彼女達にはない。是が非でもユキナに師事し、実力をつけたいと願っていた。

 が、その意図と熱意がユキナにはいまいち伝わらない。

 ミーリにのみゾッコンで、ミーリにのみ神経を向けていると言っても過言ではない彼女に、他人からの評価など無意味に等しい。

 故に彼女達が自分への憧れから、師事を願い出ていることなど想像だにしなかった。だから返答に困る。

「実はもうすぐ、私達とある先輩の悪魔退治の依頼に同行するんですけど……」

「私達まだ武装もいないし、支給される武器は脆いって聞いて。だから、格闘術を勉強してるんです」

「でも私達だけじゃ限界があって……リースフィルト先輩は、体術がお得意じゃないですか!」

「是非私達に教えてください! お願いします!」


「「「「お願いします!!!!」」」」

 玲音以外の友達四人、全員が頭を下げる。玲音はまだ、単純に頭がボーっとして何も考えられないだけなのだろうが。

 そして、ユキナは考える。そんなつもりで闘技場に来たわけでもないし、そもそも誰かに教えられるほど体術を学んだわけでもない。

 これはいわゆる我流オリジナルだ。人に教える格闘技とは、また別の代物である。

 だが懇願する彼女達の熱意。そしてたった今見ていられなかった茶番劇にも匹敵する惨状。確かにこのまま見捨てて悪魔退治で死なれては、こちらも気分が悪い。

 こちらは今、気分を晴らしたいのだ。ミーリにばかり気が向いて、他人を許せない自分から少しでも変わりたい。

 もしかして後輩を――しかも女子を教えることは、実はまさに転換のチャンスではないだろうか。

 なんかそんな気すらしてきた。この世界では神は敵だが、なんという慈悲。これは自身の嫉妬深さと決別せよという、啓示なのではないだろうか。

「……言っとくけど、私は誰かに教えたことはないわよ? それでもいいの?」

「「「「はい!!!!」」」」

(なんだか少し面倒なことになったけど……まぁ、いっか)

 こうして、ユキナは後輩五人の面倒を見ることになってしまった。玲音も四人の友達から遅れて、頭を下げる。

 しかしこのとき本来いるはずの玲音のパートナーが、このとき闘技場のどこにもいなかったことを、ユキナは失念していて気付けなかった。

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