vs 混合獣

 四〇年前、神々は人類を滅ぼしに来た。

 それまで共存していた二つの種族は争い、十年もの間戦った。

 お互いにその数を減らし、敵を減らし、蓄えを減らしながら戦い続けたが、結局決着は着かなかった。

 そこで神々の代表と人類の代表は停戦協定を結び、戦争は一時的に集結した。

 だが神々の中には、未だ人類を滅ぼそうとしている者もいる。停戦協定など無視して殲滅すべきだという考えの神々によって、人類はなお戦いを強いられた。

 そこで人類は神々の許可を得て、牙を剥く神々を討伐する権利を得た。

 そのために神に対する対神軍が組織され、さらにその軍に入る人間を育てるために世界に八つの学園を設立した。それを世間では対神学園と呼び、それぞれが神に対する戦力を育てていた。

 そのうちの一つが、東西南北に分かれた大陸のうち東に位置する都市、エディオンに存在する対神学園・ラグナロク。

 そこの三年生であるミーリとユキナは、東の大陸でも三番目と呼ばれる都会のビル群を駆け抜けていた。

 ビルの壁面を蹴って隣に跳び、壁を駆け抜けてさらに隣へ。

 そうして空中を駆け抜けていく二人の姿を、通行人兼一般人は目で追っていく。二人がこれから神と対峙する生徒達だと予測して、希望を抱いた声援を送ってくれた。

 さらにその人ごみの中を、紫髪の女性が駆け抜ける。

 黒を基調とした全身を覆うロングコートの下は、首から下を覆うこれまた黒のタイツ。その脚は紫色の光を反射する白銀の槍脚で、一歩踏み出すごとに金属音が鳴り響く。

 ミーリのパートナー、ロンゴミアントが二人を追って駆け抜けていた。

「ロン、ちょっと遅くする?」

「大丈夫よ。それに急がないと、他の人に取られちゃう」

「なるほど、それは確かにヤだね。じゃ、急ごっか」

 ミーリが一瞬だけ降り、ロンゴミアントを抱き上げる。再び凄まじい脚力で跳び上がると、先を行くユキナに追いついた。

「ちょっと! ミーリ、なんでロンゴミアントなの?! やるなら私をお姫様抱っこしてよ!」

「いやだって、ユキナ下手したら俺より速いし……ロンは俺らみたいにできないし……ってか、俺のパートナーだし」

「もう!」

「諦めて、ユキナ。私はミーリのパートナーよ」

「私だってパートナーよ!」

 いけない、二人のいがみ合いが始まった。

 基本この二人の仲はよくない。二人共ミーリのことを好いているのだが、ユキナのミーリ愛が強すぎて、パートナーであるロンゴミアントにまで嫉妬してしまうのだ。

 それをロンゴミアントはまるで相手にしていないので、ユキナがますます腹を立てるのだが、こればっかりはミーリでも止める術がなかったのである。

 そんなこんなでユキナが妬いていると、目の前の十字路から何かが飛び出してきた。

 見るとそれは、獅子の頭に犬の胴体、鷲の四脚に蛇の尾を持つ神獣、混合獣キメラだった。

 先に要請を受けて出ているラグナロクの生徒達が戦っているが、混合獣キメラには一歩届かない。遠距離攻撃は鷲の脚と蛇の尾に叩き落とされ、大暴れする混合獣キメラに近付けず、接近戦ができなかった。

 そのザマを見て、ユキナは厭きれたようすで吐息する。

「もう、それでも対神学園の生徒なの? 情けない」

「街の中だから、派手にやれないんだよ。わかってあげて」

「なら、ここから飛ばせばいいのね?」

 そう言って、ユキナは咆哮する混合獣キメラの前へと躍り出る。新たな敵を見つけた混合獣キメラは牙を剥き、隠していた鷲の爪を出して襲い掛かった。

 普通ならば、八つ裂きにできるだろうサイズの少女。だがそれは、普通の話。ユキナは生憎と、普通じゃない。

 その華奢でただ白いだけの脚を持ち上げただけで、開いていた獅子の口を閉じさせ、その細くて見るからにか弱い腕を出しただけで、向けられた爪の一撃を受け止めた。

「この程度? もう……だから嫌いなの、何も考えられない獣なんて」

 何もしていない手を差し伸べる。その手に何やら流れ込んできた力が収束すると、それは正方形の青い立体パズルとなってユキナの手に納まった。

 ユキナの手の中で、パズルが勝手に動く。どういう変形をすればそうなるのか、パズルは鍵の刺さった宝箱へと形を変え、その鍵を一回転させた。

 そうして宝箱が開くと、そのパズルは底の方からユキナの手の中へと消えていく。すべてがユキナの中に溶けていくと、ユキナの目の色が変わった。

 赤い吸血鬼のような虹彩から、夜の闇を射抜く金色へと変わる。その目に変わったユキナは口角を持ち上げ、獅子の顎を押さえつけていない方の脚を少しだけ曲げた。

「これから私、ミーリとイチャイチャするの。だから、邪魔しないで」

 少しだけ曲げていた脚をピンと伸ばして跳躍し、獅子の頭部が犬の胴体を海老反りにして持ち上がる。

 そして跳躍した脚を顎を押さえていた脚と入れ替わりに持ち上げ、三割程度の力で蹴り上げた。

 見るからに数百キロはある巨体が、軽々と吹き飛んでビルの頭を越えていく。その光景に、一般人は目を疑った。

 とてもそんなことをできそうにない、黒のドレスワンピースを着た白肌少女が、霊力によって強化された脚力だけで神獣を蹴り飛ばすだなんて荒業をできるとは思ってもみなかった。

 ユキナのことを知っているはずの同じ学園の生徒達も、同じく驚愕する。相も変わらず自分達よりも群を抜いているユキナの実力に、驚愕するしかなかった。

「ミーリ」

 後は任せたと、背後のミーリに笑みを向ける。

 ロンゴミアントを降ろしていたミーリは彼女に手を取らせ、その甲に口づけさせた。

神霊武装ティア・フォリマ

 紫の光を放ち、ロンゴミアントは姿を変える。微かに残った夕焼けに光る紫色の長槍となって、繋いでいたミーリの手に握られた。

 その槍の名を――

死後流血ロンギヌスの槍」

 ユキナの蹴りで吹き飛ばされた混合獣キメラが、浮力を失って落下する。顎を蹴られたことで脳が揺れ、感覚が麻痺して動けない獣に、ミーリは槍を構えた。

「行くよ、ロン。準備はいい?」

『えぇ、ミーリ。大丈夫よ。私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』

「そうこなくちゃ……ね!」

 落下してきた混合獣キメラの体に、紫の槍が突撃する。ノーバウンドで横からの力に押された巨体は地上スレスレを滑空し、吹き飛ばされる。

 その巨体を腕の力だけで持ち上げ、さらに撥ね飛ばすと、舞い上がった犬の胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 その一撃で、混合獣キメラは絶命する。体は微塵も残ることなく霊力の元である霊子へと変わって大気に溶け、跡形もなく消え去った。

「お疲れ、ロン」

『えぇ、お疲れ様』

 刃に滴る血が、槍の中へと溶けて消えていく。まるで彼女が舐め取っているかのよう。

 その様を見て、ロンゴミアントを恋敵にしているユキナはわざとらしく気持ち悪いという顔をした。

 だが人型に戻ったロンゴミアントはまるで気にした様子はなく、ミーリの手を取る。指と指を絡ませる恋人繋ぎをわざとユキナに見せつけ、微かに嘲笑を浮かべた。

 ユキナはかなり悔しそうだが、余り言い過ぎるとミーリがロンゴミアントの方を庇うので、仕方なく一歩引いた。

「さ、帰ろっか。賞金……いくらだっけ」

「五〇万よ、ミーリ。あなたが三五でユキナが一五でいいんじゃない?」

「ちょ、ちょっと! なんで私がそんなに少ないの!」

「あら、賞金は討伐した人間に与えられるのよ? 今回倒したのはミーリなんだから、補助のあなたがミーリより少ないのは当然じゃない」

「だからってそんなに少なくなくてもいいでしょう?! 配分がおかしいのよ、配分が!」

「おかしくないわ。正当性に基づく割り振りよ。ねぇ、ミーリ?」

「も、もう! ロンゴミアント離れて! ミーリの腕は私の物なんだから!」

 また始まってしまった。二人のこの争いを、ミーリは止めることができない。仲良くねと仲裁して止まるのは、本当に一瞬だけだ。

 だから困る。二人の仲が良くなってほしいのだが、どうしたらいいのかわからないミーリなのだった。


 * * *


 神霊武装ティア・フォリマの展開に問題なし。召喚に関しては、もう心配はいらないだろう。

 神話や伝説の中で生きた神々英雄の造物。現代では人間によって召喚される、人の姿と意思を持った神殺しの武装。それが神霊武装ティア・フォリマだ。

 召喚だけで物凄い時空の歪みが発生するのだが、今回は少し規模が違う。

 神霊武装ティア・フォリマには名のある武装と名のない武装があるが、名のある武装は無限と言える武装の中からほんのわずか、レアだ。

 その一つである死後流血ロンギヌスの槍の召喚には、時空に特大の歪みが発生する。

 ただでさえ、この世界は時空神によって歪められた仮装の空間。本物のそれならば大したことのない歪みでも、この世界では常に見張る必要性がある。

 だから気を付けなければ。この世界の住人は、そんなことなど知らぬ存ぜぬで召喚するのだから。

 しかしそこはいいとして、ユキナ・イス・リースフィルトのキャラが少し崩壊しているのが気になる。元の彼女はこんなにも情緒が不安定で、ワンワン叫ぶ女性ではないはずなのだが。

 でもこれが、この可能性の彼女。もしもミーリ・ウートガルドの神霊武装パートナーといたらという可能性で生まれた彼女ならば、これもまた成功の例か。

 まぁ確かに、この世界にあんな狂気的な彼女はいらない。さすがにすべては消し去れないが、四割程度は除去してみせよう。

 さて、ここから二人はどうなるのだろうか。

 この可能性の二人にはあの事件も、因縁も、対する気持ちも何もない。その二人が今後どうしていくのかは、この仮想空間を創った時空神でも知る由もなかったのだった。 

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