仮初の恋人

ミーリとユキナ

 対神学園。

 神と戦う人間を育てる教育機関。世界に八つある学園で、青年達は戦闘の知識と基礎学問を学ぶ。

 そのうちの一つ、東の大陸にある対神学園・ラグナロク。元は巨大な教会だったのを、二〇年前に改修して学園にした。

 広大な敷地の中に校舎である元教会がドンとあり、さらに広大な校庭と、三つの訓練闘技場がある。とにかく広大であり、その周りを一周するだけでも実にいい運動となるのだ。

 そんな広大な敷地の中を、ミーリ・ウートガルドは駆け回っていた。全力疾走とは程遠いが、それでも後ろから追いかけてきているそれから逃げるために、捕まらない程度の速度で走る。

 だがその背後から、何かがものすごい速さで投擲される。ミーリの横顔を通り過ぎて地面に突き刺さったそれは、校庭にあったはずの街路灯だった。

「ミーリ?」

 追いついたそれは、脅迫的な声色で問いかける。突き刺さった街路灯がへし折れて、ガラスが砕け散ったのを見たミーリは、おもむろに振り返った。

「ミーリ、なんで逃げるの? なんで走るの? 逃げないで。私の愛を受け止めて?」

「いやいやいや……これはちょっと重いし尖ってるし、下手したら死んじゃうし……」

「大丈夫よ。だって、ミーリだもの」

「えぇぇ……なんの根拠もないじゃん。ってか、機嫌直してよ。べつに俺、何もしてないと思うんだけど――」

 第二投が、屈んだミーリの頭上を通過する。それは大気を裂きながら、近くの木に突き刺さった。

 避けなければ、ミーリの頭があの木になっていたところである。

「ゆ、ユキナ……?」

「何もしてない? 今、何もしてないって言ったの? ふぅん……彼女に隠れて他のとイチャイチャしておいて、何もしてない、だなんて……」

 彼女が――ユキナ・イス・リースフィルトが宙を掴む。大気を歪めて何かを握り締めると、その何かを大きく踏み込んで投擲した。

 見えない大気の塊が、音を鳴らして突進する。

 だがミーリはまるで見えているかのようにそれを片手で止め、その先端が刺さらないようにほんの少しだけ体勢を後ろに傾けた。

 速度を失った塊は、それを塊にしていたユキナの霊力が解かれて消える。大気に染み込むように消えたそれには、もうなんの攻撃力もなかった。

 それを見たユキナはまた、脅迫的な眼差しでミーリを睨む。そしてまた新たな見えぬ武器を投擲する構えを見せ、指を鳴らした。

「言い訳しないでよ、私見たんだから……二人の女の子に腕を抱かれて、胸を押し付けられて、鼻の下伸ばしてるミーリの顔を……!」

「えぇぇ……鼻の下は伸びてないと思うけどなぁ……」

「何よ、何よ何よ何よ。やっぱり、胸のある子が好きなんでしょ? ロンゴミアントだってそうだし、他の七騎しちきだってみんな大きいし……!」

「いや、ロンゴミアントは別に俺の好みに合わせてるわけじゃないし……他のみんなだって、ねぇ……」

「じゃあ、胸がない方が好き?」

「いや、俺の好みに胸は関係ないかな。体的な話をすると、髪の毛と脚の長い子が好き」

「本当?」

「うん、本当。だから――」

「じゃあなんで鼻の下伸ばしてたの?!」

 最初よりも数段速い、もはや弾丸のような速度で繰り出される。見えない投擲の狙いはズレて、ミーリのすぐ側を通過すると、その奥の闘技場の外壁を貫いた。

 今の一撃がもしミーリに直進していたら、外壁と同じことになっていただろう。即死だ。

 それを想像し、ミーリの体から血の気が引く。蒼白になったミーリの顔面に次は当てまいと、ユキナは第三の投擲を構えていた。

(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! 死ぬ! 俺死ぬ!)

「ゆ、ユキナ落ち着いてってば! 俺、鼻の下なんて伸ばしてないよ! そんなに伸びないよ!」

「嘘つき! だって、だってあんなに嬉しそうにして……笑ってたもん!」

「だってそりゃ、他の子とだって仲良くしたいもん! そんな、わざわざ嫌われるようにはできないって!」

「じゃあなんの話をしてたのよ! 正直に言ってみてよ!」

「……もし……もしよかったら、今度食事にでもって、誘われた」

 それを聞いたユキナは今までよりも特大の塊を握り締める。相変わらず視認できないが、込められた霊力が尋常ではない。明らかに、殺すための一撃だ。

「だけど断ったよ。だって、その日はユキナとデートするって決めてたんだもん」

「……え?」

「ユキナ、前言ってなかったっけ。東の和国にできた出雲ってところに行きたいって。だからちょっと前からお金貯めてて、二人分の汽車も取れそうなんだけどさ……そのぉ……誘おうと思ってたんだけど、迷惑?」

 ユキナが投擲の構えを解除する。不可視の塊は霧散して消え、厖大過ぎる霊力に危険を感じて駆けつけて来た生徒達も、警戒態勢を解除した。

「……じゃない」

「ユキナ?」

「迷惑、じゃない……ありがとう……ありがとう、ミーリ」

(よかった……なんとか話のベクトル逸らせた……計画バラしたくはなかったけど、仕方ないよね、これ……)

 嬉しさのあまりに泣きそうになっているユキナに歩み寄り、その頭に手を置く。軽く指先でポンポンと叩き、頭頂部からくように撫でた。

「じゃ、ロンを迎えに行こう。そろそろ定期健診も終わったと思うし、早く帰ってデートプラン考えなきゃだし」

「……そうね……ねぇ、ミーリ……」

 潤みを帯びた、甘えの眼差しを向けられる。周囲の目がまだあったが、ミーリはとくに気にする様子もなくユキナの額に唇を重ね、続けてユキナと唇を合わせた。

 それを見た周囲から、特に女子からは小さな声でキャーと言われる。まるで自分達が口づけされたかのように紅潮し、見まいとして顔を隠す指と指の隙間から見入っていた。

 男子は――とくに世間で言うところの非リア充は、もうミーリを殺してやろうかという眼差しを向けている。

 しかしながら、このラグナロクでも最強の七人である七騎に属するミーリに勝てるなど、思ってもいない。故に殺せるわけもないのだが、妄想の中では彼らはミーリを尻に敷いてふんぞり返っていた。

 そんな男子女子の間を掻い潜って、一人の影が走る。金属音を立ててミーリ達に肉薄したそれは、二人の前でフルブレーキをかけて停止した。その、紫の光を反射する白銀の槍脚で。

「ミーリ! ユキナ!」

「ロン、どしたのそんなに慌てて」

 キスをしていたことなど、気にせず続ける。口づけなど、彼女にとっては別段気にするものではなかった。日常茶飯事、という奴だ。

「街に神の類が出たの! 暴れてて、何人かうちの生徒が行ったみたいなんだけど――」

「敵わない、か……懸賞金は?」

「かかったわ。五〇万よ」

 デート資金に調度いい。

 現在のミーリの思考回路は、それ一択。

 対するユキナも同様に、稼げることとミーリと一緒に討伐できることしか頭になかった。

 二人して見合って、そして頷く。

「じゃあすぐ行こぉ、今すぐ行こぉ。面倒だからぁ、さっさと終わらせよぉ」

「そうね、ミーリ。早く帰って晩御飯にしましょう? 何がいい?」

「じゃあカレー」

「一昨日もそうだったじゃないの」

「あれ、そだっけ?」

「そうよ」

(喧嘩してたように見えたけど……よかった、仲直りしたのね。まぁどうせ、痴話喧嘩だったんでしょうけど?)

「じゃあロン、ユキナ、行くよ」

「えぇ、ミーリ」

「さっさと終わらせましょう。今晩は、スープカレーにするわ」

「やったぁ、やる気出て来たなぁ」

(結局カレーなのね……)

「よし、行くよ」

 学園を飛び出し、三人は駆ける。そして騒動への中心へと、飛び込んでいくのだった。 

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