神殺しのロンギヌス ーThe Queen of Heaven-

七四六明

第一章 ー誰にもなれなかった殺人者ー

Another possibility

 ここだ。

 ここに彼女がいれば、この世界は確定する。

 この世界の安寧を齎す七つの柱は、もうすぐで完成する。


 全てはここからだ。

 後は彼が、彼女を呼ぶのを待つばかり。


  *  *  *  *  *


 周囲一帯は火の海で、建物と言う建物は灼熱によって燃え盛っていた。

 呼吸をすれば煙と灰とが混じった空気が喉を焼き、体中の水分と生きるための力を奪っていく。

 すべてが灰燼に帰そうという村の中心にある、元は教会だったのだろうそこに、彼らはいた。

「ミーリ、まだ?」

 扉の向こうの外を見張る彼女が青年を――ミーリ・ウートガルドを急かす。だがミーリはこの灼熱の中であくびしながら、不適にゆっくりと指先につけた血と灰で何かを書いていた。

 描いているのは、巨大な五芒星とそれを囲む三重の円。それが書き終わると、ミーリは少し立ち尽くして陣を眺め見る。

「ミーリ? もう、そんなゆっくり召喚陣を確認してる場合じゃないのよ?」

「わかってるけどさぁ……でも間違ったらイヤじゃん? なんか変なの呼んだりしたら困るし……ふぁぁぁ……」

 緊張感の欠片もない大あくび。それに対して、外を見張っていた彼女は厭きれる余りに溜め息を漏らす。

 そうしてようやくミーリは血塗れの手を陣の中央につける。やっとだ。

「えぇっと……なんだっけ」

「どうしたの?」

「召喚詠唱、忘れちゃった……ユキナぁ、代わりにやってくんない?」

「それじゃあ私の召喚になっちゃうでしょ? これはミーリの召喚なんだから、ちゃんと思い出して」

「んなこと言われてもなぁ……」

 ミーリは普段、授業は寝て過ごす男。だがこうなると、もっと真面目に授業を受けておくべきだったと思わざるを得ない。

 まぁそんな風に思うのは、こういうときだけなのだが。

「……ま、いっか」

 普段なら詠唱が必要なところを、ミーリは無詠唱で始める。詠唱が術を確定し、より成功に近付くのだが、それでもミーリが描いた陣は呼応し、輝き始める。

 ミーリが無言でそそぐ力、霊力が電流に変わって迸る。光をまとって衝撃を宿し、大気を燃やして揺らめかせる。

 そうして燃え盛る教会から、すべての熱と炎を奪った陣は、その中心から光をまとった塊を吐き出した。

 それはやがて形を得て、姿を変える。人型になると共に力は内部へと収束し、その人型に染み込んでいった。

「あなたが、私を使う主になる人?」

 彼女は問う。だがそれに対して一瞬考えたミーリは、おもむろに首を横に振った。

「俺は、君のパートナーになりたい。どっちが上とか下とかじゃなくて、一緒に俺と戦ってくれる。そんなパートナーになりたいし、君にもなってほしいんだ」

 そう言うと、彼女は笑う。クスクスと微笑したかと思えば、おもむろにミーリに抱き着いた。

「当たり前じゃない。あなたが私を呼んだのでしょ? なら契約さえしちゃえば、どうしたってパートナーになるわよ」

「ふぅん……じゃあいいや、その当たり前の関係で。俺は君と、そんな関係になりたいんだ」

「へぇ……いいわ。好きよ、あなたのこと。名前、なんて言うの?」

「ミーリ。ミーリ・ウートガルド」

「ミーリ・ウートガルド……」

 彼女はその名を口にすると、金属音を立てて素早く後退する。そして元は神を模した石像が置いてあったのだろう祭壇に上り、大きく手を伸ばして差し伸べた。

「改めまして、私は人の名をロンゴミアント! 武装の名を死後流血ロンギヌスの槍! 今日からあなたの……あなただけの槍になってあげる!」

 

  *  *  *  *  *

 

 武装、死後流血ロンギヌスの槍、召喚成功。

 これでまず、第一段階クリアと言ったところか。

 ミーリ・ウートガルドとユキナ・イス・リースフィルトの接続コンタクトにも、支障はない。うまくいっている。

 しかしながら、なんというお節介だろうか。殺し合いの運命にある二人の過去を改変し、一緒にしてやるだなんて。これを彼ら本人が知ったらどうなるだろうか。

 何せ実際に過去を改変して、彼らの運命を変えてしまったわけではない。

 これは、一つの可能性。

 もしもあの時という過去にあった分岐点の逆を行った場合、どうなるのかなという実験的な気持ちと、彼らには幸せであってほしいという思いからしたこと。

 だから彼らが救われるわけではない。これは、自分だけの自己満足。彼らが一緒にいて、幸せであることを祈ってやっているだけのこと。

 だからこれは、仮初の幸せだ。

 本当の――運命の通りに生涯の分岐点を選んだ二人は、運命に従うままの人生を生きている。

 だが仮初とはいえ、幸せは幸せ。実際に彼らに訪れるわけではないが、自分達とは違う別の自分達が幸せになるのだ。

 それをいつしか彼らに見せて、満足させるもよし後悔させるもよし。だが思ってほしいのは、二人には殺し合うだけでなく、こうして共に生きられる可能性もあったということだ。

 だがこれは、繰り返しになるがただの自己満足。彼の幸せを願った、私の陶酔に過ぎない。

 故に自分にも言い聞かせるため、もう一度だけ繰り返す。

 これは過去を改竄かいざんし、彼らの運命を変えたのではない。過去を改変した結果訪れただろう結果を、確認しているだけなのだ。

 故にこれは仮初の幸せ。仮初の物語。真の二人は、今まさに激戦へと身を投じている。 

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