私の『魔法少女』活動記録

@mrhentai

1日目 魔法少女になりました

 それは日曜日の夜のことでした。

 湯船に浸かって心地よさに満たされていたとき、あいつがやってきたのです。

「失礼するで」

 そいつは堂々と風呂場の扉を開けて入ってきました。

 私の人生が大きく狂い始めた瞬間でした。

「なんや、えらい狭い場所やな」

 本当に失礼でした。

 ただ、私は驚きのあまり声を上げることさえも忘れていました。

 なぜならそいつは人間ではなかったのです。

 いえ、見た目だけで言えば人間なんです。

 姿かたちは小太りのおっさんと言った感じでした。

 ただ、人間というにはあまりにもサイズが小さかったのです。

 あとで聞いた話なのですが、身長は23.593902cmなのだそうです。

「えーと、おまえさんか、せりあおいというのは」

「え、あ、はい」

 得体のしれない存在に突然名前を呼ばれて私は思わず答えてしまいました。

 あまりにも想定外の出来事に遭遇すると人は思考力を失うと言います。

 その通りでした。

「よし、おうとるみたいやな。おまえさんは魔法少女に選ばれた。おめでとさん」

 常識では考えられないことを言われているのは分かっていました。

 けれど脳が働かず、そのときの私はただただそいつの話を聞くので精一杯でした。

「おまえさんが魔法少女、ほんでわいがサポートや。それで契約するけどええか?」

そいつは手にしている小さな本をパラパラ捲りながら聞いてきます。

 私は状況が飲み込めず呆気に取られていました。

 頭の中で整理が追い付かず、気付けばこくんと頷いていました。

 私は今でもこのときのことを後悔しています。

「よっしゃ、契約完了や。じゃあまずは挨拶やな。わいの名前はグヴァンクャンチン・ポルルヴェリュテスや」

 そいつのテンポで話が次へと進んでいきます。

 第三者が見ればとても奇妙な光景だったと思います。

 銭湯ならまだしも、自宅の風呂場で裸の二人が自己紹介を始めたのですから。

 ええ、そいつも裸だったんです。

お風呂なので裸でもおかしいわけではない……と思うのですが。

「え、グバ……キャン?」

「グヴァンクャンチン・ポルルヴェリュテス。まぁ、難しいやろし、長い付き合いになるやろから愛称で呼んでくれてもええ。親しい仲にはチンポルくんって呼ばれとる」

「チンポルくん……」

不覚でした。

 流れでつい口にしてから私は自分を責めました。

 何が起こっているのか理解するにはまだ時間が必要でしたが、正常な判断力は少しずつ戻ってきていました。

「そうや。おまえさんのことは、葵でええよな。よろしくな、葵」

 そう言ってそいつは小さな手を差し出してきました。

「えっと、よろしくお願いします、グバンくん」

何をよろしくするのかも分からぬまま、礼儀として私も手を伸ばし、握手をしました。

愛称は勝手に変えました。

「グバン……まあ、それもええやろ。好きに呼んでや」

「あの、グバンくん、質問してもいいですか?」

分からないことだらけの私はグバンくんに尋ねました。

「ん、ええよええよ。けどその前に場所移そや。ここはちと暑いわ。わいは先におまえさんの部屋で待っとるでな。ごゆっくり」

 そう言ってグバンくんは浴室の扉をガチャッと開けて出て行きました。

 私は気が気ではありませんでした。

 あんな未確認生命体を家族に見られたら大パニックです。

 とても風呂でごゆっくりしている気分にはなれませんでした。

 私は慌てて浴室から出て自分でも驚くほどのスピードでささっとパジャマを着て自室へと向かいました。

「お、なんや、早かったな」

グバンくんは私のベッドで胡坐をかいていました。

騒ぎになっていないあたり、家族には見られていないようです。

「あの、グバンくん、服は……?」

グバンくんは裸のままでした。

「ああ、妖精は衣類を纏わん主義やねん」

妖精……?

誰が?

「グバンくんは妖精なんですか?」

「ん、どっからどう見ても妖精やろ」

私は過去に妖精の実物を見たことはありません。

羽の生えた可愛い少女のイメージはただの私の想像だということは分かっています。

なので否定はできませんでしたが、肯定したくもありませんでした。

知らぬが仏とはこういうことなんでしょうね。

「そんで、質問ってあるんなら聞くで」

私の心境などお構いなしにグバンくんは言いました。

「え、あ、はい。グバンくんはさっき、私が魔法少女に選ばれたって言いましたよね」

「ゆうたな」

「魔法少女って魔法を操って事件とかを解決する少女のことですよね」

「そうやな」

「本当に私が選ばれたんですか?」

「芹家の葵っちゅうんはおまえさんのことやろ?」

「はい」

「なら、そうや。おうとるよ」

「でも私、男ですよ」

私、芹葵は平凡な会社に勤める42歳の平凡なサラリーマン。

名前のせいで女性と間違われることも多々ありますが、妻と娘を持つ普通の男性です。

なのに、まさか魔法少女に選ばれる日が来るとは夢にも思いませんでした。

「分かっとるよ、ごっついちんちんついとったもんな」

「――!?」

「わいもびっくりしたで。名前からして女や思うて風呂場行ったら、如何にもおっさんって顔が幸せそうに湯船に浸かっとるんやもんな。間違えたかと思うたわ。けど、外見だけで簡単に判断したらあかんやんか。おっさん顔のおばはんもおるし、ぺったんこの人種もおるからな。勝手に男やと決めつけるんは失礼やんか」

私は思いました。

女性が入浴中に風呂に入るほうが失礼なのでは、と。

それに思っていても口にしなければ問題ないのでは、とも。

「かと言って、おまえさんは男か、てストレートに聞くのも違うやん。そんで閃いてん。ちんちんついてるか確認すればええんやってな」

それが一番問題な気がします。

でも、ひとつ疑問がありました。

私はグバンくんの前で自分の股間を晒した覚えがありません。

浴室では浴槽に隠れていましたし、私が上がったのはグバンくんが出て行った後です。

「いつの間に確認したんですか」

「ああ、わいな、透視できんねん」

「透視!?」

「そや、浴槽透かしたら一発や」

グバンくんは自慢気にふんと鼻を鳴らします。

とても危ない存在です。

「グバンくん、その能力は妻や娘には絶対に使わないでくださいよ」

「なんでわいが葵の奥さんや娘さんの股間透視せなあかんねん」

グバンくんはすっとぼけているといった様子ではなく本当に疑問に感じているようでした。

仮にも妖精ということでしょうか。

「で、話戻すけどな、葵の思っとる通り、魔法少女に選ばれるんはほぼほぼ若い女や。けどな、魔法少女はあくまでも職業の名前やと考えてもろたらええ。詳しいことはわいも分からんのやけど、この職業にようけ選ばれんのが若い女ってだけやねん」

少し前のスチュワーデスや看護婦という呼び名と同じようなものなのでしょうか。

ですが、少女はない気がします。

「それで、私はその魔法少女になってしまったんですか?」

突拍子もない話ですし、いきなり魔法が使えるようになるとも思えません。

魔法少女になりましたよ、と言われてすんなり信じられるものではありません。

ですが、グバンくん自体が既に非凡で説明のつかない存在です。

私の勝手な直感ですが、多分、魔法少女の話も嘘ではありません。

「そうや、さっき風呂場で契約したやろ。葵はもう正真正銘の魔法少女やで」

私は反応に困りました。

大抵のことは受け入れられる性格だと自分でも思っていたのですが、どうしようもないこともあるみたいです。

悩んでいても仕方がないので、取り合えず魔法少女になったという前提で私はグバンくんに尋ねました。

「それでグバンくん、魔法少女とはいったい何をすればいいのですか」

「そうやな、基本的には悪魔を倒して浄化するっちゅうのが主な仕事や」

「悪魔……」

なんとなく分かっていましたがやはり戦うみたいです。

困っている人がいるから魔法で手助けしてあげよう、という類ではなさそうです。

「私はさっき魔法少女の契約をしたんですよね。じゃあ、もう魔法が使えるんですか」

「おお、勿論や。今の通常状態で使えるんは変身魔法ぐらいやけどな。んー、そやな、試してみるか? ほんとは今日は説明だけで終わる予定やったんやけど、変身ぐらいしておいたほうがええかもな。明日の実戦で慌てふためいてもろても困るしな」

どうやら私は明日にはもう戦場に出向く予定のようです。

「葵、十字架って知ってるか?」

「え、はい、勿論知ってますが」




「じゃあ、おまえさんの思う太極拳のポーズ取ってみ」

あれ、変身の話はどこにいったのだろうか、と私は困惑しながらも私はグバンくんのいう通り、自分のイメージする太極拳のポーズをとりました。

片足を前に伸ばしてもう片方の膝を曲げ、手も前後に伸ばした姿勢。

太極拳なんて聞いたことがあるだけなので合っているのか分かりません。

「おお、完璧や。じゃあそのまま、えー、なんやったかな」

手順を忘れたのか本を捲るグバンくん。

サポート役として大丈夫なのでしょうか。

「そやそや、葵、そのままメタモルって叫ぶねん」

「え、叫ぶって、こんな時間に叫んだら近所迷惑になりますよ」

「ああ、そうやな。まあ、叫ぶゆうてもなんとなくや、なんとなく」

私にはグバンくんのなんとなくの意味が全く分かりませんでしたが、取り合えず近所に聞こえない程度の声で叫びました。

「メタモル!」

直後、眩い光が放たれたかと思うと、身に着けていたパジャマが一瞬にして消えました。

その間、およそ一秒。

私は一秒の間、部屋で全裸で太極拳のポーズを取っていたのです。

「え……え、え!?」

今までにないくらい私は取り乱していました。

普段であればあっという間の一秒がとても長く感じました。

そして一秒後、再び光が放たれ、私は先ほどまでのパジャマとは違うものを身に着けていました。

もしも、娘ぐらいの、中学生や高校生の女の子が着ていればそれは可愛らしかったでしょう。

若干露出は多めかな、といった感じではあるものの、青と白を基調としたシンプルでいて華やかさも併せ持っていました。

それこそ私がイメージしていた妖精と呼ばれる存在に着ていて欲しかったような衣装に私が包まれていました。

確かにそれは魔法少女の正装だったのだと思います。

しかし、その正装は私を変質者に仕立て上げていました。

そのような恰好をしているだけでも私は十分に不幸でした。

まさかこの状態だけならまだマシだと思う展開になるとは思ってもみませんでした。

突然、ガチャッと部屋の扉のノブが回る音が聞こえました。

「ちょっと、お父さんうるさ……」

部屋の扉を開けたのは娘でした。

家族との関係は良好でした。

年頃の娘ともいい関係を築けており、洗濯物を一緒に洗うことを嫌がられたりもしていません。

娘が私の部屋を訪れてくれることも珍しくはありません。

扉を開ければ、自分で言うのもなんですが娘の眼には真面目な父親が映ったと思います。

今回は違いました。

「……」

沈黙が流れます。

私はどうするべきか悩みました。

下手な言い訳をすれば却って悪化させてしまうかもしれないと考え、私は正直に現状を説明しました。

「と、父さん、魔法少女になったんだ」

その言葉に間違いはありません。

ですがその言葉を口にしたことは大きな間違いでした。

また少しの沈黙の後、娘が口を開きました。

「……趣味は静かにやってよね」

娘はそう言って扉を閉めて出ていきました。

私は茫然としていました。

このような父親の姿を見ても受け止めきれる寛容な娘に育ってくれて嬉しい反面、大きな誤解と共に家族の平穏に亀裂が入ってしまったのではと不安でいっぱいでした。

「よっしゃ、取り合えず変身は成功やな」

現状を理解していないのか、それとも私のことなどどうでもよいのか、グバンくんは変身の成功を喜んでいました。

「グバンくん……」

これほどの怒りを覚えたのは生まれて初めてでしたが私は怒りを抑え込みながらグバンくんに聞きました。

「この衣装どうにかなりませんか」

「ん、気に入らんか。わいは当たりや思うてんけどな」

「よく分からないですけど、これ、少女の衣装ですよね」

「そりゃ魔法少女やからな。まあ、嫌やったら申請しよか」

「申請……?」

「そうや。魔法少女に与えられる衣装は基本的にランダムで選ばれるねん。けどそうなると当然、葵みたいに他のもっと可愛い衣装がええっていう我儘な奴もおるんやな。そこでその願い叶えたろ、っていう大妖精様の粋な計らいでできたんが『衣装申請制度』やねん。好みの衣装を大妖精様に伝えれば一度だけその通りに変更してくれる制度や。けど――」

「申請します」

私は即答しました。

悩む理由がありません。

「ちょっと待ちや、葵。話は最後まで――」

「申請してください!」

「お、おお。まあ、ええか。大したこととちゃうし」

私は最後まで話を聞くべきでした。

けれど、このときの私はとにかく衣装を変更したい一心だったのです。

「どんなのがええ、とか好みはあるか」

私にはファッションのセンスなど微塵もありません。

学生の頃は私はダサいの代名詞だったぐらいです。

「ええと、格好いい男物の衣装をお願いしてください」

「結構アバウトやな。まあええけど。じゃあ今日はこの辺にしよか」

ようやく解放されることに私は安堵しました。

「その前に変身解除せなな。両手広げて十字架みたいな恰好してリリースって叫んでみ」

今度は変身したときより更に声を落として言いました。

「リリース!」

分かりきったことでしたが、私は再び一秒の間全裸になっていました。

ですが、元のパジャマ姿に戻って一安心です。

「じゃあな、葵。また明日な」

また明日、という言葉で私を苦しめながらグバンくんは部屋の窓を開けて去っていきました。

「グバンくん、飛んでる……」

グバンくんは本当に妖精なのだとこのとき思いました。

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