散らない墓標

「最後まで、人間でいたかったよ」


 彼はそう呟いて、それから他の人間たちと同じように大輪の花になった。


 見たことが無いほど鮮烈に、綺麗に晴れた日の空を吸い込んだようなその青は、涼やかな香りを漂わせながら咲いている。


 美しい花だ。

 そして、とても大きな花だ。

 私よりも背の高い、青い空を覆う、また新たな青。


 私はただその花を見つめている。かつて、私と同じ人間だったモノを。

 そして、いつか私もそうなるであろう未来を、声もなく見つめている。


 世界は温暖化だの砂漠化だの言っているうちになすすべもなく緑を喪って、それからあてつけのように人間たちは続々と花へと変わっていった。

 恨み言を言っても、別れを悲しんでも、恐怖に泣き叫んでも、美しくなれることを喜んでも、最後はみな等しく言葉を喪って花へと変わっていった。


 彼もまた、そうだった。


 彼の花は清涼な心を表すように青く、かつての心の広さを示すように柔らかく大きな花弁を揺らしている。


 風に揺れる花にいとおしさが込み上げる。

 そして、今さら言葉にしなかった想いにとらわれる。


 最後の最後、彼に告げるべきだったのだ。

 最後まで人間でいたいと望んでいた、彼には。


 今はもう、私の言葉は届かない。


 私の足元には小さな白い花。

 いじわるな同級生の男の子。

 私の肩に触れる房状に連なる赤い花。

 いつでも元気で笑顔が素敵な友人。

 私のはるかな頭上を覆う蔦にぽつりと咲く薄紫の細い花。

 たおやかに微笑む美しいあの子。


 そして、空のように青い彼。


 私の知っている人間はもういない。みんな、花になってしまった。

 枯れることもなくいつまでも美しい姿を留めて咲いている。

 私のことを置いて、彼らは行ってしまった。


 私はひとりぼっちで最後まで人間だった。


 最後まで人間で、人間のまま死んだ。


「最後まで、人間でいたくなかったよ」


 この言葉を聞き届けた人間は、誰もいない。

 たくさんの花の墓標を前に、いつまでもいつまでも白い骨は無言で転がっていた。

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