第5話 帰ってきた少女たち~ナリターン空港の惨劇~(NaNaNa Returner)

 夏のPM15:00ピーエムフィフティーン

 ギンギラギンと物々しく存在感をアピールする太陽のもと、晴天の青空には一本の白い線が引かれている。


 ここは千葉県、ナリターン空港。

 連日多くの人々が飛び交い行き交う、日本を代表する空の玄関である。

 そこは誰かにとっての終着点であり、誰かにとっての出発点でもある。

 そんな空の玄関の正面玄関エントランスから、楽器を手にした四人の少女たちがゆっくりと姿を現した――。


「出てきたぞ! 〝デスペラードン・キホーテ〟だ!」


 警察の特殊部隊が玄関の前を一斉に囲んだ。

 紺色のアサルトスーツに黒いタクティカルベスト、頭部には防弾バイザー付きのヘルメット。その数100名にも上る男性陣が皆全身を武装し、盾やライフルを構えている。

 迎え撃つは、たったの四人のガールズバンド――――



「ごきげんよう」


 ギター、折田奈緒。

 金髪ミディアムを風に乗せ、颯爽とエントランスから姿を見せる。

 前開けした学校指定の白いワイシャツに、中はぴちぴちのイエロウTシャツ。

 下半身は紺色のミニスカート、中は純正のホワイトパンティ。

 その真っ平らな胸に下げるは、電化の宝刀――《ライトニングテレキャスター》。



「せっかく帰ってきたのに、休んでいる暇はなさそうね」


 ベース、風呂蔵レイ。

 艶のある黒髪ロングを頭部に従え、優雅に奈緒の隣を歩く。

 夏本番であるにもかかわらず、厚手の黒コートが全身の七割を占めている。

 底の二割はロングブーツ、残った隙間は網タイツ。

 その豊満な胸に抱くは、刺激の雨傘――《スティングレイン》。



「全てを無に帰す。話はそれからだ」


 ドラム、紅蓮寺優子。通称グレンG。

 ライオンのタテガミのような赤髪を揺らし、両手をボキボキと鳴らしている。

 衣装は、真っ赤なスカジャンに真っ青なデニム。ラフを極めた女の有様である。

 構える楽器は、風切りの鉄拳――《エアードラム》。

 


「ふにゃああああ~」


 リコーダー、吉沢シャム。

 空港内のシャワー室にて洗い立ての茶色いショートボブを夏の熱風で乾かしながらお茶目に登場。右手に縦笛、左手に横笛を持っている。

 衣装は、前の職場から借りパクってきた純白の白衣オンリー。

 その一枚で包み隠すは、19歳の少女の裸体――《あどけなき純情》。



「やれやれ、また始まっちまったか……狂気の宴が」


 プロデューサー、JDB58。通称オヤジ。

 だらしなく伸びたパーマヘアーを搔きながら、四人の後ろで呟いた。

 円らなはずの瞳をサングラスで塗り隠し、口周りにも多量の髭を蓄える。

 服装は、空港内のごみ箱から新調したばかりの短パンとアロハシャツ。

 その汚らしい脇に挟むは、免税店で購入した発泡酒――《スタイルフリー》。

 


『よく聞け、デスペラードン・キホーテ! 貴様らは完全に包囲されている! 大人しく楽器を捨て、地面に腹這いになりなさい! さもなければ反逆者とみなして攻撃を開始する!』


 拡声器メガフォンでシャウトする部隊長。

 それに対する四人の返答は、以前とまったく変わらないものであった――。



「全員まとめてかかっておいで」

 ギターを構える奈緒。


「手短に済ませてちょうだいな」

 ベースを構えるレイ。


「焼肉にしてやるよ」

 拳を構えるグレンG。


「やってやるにゃあ!」

 股を締めるシャム。



『よかろう! 者ども、突撃開始だ!』

 部隊長は右手を振り上げた。

 武装した隊員たちが盾を構えて一斉に突撃を開始する。

「突入だあっーーーーーーーーーーーー!」


「フフ……」

 傍らのオヤジが、缶ビールのふたを「カシュッ」と開けた。

 それは言わずもがな、ライブ開始の合図である。


(成長したお前らのパフォーマンス、とくと見せてもらうぜ)


 そう。

 また始まるのだ。

 四人の少女の、刑音楽ロックンロールが。



「生まれ変わったあたしの新曲、聴かせてあげる」


 先陣を切って音を鳴らすは、バンドのリーダー折田奈緒。

 ギターのネックを左手で掴み、右手の指で弦を弾く。


落雷情報拡散電波テラフォン・ショッキング』!!


 奈緒が鳴らしたギターの音が、突撃する隊員たちの胸へと届いた。

 ざわつきを覚えた隊員たちは足を止め、心臓の鼓動を狂わせる。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」

「うっ!? うっ!? うっ!? えっ!? おっ!? あっ!?」

「アアアアアアアッーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 まずは部隊の先頭に立っていた数十名が心臓麻痺に陥った。

 これにより隊列は崩壊。後続に動揺が走る間もなく次の曲が始まる。


「次はアタシよ」


 奈緒のギターの音色に合わせ、レイがベースを爪弾いた。

 座禅奏法――地面に尻を据えて胡坐をかき、胸の中で弦を躍らせる。

 楽器を触るのは三年ぶりだが、その腕に衰えは見られない。

 むしろ、上達している。


地肌の崩落フォーリン・ダウン


 レイが鳴らしたベースの音は、隊員たちの頭皮を刺激した。

 頭部が天文学的な重力を孕み、支える身体を下方へと押し込む。

「うっわあああああああああああああああああああああああああ!?」

「えっ!? えっ!? えっ!? なに!? どういうこと!?」

「落ちるウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」

 隊員たちは武器とともにアスファルトへ埋め込まれ、そのヘルメット頭だけが地上に残された。生き埋めにされた状態で肌荒れを起こし、ヘルメット内を耳汁で溢れさせている。


「最後はボクだにゃあ~!」


 その上空に飛び跳ねたシャムが、縦笛と横笛を同時に咥えて吹き鳴らした。


終わりなき失禁エンドレス・メロウ


 シャムの新曲――『終わりなき失禁エンドレス・メロウ』。

 半径18メートル以内の膀胱を活発化させる必殺技キラーチューンである。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「やっちまったああああああああああああああああああああああああっ!!」

「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 100名にも上る警官たちが地中で失禁――体内の全水分を垂れ流した。

 野外での放尿は軽犯罪――そのプライドまでもがズタズタに引き裂かれてゆく。


「な、何が起こっているんだ!?」

 戦闘ライブ開始からわずかに数秒、目にした映像は地獄絵図。

 最終的に現場に残ったのは、部隊長ただ一人であった。


「これがあたしたちの音楽よ」

 地面に埋め込まれたオーディエンスの向こうで奈緒が言った。

 最後の仕上げとばかりにギターのヘッドを部隊長に向け、悠然と歩き出す。


「うわああああああこっちに来るなああああああああ!!!!」


 追い込まれた部隊長は、反射的にライフルを発砲した。

 バーーーーーーーーーーンという銃撃音とともに弾丸が奈緒の瞳へと向かう。


「つまらねぇ音だな」


 それを遮るように手を出したのは、やはりグレンGであった。


偽世界ザ・ワールド


 グレンGが空間を殴ると、空気中の弾丸がぴたりと止まった。

 科学的根拠を伴わず、弾丸周りの時空を歪めたのである。


「ばかな!? その曲は著作権違反ではないのか!?」

 ライフルを落とす部隊長。

 目の前の女に盗作疑惑をかける。


「しらねぇよ」

 グレンGは答えた。

「おれたちの音楽にルールはない。なぜならば、それがロックであるからだ」


 その言葉を耳にした部隊長の心は折れた。

(あ、ありえない……! 何だこの理不尽な現場は!?)

 駆け付けた会場は無法地帯どころの騒ぎではなかった。

 部隊長は一歩一歩後ずさりし、撤退の隙を探し始める。

 

「無駄よ。あんたの運命はもう変わらない」

 その顔を拝んだ奈緒が、ラストナンバーを奏でた。


結末反射鏡エンディング・リフレクション


 ギターの音に共鳴した弾丸の時が、再び動き始めた。

 しかしその運命は、いつの間にか〝逆方向〟へと変貌を遂げている。


「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアッーーーーー!!??」


 部隊長は銃殺された。

 自ら撃った弾丸が自分の胸を貫ぬいているという意味不明な結末を迎える。

 呆気ない幕切れではあるが、アンコールは訪れない。


 

「ありがとうございました」

 奈緒がネックをスライドさせる。


「久しぶりに楽しめたわね」

 レイがベースを抱き締める。


「またつまらぬ音を奏でてしまった」

 拳をしまうグレンG。


「ふう……」

 シャムがティッシュで股間を拭いた。

 それはすなわち、終演の合図である。



(こ、こいつらのロック……進化してやがる……!)


 オヤジは確かな手ごたえを感じていた。

 今の彼女たちの音楽なら、今度こそ世界を獲れるかもしれないと――。




『デスペラードン・キホーテ』

 ジャンル:ロックンロール



                         8th LIVE finished.

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