第3話 空腹の三年間(Air Drama)

 東京都・六犯木ろっぱんぎPM11:00ピーエムイレブン

 ホストやキャバ譲で賑わう繁華街に、今日も一匹のケモノが紛れ込んでいた。


(今日もメシがうまいなあ)


 ケモノの名は、紅蓮寺優子――通称グレンG。

 彼女は、駅前にある行きつけのファミリーレストラン『サイゼン・エリア』にて、いつものように醤油ラーメンをカッ喰らっていた。

 ここ最近は、毎日三食をここで過ごしている。

 しかし、常に無銭のグレンG。食後に金を払ったことなど一度たりともない。

 というのも、この店のアルバイターたちは、お客が食い逃げをしても笑顔で「ありがとうございました~♪」としか言わないからだ。これは、元ホームレスの肩書を持つ中山店長が決めた個人的な方針であり、腹を空かした若者たちへの優しさ以外の何物でもない。

 つまり、グレンGにとっては非常に都合のいいファミレスなのだ。


「おい店員、煮卵あじたまよこせや」


 容赦なくトッピングを追加注文するグレンG。

 いつも麺を二、三口すすった後で味付け玉子を注文するのが彼女のお気に入りの食べ方スタイルである。


「かしこまりました~♪」

 即座に対応する女性アルバイター(24)。笑顔。店員の鑑である。

「いつもの、ですね♪」

 この時間帯は固定シフトなので、なんだかんだでグレンGとの付き合いも長い。

 いつの日からか注文の合間に雑談を交わすことが多くなった。

 今日はなんだか、ちょっと込み入ったことを聞きたい気分。

『お客さま、いつもこの時間ですよね♪ 普段はなにをされているかたなんですか?』


無職フリーダムだ。見りゃわかんだろ?」

 グレンG、即答する。

「……まあ、昔はバンドやってたんだけどな」


 その偽りなき言葉の連打に、会話は自然と弾み始める。

「バンドですか? いいですね~! わたしも音楽大好きですよ♪」

 アルバイターは表情を輝かせ、水を得た魚のように自分の話をし始めた。

「実はわたし、『ヴァルキリー・エンジェルス』っていうバンドの大ファンなんですよお~♪」


「バッテリー・エンジンズ? なんだそりゃ。ガソスタで油売ってる草野球チームみてぇなバンド名だな」

 激しい難聴を披露するグレンG。

 楽器音にしか興味がないため、他人の肉声は鼓膜に響きにくい。


「もう! なにいってるんですか! 『ヴァルキリー・エンジェルス』ですよ! まさか、バンドマンなのに知らないんですか!?」

「ああ。聞かねぇ名前だ」

「ええ~!? いま日本で一番人気のあるバンドですよ!? ……あ、ほら! 今ちょうどテレビに映ってる!!」

「……ああん?」


 アルバイターは、店内に設置されているハイビジョンテレビを指さした。

 画面には、スローテンポなラブバラードを披露する四人組の女性が映っている。


(なんだ、J-POPじゃねぇか……。興味ねぇな)




『臨時ニュースです』


(ああん?)


『本日未明、イギリスのロンドン市内にある教会『アレクサンダル大聖堂』で天然記念物の逃走事件が発生しました。私が何を言っているのかわからないと思いますが、私も何を言っているのかわかりません。今入ってきた情報をありのままお伝えしていきたいと思います。現場から逃走したのは、三年前に殿堂入りを果たした天然記念物『ギターを胸に突き刺した少女』の一名。『少女』は、胸に刺さっていたギターを引き抜き、日本人観光客を含む数名を襲撃。その後、ロンドン市内にある空港へ移動し、搭乗ゲートをむりやり突破して日本行きの飛行機『BORING787』に飛び乗ったあげくにハイジャックをしながら本国千葉県の『ナリターン空港』に向かっているとの情報が入ってきており、現地では千葉県警による厳戒態勢が敷かれはじめているとかいないとか――』



「…………」

 グレンG、沈黙する。


「え、ええ~と……なんだかすごいことになってるみたいですけど、私たちには関係ないですよね♪ いま、煮卵をお持ちしますので――」


「クッ、ククッ、クッ……」


「お、お客様……?」



「クックックックックッ!! ファアッーハッハッハッハッハア!!!!」


 店内で高笑いするグレンG。



「えっ!? お客さま、どうされたんですか!?」


 グレンGは麺を半分も残したまま、いきなり席を立った。

「よく聞け、店員。おれはまたバンドを始める。だからここでメシを食うのも今日で最後だ」


「ええっ!? そうなんですか!?」

 突然の別れに戸惑うアルバイター。


「ああ。店長の中山に礼を言っておけ」

 席を立ったグレンGは、慈悲もなくアルバイターに背中を見せた。


「ま、待ってください! せめて最後に、お名前――バンド名を教えていただけますか? 私、応援したいです!」

 店を去ろうとする常連に、最後の質問を投げかける。

 去り際の客――グレンGは、背を向けたまま、こう告げた。



「バンド名なんか、忘れちまったよ」



 グレンGは嘘をついた。

 過去に興味など持たないが、バンドのことだけは忘れていない。


 つまりそれは、彼女なりの優しさであった。

 自分たちの音楽にかかわらないことが、その子にとっての幸せだと確信しているのだ。


「ごちそうさまアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 そしてグレンGは走り出した。

 いつものように入口の扉を壊して退店して行く。


「あ、ありがとうございましたー!!」


 アルバイターは戸惑いながらも元気に返した。

 またどこかで、その姿を見れる日を願いながら。

 



☆☆☆☆☆




(クックック……またもうひと暴れできそうだぜ……)


 不気味な笑みを浮かべ、夜の繁華街を疾走するグレンG。

 ラーメンだけでは物足りなかったのか、たまたま前を歩いていた酔っ払いのケツポケットからサイフを奪って札とSUIKAを食いちぎり、駅へと向かう。

 その後、六犯木駅の改札レバーをぶっ壊して千葉県方面の列車へと飛び乗り、車内で数百の吊り革をパン食い競争の如く食い荒らしながらその到着を待ちわびる。


 他人の私物や公共物の類など、これから彼女が壊さんとするものに比べれば、微々たるものである。



『紅蓮寺 優子』(ドラム)

 性別:女性

 年齢:20歳

 前職:なし

 使用楽器:素手(エアードラム)

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