第2話 プラスチック・モデル(Plastic Model)

「おつかれさまでしたー」


 東京都シブヤア区・台缶山だいかんやま撮影スタジオ。

 そのシャレオツな仕事現場から、厚手の黒コートを羽織りながらやれやれと立ち去る一人のセクシーダイナマイトな女性の姿があった。


(モデルの仕事って本当に疲れるわ……)


 風呂蔵レイ(20)である。

 レイは今日も、『ダメ、ゼッタイ』のキャンペーン広告モデルの仕事を終え、ひとりで帰路に着いていた。

 現場から自宅への帰り道であるキャンディストリートは、今日も多くの若者たちで賑わっている。

 

(はあ。明日も仕事、明後日も仕事、そのまた次の日も……)


 バンド解散後、「『ダメ、ゼッタイ』の専属モデル」として働き始めたレイは、都内各所で撮影に追われる日々が続いていた。

 駅近のアパートで一人暮らし。仕事には恵まれているが、その時間以外はドラッグストアに通い詰めるだけの淡白な生活を送っている。

 つまり、プライベートが充実していない。

 恋愛には興味がないし、友達も作らない主義である。


(あ、新しいおクスリだ……)


 唯一の楽しみは、仕事帰りに立ち寄るドラッグストアでのショッピング。

 店頭に置かれた新商品に誘われ、今日も店内へと吸い込まれていく――


「いっらしゃいませー」



☆☆☆☆☆



(ふう、今日もいっぱい買っちゃった)


 買い物を終えたレイは、店を出て人ごみに紛れた。

 少し歩くと、都会の交差点。今日も信号に足を止められる。

 雑踏の隙間に流れ込む音楽につられ、高層ビルに埋め込まれた大型の街頭テレビジョンを、ふと見上げる。


 ♪~~~~


 その巨大なテレビ画面には、最新型 J-POPバンドのプロモーション映像がきらきらと流れている。四人組の女の子が、楽器を手にして楽しそうに踊っている。


(はぁ。アタシも、またバンドやりたいナ……)


 レイは、バンドをやめたことをちょっぴり後悔していた。

 当時は奈緒の意志を尊重することがロックだと思っていたが、その判断が本当に正解ロックだったのか、今も時々考えている。


(奈緒…………)






『臨時ニュースです』


 レイが感傷に浸り始めた次の瞬間。

 街頭テレビの画面が、地味なスーツを着たニュースキャスターガールの映像に切り替わった。


『本日未明、イギリスのロンドン市内にある教会『アレクサンダル大聖堂』でが発生しました。私が何を言っているのかわからないと思いますが、私も何を言っているのかわかりません。今入ってきた情報をありのままお伝えしていきたいと思います』


(……?)


『現場から逃走したのは、三年前に殿堂入りを果たした天然記念物『ギターを胸に突き刺した少女』の一名。『少女』は、胸に刺さっていたギターを引き抜き、日本人観光客を含む数名を襲撃。その後、ロンドン市内にある空港へ移動し、搭乗ゲートをむりやり突破して日本行きの飛行機『BORING787』に飛び乗ったあげくにハイジャックをしながら本国千葉県の『ナリターン空港』に向かっているとの情報が入ってきており、現地では千葉県警による厳戒態勢が敷かれはじめているとかいないとか――』



「奈緒……!!」

 レイは思わず声を漏らした。

 さまざまな感情が蘇り、胸の鼓動が高まっていく。


 ――テレレレッテレ~♪(着メロ)


 その胸の高まりに呼応するかの如く、コートの胸の内ポケットにあるちっぽけな機械もブルブルと震え始めた。

 残念ながらその通知画面に表示されているのは、仕事のマネージャーの名前。

 レイはテレビに視線を合わせたまま、テキトーに通話ボタンをタップする。


 ――ピッ

 

『あ、もしもしレイちゃーん? 明日の撮影スケジュールだけど、朝八時にオモテサンダー駅前に集合ってことでいいかなー?』


「やだ」


『んん~?』


「今日でモデルの仕事は辞めるわ。ゴメンアソバセ」


『えっ!? ちょっと、レイちゃ――』


 レイはケータイを放り投げ、交差する人ごみに向かって勢いよく走り出した。


(アタシが表現したいのは、外見なんかじゃない――)


 彼女は気付いたのだ。

 自分には、吐き出したい内面おもいがある。

 言葉にならないがゆえに、奏でざるをえないもの。

 一人では表しきれない、とてつもなく大きな感情。

 

(奈緒……!)


 手ブラではあの子に会えない。レイは家路を急いだ。

 大きく胸を躍らせ、ノイズのような人ごみをすり抜けていく。


「はっ、はっ、はっ……」


 レイが全力で走るのは、時を遡ること中学校三年生の体育祭以来――実に六年ぶりの出来事であった。

 日頃の運動不足から、レイの足首には鈍い痛みが伴っている。

 だけどレイは、その痛みに、どこかなつかしい心地良さを感じていた。


(気持ち良い――)


 それは、六年前に一人でグラウンドを走り回っていた頃の感覚ではなく、三年前にみんなで演奏をしていたときの感覚に等しい。

 痛みを伴いながらも、前に進んでいるという感覚。

 汗だくなのに、シャワーを浴びているような感覚。


 空は、ばかみたいに晴れている。



☆☆☆☆☆



 アパートの自室に戻ったレイは、クローゼットに眠る楽器を抱きかかえ、シャワーも浴びずに千葉県『ナリターン空港』へと向かった。


(行くよ、スティングレイン)


 天候は晴れているが、のちに嵐となるだろう。



『風呂蔵レイ』(ベース)

 年齢:20歳

 前職:モデル

 持病:腰痛、肩こり

 使用楽器:スティングレイン

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る