8th LIVE 魂の再結成

第1話 永遠に17歳(Happy Rebirthday)

 伝説のラストライブから早三年――――。

 ガールズロックバンド『デスペラードン・キホーテ』の名は世界中に知れ渡り、ロックという音楽ジャンルは復興の兆しを見せていた。

 ラストライブの映像が世界に生配信された直後、彼女たちの母国である日本でも90年代以来のバンドブームが密かに巻き起こり、ロックは再び日の目を見始めた。

 しかしそれも、束の間の流行。

 すぐに新世代のポップミュージックたちに押しやられ、ロックは再びヒットチャートから影を潜めた。

 つまり、現代――西暦2020年の日本では、ロックが相変わらず外連味まみれの音楽として人々に認知され続けている現状なのだ。


 この物語は、そんな平和な社会に反抗する少女たちの戦いを描いた壮絶な演奏の記録である。

 注意書きはただひとつ――『ロッカーは多くを語らない』。




☆☆☆☆☆




 イギリス・ロンドンの郊外にある巨大建造物『アレクサンダル大聖堂』。

 伝説のギタリスト《テッヅ=カオサム》が1999年にコンサート会場として使用し、そのライブ中に夏風邪をこじらせて立ち往生した歴史的現場である。

 聖堂のメインホールには、ギターを掲げる彼の銅像が祀られており、世界中のロックファンから伝説の聖地として崇められ続けている。


 そして2017年末、彼の隣に一人の少女が追加された。

 それから3年が経過した現在――2020年においても、聖堂は観光名所としてさらなる賑わいを見せている。



(あーあ、今日も退屈だわ~)

 

 奈緒は今日も、ステージに立っていた。

 ギターを胸に突き刺したあの日のまま、教会の壇上で立ち往生を続けている。

 逆手でギターを胸に突き刺したまま、人間としての活動を休止している。


(頭がかゆい……)


 腐敗こそしていないものの、その肉体は既に死んでいる。

 しかし、魂だけは現役だ。

 ロックに対する図太い愛情が、彼女の精神を現世に繋ぎ止めている。

 彼女は、自由を象徴する天然記念物『ギターを胸に突き刺した少女』として、現世に在り続けているのだ。


(またそろそろバンドやろっかな~)


 かつて「世の中を壊したい」という想いを胸に、自宅を飛び出して世界を奔走した折田奈緒(17)。

 未熟さゆえにその夢を叶えること叶わず、志半ばにして父親を殺害し、やがては自分自身をも殺してしまうという破滅的な結末を辿った。

 あれからもう、三年。

 自らを壊したことで一度は収まりがついていたその破壊衝動は、彼女の中で再び暴れ出そうとしている。

 狂気の再演――その時が、刻一刻と確実に迫ってきているのだ。

 

(もう十分休んだし、そろそろ人間に戻ろうかしら)


 密かに復活を目論む奈緒。

 そんな奈緒の元に、今日もいつものように観光客が訪れる――


「ほう、これがかの有名な『ギターを胸に突き刺した少女』ですか……」

「素晴らしいフォルムですね! まるで現役女子高生じゃないですか!」

「いやあ〜わざわざロンドンにまで足を運んだ甲斐がありましたなあ~」


 奈緒に群がる三名の日本人観光客。年齢層はやや高め。

 彼らも、奈緒のラストライブを見てファンになったクチだ。


(ちっ……また変なのが来た)


 しかし訪れるファンの大抵は、ロックに対して微塵も興味を持っていない。

 そう、彼らの真の目的は――


「おお~! パンティが覗けるという噂は本当だったんですね!」

「ブラジャーをしていないというところも見逃せないポイントですな。どれどれ……」

「つーか隣にある銅像じゃまだなあ~、ちょっとどかしてみるか~」


 カメラやスマホを取り出し、立ち往生する奈緒のボディを激写し始める観光客。

 場内は撮影禁止だ。神聖なる《テッヅ=カオサム像》に手を触れることも禁止されている。


(フフ……相変わらず壊しがいのある世の中だわ)


 仄暗かったキツネ目に光を宿し、奈緒は口角を吊り上げた。

 目覚めかけていた奈緒の精神は、マナーのわるい観光客たちによって完全に目覚めたのである。


「おはようごぜーます」



「えっ!?」

「喋った!?」

「動いてる!?」



 活動再開――止まっていた奈緒の時間が、再び動き始めた。

 奈緒は胸に刺していたギターを引っこ抜き、三年ぶりにその弦を指で裂く。


お触り禁止警報バッドマナー・スラッシュ


 奏でる音がたったのワンフレーズであっても、一度その手に掛かれば即座に曲へと変化する。


 ――ズギャギャギャギャッ!


 まるで黒板を引っ掻いたかのような斬撃音が、視聴者の鼓膜をつんざいた。


「ぎゃああああああああああああああっ!?」

 観光客は耳汁を噴き出しながら尻餅をついた。

 目の前には、胸に穴の開いた少女が、ギターを構えて無表情で立っている。

「な、なんなんだお前は!?」


「あたしは折田奈緒。ロックンローラーよ」


 雑な自己紹介とともに壇上ステージから飛び降りた奈緒は、朝起きて顔を洗うかの如くまたギターの弦を引っ掻いた。


青春再生プレイバック


 ――ギュイーン。


 爽やかなギターフレーズが教会に鳴り渡ったと同時、傷付いていた奈緒の胸が一瞬にして回復した。

 胸にぽっかり空いていた穴が塞がり、サイズ69のバストが復元。破れた衣服も元に戻っている。

 

「ば、ばけものだあああああああああ!!!!」



「あたしは化け物なんかじゃない。ロックンローラーよ」


 自らはミュージシャンである――大事なことなので二回言いました。



「What happened!?」

 周りにいた他の観光客たちも異常事態に気付き始めた。

「Oh My Godness!!」

「Unbelievable Cutter!!」

 独特な英語を撒き散らし、驚きの表情で慌てふためいている。


「うるさい」

 奈緒は顔をしかめながら、三度みたびその弦に指を掛けた。

 一斉に騒ぎ始めた観光客たち全員に向け、胸の中で暖めていた新曲を披露する。


 

SHUT UP ALL THINGなにもかもだまれ



 奈緒は静かに目を瞑り、悠然とギターを掻き鳴らした。

 久しぶりの解放感に胸を躍らせながら、息を吐くようにフレーズを重ねる。

 そのプレイングは生前よりも遥かに華麗で、とにかく自由に満ち溢れていた。


(ああ……音楽ロックって、やっぱり最高)

 

 やがて17秒後、曲は鳴り止んだ。

 演奏を終えた奈緒がその目を開けると、周りの人間たちは皆、耳汁を噴き曝して倒れ込んでいた。


「あたし、上手くなってるわ……」

 

 奈緒のギターの腕前は、生前よりも遥かに上達していた。

 三年間、伝説のギタリスト《テッヅ=カオサム》の隣に立ち続けたことが功を奏したのか、奈緒の音楽スキルは強烈にパワーアップしていたのである。


(いまのあたしの音楽ロックなら、今度こそ世の中を壊せていけそうな気がする――)


 奈緒は、一度は諦めたその夢を、今再び取り戻した。

 生前と同様、マサカリを担いだ金太郎の如くギターを肩に乗せ、ゆっくりと教会を後にする――。


(レイ、優子、シャム――いま、あいにゆきます――)



 読んで字の如く、生きる伝説――奈緒は17歳のまま、復活を遂げた。

 金髪ミディアム・キツネ目ガール。

 前開けした学校指定の白いワイシャツに、中はぴちぴちのイエロウTシャツ。

 下半身は紺色のミニスカート、中は純正のホワイトパンティ。

 靴は履かない、ブラジャーもしない主義。

 彼女のクレイジーな音楽活動が、今再び幕を開ける。



『折田奈緒』(ギター)

 年齢:17歳(実年齢20歳)

 前職:自由の象徴

 使用楽器:ライトニングテレキャスター

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