第9話 音楽を消費する

 

 パラノイア気味なところがあり、何か気に入った音楽があると、そればかりエンドレスで流している(たとえば一時期、「Constant Craving」が突然気に入って、k.d. langのCDをもっているのに、動画サイトでずっとリピートしたりしていた)。

 昔、車にのっていた頃、お気に入りの音楽カセットやCDを流していると、同乗者からよく叱られた。「なんでずーっと暗い音楽をかけてるんですか(スザンヌ・ヴェガだよ!)」「同じアーティストじゃなくて、違うのをかけてよ(適当な長さのものが大澤誉志幸のしかなかったんだよ! 銀色夏生の歌詞が好きだったんだよ)」 

 大勢で集まって作業をしなければならないことがあり、何本かのカセットを持っていってBGMにしようとしたら、一番明るい日本のポップスのテープを持参し損ね、延々とバーブラ・ストライサンドの映画音楽を流していたら、「バーブラはうまいし、いい曲だけど、そろそろやめようか」とスイッチを切られたこともある。

 今は音楽聴き放題のサイトがあるし、昔だったとしてもFMでもかけておけば良かったのだろうが、私自身がそれがダメなのだ。知らない人の音楽、キャッチーでも飽きる音楽、それをずっと聴いていることに、どうしても耐えられない。

 ポケットサイズで持ち歩ける音楽再生機器が流行って、数万曲再生できることをウリにしているのをみた時は「それに何の意味があるの?」と思っていた。その人の一生を通り抜けるのはせいぜい数千曲だろうし、わざわざ外へ持ち出して個人的に聴きたい曲が、そのうち何曲あるというのだろう。そんなに音楽を大量消費して、誰が得をするというのだろう。だいたい私は耳が弱点で、ずっとイヤホンで音楽を聴いていたりしたら、耳がおかしくなって何も聞こえなくなってしまうだろう。


 音楽は音単体で好きになることはほとんどなくて、その背景にあるものやキャラクター込みで好きになる。アイドルに冠番組を持たせて企画やコントをやらせるのは、彼ら彼女らのキャラクター性の強化であって、あれはもっとも正しい売り方だと思う。私はそれにたやすくひっかかってきたし、ひっかからないまでも興味はひかれる(たとえば私が L'Arc~en~Ciel を聴き始めたのは、メジャーデビュー前に冠番組を持ったことをTV情報誌で読んだからで、それをみたこともないのに、インディーズのCD売り場で探してきた。幸い歌詞と波長があって、hydeが結婚して幸せになるまで、比較的熱心に、彼の片思いの歌を聴いたり歌ったりしていた)。

 パラノイアの度を超えると、ある番組で何を話していたとか、どういう格好をしていたとか、自分と同好の士のためにまとめたくなり、ライブでこんな曲をやってこんなことを話していたよ、とレポにしたりしているわけだけれども、ある日それが自分のキャパシティーを超え始め、「楽しいと思うより作業と感じるならやめたらいいのじゃないか?」と思ったが、今でも続けていたり、いなかったりしている。 


 実はちょっとバンド物を書こうと思っていて、資料を読んだり、何軒かのライブハウスに取材らしきものに行った。こんなにも世の中には音楽をやっている人があふれていて、間違いなくうまいし華もあるのに、ほとんど知られていない。生活はどうしているんだろう、ライブハウスの人も、これで経営を続けていけるんだろうかと心配になるほどだったが、考えてみれば同人誌だって同じことで、日本に最低でも100万人以上のアマチュアの作家がいて(投稿サイトにそれぐらいの人が登録しているときいたことがあるので)、それぞれがそうとうに巧い作品を書いて、虎視眈々とメジャーデビューを狙っているのである。誠に余計なお世話である。


 音楽の方が小説よりもさらに生理的なものと結びついていて、家族だろうと友人だろうと共有できないのはわかっている。反対に、同じ音楽が好きだから友達だね、と言われたら「友達というのは、違う物が好きだろうと友達なんだよ」と不機嫌に言ってその場を去ることにしている。それ以前に、「おれたち友達だよな」とあえて言ってくるのは、まず友達ではないが……。


 どちらかというと難しい音楽や激しい音楽よりも、何時間流していても飽きないタイプの音が好きなので、「これが好きで聴いていたんだよ」というと、「こんなわかりやすいポップスを?(おまえなんて音楽ファンじゃない)」という反応がたびたび返ってくる。「申し訳ないがな、彼らは数百曲の名曲を歌ったんだ、そのわかりやすいポップスの寿命はすでに半世紀を超えていて、日本のアーティストがカバーして、今でもコンビニのCMで流れ続けているのだよ?」とは私は言わない。時々、中学生の頃に好きだったドビュッシーやサティをエンドレスで流す時もある。サティが唱えた「家具の音楽」こそが私の理想の音楽なのだ。


 そう、私だって音楽を消費している。

 ただ、耐久消費財としての音楽しか聴けないだけだ。

 だから私は人にはいうまい。「こんなつまらない音楽をきいているの?」とは。



 

 

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