第7話 熱が出る

 長い雨が続いた頃、熱を出した。

 これは風邪をひいたのだなと、近くの内科に行った。

 抗生物質をもらったが、その後も微熱は続いた。

 一週間をこえて風邪薬を飲んでいるのに、具合は悪くなるばかりで、ついに、布団からほとんど起きられなくなった。

 しかたなく、何日か仕事を休んだ。


 足が異様にむくむ。

 熱がさがらなくて、ひたすらだるい。

 手すりにしがみつかないと、自宅の階段も上がれない。

 夜、横になってしばらくしても、心臓がドキドキしている。


 ……心臓がドキドキ?


 自分の心臓の音がうるさくて眠れなかったのは、あれは……。


 私は医者にいった。「私、20年ぐらい前にバセドウ病をやっているので、血液検査の項目に加えてください」

 医者は「それは知らなかった。メルカゾールとかのんでたの」というので、「はい」と答えた。


 重い身体をひきずって、週明けに再度医者へ行くと、血液検査の結果は、職場の今年の健康診断と同じだった。

「バセドウのはまだ出てないけど、他は異常ないよ」

「そうですか」

 私は家に帰って、こんこんと眠った。

 翌日はもともと非番だったので、朝からウトウトしていると、病院から電話がかかってきた。

「検査結果をお伝えしたいので、今日、こられませんか」

「あー」

 予想どおりなのだ。そうでなければ電話がかかってくるはずがない。


 予想通りだった。


 起きられないのは風邪のせいでもなければ、更年期障害でもなかった。

 甲状腺が暴走して、全身を酷使しているからの熱。疲れ。だるさ。


 これからしばらく、投薬と血液検査の繰り返しだ。

 若い頃より、だいぶ複雑な症状がでている。

 暑くてたまらないので、職場でみんなが寒がっている時に、ひとりで卓上扇風機を回して……


「ついてないね、事故のあとは病気なんて」と知人に言われた。


 それはつなげて考えていなかった。 


 薬がきいて、すこし歩けるようになった夕方、信号をまっていた私に夕風が吹いた。風は柔らかく私の輪郭を洗った。


「あー……忘れてた。私、生きてたわ」


 日常に慣れたり、諦めたりして、いつの間にか心が死んでいた。


 風だけが、子どもの頃と同じように吹いている。



 熱はまだ、すっかり下がっていない。

 すこし長く歩くだけで息が切れる。

 薬を増やしたり変えなければいけないかもしれない。

 副作用の心配もある。



 それでも、たぶん、まだ息を吹き返す心があるなら――




 




 

  



 

 

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