第5話 夢に棲む


 ろくな夢をみない。

 現実に近い悪夢で、ほとんどは遅刻の夢である。

 何かに間に合わない。

 そこまで時間に追われてることなんてないだろう、という時も、細かい気がかりが夢に出てきて、目が覚めてから「なんて安易な」とガッカリする。


 むしろ、起きている時に、意識の浅いところを、自分が意識的に考えていることとはまったく別の思考が走ることがあって、怖くなる時がある。

 カウンセラー系の仕事をしている人と何人か知り合いになったことがあって、そのことを話してみたら、「なりはらさん。意識っていうのは、意識できるレベルのところ以外にいろんな段階があって、無意識のところでいろんなことが起こってるんです。しかも、あなたは創作する人でしょう、起きている時に別のことを考えるのは、むしろ自然なことなので、それについては心配する必要はないです。むしろ、寝ている時の夢が現実に限りなく近いことの方が心配です。疲れていませんか?」といわれた。


 そうだったのか。

 意外に繊細な神経の持ち主、といわれることもあるけれども。


 意外ってなんだ。失礼だな。


 ところで。


 それとは違う感じの夢を、子どもの頃から、連続ドラマ的に見る。

 これは悪夢ではなくて、わりと淡々とエピソードが積み重なっていく。


 この夢の不思議なところは、私が自分の家に住んでいないこと。

 昭和時代の家でも今の家でもない。

 今の家から数百メートルほど離れたところに家がある。そこで育ち、そこから歩いて、いろんなところに出かけている。

 大人になってからは、夢の中でいろんなところに住むようになったが、しばらくはずっとそこに住んでいた。続き物というだけでなく、パラレルワールドの中の自分という感じで。


 ある日、墓参りの帰りに母が、バスを降りると、ある建物を指さした。

「私が生まれたのは、この建物の裏あたりでね。そこに海軍の官舎があってね」


 えっ。

 そこ、私が子どもの頃の、夢の中で住んでたところなんだけど――。


 母がお産婆さんにとりあげてもらったのは今の家ではない、という話は聞いていた。小さい頃の母の写真の家は、すこし様子が違っていたので、何か母にたずねたのかもしれない。だが、その時に聞いた町名からして、市内でも、一キロ以上離れたところの話だと思っていた。

 今の家のあるところは、地主さんがもっていた何軒かの家を海軍が借り上げたもので、母が少し大きくなってから、一家で引っ越したらしい。そのあと、裏の家の増築や、祖母の病気の関係もあって、家を西側に継ぎ足した。私が成人するとやっと市の下水道が整備されたので、今の家が新築されたが、場所は同じで、今も私は、自分が生まれた時の家に住んでいる。


 それなのに、母の生まれた家を、無意識が知っていたとは――。


 それから、夢で見る家がどんなで、どこにあるかを意識するようになったが、意識するようになればなるほど、あちこちに引っ越したり、家の規模が変わったりするので「この間の続きみたいだけど、これは例のシリーズじゃないな」と思う。やはり私は、意識するとろくなことがないようだ。夢占いの素材ぐらいにはなるのだろうか。


 パラレルワールドの自分がいるなら、パラレルワールドで幸せにやっていてくれていればいいと思う。

 もし自分があの時にこうしていたら、とか、別の人生があったんじゃないか、と考えたことはない。

 ある日とつぜん、両親の前で、「夢をみました。僕、バビルの塔に行ってきます」と言って家出する山野浩一君の心境が、私にはまったく理解できない(絶世の美女に化けた黒豹にだまされて、バビルの塔に連れていかれる旧アニメの設定の方がよほど自然だと思う)。いくら宇宙人の子孫とはいえ、今までの生活は何だったのかとか、そういう葛藤はないものなのだろうか? そんなに別の人生に憧れがあったのだろうか。



 ……横山光輝の漫画を知らない人には、ひどく不親切なオチで、すみません。


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