第4話 一太郎が来た


 一太郎がないと、文章が書けない。

 どのパソコンを買うか迷った時は、一太郎が使えるかどうかで選んできた。

 Wordで提出せよといわれたら、一太郎で仕上げてから変換する。

 つまり、私が一太郎を使うのは、小説にかぎらない。

 メモだろうとラブレターだろうと一太郎だ。

 年賀状に一言添える時ですら、手書き風のフォントで打つ。

 それぐらい一太郎に依存している。

 ATOK以外の変換では、安心して文章が打てないとまで思っている。


 私の前に最初に現れたのは、一太郎Ver.3である。

 一太郎、新一太郎ときて、三つめのバージョンという意味だったと思う。

 親が職場で使ってみて、これは便利だということで、我が家にもやってきた。

 私は初めてのボーナスで、俗に言う98シリーズを買い、一太郎のフロッピーを入れて、公私ともに使い倒した。当時のパソコンは起動が速く、しっかりしたキーボードには適度な抵抗があって打ちやすかった。官公庁御用達の一太郎は非常に優秀で、地名や歴史上の人物などは一発で変換されて辞書をひくまでもなかった。フロッピーをわけ、職場ではレーザープリンタ、家ではリボン式のプリンタでスタートした。それが故障すると、親のお下がりの小さなプリンタをもらった。二段組の文章を作成するときには感熱紙を半分に切らなければならなかったけれど、それなりに綺麗に印字できた。ノートパソコンでも一太郎は使えた。最初の二台のマシンとの蜜月は長かった。


 時は流れて、ウィンドウズマシンが登場する。

 そろそろ最初のマシンたちも息切れしはじめていた。増税される前に買っておこうと家電店に行くと、最初から一太郎が入っているパソコンが見本として置かれていた。迷わず展示品を買った。余計なものはどうでもよかった。一太郎さえ使えれば。


 このパソコンは電話線につなぐとすぐにネットができるシロモノで、私は某ゲームの仲間目当てに、某プロバイダを選んで入った。おかげで電子メールを連絡先に使えるようになったが、まだ20枚程度の商業誌の原稿すら、メールで送るのは難しい時代で、テキストに変換して、フロッピーで受け渡しをしていた。ネットにつなげるということになると、欲が出てきて、自分のホームページをつくろうと思うようになった。過去の作品の倉庫が欲しかったのだ。よく調べてみると、今入っている一太郎7で、HTMLが書けるという。なんだ、余計なものを買わなくてもいいのか、と、用意していたテキストのインデントをつぶして(一文字さげるインデントが入っていると、段落と判断されて一行あいてしまう仕様だった)、一太郎に読み込ませてみた。100KBぐらいまでの原稿は、あっという間にシンプルなHTMLに変換された。長いものは分けることにした。何しろ回線の遅い時代なので、分けた方が見る人にも親切だった。文字サイズの調整や色の変更も、すべて一太郎がやってくれた。細かい部分だけ手打ちで修正した。そんなわけで、ウィンドウズ95時代のサイトは、ほとんどすべて一太郎でつくっている。


 このマシンも長生きしたが、接続していたプリンタの方が、先に駄目になった。プリンタは簡単なスキャニング機能もついている、当時としては高性能なインクジェットプリンタだった。いや、マシンはたぶん、今でも生きている。しかしインクが製造されなくなった。インクの品質保持期限も切れた。ネットはノートパソコンでやっていたが、日立製の寿命は短く、私は再びNECのパソコンに逆戻りした。HTMLを書けた一太郎7は、その特性から、他との互換性が非常に少なかった。新しく買った一太郎では、一度7の文書を読み込むと、6のバージョンまで下げて保存しなおさないと開けなくなった。余計な作業が面倒だった。7の互換性の話は、某所から訴えられたせいという噂もあったが、官公庁御用達から外された一太郎から、昔日の栄光は失われかけていた。ATOKが、妙な変換をゆるすようになっている。文書を読み込むと、汚いHTMLソースを吐き出す。新しいウィンドウズOSとも相性が悪く、文字が回転したりする。これはつらいな、と思いながら使っていたが、そろそろ電子書籍のブームが始まっていた。昔の長編小説を電子書籍にしたいな、と思った私は、どうしたら簡単にできるか調べてみた。すると、一太郎だと、ボタン一つで変換してくれるという。というわけで、今アマゾンにあげている電子書籍は、一太郎で作っている。


 最近の同人誌の印刷会社は、紙の版下を持ち込まなくてもよくなった。昔は、出力したものをコピーして版下に切り貼りして、ノンブルまですべて揃えた状態にし、印刷代を握りしめて、電車に乗って入稿しにいっていた。

 今は違う。紙で入稿してくれという会社は少数派になった。特に小説は、PDFに変換すれば、ボタン一つで入稿が当たり前になった。仕事を休まなくても、家から一歩も出なくても、完成原稿が印刷会社に送れるのである。遠く離れた印刷会社へも、郵送しなくていいのだ。なんて楽な時代だ。ギリギリまで作業ができる。オンラインで送金すれば、印刷代の支払いすら、外へ出なくて済むのだ。

 さて、縦書きで綺麗な文書がつくれる、いいPDFソフトはないか、といろいろ探してみた。そうすると、一太郎と連携している安価なPDFソフトが優秀であることが判明した。できあがった原稿を順番に読み込めば、バラバラな原稿でも、ボタン一つでひとつのPDFにまとめてくれる。これを使わない手はなかった。今の私の本は、すべてこのソフトのPDFで出来ている。


 最新版の一太郎では、このPDF機能も一太郎内に組み込まれているらしい。

 美しいフォントも最初から入っていて、いたれりつくせりだそうなので、ワープロソフトに迷っている人は、ぜひ試してほしい。同人作家に嬉しい機能がたくさんついているときいている。使いこなせなくて、いっそ面倒に思うぐらいだろう。


 さて。

 ある日、ツイッターで、一太郎のポップアップウィンドウに難儀している方がおられた。私は困ったことはなかったので、「一太郎に問い合わせをしてみてはいかがでしょう」と答えた。そのやりとりを見ていたメーカーの人が、その作家さんに連絡をとり、問題はぶじ解決したらしい。いい話だなと思って見ていたが、ある日、私の前に、一太郎が現れたのである。


 五月の文学フリマの日、私は本を飾り立てた什器の後ろで、購入した本をむさぼり読んでいた。すぐに読まないと読み切れないからだ。読みたかった本のページを夢中でめくっていると、人が来て自分の本を買ってくれるという、幸せな時間が続いていた。だが、イベントも後半になると、買ってくれる人もまばらになる。のんびり本を読んでいると、その人は現れた。


 彼は名刺を差し出しながら、「なりはらさんですか。私、ジャストシステムの者です。一太郎の使い心地について、アンケートをとらせていただけませんか」

 彼こそが一太郎の化身、困っていた某さんを救った営業さんであった。徳島からわざわざ東京へ出てきて、一太郎の使用感について質問しにきたのだ。

 私は答えた。「機能をシンプルにして欲しいし、軽くして欲しいし、辞書がふっとばないようにして欲しいです。でも私はずっと一太郎を使ってきましたし、これからも使います。私はサイトも、電子書籍も、ここにある本も、ぜんぶ、一太郎でつくってきたんです」

 彼は、なるほど、とメモをとり、一太郎のロゴの入ったブックカバーをアンケートの謝礼として渡し、うちの本を1冊買って帰っていった。

 風の噂によれば、関西方面の文学フリマにも出没して、同じように営業活動をしていったそうだ。

 おそるべし、一太郎のエゴサーチ力。


 本を買ってもらいはしたが、私はジャストシステムから何か金銭的なものを頂戴して、これを書いているわけではない。「一太郎の回し者」というわけではない。


 そう思ってもらっても、別にかまいもしない。


 試しに一太郎を購入して、使用感をネットで呟いてみるといい。

 おそらく、あなたの前にも、一太郎がやってくる。


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