第24話 死闘

「いいか、脱出できるまで気を抜くなよ。いつどこからなにが飛んできてもおかしくないんだからな」

 テオドゥロは背中合わせに円陣を組んでいる男たちに声をかけた。敵は殺傷能力こそないものの謎の武器を所持している。こちらはテオドゥロ自身が顔に傷を負い、もう一人カーティス・ドノヴァンが左目を傷ついている。視力が半分無くなれば戦力は半分以下だ。

 かといってこのままここで手をこまねくわけにはいかない。なにしろ周囲は火の海と化している。のんびり構えていたら丸焼けだ。とにかく今は安全に脱出することを最優先に考えるしかない。

 ジリジリと円陣が出口に向かって進んでいく。ここまで敵の攻勢はない。あと数メートルというところで出入口にたどり着いた。ここからは一人ずつでなければ抜けることができない。

「ローラットさんよ。手はず通りあんたから行ってくれ」

 セバスチャン・ローラットはこくりと頷いてから出口を見つめた。

「残りの奴は銃を構えて援護しろよ」

 テオドゥロが声をかける。みな自分の銃をそれぞれの周囲に向けて構える。

「……行け!」

 呼吸を整えてからテオドゥロが命じる。セバスチャンが走り出した。

 シュンッ!

 なにかがセバスチャンの左側の繁みから飛び出した。当たって倒れるセバスチャン。

「撃てえ!」

 テオドゥロの号令一下、セバスチャンの左側の繁みに向かい一斉に発砲した。

 ……繁みからはなんの反応もない。

(逃げられたか)

 テオドゥロがそう思った瞬間、ネイサンが右目を抑えた。

「やられた!」

「どこからだ?」

 ネイサンを囲うように編成を組み直した。ネイサン・ハッチンソンはセバスチャンの次に出口に向かう予定だった。だから、一番出入口に近いところにいた。その近くに隠れられるところといえば……。

「しまった!野郎、ローラットの図体の陰に隠れてやがった」

 飛び出したのは謎の武器ではなく、暗殺者の方だった。敵は自身がセバスチャンに懐に飛び込み、なんらかの方法で仕留めた。そのでかい図体は格好の隠れ場所なのだろう。こちらが味方の体を撃てないということも想定しているのかもしれない。

(だったらその想定を覆させてもらおう)

「弾を装填したら一斉にローラット目掛けてぶっ放せ」

 テオドゥロが命じる。

「そんなことしたらローラットさんが死んじまうよ」

 モーリス・ベイカーがわめいた。

「もうとっくに死んじまってるよ。ぼやぼやしてたら死体が増えるだけだぞ。こっちには遮蔽物はないんだ」

 その時、信じられないことが起こった。横たわっていたセバスチャンの体がふいにこちらに向かって転がってきた。

 不意打ちをくらった男たちは為す術もなく転がってきたセバスチャンの死体を体ごと受ける羽目になった。何人かが倒れ銃を落とした。

「畜生!やりやがったな」

 倒れたテオドゥロが叫ぶ。飛んできた方角に向けて拳銃を向けたがそこにはすでに誰もいなかった。


 予定通りにはいかないものだな。それにしてもあの一番図体のでかい男を一発で仕留めることができたのは収穫だった。右手を相手の胸に当てて心臓を止めることができたのは大きい。ただその死体に隠れても意味がないのはすぐに気がついた。これを突破するには『シュンチャ』で死体を飛ばして不意をつくしかなかった。

 だが、死体が大きすぎた。両の手を使わなければいけなかったし、そのために自分自身も反対方向に飛ばされてしまった。飛ばされないように踏ん張ったのだが無理だった。死体は飛ばずに転がっただけだった。しかし、不意打ちにはなったと思う。それにこちらもなんとか脱出することはできた。

 脱出できたのはよかったが、これで奴らの土手っ腹に穴をあけるのは難しくなった。なにしろ両手は紫色に腫れている。これではまた『シュンチャ』を使うのは不可能ではないが難しい。

 だったらこのまま逃げるか。しかし、みんなが逃げている東側は反対方向だ。こちらの道は西の土地に通じる道だ。このまま降りても、奴らの仲間が手ぐすね引いて待っているはずだ。

 八方塞がりになったな、とマシュリは思考していた。


「この先を進んだら森を抜けるよ。そうしたら川にあたる。その川は広いから少し上流まで進んでから渡った方がいい」

 クヌガは森を切り開きながら進んでいるニロブたちに指示を与える。

「その上流だったらこの暗いなかでもみんな渡れるのか」

 ニロブの疑問にクヌガは答える。

「縄かなにかがいると思う。川自体は浅くなるからそれを伝って渡って行けるはず」

「川の広さはどれくらいだ」

「……大人の身長、三人分」

 ニロブは少し考えて

「蔦か何かを拾っていこう。それの材質を変化させて縄にすることにしたらいい」

 そう言うが早いか早速、近くの気に絡まっていた蔦を引き抜いた。

「こういうのをつなぎ合わせればいいだろう」

 蔦はニロブの手の中で縄に変わった。


「デ・ルワトロ・バ!ルワト・リリムサ(出てこい!悪いようにはしない)」

 テオドゥロは銃を構えながら突然、わけのわからない言葉を話した。

「保安官、あんた奴らの言葉を知ってるのか」

 ネイサンは驚いて尋ねた。

「少しだけだ。デ・ルワトロ・バ!」

 また呼びかけた。だが、反応はない。もうどこかに移動してしまったのか。しかし、奴が転がっていった繁みから移動するとしたら麓に向かう道くらいしかない。そこにはたくさんの小銃を持った男たちが待機している。そんなところに行くとは思えない。まだ繁みの中に隠れているはずだ。

 ガサッ。

 繁みから音がした。

 ネイサンは無事な左目で見た。繁みから出てきたのはたしかに子どもだった。痩せて小柄だが男のようだ。十歳かそこらか。

(あんなガキに手玉にとられてるのか)

 相手が魔法を使えるとはいっても所詮、近づかなければ役に立たないはずだった。そう聞かされていた。しかし、奴はなにかを飛ばしてこちらの目を地道に潰していってる。しかも、こうやって死体を一つ作った上にそれをも武器に使った。

(それをやったのがあんなガキ一人なのか。そのガキを捨て駒に使えるくらいというなら、他の魔法使いたちはいったいどれだけのことができるんだ)

 ネイサンは思わず身震いした。

「……いいか、俺の合図で一斉に奴に向かってぶっ放せ」

 テオドゥロは他の男たちに小声で命令する。

「無茶言うなよ。あんな子どもを撃ち殺せってのか?」

「なりはガキだが奴はローラットを殺せるくらいの魔法使いだ。見ろ奴の左手を」

 その子どもの両手が紫色に腫れている。そして、左手の親指と人指し指、それに中指の爪から血が垂れている。

「おそらく奴は自分の爪を剥がして飛ばしたんだ。俺の顔やお前たちの目をそれで潰したんだ。そんな奴に手心を加えたら返り討ちにあっちまうぞ」


(奴らがこちらの言葉を知っていたのにはビックリした。しかし、言う通りに出ていっても殺されるくらいはわかる。だが、このまま繁みの中に隠れていてもいずれは鉄砲に蜂の巣にされるだけだ。だったらいちかばちかにかけてもいい)

 マシュリは痛みの残る両手をダラリと下げて一歩ずつ近づいた。


「ギリギリまで引きつけろよ」

(できれば手を挙げさせたいが、あいにくとそんな言葉は知らない。それに手を挙げさせて丸腰だと言わせたところで、イースタンたちには意味がない。奴らは全身武器なのだから)

「あともう一歩。もう一歩踏み込んだら一斉に蜂の巣だ」


「フー・ラーム」

 一歩踏み込む前にマシュリは呪文を唱えた。その瞬間、マシュリの体が実態を持たないくらい軽くなった。途端にその体が上に引っ張られるように感じた。

「シュンチャ」

 再び、呪文を唱える。両足から衝撃波が発せられた。

 バシッ!

 という音と共にマシュリの体が宙を舞った。


「ゆっくりでいい。一人ひとり確実に渡っていこう」

 川を渡った向こう岸でシェスコが灯をつけて叫ぶ。

 もうここまできたら、西の土地の人間たちが追って来る心配はないだろうという判断から灯をつけることにした。あとはその灯をたよりに即席で作った縄を伝いながら川を渡るだけだ。

「クヌガ、先に渡れ」

 ニロブがクヌガを促すが彼女は首を横に振った。

「みんなを先に渡らせて。あたしは一番最後のほうがいいと思う」

 と麻袋にくるまった自身の右手を見せながら言った。片手で縄を伝うのは難しい。それならば一番最後に縄を体に縛って対岸から引いてもらいながら渡るほうがいいということだ。

「さすがにそんな危ないことはさせられないな。……わかった、最後に俺がおぶって渡ってやる。しばらく待ってろ」

 ニロブはそう言ってから、他の人々を渡らせるために先導した。

 クヌガは山の方を見る。ここからだともう火の手があがった山の頂上部分しか見えない。

 クヌガの傍らをアラルトが横切った。クヌガをキッと睨みながら川を渡る列に並んでいる。クヌガはその視線を無視した。

 その時、山の方から何か音が聞こえた。

「花火か?」

 東の森を進んでいる魔法使いの一行の誰かが声をあげた。見上げるとたしかに燃えている集落からなにかがまっすぐ飛び出したようだった。

「……マシュリ」

 クヌガは確信していた。あれはマシュリが飛んだのだと。


「飛んだ!」

 子どもの魔法使いの体が目の前から消えたと思った。しかし、そうではなくその体はまるで打ち上げ花火のように真っ直ぐ上昇していた。そして、火災旋風に乗って高く舞い上がっていた。

「あのまま飛んで逃げる気なんじゃ」

 誰かが叫んだ。そんなことさせてたまるか。

「撃て!撃ち殺せ」

 テオドゥロは命じるが早いか自身も拳銃を一発撃った。しかし、山火事で発せられた上昇気流に乗ったマシュリの体はあっという間に小さくなってとてもではないが狙いが定まらない。


 このまま飛んで逃げるつもりはない。体を羽のように軽くする魔法はそんなに長く持たない。いずれは奴らのところに落っこちる。そんな状態で奴らを一網打尽にする方法はない。それどころか落っこちたところを撃たれるだけだ。だったらせめてあと一人くらい道連れにしてやる。あの帽子を被って僕たちの言葉を話したあの男を。

 マシュリは狙いを定めて

「リ・フー」

 と唱えた。体に重さが戻った。マシュリの体は真っ直ぐ落ちていった。テオドゥロ目掛けて。


 なにが起こったのかテオドゥロにはよくわからなかった。あの魔法使いの子どもが宙を舞ったかと思うとぐんぐんと奴の体が大きくなってきてる。いや、こちらに向かって一直線に落っこちてきてるのだ。

「ぶつかるのか」

 このまま奴が落っこちて来れば自分にぶつかってくるのがわかっているのに逃げることも銃を撃つことも忘れてテオドゥロは他人事のように見ていた。

 状況が変わったのは一発の銃声だった。リオン・ビーティーが小銃をマシュリに向けて撃った。マシュリの体が弾かれたようにその進路を変えた。

 ドサッ。

 音を立ててマシュリの体は地面に叩きつけられた。あの高さから落っこちたのだ、無事でいるとは思えない。死んでいないとしても重傷なのは間違いないはずだ。

 我にかえったテオドゥロは

「銃を奴に向けろ!油断するな。少しでも動くようなら遠慮なくぶっ放せ」

 と命じた。

 だが、マシュリの体はピクリとも動かない。少しずつ近づいていく。

「おい、もういいだろう。早く逃げないと。そんな奴、放っておいたらこのまま焼け死んじまうよ」

 ネイサンの言うことを無視してなおもテオドゥロは近づいていく。

「勝手にしろ!俺たちは帰るからな」

 ネイサンは出口に向かって歩き出した。

 ダーンッ!

 ネイサンたちの傍らを銃弾が走った。恐る恐る振り返るとテオドゥロがこちらに向かって銃口を向けていた。

「指揮官は俺だ!勝手に帰る奴は敵前逃亡で銃殺だ」

「……敵前逃亡ってなんだ?敵のほうがとっくに逃げちまってるじゃねえか」

「今、ここにいるだろう」

「そんな奴、もう死んじまってるだろう。早く戻らねえと俺たちも……!」

 ネイサンたちの表情で異変に気がついた。振り返るとそこにマシュリはいなかった。

 ガシッ!

 マシュリの小さな体がテオドゥロのひょろ長い体を抱きしめた。その紫色に腫れた右手はテオドゥロの左胸をガッチリと掴んでいた。

(やっと捕まえた)

 マシュリはテオドゥロの心に直接語りかけた。そして、

(……そうなんだ。どうしてこんなことをするかわからなかったけど、あなたたち金が欲しかったんだ。……あんなものが欲しかったんだ)

 とその心の中を覗いてすべてを理解した。

「離せよ、このガキ」

 テオドゥロは銃を右手から持ちかえようとした。

(動かないで!)

 マシュリの言葉にテオドゥロの右手が止まる。

(そんなに金が欲しいならあげるよ。とびきり大きいのを)

「アーテュ・ゴ・ルイン」

 マシュリが呪文を唱えるとその右手がみるみる金色に輝いた。そしてその右手が触れているテオドゥロの左胸も金に変化していく。

「……な、なんだこりゃ?」

 自分の左胸が急激に重くなってくのを感じてテオドゥロは恐怖した。このまま体が金になってしまうのか。

(あなたと僕の体を金にしてあげるよ。これだけあれば満足だろう。だから山から手を引いてよ)

 ネイサンたちはなにがあったのかわからなかったがテオドゥロの体がどんどん金色に変わっていくのをただ黙って見ているだけだった。状況の急激な変化に頭が対応できない。

 マシュリはこのまま自分の体を金に変えることに抵抗はなかった。むしろこのまま死ぬことを漠然とだが考えていた。あの祭りの日から味わった人を傷つける快感、はじめて人を殺した時の高揚感、それは今までにない感覚だった。それと同時にそんな自分自身に恐れを抱いた。こんな人間が生きていてはきっと良くないことが起こる。まだ自分が正気なうちに自分自身を滅ぼした方がいい。そう思った。

 テオドゥロの意識が徐々に朦朧としていく。どうやら心臓も金に変化していったようだ。体全体の血の巡りが無くなっていく気がしている。テオドゥロは最後の力を振り絞り右手の拳銃を左手にやっと持ちかえた。そして、

「だからガキは嫌いだよ」

 拳銃をマシュリに向けて引き金を引いた。

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