第23話 残る

 セバスチャン・ローラットを先頭にネイサン・ハッチンソンとその仲間がイースタンの集落にむけて山を登っている。テオドゥロは麓で残りの男たちの役目を指示を終えたら駆けつける手筈になっていた。

 ただでさえ慣れない山道に慣れない小銃を手に持って進むのは骨が折れる。いっそのこと小銃を捨ててしまおうかとすらネイサンは考えてしまう。

 それに比べてセバスチャンは黙々と迷うことなく突き進んでいく。けもの道のような道を突き進み、別れ道があっても迷わず選ぶ。やはりこの山を登ってイースタンの集落に行ったことがあるという噂は本当だったのか。

 原っぱを抜けてまた林の中に入る。その時、セバスチャンが

「そろそろ集落に入ります。小銃を点検しといたほうがいい」

 と言い出した。

「必要ないよ。家を出る時、散々やったんだから。それよりも逃げられたらことだ。早く入っちまったほうがいい」

 ネイサンはそう促した。そうなればセバスチャンも従うしかない。立場が弱いのだから。


 髪を降ろしたクヌガが部屋から一人で出てきた。

「ああ今、呼びに行こうと思っていたんだ」

 ヌナバはクヌガに声をかけた。

「マシュリはどうした?」

「先に行った」

 心ここにあらずといった感じでクヌガは答えた。

「そうか……」

 クヌガの答えに違和感を感じたが、なによりも時間がない。いつ“鉄砲使い”がやってこないとも限らないのだ。

「ねえ、ムー」

 クヌガは母サラメに彼女の髪に結んであった紐を指さして

「その髪紐であたしの髪を結んでほしいの」

 と言った。

「……いいけど、あんた自分の紐はどうしたの」

「落とした」

(やっぱり変だ)

 クヌガの言葉にヌナバはさらに訝しんだ。さっきまで部屋で寝ていたのにいったいどこに“落とす”というのか。

 サラメがクヌガの髪に自分の髪紐を手早く結わえる。

「おい、そっちは準備できたのか?そろそろ出発するぞ」

 ニロブが迎えにきた。


「こっちだよ」

 山の東の道をクヌガたちが進んでいく。クヌガの耳に微かだが“風の声”が聞こえるようになっていた。やはりマシュリが言ったことは正しかった。

 クヌガと一緒にシュラムとニロブが先頭になって進んでくれていた。二人ともイライラもせずにクヌガの歩調に合わせてくれている。

「麓まで行ったらすぐに森に入る。森の中は道なんてないから道を切り開きながら進むしかない」

 出来る限り進みやすい場所を探して行くことになるが、ほぼ真っ直ぐに進むことになるだろう。そうしないと“鉄砲使い”に追いつかれないとも限らないから。

「マシュリがいないぞ」

 後ろのほうでそう声が聞こえた。マシュリの父親トルカラがいるはずの息子の姿を見いだせなかった。

「どこにもいない。連れてきてくれたんじゃなかったのか、ヌナバ!」

「そんな余裕はない。あいつは歩けたんだから自分で来てるはずだ」

 ヌナバの意見にアラルトが反論した。

「寝ていたんだから、あたしたちが出てきたことを気がついていないんじゃない。ねえ、クヌガ!マシュリと一緒に来なかったの?」

 クヌガは無言で歩を進めた。

「ねえ、聞いてるの?マシュリがいないのよ」

 先頭まで駆けてきたアラルトが改めてクヌガに尋ねた。シュラムもニロブも歩を止めた。

「止まってる余裕はないよ」

 クヌガは二人に言った。アラルトがクヌガの肩に手をかける。

「こっち向いてちゃんと答えろよ!」

 そうアラルトが怒鳴った時、背後が明るくなった。

「……燃えてる。集落のところか!」

「ちきしょう。あいつら集落に火を放ちやがったな」

 口々に声があがる。

「……急ごう」

 クヌガがアラルトの手を振りきり、シュラムたちに言った。

「アラルト!」

 後方からペイとルルンが走ってきた。

「ねえアラルトも手伝って。あたしたちが通ってきた道を『シャリアナ』で塞がなくちゃいけないんだけど人手が足りないの」

 女たちが殿で木々の成長を促進させる魔法を使って部族の通ってきた跡を消し去っている。それで鉄砲使いからの追跡を逃れようというのだ。

「道を塞いじゃったら、マシュリが追いつくことができないじゃない」

 アラルトの問いかけにヌナバは

「道を残したままにしておいたらマシュリより先に奴らがやってくるかもしれない。道を塞がないわけにはいかないんだ」

 と諭した。

「クヌガも何とか言ってよ!マシュリを見捨てるの?」


「ちきしょう。あいつら置き土産に火を放ちやがったな」

 ネイサンはそう言った。

 セバスチャンたちと集落に入った途端、一つの家が突然燃えた。それに呼応するように他の家も次々と燃え出した。

「どうするネイサン。これじゃ奴らを追えないぞ」

 火の柱を見ながら仲間の一人が聞いてきた。

「とりあえず保安官が来るまで様子をみよう。ここまで火の勢いが強かったら消すことだって難しいからな」

「おい!なにがあったんだ」

 後方から保安官のテオドゥロ・Bが大声を上げてやってきた。突然火がついたせいでかえって迷うことなく来れた。

「どうもこうもねえよ。あいつら自分たちの家を燃やしやがった」

 ネイサンが報告する。

「どうすんだ。このままじゃ追えねえぞ」

「しょうがねえ。諦めるしかねえだろう。とにかく戻るぞ。このままいたら炭にされちまう」

 テオドゥロが引き返そうと集落の入り口に向かったら

 シュンッ!

 という微かな音と共に顔面に痛みが走った。

「保安官!その顔どうしたんだ?」

 テオドゥロの顔に横一文字に傷が浮かび上がっていた。左の頬から鼻にかけてざっくりと傷が入っている。

 自分の顔を見ることができないテオドゥロには状況が掴めない。男たちに聞いて左手を顔にそっと当てる。手に血がついた。

「……誰かいる」

 テオドゥロは改めて銃を構えなおした。

 魔法使いが飛び道具を使えるとは思っていなかった。せいぜいさっきみたいな火の玉を飛ばすような投石器くらいだと高をくくっていた。これは予想外に強敵かもしれない。そんな風に考えていた。

 おそらくそいつがこの火を放ったんだろう。しかし、とっくにここから抜け出しているものとばかり思っていたがなぜいるんだ?このままじゃそいつもこの火に飲まれて焼け死んでしまうだろうに。

 テオドゥロの頭の中で犯人像を探っている間、男たちの中から一人、集落の入り口に向かおうとしている者がいた。

「おい、待て」

 テオドゥロが止めようとする。集落を囲うように火を放っているのにただ入り口の一カ所だけが火の手がない。これは通り道を限定することで狙撃しやすくしようとしたのではないか。

 シュンッ!

 またあの音が聞こえたと思ったら、入り口に向かった男が向かって右側に倒れた。テオドゥロは男の倒れた反対方向に向かって一発撃った。手ごたえはない。

「大丈夫か?こっちに戻ってこれるか」

 テオドゥロが男に声をかける。左目を左手で抑えながらなんとか男はテオドゥロたちの元に戻ってきた。

「左目をやられたのか」

 ネイサンが戻ってきた男の顔を見てそう言った。

「とにかく固まれ。お互いを背にして死角をなくせ。出入口で狙撃して来るってことは、こちらを一網打尽にできる武器はないはずだ」

 テオドゥロは男たちに指示する。

「このまま固まった状態で入り口に移動する。そこまで行ったら後は一人ひとり駆け足で脱出する。脱出している間は残りの奴らで援護する。ローラット、ハッチンソン、ドノヴァン、スタイルズ、ベイカー、ビーティー、最後に俺の順だ。わかったな」

 お互いを背に固まった状態でゆっくりと入り口に向かって歩き出す。

「残ってる相手は一人だ。もし、他に仲間がいたら俺が撃った時に別の方向から攻撃があったはずだからな。それがないとなるとおそらく奴は捨て駒だ」

「捨て駒?」

「おう、俺たちをここで足止めにして他の奴らが逃げるための時間稼ぎをする腹だ。残念だが賢いやり方だ」

「だけど、そうしたらここにいる奴はどうなるんだ?」

「もちろん俺たちに殺されるに決まってる。それを覚悟で居残ったんだろうからな」

 テオドゥロは小銃を隣の男に渡して拳銃を抜いた。

「さて、その顔おがませてもらうぜ」

 そう呟いた。


 ひとかたまりになるとは計算外だった。火を放ったあと、こちらが木陰に隠れながら一人ひとり仕留めるつもりだったが……。

 だが、まだ勝機がないわけじゃない。幸いにも火の手は延焼を繰り返してほぼ集落を囲うように燃えている。部族のみんなが逃げ出していく方向はもっとも火の手が強い。奴らがそこに向かうことはまずない。だが、西の麓に抜ける道はまだ火の手は薄い。奴らがこのまま集落で燃えるに任せるとは思えないから逃げ出すとなればここを突破するしかない。

 道の入り口は狭いからどこかで一人ずつになる。そこを狙って一人ひとり仕留めよう。こちらは奴らを殺すには心もとないが動きを封じる程度ならできる。『シュンチャ』で二発放ってあと八発は残ってる。それでそれぞれの五人の男たちの両の目を奪えれば後はこの集落で灰になってくれる。残りの二人は拾った石を使ってそれぞれの腹に風穴を開けてやる。

 そんなことを右手につけた髪紐を見ながらマシュリは考えていた。

 あの祭りの日から一日たりとて忘れることができなかった人を傷つける快感。それを思う存分味わえる機会がやっと巡ってきたのだ。


「僕はここに残ろうと思う」

 集落のみんなが抜け出す前、マシュリはクヌガに向かって告げた。

「このまま逃げてもすぐに追いつかれる。ここで奴らを足止めにする人が必要だと思う。僕がそれをやろうと思ってるんだ」

 マシュリの言葉にクヌガは

「だったらあたしも残る!」

 と返した。

「あたしの方がマシュリよりも役に立つよ。だってあたしの方が強いでしょう」

 クヌガの言葉にマシュリは苦笑する。

「そうだね。だけどダメだ。君にはやることがある。みんなを不案内な山道や森を抜けて新しい土地に連れて行かなくちゃいけない。君にしかできないことだ」

 マシュリの言葉に頷くしかない。

「だからお願いがあるんだ」

 さらに続ける。

「……クヌガの髪紐をもらえないかな」

 クヌガはおもわず自分の一本結びにしている髪紐を左手で触っていた。

「それをお守りがわりにしたら、きっと勇気が得られると思うんだ。だから……」

 顔を真っ赤にしてるマシュリの言葉が終わらないうちにクヌガは髪紐を外そうとした。しかし、緊張しているせいか左手一本ではなかなか外せない。マシュリが手伝おうと近づく。

 お互いの手が触れる。思わず顔を見合わせる。

「……」

 至近で見つめ合う二人。おもわずクヌガが呟く。

「……あたし、臭うよ」

 マシュリは少し微笑んで顔を近づけた。

 髪がほどけた。


 クヌガは左手の人指し指を唇にあてながら思い出していた。

「クヌガも何とか言ってよ。マシュリを見捨てるの?」

 アラルトの訴えでクヌガは我に返る。

「……だったら、あんたが助けに行けばいい」

 クヌガの言葉にアラルトが絶句する。

「そんなこと……。あんた酷い奴だな」

 それができたらとっくにやっている。アラルトは踵を返して集落の列の後方に向かう。

「……あいつ助けに行くのかな?」

 ニロブがポツリと言う。

「先を急ごう」

 クヌガは強い口調で言った。

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