第21話 伝心
ナボルの家に続々と集落の男たちが集まってきた。族長の掛け声で今後の話し合いを執り行うこととなった。小一時間ほど前にヌナバが血相を変えて集落に戻ってきたのを何人もの人が目撃した。そのただならぬ雰囲気に誰もが気を揉んだ。そしてサラメが族長の家におもむき
「うちの人が亡くなったらしい」
と言ってきたことで決定的となった。ただし肝心のナボルの家からは新たな家長であるヌナバが治療中のため、外に出ることができない。ならばとヌナバの家に集まりあうことに決まった。
「サラメ、邪魔をするよ」
族長カナンはそう言って家の中に入ってきた。
「いったいなにがあったのかわかったかい」
サラメがカナンの家にやってきた時にはナボルが亡くなったことしかヌナバからは教えられていなかった。だが、今もたいしてわかっているわけではない。だからサラメも首を横に振ることしかできない。
「……そうか」
クヌガのうめき声が響く家の中でカナンはうめいた。話し合おうと集まりあったが肝心の話しあう材料がない。なぜナボルは帰って来ないのか。どうしてクヌガの右手は砕けて治療をしなくてはいけないのか。誰もなにもわからないまま、治療が終わるのを待っていた。
やがて奥の部屋からうめき声が途絶えた。男たちの間でざわつきが生じる。まさか。
奥の部屋からヌナバが出てきた。汗を拭きながらサラメに向かい、
「クヌガの汗を拭いて上げてください」
と言った。どうやら無事に治療を終えたようだ。
「お疲れ様、ヌナバ。さっそくだがなにが起こったか教えてはくれないか」
カナンが一同を代表してヌナバに問いかけた。
「はい」
ヌナバは自分が知っている範囲の事柄を話した。
「だから今、ファーの遺体は原っぱに野ざらしになっています。明日の朝一番に取りに行こうと考えています」
説明を終えたヌナバの言葉に別の声が被さった。
「俺が今から行ってこよう」
窓の外からシュラムが言った。
「遺体を一晩中置いておいたら獣や鳥がついばんでしまうかもしれない。今から俺とニロブとあとシェスコで連れて帰るよ」
その言葉にヌナバは
「だったら僕も行くよ」
と言った。
「なに言ってる、お前は今や家長だぞ。話し合いを抜け出してどうするんだ。林の向こうの原っぱなら迷うことはないさ。すぐに連れて戻ってくるよ」
そう言ってさっそく後の二人を連れて相談した。
「担架が必要だな。どこかになかったか」
「たしかジノアさんの家にばあさんを担ぐための担架があったはずだ。借りてこよう」
「ナボルさんはでかいからな。足りるかな」
「くくりつけるための紐が必要かもしれないな」
そう言いながら出かけて行った。
「さて」
カナンが改めてみんなに問いかけた。
「これからどうすればよいと思うかな」
「報復するしかないだろう」
そう声が上がった。
「なにがあったにしろ、こちらはナボルが殺されクヌガが撃たれたんだ。このまま黙っていれば奴らは俺たちのことを与しやすいと思う。いずれこの山も奪われかねないぞ」
その言葉にカナンは内心でギクリとした。
「だから奴らに何かあったら痛い目をみるぞと教えなくちゃいけない。そのためにもこちらから討ってでよう」
「それはダメだ」
そう言ったのはヌナバだった。
「そんなことをしたって奴らに……“鉄砲使い”に勝てるわけがない。ここはお互い妙な気を起こさないためにも彼らと話し合いをするべきだ」
「そんなことして悔しくないのか」
「悔しいさ!」
ヌナバが声を荒らげた。
「殺されたのは僕のファーで、撃たれたのは僕のムアンだ。八つ裂きにしたって飽き足りないさ!」
一息ついてからヌナバは続ける。
「だからといって無謀な報復をして部族を滅ぼすわけにはいかない。ことは復讐で片をつける問題じゃなくなってるんだ」
カナンが口をはさむ。
「わしもヌナバの意見に賛成じゃ。もし戦になるにしてもまったく話し合いを行なわないのは愚の骨頂じゃろう。ここはわしが山を下りていかねばならんと思う」
「ずいぶん慎重じゃないですか族長。そんなに奴らが怖いですか」
「うん、怖いな」
カナンは素直に認めた。
「本当は若い者たちに任せて事を済ませたいと考えておるくらいじゃ。だが、そんなことをしたらせっかくの族長として信頼を失ってしまうかもしれんな。それも怖い」
カナンの皺だらけの顔から笑い声が漏れる。
「じゃからわしが行く。族長としての責任を果たすだけじゃ」
カナンの言葉を遮るように別の意見が出た。
「ちょっと待ってくれ。どうして族長が出向かなくてはいけないんだ。奴らの方から来るのが筋じゃないのか?西の土地の奴らがしでかしたことなんだから」
カナンが少し考えて
「彼らの方から来てくれるのであれば、それが一番いいじゃろう。わしはこの集落に土地のものが来ることは反対じゃったが今回に関しては認めてもいい」
と言ってから
「……本当に来ればの話じゃがな」
と言った。
「族長は奴らは来ないと思っているのですか」
ヌナバが尋ねた。
「そうだな」
カナンが首肯する。
「彼らがわしらと友好を結ぶ気があるのなら、その機会はいくらでもあったはずじゃ。なにしろわしらの偉大な治癒師が全身全霊をこめて彼らのために治療を続けてきたのじゃからな」
ヌナバに向かいナボルの行なった治療の是非を論じた。
「じゃが彼らは治療が済めばそれきりじゃ。また何事もなかったかのように自分たちだけの生活に没頭しとる。わしらのことなど無視し続けたいと思っておるのじゃろう。今回の事件が起こったからといって彼らが殊勝にも頭を垂れて謝りにくるとはとても思えん。良くいって今まで通り無視するか。もしくは……」
カナンは一息ついて
「わしらの方から無謀な戦いを仕掛けるのを待つか」
そう言い切った。
別の男が手を挙げて発言した。
「だとしたら族長が行くのは藪蛇になりませんか。こちらも無視すれば奴らも無視する以外の選択はないのでは?」
「無視したいのかね?」
そうカナンは問いかけた。
「わしにはそれはできん。部族の長としてもそうじゃがナボルの友人としても今回のことをうやむやに済ませるつもりはない。きちんと彼らの責任の所在をはっきりさせたいと思っておる」
カナンは断言した。
話し合いの結果、明日の朝一番に族長と数名の男たちが西の土地に下りていくことに決まった。遺族の家長であるヌナバも同行を求めたがカナンは許可しなかった。
話し合いが終わり、ヌナバの家に集まった男たちもぼちぼちと散会して行った。その時、
ドンッ!
という音が聞こえたかと思うと
シュルルルルルッ!
という音がその後に続いた。
パーンッ!
夜空に一発花火が咲いた。
集落の人々はその花火を見て同じように思った。
(なぜこんな時期に?)
西の土地から花火が見えるのは祭りの時期以外になかった。それは冬の前に終わっている。今は春先なのでまだ半年以上花火が鳴ることはないはずだ。
「なにを考えているんだ奴ら」
ヌナバはそう独り言ちた。山の魔法使いの一人を倒したことを祝しての花火なのか?そうだとしたら許せないが一発だけというのも解せない。
「……今の花火」
奥の部屋からサラメの肩を借りたクヌガが出てきた。
「クヌガ、大丈夫なのか」
ヌナバは心配して声をかけたがクヌガはその声を無視して言った
「今の花火は狼煙だ」
なにを言っているのかわからない。
(撃たれたショックで頭が混乱しているのか)
ヌナバはそう思った。
「ヌナバ、西の土地でなにかあったんだ!あたしたちに知らせないといけない何かが。トーマスが花火を使って知らせてくれたんだよ」
クヌガはヌナバに向かって懸命に訴えた。トーマスというのはたしかナボルを撃ちクヌガに殺されかけた西の土地の少年の名前じゃなかったか。
「そいつが僕たちに何を知らせようと言うんだ」
ヌナバが問いかける。
「わからない。わからないけどきっと大切なことなんだよ」
その少年は山の魔法使いにしてみれば“敵”でしかない。そんな奴がいったいなにを知らせるのか。そもそもなぜクヌガが花火の音を聞いてそんな風に思ったのかヌナバはさっぱり理解できなかった。
「いったいなにがあったんだ?」
ナボルの遺体と共にシュラムたちが戻ってきた。ニロブとシェスコが担いでいた担架をそっと地面に降ろす。
「まだ獣たちも冬眠から目覚めてなかったのかな。遺体はどこも食われずに済んでいた」
そうシュラムがヌナバとカナンに報告する。
「ところであの花火はなんだったんだ?」
シュラムたちも花火を見たらしい。ヌナバはクヌガの言葉をそのまま伝えた。
「だったら見に行ってみればいい。クヌガの言うようになにかの知らせなのか行ってみればわかるじゃないか」
そうシュラムが提案した。
「だが、誰がそんな危ない橋を渡る。僕たちは麓まで下りることも滅多にないんだぞ」
そうヌナバが言った時、
「僕が行くよ」
と声が上がった。いつの間にかマシュリが側に着いていた。
「僕は一度、西の土地まで行ったことがあります。それに花火がどこから上がるのかも知ってます。花火を打ち上げたところまで行けばなにが起きたかわかると思います」
「お前はダメだ!」
マシュリの提案をヌナバが即座に却下した。
「お前は信用できない。クヌガが西の土地の子に会っていたことをお前は信用してくれと言った。しかしそれがこの結果だ」
そう言ってナボルの遺体を指さした。
「クヌガも右腕を撃たれてちゃんと治るかわからない。そんなお前を信用などできるものか」
ヌナバは吐き捨てるように言った。
「だったら俺が行こう」
シュラムが言った。
「言い出しっぺだからな。それになにがあったか見る程度ならそんなに危険なこともあるまい。見てわかったらすぐに戻ってくるよ。ニロブ、シェスコ、付き合うよな」
ええ、面倒くさいな。勘弁してくれよ。と二人が口々に愚痴る。
シュラムはうなだれているマシュリの肩をポンと叩いた。
(あとから着いてこい。林の前で待っていてやるから)
マシュリが驚いてシュラムに語りかけようとした時、一旦家の中に入ったヌナバが戻ってきた。手にあの投石器を持っていた。
「以前頼まれていた安全に火の玉を飛ばす道具だ。“鉄砲使い”に向けて使ったが、武器としては役に立たなかった。だけど、奴の動きを一時的に封じる程度には役立った。持っていくか」
シュラムは
「すっかり忘れていたよ。考えてくれていたんだな。ありがとう、持って行こう」
そう言って投石器を受け取った。
「さて、行くか」
シュラムは二ロブとシェスコを促して出発した。
「さて、とりあえず頼まれたとおりにはやったぞ。あとはどうなっても知らんからな」
カールじいさんは花火が打ち上がった空を見上げてそう言った。
「ありがとうございます。僕らだけではどうすることもできませんでした」
そうジェイコブは礼を言った。
花火を打ち上げるためにトーマスとジェイコブは火薬庫から人がいなくなったのを見計らって近づいた。トーマスがこの小屋に手伝いに来ていたので勝手はすでにわかっている。どこに花火の玉があり、火薬や筒がどこにあるのかも覚えていた。覚えていたがそれだけだった。それらをどうすれば花火が上がるのかわからない。
以前、クヌガと遠くの連絡に狼煙を使うということを話したことがある。狼煙とはなんなのか二人ともわからなかったので花火みたいなものかとお互いに納得してその時の話しは終わった。そのことをクヌガが忘れていなければ季節外れの花火が上がったことの意味を考えてくれるかもしれない。
もっと確実な方法があればいいのだが、今の状況ではこれが精一杯だ。しかし、その精一杯の方法のやり方がわからない。
考えあぐねていた時に後ろから声をかけられた。
「お前さんたちまでなにをやってる。まさか、奴らと一緒に銃を持って殴り込みに行くんじゃなかろうな」
カールじいさんはそう言いながら近づいてきた。二人がどう答えようかと考えている時、じいさんは二人が花火の道具を持ち出しているのに気付いた。
「お前たちいったい何を企んでやがる」
……仕方がない。と観念した二人は事情を話した。
「……なるほど、お前さんたちはあの山の魔法使いたちに今、町の奴らがやろうとしていることを知らせたいと思っているわけかい」
二人は頷く。
「しかし、これから山に不案内な山に入るのは自殺行為。だから、いちかばちか花火を打ち上げてなにか危険が迫っていることを察知してもらおうとそう考えているわけだな」
「はい、そうです」
トーマスはカールじいさんの言葉に正直に答えた。
「しかしそれは無理な相談じゃねえかな。さすがの魔法使いでも花火が上がったくらいでこちらが武器を持って押しかけてるなんて考えるとは思えんな。そんなことがあったら毎年の収穫祭の時期は戦争状態になってることになる」
「……これは本人から聞いたわけじゃないから本当のところはわからないんですけど」
とトーマスは前置きして付け加えた。
「魔法使いたちはなにか不思議な力でいろんなことを予知していると思うんです。クヌガ……魔法使いの女の子が僕がいつもの原っぱに行くは必ずやってきます。なんの約束もしていないにも関わらずです。きっとそういう予知する力が働いて僕が山に入ってきたことがわかる気がします。だからきっと今回のことも気がついてくれるはずなんです」
「だったらもうすでに奴さんたちは気がついているんじゃないか」
「そうだったらいいんですが、もしかしたらそんなに長い期間の予知はできないのかもしれません。僕より先に着いていたということはありませんでしたから。だから彼らが山に入ってきてはじめて察知するかもしれません。でもそうなったら遅いんです」
トーマスの話を聞いていたカールじいさんは突然、花火の玉を持ち上げた。トーマスもジェイコブもきょとんとしている。
「なにをボーッとしとるんだ。こんな小屋の中で花火なんぞ打てるわけないだろ。はやくその筒を外に運びださんかい」
二人は大慌てで筒を持ち上げた。
「しっかり固定しろよ。そうでないと倒れてこちらに向かって飛んでくることにもなりかねんからな」
カールじいさんのその言葉に「はい」と返事をして、ジェイコブは掘った穴の中に石をつめる。
じいさんの言うにはまず打つ場所を決めてそこに筒半分が入るほどの穴を掘る。穴を掘ったら筒を入れて石をつめて筒を固定する。
そこまでをほぼジェイコブ一人で行なった。トーマスはケガをしているので使い物にならなかったからだ。
そこからはじいさんの独壇場だ。まず筒の中に打ち上げるための火薬を入れて棒を使って念入りに圧縮する。ここの押しが甘いとただ筒の中で燃えるだけになってしまう。きちんと爆発させて玉を上げるためにも火薬をきちんと圧縮するのだ。
圧縮し終えたら玉を入れる。そしてシントルと呼ばれる点火薬に火をつけて筒の中に放り込む。
「向こうを向けェ!口を開けろ!耳に手を当てろ!しっかり塞ぐんじゃねえぞ。鼓膜が破れちまうからな」
作業をジッと見ていたトーマスとジェイコブはその指示に従って筒に背を向けた。
ドンッ!
という音が突然聞こえた。
シュルルルルルッ!
という音がその後に続いた。いったん後ろを振り返り筒から煙が立っているのを確認してから上を見た。
パーンッ!
花火が空高く咲いた。
「上がった……」
トーマスが感慨深げに呟いた。
(クヌガ、どうか気がついて)
祈る思いでトーマスは花火の残像を見続けていた。
「さて、とりあえず頼まれたとおりにはやったぞ。あとはどうなっても知らんからな」
カールじいさんは花火が打ち上がった空を見上げてそう言った。
「ありがとうございます。僕らだけではどうすることもできませんでした」
そうジェイコブは礼を言った。
「筒は熱くなっとるから絶対触るなよ。明日の朝にでも片づけてもらうからな」
そう言ってカールじいさんは小屋の中に引っ込んでいった。
「うまくいってくれるかな」
トーマスはジェイコブにそう尋ねる。
「きっとうまくいくさ」
根拠もなくジェイコブは言った。
「さて僕らも小屋に戻ろう。君の包帯も外さなくちゃ。……それにしても先生遅いな」
そう言いながらジェイコブがトーマスを見ると姿がなかった。代わりにただならない様相で保安官のテオドゥロ・Bが立っていた。その右手はトーマスの襟首を掴んで持ち上げていた。
「なにしやがんだ。このガキども!」
テオドゥロはそう吐き捨てた。
「なにしてるんですか、保安官!その子はケガをしてるんだ。知ってるでしょう」
ジェイコブはテオドゥロに向かって言った。
「やかましい!ケガ人ならおとなしく寝てやがれ。なに花火なんか打ち上げてやがるんだ」
テオドゥロは怒鳴ってトーマスをジェイコブに投げつけた。ジェイコブは飛んできたトーマスを受け損ねて二人して地面に倒れ込んだ。
「これじゃ奇襲にならねえだろ。せっかく火も焚かずに暗い中で準備をさせていたのが台無しじゃねえか」
テオドゥロの言葉にトーマスとジェイコブは花火を打ち上げたことが無駄ではなかったことを知った。
「だったらその奇襲自体をやめませんか。成功しないことをやっても仕方ないでしょう」
トーマスはテオドゥロに言った。テオドゥロは
「いまさらやめられるか」
と返した。そこにアルフレッドも走って戻ってきた。
「おい、ドクター!お前の息子と助手をどっかに閉じこめとけ。これ以上邪魔をさせねえようにな」
「奇襲をやめてどうする気なんだ」
まだやめる気のないテオドゥロにジェイコブは尋ねた。
「お前たちには関係ない。とにかくこっちの邪魔をするな!……だからガキは嫌いなんだ」
最後にそう言い捨ててテオドゥロは去っていった。
「くそっ」
トーマスは悔しがって地面を拳で叩いた。
「とにかくお前たち小屋に入るんだ」
アルフレッドは命じた。
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