第20話 戦争直前

 テオドゥロはやっと崖の上にあがることができた。あがる直前、拳銃を構えなおし声をかけた。

「おい!そこに誰かいるか」

 だが返事はなかった。上がってみるとそこには火の玉を投げた奴も剣をもった奴もいなかった。用心をして拳銃を構えたのがバカバカしくなる。

 しかし、トーマスがいた。木に寄り掛かるように倒れていた。

「おい坊主。しっかりしろ」

 テオドゥロはトーマスに声をかける。意識はあった。よく見ると鼻に小さな切り傷がありそこから一筋の血が流れていた。それ以外に口からも血が出たような跡がある。そして、胸元に衝撃を受けたような跡も。こいつが一番大きなケガのようだ。

「立てるか坊主」

 テオドゥロはトーマスを促す。トーマスはよろよろとテオドゥロの肩に掴まりなんとか立ち上がる。さすが収穫祭の事件の時に大ケガを負いながらも一人でトンプソン医師を呼びに言っただけのことはある。そう感心しているとトーマスは

「……ねえ、“ファー”ってなに?」

 と聞いてきた。

 なんのことだと思ったが、そう言えばここに上がってくる時にそんな声が響いているのが聞こえたな。たしか

「イースタンの言葉で“父親”って意味じゃなかったか」

 とおぼろげな知識を語った。

「……お……父さん……」

 あの大男はクヌガの父親だった。彼女の父親を自分が殺してしまったのか。

(だったら殺されてもしかたない)

 むしろ、どうして殺されてあげなかったのかと思った。クヌガの暫撃を拳銃で食い止めたり、こんなところに逃げ込んだりしなければよかった。

(拳銃なんか持ち出さなければよかった)

 今さら悔いても仕方がない。だが、それ以外どうしようもなかった。彼女の父親を生き返させることなど彼の父アルフレッドですら無理だ。医療は万能ではない。

「とにかくここから下りるぞ。奴らが仲間を連れて戻ってこないとも限らないからな」

 テオドゥロの言葉にトーマスは黙って従う。今はなにも考えられない。最初、トーマスは自力で歩こうとしたが立っているのがやっとの状態では無理だと判断した。テオドゥロは拳銃を腰のホルスターにしまいトーマスを両腕で担ぎ上げた。

 トーマスを担いだ状態で山を下りる中、テオドゥロは

(やっと町にも運が向いてきたかもしれねえ)

 と思った。


 山を下りた保安官のテオドゥロの仕事は早かった。まず、トーマスを麓のカールじいさんの家に預けた。

「あとで医者を連れてくるからこの坊主を寝かせといてくれ。それと火薬庫の鍵を開けてくれ」

「……火薬庫?なにをする気だ」

 トーマスを寝かせるベッドを整えながらカールじいさんは問いかけた。

「山の魔法使いどもが俺たちを襲ったんだ。俺たちゃ命からがら逃げ出してきた。こうなったら町をあげて報復しなくちゃいけねえ。医者と一緒に町の若い奴らもやってくるからそいつらに小銃の弾を渡してやってくれ」

 そうテオドゥロは嘘を交えて説明した。

 じいさんに後を任せたテオドゥロは行きに乗ってきた馬に跨がり町に向かって駆け出した。

 町に戻ったテオドゥロはまず最初に町長のカイル・ハッチンソンの家に向かった。

「町長、今すぐ戦争だ!」

 テオドゥロは興奮気味に叫んだ。

「保安官、まずは君が落ち着きたまえ」

 カイルはあわてずテオドゥロに水差しから入れたコップ一杯の水を与えた。

「戦争とは穏やかじゃないな。いったいなにがあったんだ」

 テオドゥロは事情を手短に説明した。そして

「いずれ奴らは報復と称して俺たちを襲ってくる。いや、こないかもしれない。そんなことはどうでもいい。問題はいま奴らとの間にあった緊張状態に一石が投じられたという事実だ」

 と熱弁した。

「報復もなにも奴らがそう簡単に山から下りてくるとはおもえないが」

「ああ、そうかも知れねえ。だがドクターの息子が魔法使いを一人撃ち殺したのは間違いない」

「それだって事故だと説明すればわかるんじゃないかね」

「黙って話し合いのテーブルについてくれるならいいですがね。そうならなかった場合、こちらが後手を踏みますよ。こちらがやられてから、さあ話し合いをと言われても、まともな話し合いになるわけはありませんや。なによりも町長」

 テオドゥロは声をひそめて近づいた。

「……あんた、元々やつらを山から追い出したがっていたじゃねえですか。いったいなにをビビっているんですか」

 カイルは顔を赤らめた。

「なにもビビってはいないさ。いいだろう、せっかくの機会だ有効に活用しよう。しかし、大丈夫なのか。訓練だって最終的には町の男たち全員が対象になっていたはずだ。だが、結局うちの息子の仲間たちくらいしか訓練できなかったみたいじゃないか」

 カイルの反撃にテオドゥロは答える。

「訓練をしていない町の男たちは適当に小銃を撃ってやつらをビビらせればいい。しかし、本当にやつらを仕留めるのは息子さんたち精鋭部隊ですよ。町の連中をかき集めてあんたはこう言うんだ『やつらは山に遊びに行ったドクター・トンプソンの息子さんを突然、襲った。たまたまドクターから息子さんの捜索を委ねられていた保安官が間一髪助け出すことができた。その時に父親と思しき男を殺してその娘に手傷を負わせた。やつらがいずれ報復してくることは明らかだ。だが、それを待っている必要はない。今夜、こちらから打って出てやつらの息の根を止める』ってね」

「おい、イースタンの父親の方を殺したのはドクターの息子じゃなかったかい」

「そんなバカ正直に言ったって士気は上がりゃしませんよ。第一それじゃこちらが悪いことになっちまう。戦にゃハッタリと大義名分が必要なんですから」

 テオドゥロは机から離れて

「とにかく町の連中の煽動はおまかせします。実際の指揮は俺がやりますから。さあはじめてください」

 と言った。

「今夜すぐにかい」

 カイルの意見にテオドゥロは

「今までなにを聞いてたんですか。やつらだって今晩すぐにこちらが行動するとは考えやしないでしょう。そこが付け目です。やつらの虚に乗ずればこちらの訓練不足もたいした問題になりませんよ」

 そう説いた。部屋をでる時、

「ああ、そうそう。ドクターの家に馬車を一台至急回してください。ドクターの息子をカールじいさんの小屋に寝かせてます。魔法使いにやられて重傷ですと伝えといてください」

 そう言い残してから出ていった。カイルは早速行動を開始した。


 町の中をアルフレッド・トンプソンとジェイコブを乗せた馬車が駆ける。その時、町の広場でなにやら人が大勢集まっているのがわかった。なにがあったのかとアルフレッドは馭者に尋ねた。

「よくはわかりませんがね。なんでも東の山の魔法使いどもと一戦やらかそうって話らしいですよ。町の若い男どもをかき集めてなにやらやっていたのは今日のためだったみたいですな」

 初老の馭者はそう答えた。

 今向かっている町外れの小屋には魔法使いにやられた息子がいるという。今回の件と関係があるのだろうか。重傷と聞かされてとにかく手当たり次第に薬や器具をかき集めてきたが息子は無事なのか。

 なにやらきな臭い状況に巻きこまれたとアルフレッドもジェイコブも思った。


「お父さん、やめてよ。どうして山の人とケンカをしなくちゃいけないの」

 ローラット家の下の娘のシャーロットがそう泣き叫ぶ。そんな娘の訴えをよそにセバスチャン・ローラットは黙々と小銃の手入れをしている。もう何年も使っていない銃なので手入れを怠ると暴発の危険があるから手は抜けない。慣れない作業に四苦八苦してる。

「シャーロット、お父さんの邪魔をすると危ないわよ」

 シャーロットの母親のケイトが必死になって娘をよそにやろうとするがシャーロットは頑としてその場を動こうとしない。

「お父さんだって山の人たちがいい人だって言ったじゃない」

 三日月をあしらった金の首飾りを下げてシャーロットは山の人たちを擁護する。

 シャーロットが体に斑点が出て熱が出た時、セバスチャンは娘を山の魔法使いの医者に見せに行った。背負子に布を詰めてクッション性を高くしてから、それに娘をくくりつけて山道を登った。やっとたどり着いた集落では奇異の目で見られている気がしたが、なぜか大男が出迎えてくれていた。その大男が魔法使いの医者だった。

 その医者はなにも言わず娘を藁を詰めて作ったベッドに寝かせて治療をした。何時間もかけてその大男は手をかざし続けシャーロットの体から病気を追い出してくれた。

 その医者の娘がくれたという三日月の首飾り。シャーロットが言うには医者の娘の首を飾っていたその首飾りを「欲しいな」と思った時に惜しげもなく、首から外しシャーロットの首にかけてくれたそうだ。

 だから、シャーロットにはイースタンの魔法使いに際してイヤな思い出がない。シャーロットだけでなくこれから魔法使いと一戦交えるセバスチャンだってイヤな思いはしていないのだ。イヤな思いをしたのは山を下りて町に戻ってからだ。

 突然、町の連中が冷たくなった。今まで金鉱で出会えばにこやかに挨拶をかわすという習慣がセバスチャンに対してだけは無くなった。ケイトが経営している雑貨屋にもぱったりと人が来なくなった。いったいどこで生活必需品を買っているのかわからないが、とにかくケイトの店には誰一人来ることはなかった。上の娘のドロシーだってなにも言わないが学校でイヤな思いをしていたようだった。

 それが改善されたのは町長に山に金があるかもしれないという情報を提供してからだ。そのことを伝えた翌日からケイトの店には今まで同様いやそれ以上に客が来た。セバスチャンが金鉱に働きに出ると今までのように採鉱夫たちが挨拶をするようになった。

(もうあの時のようなことはごめんだ。あと少し山に登るのを遅らせれば医者の家族がやってきたのに。そうすれば山に登らずにシャーロットを診てもらうことができただろうに。そうすれば町の連中から無視されることもなかったはずだ。すべては気が急いて山に登ってしまったのが原因だ。これからはちゃんと町のみんなと同じようにしなくてはいけない)

 そうセバスチャンは考えていた。

(自分たちは山で暮らしているのではなく町で暮らしているのだから)

 なおも泣きわめいているシャーロットに向かって姉のドロシーが一喝した。

「うるさいな。町のみんなが決めたことなんだから従うしかないでしょう。また町に逆らったらもうここで生きていけないのよ」

 ドロシーの言葉にシャーロットはさらに大きな声をあげる。

「お姉ちゃんのバカあ」

 シャーロットにはそれくらいしか言えなかった。なにをどう言っても誰も山の人たちとのケンカを止めることができない無力感。ただその場に突っ立って泣きわめくしか彼女には手がなかった。

「じゃあ、行ってくる」

 小銃の手入れを終えたセバスチャンはやおら立ち上がって家族に声をかける。ケイトはシャーロットをなだめすかすのに必死で返事もできない。ただドロシーが玄関の扉を開けて送り出してくれた。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 セバスチャンの頬にキスをして手を振ってくれた。

「後は任せた」

 泣いているシャーロットをちらりと見てからセバスチャンは銃を担いで出かけた。


 カールじいさんの小屋に到着したアルフレッドとジェイコブはベッドに横たわっているトーマスを見て驚いた。重傷と聞かされていたが見た目はどうということはない。ただシーツを剥がして胸を見た時そこに大きな紫色の痣を見つけた。いったいなにがあってこんな痣ができたのか。その痣に触れるとトーマスは激しくわめいた。かなりの衝撃を受けた様子だ。

「持ってきたものでは役に立たんな」

 アルフレッドの言葉にジェイコブは

「でしたら馬車にトーマスを乗せて連れて帰りますか」

 と聞いた。アルフレッドは首を横に振って

「いや、馬車の振動に耐えられないだろう。ここで治療させてもらおう。私が薬と器具を取りに戻るから君はトーマスに包帯をかけてやってくれ」

 そう指示を出してアルフレッドは馬車に向かった。

 その姿を見ながら

「なあトーマス。体の具合はどうだい」

 ジェイコブは問いかけた。

「息が苦しい。肋骨が折れたかもしれない」

 そうトーマスが答えるとジェイコブは一笑にふした。

「それは先生が判断するよ。どれ、とりあえず包帯を巻こう」

 ジェイコブは胸についた痣をしげしげと眺めて

「まるで手のひらで打ったような痕だな。さては収穫祭の時に僕らを助けに割って入ってくれた女の子からつけられたな」

 と断定した。トーマスは

「どうして?」

 とだけ尋ねた。

「他に君とケンカをするような子を知らないからさ。これが本当に手のひらの痕なら君と変わらないくらいの年の子だろう。……そうか、あの子はやっぱり魔法使いだったのか」

 包帯を鞄から取り出しながら続けた。

「それにしてもずいぶんやられたみたいだけど、手心も加えてもらったみたいだな。もし、その気なら本当に肋骨くらい砕けていたかもしれない。いったいなにがあったんだ?」

 ジェイコブは包帯を巻きながらトーマスの話を黙って聞いていた。やがて話し終わり包帯も巻き終わって

「むしろ……」

 ジェイコブは考え込むように呟いた。

「……どうして手心を加えられたのか。さっぱりわからない」

 それはトーマスも同感だった。

「どうすればいいと思う」

 トーマスはすがるように尋ねた。ジェイコブは考え込みながら

「……とにかくわけを話して謝るしかないと思う。先生にも一緒に行ってもらって。謝ったくらいで許してもらえることじゃないと思うけど」

 そう答えた。

「お父様に話さなくちゃいけないかな」

 拳銃を黙って持ち出し、事故とはいえその銃で山の魔法使いを撃ち殺したとなったらどんな罰をくらうかわからない。

「保安官には洗いざらい話したんだろう。だったらいずれバレるさ。僕らだけで謝りに行ったってどうしようもない。大人同士でキチンと話し合ってもらわないといけない」

 トーマスはジェイコブの説明に渋々ながら納得した。

「とにかくこんな遅くに出かけるわけにもいかないからな。ここで一晩明かさせてもらってから朝一で行くことになると思う。とりあえず先生が来るまで休んだ方が……」

 外が騒がしくなってきた。

「先生が戻っていらしたかな。ずいぶん早いけど」

 ジェイコブがドアを開けるとそこにはたくさんの男たちがいた。数メートル先の高床式の小屋からなにやら持ち出しているようだった。

「なんだろう?ちょっと行ってみる」

 ジェイコブが外に出る。トーマスも少し考えたがベッドから抜け出した。痛みよりも好奇心の方を優先することにした。

 外に出てみると小銃を持った大勢の男たちが、小屋に向かって並んでいた。ジェイコブとトーマスはその列を無視して小屋に向かって歩いていった。

 小屋に着くとネイサンたちが列に並んでいる男たちに向かって火薬と弾を渡していた。

「あんまりないからな。むやみに撃たないでくれとのお達しだ」

 ネイサンたちはそう言いながら次々と渡し、受け取った男たちは小屋の外で銃に弾を込めていた。

「いったいなんなんだこれは?」

 ジェイコブはネイサンに尋ねた。

「よくは知らねえよ。これから山狩りをしてイースタンたちを退治することになったらしい。なんでも医者の子どもが奴らに襲われたから報復することになったんだとよ」

 ネイサンの答えにジェイコブとトーマスは面食らった。

「待ってくれ。襲われたのはこちらに非があったからだ。どうして報復なんて話になるんだ」

「だから知るかよ。俺たちは言われた通りにやってるだけだからな。なんか文句があるんだったら、親父が保安官にでも言いな。とにかく退けよ。仕事の邪魔だ」

 ネイサンはジェイコブたちを押し退けて作業に戻った。

 トーマスは恐る恐るジェイコブに聞いた。

「いったいどうしたんだろう?」

「わからないけど、とにかく話し合いをするつもりはないってことだろう。君が襲われたっていう事実だけでイースタンたちと争うことに決めたらしい。君からきちんと事情を聞いているのにこういう状況になっているんだからな」

「どうしよう……」

「……とにかく先生が戻ってこられたら相談しよう」

「でもお父様が戻って来た時にはもう山狩りに出発しちゃうかも」

「だけどどうしようもないだろう。僕たち二人だけであれだけの小銃を持った男たちを止められるわけない」

 ジェイコブはいらだちながら答えた。

「まったくこんなに早く展開するなんて考えもしなかったな。明日になってから謝りに行こうなんてのんびりしたこと言ってる場合じゃなかった」

「だったら、今からクヌガたちのところに行って知らせに行くのはどうかな」

 トーマスの提案にジェイコブはかぶりを振って応えた。

「こんな真っ暗な中で僕らだけで山に入るのかい。奴らよりも先んじて。君、彼女が住んでいるところを知っているのか?」

 トーマスはかぶりを振る。

「奴らの中には山に入って病気を治してもらった人もいるはずだ。その人たちが道案内をすれば僕らよりも早くたどり着く。彼らを逃がす暇すらないはずだ」

 ジェイコブの言葉に絶望的になる。

「……なんとかしてクヌガたちに知らせないと」

「さて、そんな方法があるか。彼女は魔法で君と連絡が取れるのかな」

「クヌガはそんな魔法はないって言ってた。遠くの人と連絡をとるのは“狼煙”を使うんだって」

「“狼煙”?そりゃまたずいぶん原始的な方法だ。しかし、そんなことができてもこの暗闇じゃさっぱりわからないだろうけどね」

 “狼煙”なんてよくわからないがそういうものなんだろう。トーマスも諦めかけた時、ふと考えが浮かんだ。

「……ねえジェイコブ。手伝ってもらえないかな」

「……手伝う?いったいなにを」

 ジェイコブの問いにトーマスは

「とにかくあの人たちが小屋からいなくなってくれないと」

 そう答えた。


「なんだって包帯なんかしてるんだ。これじゃ治療ができないじゃないか」

 アルフレッドの言葉にジェイコブは反論する。

「いえ、先生が包帯をしろとお命じになったんじゃありませんか」

 たしかにジェイコブもうすうすおかしいなと思いながらもさして深く考えずに包帯をした。だからといってこちらが一方的に批判される謂われはない。そもそも今日のアルフレッドはどこかおかしかった。診療中も心ここにあらずといった感じだった。指示ミスも今回がはじめてというわけじゃない。

「とにかくすぐに包帯を外していてくれ。私は保安官のところにいかなくてはいけないから」

「ちょっと待ってください先生。実はトーマスのこのケガのことで話があるんですが」

 ジェイコブの言葉にアルフレッドは

「……ケガ?そうだトーマスどうしてそんなケガをしているんだ。いったいなにがあったんだ」

 そうトーマスに聞いた。

(いや、まずそれを先に聞くべきだろう)

 やっぱりなにかおかしいとジェイコブは思った。

 トーマスが逡巡してなかなか言わないのでジェイコブが促しながらも結局、ほとんどを彼が話すことになった。話し終えた時、アルフレッドは

「……保安官のところに行ってくる。トーマスを助けてくれたお礼をしないと」

 と答えた。

「待ってください。その前にこの状況をなんとかしないといけないんじゃありませんか。トーマスのせいでイースタンたちと戦争になろうとしてるんです。彼が先生の拳銃で彼らの仲間を撃ち殺してしまったことを謝罪するのが先じゃありませんか」

「私のせいではない!」

 ジェイコブの言葉にアルフレッドは反射的に答えた。

(そういうことか。先生はこのままなし崩しに戦争になることを望んでいるんだ)

 自分の管理ミスで持ち出された拳銃が文字通り引き金となってこの争いが起ころうとしている。だったらこのままイースタンたちが敗北してくれた方が自分の失態がうやむやになってくれる。そう考えているのかもしれない。これから保安官に会いにいくのだってその件だろう。

(こいつはダメだ)

 ジェイコブはアルフレッドを見限った。少なくとも一人の親として何の責任も果たそうとしない大人としては尊敬できない。

「わかりました。とりあえずトーマスの包帯を外しておきます。先生は保安官に用事があったんですよね」

 ジェイコブはそう言ってアルフレッドを送り出した。

 不安そうにこちらを見ているトーマスに向かってジェイコブは

「……どうやら君の計画を実行する必要があるみたいだ」

 と言った。


 クヌガを連れて集落に戻ってきたヌナバは家の中に入るやいなや、クヌガをシーツに横たわらせた。

「よく頑張ったな。もう少しだぞ」

 ヌナバはクヌガの肩を布で縛り上げて止血する。これで腕を元に戻しても出血は少なくなる。そして、クヌガの口に猿ぐつわをかませる。

「よし、クヌガ。腕を元に戻せ」

 クヌガは命じられた通り刃化された腕を元に戻した。

「……リ・シュア」

 高質化された腕が見る見る赤みを帯びた肉質に変化していく。と、同時に砕けた手から血が吹き出す。

「う、ううううう」

 クヌガが痛みで大声をあげる。猿ぐつわをしているからうっかり舌を噛みきる心配だけはない。

 ヌナバはクヌガの右手を囲うように両手をかざす。

「もう少しだ。必ず元に戻してやるからな」

 そう言って治療をはじめる。はじめてナボルを伴わない単独の治療が始まった。

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