第18話 拳銃

 保安官のテオドゥロは昼間から酒を飲んでいた。今日は訓練もないし、適当な時間にパトロールをすればいいだけだから多少は飲んでも平気だろうと酒場に入っていた。

(そろそろ町の男たちを武装させて山に進攻する計画を立てなくちゃいけねえ。今までは雪が積もっているから山の奴らが下りてくることもないはず。そう思っていたからおおっぴらに訓練ができた。しかし、これからは秘密にことを進めなくちゃならねえ。

(山の奴らをただ山から追い出すだけではいけない。いつ奴らが奪取してこないとも限らないからな。敵は根絶やしにしてしまうに限る。そうでなければ枕を高くして眠れやしない。そのためにも進攻から殲滅まで短時間で片付けなければダメだ。奴らに魔法を使う暇を与えてはこちらの損害が増すばかりだ。

(山の地理にくわしい奴がほしいな。セバスチャンのように治療のために山に行った奴が何人かいるはずだ)

 しかし、それがバレている人間は案外少ない。みな村八分になりたくないために必死になって黙っているからだ。

(なんとかしてそいつらをみつけることができないか。未知の要素が多すぎる。地理もそうだが魔法使いがどんな魔法を使うすらわからない。近接魔法しか使えないと聞くがそれすら単なる噂かもしれない。十年ほど前の戦いの時はたしかに抵抗らしい抵抗を見せることなく山に逃げ込んだが、奴らもバカじゃないだろう。反撃の方法くらいは考えていると思っていい。もしかしたら土地を取り返す算段くらい立ててるかもしれない)

「金儲けも楽じゃないな」

 思わず口に出た。

 秋口にセバスチャンの話しを聞いた後、町長はあの山を手に入れることはできないかと聞いてきた。テオドゥロは

「話し合いで解決は無理でしょうね」

 と答えた。最初、町長は山の採掘権を奴らから買い取ろうかと提案してきた。しかしそもそもそんなカネがないのだ。だったら奴らを追い出すしかない。

 中央政府に直訴して軍隊に出場ってもらうことも考えた。だが、そんな大事になれば町のもの以外にもあの山の金鉱のことに気がつくかもしれない。そうすればもっと面倒なことになる。

「俺たちだけでなんとかするしかないでしょう」

 できるだけ早く、しかもできるだけ秘密裏に武器、弾薬を調達しなくてはいけない。弾薬なら町外れのカールじいさんに無理をさせて作らせることもできるが武器はそうはいかない。結局、町長の伝をたどって三百丁ほどの小銃を調達することができた。これだけでも秘密にことを進めるという条件に合わない。よその町の連中が嗅ぎつける前に早く山の金鉱を手に入れなくてはならない。だが、その肝心の山に本当に金鉱があるのか。

 そんなことを考えながら酒場で飲んでいた時、後ろから声をかけられた。振り返ると息せき切ってるアルフレッド・トンプソン医師が立っていた。

「これはドクター。こんな時間に飲みにいらしたんですか」

 テオドゥロは軽口を叩く。堅物のアルフレッドが昼間からしかも安酒場に飲みに来るとは思っていない。

「保安官、ちょっといいかな」

 アルフレッドの問いかけにテオドゥロは少し考えて酒瓶とグラスを持って隅のテーブルに移った。アルフレッドも後からついていく。

「いったい何の用ですか」

 席に座ったテオドゥロが尋ねた。

「保安官、私の息子が今どこにいるか知らないか」

 テオドゥロは面食らって

「いや、今日はずっとここで飲んでましたからね。まさか、息子さんを探しに酒場にきたわけじゃないでしょうね」

 と聞いた。

「ここに来たのは保安官に会いに来たからだ。事務所に行ったらおそらくここだろうと言われたのでね」

 事務員に雇っているケイリーが言ったのだろう。

(ここに来ているのがあいつにまでバレてるとは思わなかった)

「普段はこんな時間に飲んでるわけじゃありませんよ。今日はゴロツキどもの訓練も休みですからあたしも骨休めと思いましてね」

 アルフレッドはそんな言い訳など聞きたくないと右手で制した。

「すまないが、その休みを中止して息子を探し出してほしい」

「そりゃ構いませんが、でもまだこんな日が高いんだ。息子さんだってまだまだ遊んでいたいでしょうに。いったいなんの用事があるんですか」

 テオドゥロの言葉にアルフレッドは声をひそめて言った。

「……あの子が私の拳銃を持ち出したようなんだ」

 テオドゥロは瞬きして

「それは本当ですかい?なにかの間違いじゃ」

 と問いかけた。

「おそらく間違いない。いましがた私の部屋に置いていたはずの護身用の拳銃が無くなっていた。窓は鍵がかかっていて壊されてもいない。部屋の扉はそもそも鍵をかけていなかったから持ち出すとしたら家人のはずだ」

「だとしても息子さんとは限らないじゃないですか。お宅には使用人もいるでしょうし、ほらドクターは助手を雇っていたじゃありませんか」

 テオドゥロは収穫祭の時に倒れたゴロツキの一人を必死に診ていた助手の顔を思い出していた。

「ジェイコブは今日は起きてからすぐに私と一緒に診療所に入ったので私の部屋に入る余裕はなかったはずだ。ハンナはそもそも拳銃など恐ろしがって触りもしないよ」

「そりゃそうかもしれませんが、だからといって即息子さんの仕業だと断定するのも」

 テオドゥロの反応にアルフレッドは仕方ないといった感じで言った。

「あの子が拳銃を持ち出したのは今日がはじめてではないんだ。鉄道に乗ってこの町に来た時に診察で席を外した隙をついて拳銃で遊んでいたんだ。そのことは私しか知らない」

 テオドゥロは収穫祭の時にトーマスが拳銃に並々ならぬ関心を持ったことを思い出していた。

「ちょっと待ってくださいよドクター。息子さんが拳銃を持ち出す可能性があったのに部屋に鍵をかけてなかったんですか」

 アルフレッドはためらった後、頷いた。

「拳銃はちゃんと金庫とか鍵のかかった箱とかに入れてなかったんですか」

 うなずきはしなかったが、さすがにわかった。

「あんた何考えてんだ!」

 テオドゥロの大声にカウンターのマスターが睨んだ。あわてて小声になる。

「しっかりしてくださいよ。そんなの自業自得じゃねえですか。あんた銃を扱う資格ありゃしませんよ」

「面目ない」

 アルフレッドは謝った。謝られたところでどうしようもないが。

「とにかく、息子さんが行きそうなところに心当たりはないんですか」

 テオドゥロは建設的な方に話を持っていった。

「それが恥ずかしい話だがわからないんだ。ここへ着いた頃に夜遅くまで出かけることがあったんだが、どこに行ったか一度も言わなかったんだ」

「ご家族の方でご存じの人はいないんですか」

「妻も知らないし、助手のジェイコブも知らないと言ってる。家庭教師を頼んだ時にそれとなく探りを入れてくれと頼んだのだがうまくいかなかった。メイドのハンナも聞いてないそうだ」

(まったくどうしようもない家族だ。まあいい、探しようはある)

 そう考えたテオドゥロはグラスに残った酒を一気にあおった。

 やおら立ち上がってカウンターに置いていた帽子を被った。

「とにかく探してみます。少なくとも町から出てるとは思いませんからね。すぐに見つかると思いますよ」

「お願いする。私は診療を途中で抜け出してきたのですぐに戻らなくてはならないんだ」

 まったく下手したら自分の息子がもしかしたら人殺しになるかもしれないってのにのんきに仕事する気かよ。

「それじゃすみませんがここの支払いをお願いしますよ」

 そう言い残してテオドゥロは酒場を後にした。


 テオドゥロはまず町長の家に行った。

(たしか町長の一番下の子どもは同い年だったはずだ)

 町長の息子たちはみんなそれぞれの年代の子どもたちのリーダー格になっている。

(収穫祭の時にもいっしょにいたのだからもしかしたらなにか知ってるかもしれない)

 あいにくアーロンはいなかったがどこにいるかはすぐにわかった。出かける際にどこに行くかを報告するようにしているからだ。

 言われた通りに学校に行くと果たしてアーロンが友だちと遊んでいた。だが、例の医者の子どもはいない。

「坊ちゃん、すみません。坊ちゃんはトンプソン先生の息子がどこにいるか知りませんか」

 問われたアーロンは

「知らないよ。最近あいつ、付き合い悪いんだ」

 と言った。自分から避けているのをすっかり忘れているらしい。

「じゃあ、誰か知っている子を知りませんかね」

 テオドゥロは低姿勢で聞いた。アーロンはちょっと考えて

「知らないよ。あいつと仲いい奴なんていないんじゃないかな」

 そう言って笑った。

(まったく兄貴と同じで鼻につくガキだ)

「そんなこと言わないでもう少し真剣に考えちゃもらえませんかね」

「うるさいな。知らないって言ったら知らないんだ。行こうぜ」

 そう言ってそっぽを向いた。テオドゥロはアーロンの胸ぐらを掴んで

「いいから!ちゃんと考えろよ」

 と恫喝した。アーロンの目がとたんに動揺した。

「山よ」

 すると背後から声が聞こえた。振り返ると女の子がこちらを見ていた。たしかセバスチャンのところの上の娘じゃないか。たしか名前はドロシーだったか。

「山?」

 テオドゥロは胸ぐらを掴んだままドロシーに聞き返した。

「あの子、イースタンの子と仲良くなってるのよ。この町に来てからずっと入り浸っているわ。冬の間は行ってなかったと思うから今日あたり行ってると思う」

「そう言えば、山に行きたいから案内してくれって言ったことあった」

 ドロシーの答えにアーロンはそう反応した。

(なんでえ知ってんじゃねえか。それにしてもイースタンの山だと。そんなところになんで拳銃を持っていったんだ)

「おい、すまねえが山まで案内してくれねえか。俺はあそこには一度も行ったことはねえんだ」

 テオドゥロはドロシーに頼んだ。

「いやよ。もうあそこには行きたくないから」

 ドロシーは言下に断った。

(こいつも行ったことはあるのか。まあいい、行けばなんとかなるだろう)

 テオドゥロはアーロンの胸ぐらを離した。そうとわかればこんなところで時間を潰している場合じゃない。ドロシーの情報が正しいかどうか確かめる方が先決だ。テオドゥロは学校を後にした。

「まったくだからガキは嫌いなんだ」


 クヌガは走った。まだ雪が残る山道を全力で走った。例の事件からマシュリともなんとなく話さなくなってクヌガは独りぼっちだった。そんな中、“風”が教えてくれた。“トーマスが来るよ”と。

 クヌガは走る。地面の冷たさを裸足に感じるがそんなことは知ったことじゃない。

 クヌガは跳ぶ。足元の悪い地面を軽やかに跳ぶ。

 クヌガは転んだ。顔を上げ、泥で汚れた顔を腕で拭って起き上がる。

 またクヌガは走る。彼の元に。


 この原っぱに来るのはずいぶん久しぶりだ。トーマスはそう思いながら傍らの鞄を開けて中身を確かめる。今回は荷物が多いので鞄を持ってきて正解だった。

 鞄のふたを閉じるとタタタタという足音が聞こえてきた。足音の方を振り向くとクヌガが勢いよく飛び込んできた。

「うわあ!」

 さすがに飛んでくるとは予想していなかったから抱きとめるまではできてもバランスは保てなかった。二人して岩から落ちて、トーマスはしたたかに背中をぶつけた。

「いてててて、ビックリしたあ!」

 トーマスは子犬のように見つめるクヌガを担ぎ上げた。

(この間は助けてくれてありがとう)

 トーマスはさっそく収穫祭の時の礼を言った。そして、鞄から二足の靴を取り出した。

(忘れ物だよ)

 と言ってクヌガに手渡した。必要がないから捨てたとも言えずにクヌガは笑顔で受け取った。

 もうこの時にはクヌガの耳には“風の声”が入ってこなかった。


 ナボルに“風の声”が聞こえた。それはずいぶん久しぶりな気がするとナボルは思った。その声を聞き、ナボルはまた久しぶりに集落の外に出る決意をした。一刻の猶予もないかもしれないと。


 そのナボルの行動に気がついたヌナバが後をつけようと思った。しかし、その前に家の中に取って返した。以前、シュラムに頼まれていた火の玉を武器にする道具を持って行こうと考えたからだ。

 いわゆる投石器なのだがY字型の棹の上の部分に紐を付けて、その紐の中央に火の玉を乗せるための皮をつけてる。これならば手を火傷することもなく玉を飛ばすことができる。

 ナボルがあまりにも厳しい顔つきをしていたし、なにより集落から出たことのないナボルが迷うことなく集落の外に出たことが武装する必要性をヌナバに決意させた。


 クヌガは聞かずにはいられなかった。どうして収穫祭にいたのが自分だと思ったのか。マシュリの変身は完璧だったと思っていた。なのにあっさりとバレてしまったのはなにか理由があるに違いない。

(匂いだよ)

 彼はあっさりと言った。

(……匂い?)

 彼女は大きな汗を一粒たらし、笑顔を引きつらせた。

(うん、君が僕を庇ってくれた時にいつもの君の匂いがしたんだ。だから、すぐにわかったんだ。ああ、クヌガだって)

 クヌガは顔を真っ赤にしながら繋いでいた手を離し、体を背けた。両手の匂いを嗅ぎ、脇の匂いを嗅いだ。そして激しく落ち込んだ。秋口からは特に寒さを言い訳にして水浴びをサボっていた。

(ムー、ごめんなさい)

 クヌガは心の中でいつも口うるさく言っていたサラメに詫びた。ちゃんと言うことを聞いていたらこんな恥ずかしい思いを味わうこともなかったのに。

 トーマスはそんなことよりとばかりに鞄を漁って荷物を取り出した。それを見たクヌガはギョッとした。

 拳銃だった。クヌガたち魔法使いからは“鉄砲”と呼ばれて恐れられている銃。小さいとはいえ、それは間違いなくあの“鉄砲”だ。いったいどうしてこれがこんなところに。

 トーマスはニコニコと笑いながら左手でクヌガの手を取った。

(これはね、お父様の拳銃なんだ)

 彼は軽やかに話しはじめた。彼女の表情に気づかないまま。

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