第17話 友だち
「花火ってどうやって打つんですか?」
トーマスは弾薬を作っているカールじいさんに向かって質問を浴びせ続けた。
「手伝わなくていいと言ったはずだぞ」
カールじいさんはトーマスの質問に答える代わりにそう言った。
「はい、だから手伝ってません」
「そうだな、お前さんは手伝ってない。邪魔しかしとらんな」
呆れながらもじいさんは説明してくれた。
「その隅に立ててある筒の底に火薬を詰めて筒を固定させる。その筒の中に花火玉を入れて筒の中に『落とし火』を放り込む。そうしたら筒の底の火薬が爆発して花火玉が飛び出す。その爆発で花火玉の導火線に火がついて、しばらくすると玉の中心の火薬に着荷したら花火になる」
トーマスは興味深く聞いていた。
「これ僕でも打てますか?」
カールじいさんはなお呆れて
「花火は作るだけじゃなく打ち上げにも熟練の技が必要になる。子どもには無理だ」
と言った。続けて
「手伝われても困るが邪魔されても困るな。わかった、火薬の仕事はさすがにさせるわけにはいかんが、なにか仕事を見つけといてやる。だから今日は帰ってくれ」
そう言ってトーマスを追い返した。
トーマスはあれから連日、カールじいさんの元に押しかけ続けてきた。最初のうちこそ
「手伝わせてくれ」
と言ったがにべもなく断られた。それで方針を変えてあれこれ質問をして仕事の邪魔をするようにした。その方針転換が報われたようだ。これで明日からなにかしらの仕事ができるだろう。そうすればあの町長もカールさんばかりに負担を負わせることを恥じるに違いない。そう考えていた。
町に向かって歩いている途中に小高い丘がある。そこで子どもたちが手製の橇で遊んでいる。木製のしっかりとした造りのものもあれば布を敷いただけの粗末なものまでいろいろある。
「そうか、みんなこんなところで冬は遊んでたのか」
たしかにここなら誰の迷惑にもならず、思う存分滑ることができるだろう。その滑っている一団にアーロンとリックたちがいた。
「おーい、アーロン」
トーマスは声をかけた。しかし、アーロンの反応はない。
「聞こえなかったのかな?」
かなり離れているから一生懸命遊んでいたら気がつかないかもしれない。そう考えてさっきよりもさらに大きな声をあげた。
「リック!ハリー!サムエル!」
トーマスは目についたクラスメイトの名前を片っ端から叫んだ。だが、誰一人としてこちらを向こうとはしない。
さすがのトーマスも事情が飲み込めた気がした。収穫祭でネイサンとケンカになったことを根に持っているんだ。あの後、ネイサンとその仲間は頭を打った一人を除いて五人全員が保安官の取り調べを受けた。その噂は瞬く間に町中に知れ渡った。もちろん父親である町長の力で親同士で和解をして落着したらしい。ジェイコブは親は本国にいるのでトーマスの父親のアルフレッドがトーマスの分も含めて話し合いに参加したようだ。後日、ジェイコブはアルフレッドに謝罪していた。
だが、トーマスに言わせれば悪いのは難癖をつけてきた向こうのほうだ。勝手に関わった自分はともかく完全な被害者であるジェイコブが謝る必要はないはずだ。
その件があったのでアーロンはトーマスを仲間はずれにすることに決めたようだ。もちろん他のクラスメイトもそれに乗っかっているのだろう。
(いいさ、友達がいなくったってかまやしない。僕にはやることがあるし、春になればまた山にも行かなくちゃいけない。忙しいんだ)
トーマスは橇で遊んでいる子どもたちを尻目に歩き出した。
「構えーっ!てーっ!」
トーマスが町の中に入ると妙な声が聞こえた。見まわすと人だかりが見つかった。そこに潜り込むと垣根の中に数人の男たちが小銃を持って何かやっていた。
「あれは何をやってるんですか」
そばにいた壮年の男に尋ねた。
「ありゃ戦争の訓練だ」
「戦争?戦争があるんですか?」
トーマスの問いかけに男は
「そんなもんあるわけねえだろう。ありゃ保安官がここいらの若えならず者をしごいているのさ。放っとくと変な悪さをしかねねえからな。ほれ、町長んとこのろくでなしもずいぶんしごかれてる」
と答えた。たしかにネイサンたちも銃を持って走らされている。なるほどあの時おとがめなしになったけどこうやって表立って受けられない罰を受けてるわけだ。その証拠にジェイコブは訓練に参加してない。
でも、しごきにしてはずいぶんいきいきとやってる気がする。本当に銃を撃ってるわけじゃなく構えたら的に向かって『バーンッ!』と口で叫んで撃った真似をする。トーマスが時々、アルフレッドの銃を持ち出して遊んでいるのと大差ない。むしろ走ったり構えたりとこちらの方が大変だ。
トーマスはその人だかりを後にした。それでも小銃を持てるのはうらやましいなと思いながら。
それから連日、トーマスはカールじいさんの小屋に通いつめた。火薬にかかわる仕事はなかったがそれ以外の雑用で容赦なくこき使われた。
「ありがとうよ、おかげさんでずいぶん弾薬を作ることができたわい」
さすがにカールじいさんも礼を言った。しかし、トーマスは浮かない顔をしてそれを聞いていた。
「どうした?坊主」
トーマスはじいさんの家の台所で料理を並べながらボーッとしていたのを見られて尋ねられた。
「なんでもないです」
問われたトーマスは反射的に答えた。
「そういや、お前さんなんで毎日ここに来てるんだ。学校がないと言っとったが、友達と遊んだりしないのか」
カールじいさんのさらなる問いかけにため息をついて答えた。痛いところをつかれたなと思った。じいさんもそれがわかったのか突っ込んでは聞いてこなかった。
トーマスは元々、社交的な性格だから友達を作ることに関して苦労したことはない。しかし、ここではじめて挫折をした。ひとりで行動できないわけではないがだからといって無視をされ続けるほど神経も太くはなかった。春になって学校がはじまったらどうなるのか、そう考えると夜も眠れなくなるくらい悩む。
じいさんと昼食をとる。なにか会話があるわけではない。カールじいさんは昔から独り暮らしだったので会話をすることになれていない。トーマスも食事中に会話が弾むような家庭環境ではなかったのでここで困ることはなかった。しかし、さすがにカールじいさんも声をかけずにはいられなかった。
「あまり、メシを食いながらため息をつくもんじゃねえぞ。メシがまずくなるからな」
そう言われてはじめて自分がため息をついていたことにトーマスは気がついた。
「ごめんなさい」
素直に謝った。
「別に謝るほどの事じゃねえ。まあ、たいしたメシじゃないからため息くらいでまずくなったり美味くなったりしねえがな」
そう言ってじいさんはスープをすすった。
「……カールさんは独りで寂しくないですか」
トーマスは思い切ってそう聞いた。カールじいさんは面食らったような顔をして
「考えたこともなかったな」
と答えた。
「むしろ、今みたいに誰かと一緒にいるほうが慣れてねえからな。独りのほうが気楽かもしれん」
「ご家族はいないんですか」
じいさんの家に通うようになって数日、家の中に他の人間の影がなにもないことにトーマスは驚いていた。写真や肖像画一枚飾られていない。
「若い頃に家を出てからずっと一人だ。家族なんてもんはもう何十年も持ったことはないな」
「家出してきたんですか」
「まあな。まあ、俺のことはいいじゃねえか。それよりもなんでそんなことを聞くんだ」
トーマスはおもわず黙った。
「そんなことを聞くってことはお前さん、今は一人ぼっちなのか?友だちもいねえからこんなところで暇を潰さなくちゃいけねえんじゃねえのか」
カールじいさんはニヤニヤ笑いながら付け足した。
「そんなことはないです……」
トーマスのか細い返事にじいさんは真面目な顔で問いかけた。
「俺から干し肉を持って行った時にいた女の子はどうしたい?あの子は友だちじゃねえのか」
(ドロシーが友だち?)
収穫祭の時にドロシーが保安官を連れてきてくれた時もトーマスが家に戻ったために話をすることもなかった。彼のケガが治ってからも時折町中で見かけることがあるが、向こうが避けているように感じた。
「あの子はたぶん友だちじゃありません」
トーマスはそう言い切った。
カールじいさんは手に持っていたスプーンを皿の上に置いて
「あんまり柄にもねえことは言いたくねえんだが、お前さんそれでいいのかい?」
と言い出した。
「お前さんは俺なんかと違って一人で生きていくのは苦手なんじゃねえのか?俺はもうこれから先も一人で生きて死んでいくんだろうと覚悟をしてるが、お前さんには無理だろう」
トーマスにもその自覚はあった。新しい環境になった時にまず友だちを作ることを最初にやってきた。友だちという存在がいるという安心感があってはじめて一人でいろいろやれるのだ。今回のように誰も彼もからそっぽを向かれるという経験がないので本当に不安になっている。本当は今すぐにでもアーロンたちと橇遊びをしたいくらいなのに。
「だったら謝ってでも友だちをなくさないようにしといた方がいいんじゃねえか」
アーロンに謝るということはあの収穫祭でジェイコブや自分を痛めつけたネイサンたちが正しいと認めろということになる。それはできない。どう考えても難癖をつけて暴力で屈伏させようとした彼らの方が間違っているのだから。
そうだ、ジェイコブは僕の友だちだとはっきり言ってくれた。彼は間違いなくこれからも親友でいてくれるだろう。でも、一緒に遊んでくれるわけじゃない。
「やっぱり僕は一人でいるしかないと思います」
言葉に出してそう答えた。
「そりゃ呼ばれなかったからさ。もっとも呼ばれてたとしても行く気はなかったけどね」
ある晩、トーマスはジェイコブに町外れで行なわれている訓練にどうしてジェイコブは参加していないのか聞いてみた。
「どうして呼ばれなかったのかは僕にもわからないさ。もしかしたらあいつらと一緒にいるとまたケンカになってしまうと思ったのかもしれない。僕が行く気になれないのは争いごとで解決するという行為が嫌いだからさ」
そうジェイコブは理由を説明した。
「そんなことだとジェイコブはずっと友だちもいないまま独りぼっちにならない?」
トーマスの問いかけにジェイコブは
「あんなやつらと友だちになるくらいなら一人のほうがずっと気楽さ。それに友だちなら君という親友がちゃんといる。寂しくはないさ」
そう言ってくれるのは嬉しい。でも、
「僕は同い年の友だちがやっぱりほしいよ」
と言った。ジェイコブは首をかしげて
「……君が仲良くしていた魔法使いの女の子はどうしたんだい」
と問いかけた。
(クヌガが友だち?……いったい何を言ってるんだ?)
春になり雪もだいぶ溶けてきた。やっと山に登ることができそうだ。トーマスは収穫祭で見つけた二足の靴を持って昼過ぎに山に登ることにした。
外に出ようとした時、ふと考えついた。アルフレッドは診療所に詰めて診察をしている。今なら部屋には誰もいない。トーマスは父親の部屋の扉を開けた。
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