第14話 収穫祭

 トーマスは収穫祭でにぎわう町の只中にいた。クラスメートのアーロンとリックに連れてきてもらった。さすがにはじめての祭は勝手がわからなかったからだ。

「花火が夜七時からはじまるそうだ。それが終わったら帰ってきなさい」

 父親からはいつもよりゆるめの門限が許された。ずっとお祭りだったらいいのに。

 町の広場で教会の神父が神の前で収穫祭の宣言をした。そしてアーロンの父親で町長のカイル・ハッチンソンがお立ち台の上から今年の収穫の報告をした。

「今年は残念ながら金の採掘で良い成果が出なかった。しかし、来年は違います。新しい金鉱も見つかっています。ひじょうに有望な金脈が眠っていると調査団のみなさんも太鼓判を押してくださいました。春から本格的な採掘に入ることができるでしょう。みなさん、来年からも町は安泰ですぞ」

 そのお立ち台から数メートル離れた場所で保安官のテオドゥロ・Bは笑いをかみ殺すのに必死だった。

(なにが調査団のみなさんだ。そんなもんいったいいつやってきたんだ。イースタンの奴らから山を奪い取らない限り、調査だって出来やしないのにな)

 だがそれは町の人間には言ってはいけない。下のものが知る必要のないことは上のものは気づかせない努力を払わなければいけない。せっかく良い夢を見ているのだからそれに水を差すのは無粋というものだ。

 町長の長い話が終わって十数羽の七面鳥が祭りに来ている人たちに振る舞われた。丸焼きから小皿に取り分けられた七面鳥の肉を渡されたトーマスは

「これ食べていいの」

 とアーロンに尋ねた。アーロンは当たり前だろうと言いながらその少しの肉をさっさと平らげた。


「これ食べていいのかな?」

 クヌガも渡された皿に盛られた肉に困惑している。

「みんな食べてるみたいだし、いいんだと思うよ。あんまり大事に持ってると変に目立っちゃうから早く食べた方がいいよ」

 聞かれたマシュリは小声で答えた。魔法使いたちの言葉で喋っていることがバレたらどうなるかわからないので必然的に声が小さくなる。それと同じ理由で火が焚かれている場所にも近づけない。明るいところだと一枚布の洋服の粗がさすがに目立ってしまう。

 クヌガは小皿に少しだけ盛られた、ほどよく焦げた香ばしい匂いの肉を一口かじってみる。美味しい。これはみんなに持って帰ってあげたいなと思った。だけど、西の土地に黙ってやってきているのでそれはできない。

 食べおわってみんなに倣って皿を返す。これからどうしたらいいんだろう。

「あの子に会わないの?」

 マシュリは小声で尋ねた。クヌガはマシュリをじっと見ておもむろに手を握る。ビックリして真っ赤になるマシュリ。しかし、

(これで話した方がバレないと思う)

 そう心の中の彼女の声が答える。

(そうだね。僕らにはこれがあったね)

 別の意味で真っ赤になるわ。

(トーマスには会わない方がいいと思う。私たちがここに来ていて、彼に会っちゃったら迷惑がかかるだろうから)

 西の土地の人たちが山に来る時はこっそり来る。あんなに堂々とやってきたのはトーマスがはじめてだ。でも、それはトーマスが土地の風習のことを知らないからだ。西の土地では山に来る人のことをきっと快く思っていないから、普通はこっそり来るのだと思う。だから、いつかトーマスも山に来なくなる日がくると彼女は思っている。

(それにこの間、ケンカになっちゃったから顔を会わせづらい)

 彼女の言葉に彼は言葉がない。仲直りする意味でもトーマスには会ったほうがいいとも思っている。だが、そうなれば彼女と今のような関係を続けることは無理になる。

(基本的な約束事を決めよう)

 彼は唐突に話題を変えた。

(とにかくここでは魔法は使わない。同じ理由で変に目立つ行動もとらない。明るいところに近づかない。人に話しかけられても言葉をかけない。でも、顔は笑っていよう)

 話しかけられて憮然としていたら悪い意味で印象に残ってしまう。よしんば魔法使いだとバレるようなことになったとしても後々悪い結果にならないように良い印象を残すようにしよう。そう二人で決めた。


 トーマスははじめて保安官に話しかけた。町に移住してきて最初の日に保安官の存在に心ときめいた。それくらい銃を扱う仕事の人をトーマスは尊敬している。強い男を。しかし、すぐに魔法使いの存在を知って心がそちらに傾いた。その魔法使いの山からすこし距離をとったおかげでいつもの拳銃好きのトーマスに戻っていた。

「保安官はいつも銃を携帯しているんですか?」

 トーマスに話しかけられてテオドゥロは困惑している。山の魔法使いに次いで嫌われ者だと思っていた自分にここまで屈託なく話してくる子どもはずいぶん久しぶりだ。その距離感に少々戸惑う。

「やっぱりいつでも悪い奴を倒せるように銃は手放せないですか」

 なおも聞いてくるトーマス。トーマスと一緒にいる子どもたちはどうしてここに自分たちがいるのかと戸惑っているみたいだ。

(これだからガキは嫌いだ)

 テオドゥロはそう思った。

 だが、そんな思いをおくびにもだすわけにはいかなかった。聞いてきてるのはたしか最近やってきた医者の息子だったはず。それにその後ろにいるうちの一人は町長の一番下の息子だ。

(せいぜい愛想よくしないといけねえやな)

「残念ですがね坊ちゃん。こいつを撃っても誰も殺せやしません。空砲なんですよ。火薬を詰めていますから派手な音はしますが音だけです。でも、悪い奴を黙らせる程度ならこれだけで十分です」

 そう答えた。事実は違う。町との契約ではたしかに普段は空砲の銃を携帯するようになっているが、実際は実弾が詰めてある。しかし、そんなことを町長の子どもの前で言うわけにはいかない。

 聞いてきたトーマスはあからさまに残念そうな顔をしたが知ったことではない。

(サービスはしておくか)

 テオドゥロは回転式拳銃を腰から抜いてトーマスに手渡した。トーマスは目を輝かせながら

「持っていいの?」

 と聞いてきた。テオドゥロは内心を気づかせないように笑いながら頷いた。

(引き金に指をかけるなよ)

 そう念じた。安全だとでまかせを言った手前、動揺を悟られるわけにはいかない。引き金に指をかけられて撃つ真似をされただけでも事故に繋がりかねない。

 テオドゥロは空砲など持ったことも撃ったこともないから知らなかったが、弾頭を持たない空砲でも死亡しかねない事故になる。もし、その知識をトーマスたちが持っていたらこうやって持たせた時点でテオドゥロの嘘を見抜けただろう。だが、テオドゥロにとって幸いなことに拳銃好きのトーマスですら空砲に対する知識はなかった。

(やっぱりお父様の護身用なんかよりも断然かっこいい)

 トーマスは大陸間鉄道内で持った父親の拳銃と比較しても重さといいデザインといい比べ物にならないと思った。

(ああ、こんな銃を早く撃てるようになりたいな)

 トーマスはそう夢想する。そうなると父親の跡を継いで医者になるよりも保安官になった方がいい気がする。

「さあ、もういいでしょう。そんなものよりも祭りを楽しまないともったいないですよ」

 テオドゥロはトーマスの手から拳銃を取り上げて祭りの喧騒の中へ追い立てた。トーマスたちの後ろ姿を見ながら

「これだからガキは嫌いだよ」

 と独り言ちた。


 クヌガとマシュリは呆然としていた。たしかに周囲の人々は楽しげに飲んだり食べたり、歌ったり踊ったりしている。だが、それも誰かと一緒でないと楽しくはなさそうだ。クヌガもマシュリと一緒にいるが酒は飲めないし、言葉を話せないので食べ物をもらいにいくこともできない。土地の歌も踊りも知らないので見ていても楽しくない。

(思ったより楽しくないね)

 マシュリと手をつないでいるクヌガはそう心の中でこぼした。

(ごめん)

 彼は思わず謝った。彼女は空いている左の拳で軽く彼の左腕を小突いた。

(マシュリが謝ることじゃないでしょう)

(ごめん)

(だから、そんな卑屈にならないの。そこがマシュリの悪いところだよ。あたしに対して気を遣いすぎるのを見ているとイライラしてたんだから)

 彼女の思いに返す言葉がなかった。だからまた

(ごめん)

 と言ってしまった。

 彼女は苦笑しながら

(こんなあたしを好きになってくれて嬉しいよ、マシュリ。あたしも人を好きになったからやっとマシュリの気持ちがわかった気がする)

 そう思って彼の目をまっすぐ見つめた。

「ありがとう」

 彼女はそう小声で伝えた。

 彼女の言葉に顔が真っ赤になった。なにか気の利いた言葉をかけてあげたいと思った時、彼女が言った。

(……トーマス)

 彼が彼女の目線を追うと果たしてそこに三人組の男の子たちがいた。たしかにそこにはあのトーマスもいた。

(会いに行ってみる?)

 彼は問いかける。でも彼女は首を横に振る。彼は少し考えたがやっぱり会って仲直りしたほうがいいと思う。だから彼女の手を引っ張ってトーマスの後を追うことにした。

(そこは気を遣ってよ)

 彼女はそう思いながらもそのまま引かれるように歩き出した。


「あれ君のところの使用人じゃないか?」

 アーロンがそうトーマスに向かって問いかけた。見るとたしかにジェイコブがいた。一人ではなく、誰か見知らぬ女性と語り合ってた。

「ジェイコブは使用人じゃないよ。お父様の助手をやっているんだ」

 そう訂正した。それにしてもいつのまにあんな女の人と知り合ったんだろう。男爵家の三男であることをことさら誇りとしているジェイコブには似合わなさそうな化粧の派手な女性。

「おい、シンディ。そいつは誰だい?」

 突然、背後から声がした。振り返ると二十歳くらいの男たちがジェイコブと話している女性に向かって語りかけていた。

「兄ちゃん」

 アーロンがその男たちの一人に語りかけた。その一人がこちらに気づいた。

「なんだ、アーロンじゃないか、いたのか?」

「アーロンの一番上のお兄さんだよ」

 リックがトーマスに小声で説明した。

 男たちはこちらを無視して女性に向かった。

「シンディ、俺たちとの約束を無視してそんなどこの馬の骨ともわからない奴とどんな話しをしてるんだい」

 その言葉にジェイコブはカチンと来た。

「馬の骨とはどういう意味だ。俺は本国では男爵家の……」

「本国ってのはなんだ?」

 男たちは嘲笑した。

「そんなに本国とやらでいい身分なら帰るがいいさ。わざわざこんな西の果てまで来ることはない」

「ここで生きていくつもりだったら、そんな役に立たない身分とやらにしがみつくなよ。みっともないぜ」

「所詮、よそ者さ」

 男のうちの一人がジェイコブの傍らを抜けてシンディの腕をつかんだ。その腕をジェイコブがさらにつかむ。

「……なんのつもりだ」

 男がジェイコブを睨みつける。

「謝ってもらおう」

「なにを」

「僕はよそ者ではない。君たちと同じこの大陸に骨を埋めるつもりでここまでやってきた」

 男はジェイコブの腕を振り払った。

「後から来たんだから立派なよそ者だろ。そんなよそ者が俺たちの女をぬけぬけとかっさらってんじゃねえよ」

「おい」

 アーロンの兄、ネイサンが声をかけた。

「ここじゃ人目につく。話しの続きは奥でやろうぜ」

 そう言って林の方にあごをしゃくった。

「異論はない」

 ジェイコブはそう言って腕を離した。ネイサンは

「お前たちはどこかよそへ行ってろ。余計なことを言うんじゃないぞ」

 そうアーロンに向かって言った。そして、そろって林に入っていった。シンディはそそくさと逃げていった。

「僕たちも行こうぜ」

 アーロンはトーマスたちに声をかけた。兄の言いつけを守るつもりのようだ。しかし、トーマスはジェイコブたちの後を追う。

「おい、トーマス。どこに行くんだ」

 アーロンはトーマスに問いかけた。トーマスは

「助けに行ってくる」

 と言って林に入っていく。

「助けにって……。使用人だろう?」

「使用人じゃない!」

 トーマスは振り返って言った。

「友達だ」

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