第13話 町へ
家に帰ったトーマスは心ここにあらずだった。いったいどうしてもクヌガが怒ったのかさっぱり理解できなかったからだ。ジェイコブに聞いてみても、
「わからんね。虫の居所が悪かっただけじゃないか」
と言うだけだった。とても役に立たない家庭教師だ。
この調子だとまた収穫祭に誘っても怒らせるだけのような気がする。花火の話をした時はあんなに楽しんでいたのに。どうして祭りだとあんなに怒ったのか?いや、怒ったのはその前か。
(本当にわかんないや)
この調子ならまた山に行っても同じように怒らせるだけじゃないか。だったら山に近づかない方がいいのかな。
「人間の女の子も魔法使いの女の子も面倒くさいや」
トーマスは独り言ちた。
マシュリは原っぱに行ってみた。もしかしたらトーマスが来ているかもしれないと思ったからだ。だが、誰もいなかった。クヌガが家から出てこないので期待はしていなかったが、逆に
(どうしてクヌガはあの子がここに来ていないことがわかるんだろう?)
という疑問が頭に浮かんで来る。魔法使いに遠くの人と交信する力や予知する力などはない。単なる偶然か。
「帰ろう」
ここにいても仕方がないとマシュリが踵を返した時、目の前にクヌガが立っていた。心なしか少しやつれているようだが元気そうな感じだ。
「……あの、その。……元気?」
なんと言っていいかわからないのでつまらないことを口にしてしまう。
クヌガはコクンとうなずいた。
二人はしばらく突っ立ったままだった。やがてクヌガは下唇を噛んでいた口を開いた。
西の土地は収穫祭の準備で賑わっていた。
「いったいカネはどこから工面してきたんですかい、町長」
保安官のテオドゥロは町長のカイル・ハッチンソンに尋ねた。たしか銀行も貸してはくれないほど先がない町だったはずだが。
「例の金鉱の話をちらつかせたのさ。もちろん調査なんざしちゃいないがそこはそれ調査済み、金鉱の権利は取得済みとでまかせの書類を見せて信用させたさ」
そりゃ詐欺だとテオドゥロは思った。山に金鉱があるかどうかは入ってみなくてはわからない。もしかしたら、砂粒程度の金しかないかもしれない。
それにあの山にイースタンが居すわっているのも具合が悪い。
「奴さんたち山の中を掘らせてくれますかね」
テオドゥロは聞いてみた。
「奴らのことはどうでもいい。とにかく」
カイルははげ上がった頭をひとなでして言った。
「この祭りを成功させて、この冬を越す算段と春から生きていく準備を整えなくちゃな」
そう、すべては春になってからだ。カイルは勝負の時をそう定めていた。
「頭の中で西の土地の女の子の姿を思い浮かべてみて。それを元に格好を決めよう」
マシュリはクヌガにそう言った。クヌガは目を
クヌガは先日、マシュリに
「西の土地のお祭りに行きたい」
と言った。だから、なんとかしてほしいと。クヌガからのはじめてのお願いにマシュリは舞い上がった。
「まかせて」
と胸を叩いた。
そして今日、西の土地では祭りの初日。山の中にある沼地にクヌガとマシュリはやってきていた。ここくらいしか自分の姿が見える場所がない。部族の女たちが化粧をする時は川から汲んできた水を覗き込んで姿見にしていた。それを今回二人はこの沼でそれをやってみることにした。ここで西の土地の子に化けるのだ。
マシュリに言われて髪をおろしたクヌガが次に思い浮かべたのは、先日うちに治療にやってきた女の子だ。この子ならなってみてもいいなと思った。
「いま浮かんだ子にして」
クヌガはマシュリに言った。どぎまぎしながら彼女の両肩を持っていた彼は目を瞑って、彼女の頭の中に描かれた女の子の姿を感じ取った。
「……ええっと。その……。この子はずいぶん小さいね。でも、少し成長させた姿を想像すればいいと思うよ。大丈夫やってみる」
そう言って彼女に魔法をかけた。
「アーテュ・デュ・ローヌ」
唱えるとクヌガの体から蒸気のようなものが出てきた。
「熱い」
クヌガがそう口走るほどの熱が彼女から放出されていく。マシュリは集中を途切れさせないように、ひとつひとつ丁寧に蒸気の中のクヌガの姿を変えていく。
褐色の肌を白く。黒い瞳を青く。全体的にふっくらとした体型にして、着ている服も変化させた。
クヌガの姿を変えた蒸気が治まる。するとクヌガから放出した熱と汗が彼女の体が急激に冷やす。寒い、頭も痛い。
マシュリは持ってきた布で彼女の額や顔を丁寧に拭いていく。
「……そこは自分でやるから」
首から下を拭こうとした手を止めてクヌガは布を受け取る。それにしても寒けは治まったが頭の痛みは治まる気配がない。
「うまくいったみたいだ。顔を見てみて」
マシュリの言葉にクヌガは沼を覗き込む。そこには自分とは似ても似つかない女の子の姿があった。どちらかといえばあの崖の女の子に似てる気がする。失敗したかな。
グンッ!覗き込んだと同時に頭が沼に吸いよせられるように落ちてきた。
「マシュリ!なにこれ。髪の毛が“金”でできてるじゃない」
「え?西の土地の人の髪の毛って“金”じゃないの?」
マシュリのビックリした声にクヌガは呆れたように
「そんなわけないでしょ!“金色”の“普通の髪の毛”よ!」
そう叫んだ。
「いたい!重い!抜けるうぅ!」
マシュリはあわててクヌガの金でできた髪の毛に魔法をかけた。
やっとのことでクヌガの髪を普通の金髪にする。その金髪を二つに結いなおした。
「ねえこの服、ちょっと変じゃない?」
クヌガは自分が着ている服をつまんでみせた。
「西の子の服って上と下に分かれていたと思うけど。これは一枚布をそれっぽく見せてるだけじゃない?」
たしかに西の土地の子が着ていそうな服に見えるが、それは一枚布のワンピースを重ねた服のような柄にしているだけだった。
「だって、一枚布だもん」
クヌガの問いかけにマシュリはそう返事をするしかなかった。まったく魔法も万能ではないのだ。
「祭の時間は薄暗いからけっこうバレないと思うよ」
マシュリの返事に納得するしかない。
「それにこれってどうしても履かないとダメ?」
クヌガは足の靴を指した。ふだんのクヌガは、はだしだから履ものになじみがない。しかもマシュリが魔法で布から急ごしらえで作ったものだから履き心地も悪い。
「だって履ものを履いていない西の土地の人っていないじゃない。そんな小さなところからバレないとも限らないからね」
(だったらこの服のほうを何とかした方がいいと思うけど)
クヌガはそう言いたい気持ちを抑えた。
「うん、これなら東の山の子ってわからないよ」
マシュリはクヌガの新しい姿を見て誇らしげに言った。
「かわいくなったよ」
その言葉にクヌガは
「そりゃ、あたしはかわいくないもんね」
といじわるく言った。
「……?いや、元がかわいいから変身した格好もかわいいんだよ」
マシュリはしどろもどろになって返した。
「ふうん、きっとマシュリはこういう子が好みなのね」
「そ、そういうことを言ってるんじゃないよ」
顔を真っ赤にしたマシュリは軽く咳払いをすると、真面目な顔で告げた。
「くれぐれも気をつけてね」
すると、クヌガはまじまじと見つめて言った。
「マシュリは一緒に行ってくれないの?」
(なんだって!どうして?いったいどうなってるんだ?)
今まで冷たくされていたマシュリはかなり困惑してしまっている。
さっきの“金の髪の毛”や先日の思わず抱きしめたことなど嫌われる理由はいくらでも出てくる。だから、一緒に祭りに行こうと誘われる理由がさっぱりわからない。
「行かないの?」
クヌガはまた問いかける。
「行く!行きます!」
マシュリは沼を覗き込みながら必死になって呪文を唱えた。
「アーテュ・デュ・ローヌ」
マシュリの体がみるみるうちに蒸気でいっぱいになる。
「あ、トーマスだ」
クヌガの声でマシュリはビックリした。現れたのはたしかにあのトーマスの姿だった。そういえば、マシュリは他に西の土地の男の子の姿を知らない。
「しまった。どうしよう」
そっくりな人間がいればそれだけで面倒なことになるのはさすがにわかる。すっかりパニックになったマシュリに向かって姿が変わったクヌガが言った。
「髪を伸ばして、少し太ってみることはできる?」
(……!そうか、ここから変えることはできるんだ。クヌガだってちゃんと変えたじゃないか)
クヌガのアドバイスに従って髪の毛を伸ばして、小太りにしてみた。
「どうかな?」
汗まみれの姿をクヌガに見せて尋ねた。クヌガはマシュリの汗を拭きながら
「うん、これだったらバレないよ」
と断言した。着ている服も一枚布とは思えないくらいのデザインになってる。
「よし、じゃあ行こう!」
マシュリは先導して出発しようとした。しかし、クヌガは動かない。
「……どうしたの、クヌガ?」
マシュリは怪訝な顔をしてクヌガを見た。クヌガはマシュリの足元を見て言った。
「マシュリも履もの履いて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます