第12話 マシュリ

 原っぱを出て林を抜ける一歩手前でクヌガは立ち止まった。泣くために止まったのではない。人影が立ちふさがったからだ。果たしてそれは昨日と同じ影の持ち主だった。

「今日もつきまとっていたの?マシュリ」

 クヌガはマシュリを睨みつけながら言った。

「どうして泣いてるの?」

 クヌガは顔に手を当てた。涙は流していない。なぜマシュリはそんなことを言ったのか?

「泣いてない。それよりも人のことをつけるなんていい趣味じゃないよ」

 クヌガは精一杯の嫌味を言った。

「西の土地の祭りに行きたいんだね、クヌガ」

「……なんで?」

 なぜわかったのか?誰にも昨日のことは言っていない。だから思い当たることといえば一つだけだ。

「心を覗いたのね」

 昨日、抱きしめられた時に知られたとしか思えない。マシュリが魔法が不得手だと決めてかかっていたが大きな間違いかもしれない。『アーテュ』ができるだけでもたいしたものなのに、それだけしかできないと思い込んでいた。木登りだってあんなに簡単にやってのけたじゃないか。

「本当に趣味が悪い」

 できるのにまるでできない振りをするなんて本当に嫌味だ。だから油断した。ズルい。

「僕がなんとかしてあげる。顔や体つきを西の土地の人間みたいに変えれば多少はごまかせるよ」

「なにそれ?あんたそんなことまでできるの?でも、お生憎さまあたしはあんな祭、行きたくない」

 強がった。マシュリの前では無意味だとわかっているのにそうせずにはいられなかった。

「クヌガ、ごめん。だけど、怒らせたくて言ってるんじゃないんだ。もし、僕らの中の誰かが土地の祭りに行ったら、きっと仲良くなるきっかけになると思うんだ。ナボルだってできれば土地の人たちと仲良くできたらいいなと思ってるでしょう」

「仲良くなんてなれない。無駄!言葉も通じないし……」

 言葉が続かない。我慢していた涙が溢れて来る。

「どうして、あたしにつきまとうの?ほっといてよ」

 クヌガはマシュリの肩をつかんだ。揺さぶる。彼はなにもせずにただ困惑したまま見つめている。

 涙が止まらない。言葉にもならない声が口から出てくる。誰かに聞かれるかもしれない。そう思った時、マシュリの肩に顔を埋めて声を立てずに泣いた。彼は何もできずにただ立ち尽くすしかなかった。


 泣きじゃくるクヌガの肩を抱きながらマシュリは集落に戻った。周囲の人たちの困惑した表情が見える。幾人かは声をかけて来る。なにがあったんだ?ケンカしたのか?二人は何も答えずにクヌガの家まで無言で歩いた。

 クヌガの家ではさらに戸惑っていた。母親のサラメがクヌガを引き取り家の中に連れて行った。ナボルはマシュリに

「連れてきてくれてありがとう」

 とだけ言った。

 マシュリはうなずいただけで何も言わなかった。帰ろうと踵を返した時、視線の端にヌナバの姿が見えた。


「いったいなにがあったんだ?いいかげん言ってくれてもいいだろう」

 集落の外れまでマシュリを連れ出したヌナバは開口一番そう言った。

「お前は言ったな、クヌガを信じろと。だったらなぜあいつは泣いて帰ってきたんだ」


 以前、クヌガがトーマスと会おうと家から抜け出した時、ヌナバはこっそりと後をつけようとした。しかし、そのヌナバの前をマシュリがふさいだのだ。

「ヌナバ。お願いだからクヌガを信じて上げてくれませんか。あの子は悪いことをしてるわけじゃないし」

「マシュリ、あいつがどこでなにをやっているか知ってるのか」

 マシュリは黙っていた。黙ったまま頭を下げた。


 結局、その言葉と態度を信じたらこのざまだとヌナバは思った。

「とてもじゃないが、子ども同士のケンカだとは思えない。言ってくれ、あいつはどこでなにをやってるんだ」

 ヌナバは聞き返した。

「……クヌガは西の土地の子どもと会っています」

 マシュリの告白にヌナバはため息をついた。なんとなくそうではないかと思っていた。と、いうより他に家族にまで隠しておくことが思いつかなかった。

「……教えてくれてありがとう。できれば最初の質問にも答えてくれ。あいつと西の土地の子との間になにがあったんだ。なぜ泣いて帰ってきたんだ」

「泣いたのは僕のせいです。僕がクヌガを怒らせるようなことを言ったから」

「お前が怒らせた?怒らせてなぜあいつが泣くんだ。意味がわからんぞ」

 マシュリは黙ったまま見つめていた。

「まあいい。感情が混乱したということだろう。今は聞かないでおく。だがな、これだけは言っておく」

 ヌナバはマシュリの胸ぐらを掴んで言った。

「あいつは僕の大事なムアンだ。これ以上あいつをつらい目にあわせるようなら僕が容赦しない。覚えておけ」

 そう言ってヌナバはマシュリを離し、マシュリは黙ってうなずいた。

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