第9話 悪だくみ

 その日の夜。町長の家で保安官のテオドゥロ・Bと町長のカイル・ハッチンソンが話し合っていた。

「もうこの町もお終いかもしれないな」

 開口一番、カイルが言った。

「どういうことですかい。町長さん」

 テオドゥロが尋ねる。カイルの「お終い」は何度も聞かされていて正直、耳にタコだ。だがその都度聞き返すことを忘れてはいけない。もし、聞かなければみるみる不機嫌な顔に変わっていく。そうすればテオドゥロの職も無くなってしまうかもしれない。そんな危険が何度もあった。その度に慣れないおべっかを使いなんとか無職になることを回避してきた。

「金が底を尽きはじめた」

 この町は金の採掘で成り立っている。畑で野菜が収穫されるがよその町に出せるほどではない。その点、金は町の外どころか本国でも高く買ってくれる。一攫千金を求めてたくさんの移住者もやってくる。だからこそ金が出なくなればこの町が廃墟と化すのはあっという間だ。そのことはテオドゥロでもわかる。

「もう少し別の所を掘っちゃどうですかい」

 テオドゥロの言葉に呆れたように

「いったいどこを掘り返せばいいんだ。たくさんの採鉱夫があっちこっちを掘り返してもうどこも穴をあけるところなんてありゃしないよ」

 と、返した。テオドゥロはなおも

「例えば俺たちが住んでいるこの地面の下とか」

 そう言って食い下がったが鼻で笑われた。

「そんなことしちまったら町ごと沈んじまうよ。それにここに金がないのはもう調査済みなんだ。逆に言えば金がないからここに町ができたんだ」

 そこまで言われてしまってはどうしようもない。早々にシャッポを脱ぐ。

(ここらが潮時かもしれねえな)

 テオドゥロの頭の中は新しく雇ってくれる町の候補の選定でいっぱいになった。

「こりゃ今年の収穫祭は中止だな」

 カイルが言った。

 収穫祭はこの町が冬に入る前に開いている祭りだ。今年の収穫と来年の豊穣を願って毎年大々的に行なわれる。よその町からも人がやってきて賑わうのでイベントらしいイベントのない町では絶好の資金源にもなっている。

「そいつはいけねぇや。収穫祭からの実入りも無くなっちまったらいよいよ干上がっちまうじゃありませんか。こういう時こそ大々的にやってよそから銭を集めなきゃ」

「保安官、あんたの言いたいことはわかるが、それも町に資金があればこそさ。収穫祭を大々的にやるのにどれだけかかるかわかってるのかい。明日をもしれない町になんて銀行だって貸しちゃくれないさ」

 景気の悪い話に気が滅入りそうになる。その時ノックの音が聞こえた。

「あなた、ローラットさんがおみえですわ」

 町長夫人が扉を開けるとそう言った。

「ローラット?……ああ、この間イースタンの山に行った奴か。ふむ、さては町のみんなの振る舞いに音を上げたかな。まあいい、通してくれ」

 カイルは夫人に命じた。イースタンの山に行く者は誰でも村八分にあう。表立ってどうこう言う者はいないが、それだけに陰湿になりがちだ。たとえそれが病気の娘を助けるためだったとしてもだ。表面上は気の毒がるかもしれないが具体的な助けもなければ声をかけることすらない。セバスチャン・ローラットは採鉱夫だから仕事中も誰からも声をかけられなかっただろう。たしか嫁さんが雑貨屋を営んでいたが、客足もパッタリと無くなったに違いない。

 カイルはいい気味だと思ったが、さすがにそれを表にだすわけにはいかない。町長という立場である以上、会わないわけにもいかない。せいぜい気の毒がってやるとするか。そう思った。

 夫人に連れられてセバスチャンが入ってきた。テオドゥロも背が高いがセバスチャンもかなりの高さだ。なにより採鉱夫だから横幅もガッチリしている。なのに目はいつもオドオドしている。

「やあ、こんばんはローラットさん」

 カイルは親しげに声をかけた。セバスチャンはビクビクしながら入り口で立っていた。

「そんなところにいたんじゃ話もできないな。さあ、奥に入って座ったらどうですか」

 そう言ったカイルにテオドゥロは

「町長、もしかしたら俺が邪魔なんじゃないですかね。だったらこれで失礼しますよ」

 と、声をかけた。実際このままカイルの愚痴を聞かされるよりも酒場で一杯引っかけた方がよっぽどいい。

「すんません。そうじゃねえです。保安官にも聞いてほしいです」

 セバスチャンはやっと口を利いた。

「ほう、保安官にも聞いてほしい話とはいったいなんですかな。どうです、保安官も一緒に聞いてはくれませんか」

 帰るきっかけを失ったとテオドゥロは思った。仕方ない、つまらない話だったら承知しねえぞと無言のひと睨みをセバスチャンに浴びせて再び席に着いた。

 セバスチャンも体に似合わず椅子にちょこんと浅く座った。

「さあ、どんな話ですかな」

 またカイルは水を向けた。そうでもしないとなかなか話を切り出そうとはしなかったからだ。まったく面倒な客だ。そう思ったが、顔には出さない。

 セバスチャンは腰に結わえた袋から小汚い首飾りを取り出してテーブルの上に置いた。

 カイルもテオドゥロもその首飾りの真意がわからず困惑した。

「なんですかな、これは?」

 麻の紐に小さな金でこしらえた三日月の飾りが付いている。

「実はその首飾りはうちの娘のものなんです。この間、娘がもらったものでして」

「ほほう、それはまた心配だ。しかし、色気付くにはずいぶんと早いですな。たしかうちの一番下の坊主と同い年じゃなかったですかな」

 首飾りを持ちながらカイルはそう言った。

「いえ、上の娘じゃなくて下の娘のシャーロットがもらったものなんです」

「そうですか。たしか下の娘というと肌に斑点ができた……?」

 カイルとテオドゥロは顔を見合わせた。

「ローラットさん、この首飾りはいつもらったものですかな?」

「一昨日、イースタンの山で医者の娘がうちの娘にかけてくれたんだそうです」

 イースタンの魔法使いたちは山から出ることはない。出てくれば土地の人間から襲われるからだ。土地の人間は魔法使いたちに土地を奪い返されるのを恐れているし、魔法使いたちも土地の銃を恐れている。その緊張状態がそれぞれの領地を超えないという不文律を生み出している。

 だから魔法使いが金で作った首飾りを持っていたということは、その金は山から出てきたということになる。

 町から金が出なくなってきているのは採鉱夫であるセバスチャンにはよくわかっている。だからこそこの金の首飾りが意味をもつ。そうセバスチャンは考えてここに首飾りを持って話をつけに来たのだ。新しい金鉱の情報と引き換えに自分たちの安泰を保障してほしいと。

(これはもしかしたら町にとっては福音かもしれない)

 そうカイルとテオドゥロは考えた。

「それで……。あの、そのですね」

 セバスチャンにとってはここからが本番の話題なのだろうが二人にとっては、そんなことは瑣末な話題でしかない。

「いやあ、ローラットさん!いい話を持ってきてくださった。いや、ご安心ください。ローラットさんが町のことを考えてくださっていることは大変よくわかりました。実は町のみんながローラットさんを誤解していることは私も胸を痛めているのです。娘可愛さゆえのやむにやまれぬ行動だったのですからな。大丈夫、私から町のみんなに言って聞かせましょう。明日から大手を振って町で働けますよ」

 カイルはそう言うと首飾りをセバスチャンに返した。

「さあ、これは娘さんにお返しなさい。せっかくもらったものですからな。大切にしないと罰が当たりますわい」

 そう言ってから部屋を出て奥にいる夫人に声をかけた。

「マーサ!酒を持ってきてくれないか。グラスも三つ。いや、そんな安物じゃなくてとっておきのウイスキーがあっただろう」

 その声を聞きながらテオドゥロは内心しめしめと思った。カイルの機嫌がよくなったおかげでただ酒にありつくことができそうだ。こうなれば今夜はこのウスノロをよいしょするのも必要だろう。

 そのセバスチャンはやっと自分の任を果たせたと言わんばかりに安堵の表情で肩の荷を下ろした。


「家庭教師?」

 トーマスは嫌な言葉を聞いてしまったと思った。トンプソン家は本国にいた頃は学校に行くだけでなく家庭教師も雇っていた。そのバーグマン先生はすこぶる嫌な奴だったので、ありとあらゆる手を使って辞めさせようとした。だが、その甲斐もなく先生は無事最後まで勤めあげた。トンプソン家が開拓地への移住を決定した時に「そこまで行くことはできない」と言ってくれなかったらと思うとゾッとする。

「お前が学校からまっすぐ帰らなかった理由を説明しないことと、謹慎を命じたにもかかわらず抜け出したこと。あとは学校の授業だけでは心もとない。これらのことを鑑みて決定したことだ。変更はない」

 アルフレッドは有無を言わせぬ口調でトーマスに伝えた。山からこっそり帰って来た時、ハンナに見つかってしまった。ハンナが黙っていてくれたらよかったのに早々に報告されてしまい、父の診療所に連れて行かれた。父は

「今日は叩くつもりはない」

 とズボンを降ろそうとしたトーマスに向かって言った。それは良かったとホッとしたところに言われたのでショックは大きい。

「でも、お父様。こんな開拓地の町に家庭教師をやってくれる人なんているんですか」

 せめてもの反撃にそう聞いてみた。アルフレッドは

「安心しなさい。それならもう決まっている」

 と言った。別に安心はできない。どうして人がいない間に物ごとが勝手に決まっちゃうかな、とトーマスは嘆いた。

「では先生に入ってきてもらおう」

 そう言ってアルフレッドは扉に向かって

「先生、どうぞ」

 と言った。来てるのか。扉が開いた。


「なんで引き受けたのさ」

 翌朝、トーマスはジェイコブに尋ねた。

「しょうがないだろう。先生から是非にと頼まれたら断れないよ」

 ジェイコブは家庭教師を引き受けた理由を答えた。

「実際、先生の伝家の宝刀『ならば助手もクビだ。出て行きたまえ』が出たら本国に帰るお金もない僕は路頭に迷ってしまうよ。断れるわけないだろう」

「お父様はそんなこと言うの?」

「……いや、一度も言われたことない。これは君に気の毒がってもらって納得してもらうための方便だ」

 ジェイコブは素直に認めた。

「それよりも問題はトーマス、君自身じゃないか。君がおとなしく学校が終わってまっすぐ帰って来るか、せめて正直になにをしてきたか答えれば良かったんだろう?もしくは三日間の謹慎をまじめに乗り切れば。どうしてそうしなかったんだ」

 ジェイコブの言葉にトーマスは言葉を失う。それくらいはわかっている。だけど正直に言えばもっと怒られることも目に見えている。だからといってせっかくの冒険を我慢することもできない。クヌガに会ってもっと魔法を見せてもらいたいから。

(そんな簡単には教えてもらえないか)

 ジェイコブは性急にことを進めることを諦めた。アルフレッドからはどうしてトーマスが意固地になってなにも言わないのか理由が知りたい、なんとか聞き出してほしいとも言われている。

「とにかく、引き受けたからにはちゃんと仕事をやらせてもらうよ。さて学校ではどんなことを教えてもらったのかな」

 トーマスはジェイコブの言葉に反応しない。

(ボイコットか、生意気な)

 そう思っている矢先に

「……魔法使いに会ったんだ」

 トーマスはポツリと言った。

(……魔法使い?たしか東の山にそんなのがいるって誰か言ってたな。先生だったか)

「学校を終えて東の山に行ったんだね、トーマス。そこで魔法使いに会ったのか。どうして魔法使いだってわかったんだい」

「だって!すごいんだよ彼女は。原っぱ一面をお花畑に変えたかと思うとすぐに元の原っぱに戻しちゃうし、体を軽くしてふわって浮いちゃうことだってやったんだから」

(彼女?……ははあん、女の子か)

 ジェイコブは合点がいったと思った。

(魔法なんてにわかには信じられないが女の子に会いたいとはなかなか隅に置けないじゃないか)

「それで魔法使いの女の子に会ってどうしたんだい。どんなことを話したのさ」

 ジェイコブは椅子に腰掛けて彼と同じ目線になった。

 トーマスはこの二日間に起こった出来事を語り出した。誰かに聞いてもらいたくてしかたがなかったのだろう。ジェイコブは辛抱強さを発揮し、時には驚嘆しながら整理できていない彼の言葉に耳を傾けた。

 トーマスの話はクヌガがどんな魔法を使ったかということが中心だった。だが、ジェイコブの頭の中では仲良く二人で楽しんでいる様子が映し出されていた。

(こいつなかなかやるじゃん)

「よし、わかった。トーマス」

 突然、話を遮った。

「君が東の山にこれからも行きたいっていうのは理解した。たしかにそんなことがあったら僕だって行きたくなる」

 ジェイコブの言葉にトーマスは嬉しくなる。

「しかし、だからといって言いつけをやぶっていい理由にはならない。先生たちに今の話しをしてもわかってはいただけないだろう」

 その言葉に落胆するトーマス。ジェイコブは人指し指を上げてこう言った。

「だから策を弄そう」

 彼の案は、まずトーマスは学校が終わったら家にまっすぐ帰る。昼食をとったらそのまま部屋に行く。ジェイコブはハンナにお茶をいれてくれるよう頼む。先生は診療所に入ってるし奥様はお部屋でくつろいでいる時間。そこにハンナが台所に行けば玄関から出て、診療所から見えないコースをたどれば誰にも見とがめられずに外に抜け出せる。

「でもジェイコブ、ハンナがお茶を持ってきたら部屋にいないことがバレちゃうんじゃない?」

「安心しろ。だから僕がいる」

 トーマスが外出している間、ジェイコブが彼のアリバイを作る。ハンナがお茶を持ってきたら入り口で彼が受け取る。中の様子は見せない。窓のブラインドは閉めて、ときおり彼が授業しているように声を発する。それだったらトーマスの声が聞こえなくても誰も疑わない。

 その間に彼は授業内容をまとめたメモを作っておく。トーマスは戻ってきたらそのメモの内容を大急ぎで暗記する。もし、先生から今日の授業の様子を聞かれたらそれで口裏を合わせる。

「完璧だ!」

 トーマスは目を輝かせた。だけど、もしバレたらジェイコブに迷惑がかかる。

「そんなことは気にするな」

 ジェイコブは言った。

「君くらいの年だったら、部屋の中でうんうん唸って勉強するよりも外で友達と遊んでいる方がずっといい。そちらの方が勉強になる。僕もそうだったからね。家でできる勉強なんて大人になってからやっても遅くはない」

「でも……」

「あとは実際やってみることさ。こんなところであれこれ思案を練って悩んでいるよりも案外うまくいくものだよ。僕にまかせろ」

 ジェイコブはトンと胸をたたいた。

「……ありがとう。でも、どうしてそこまでやってくれるの?ジェイコブは『世話をかけるな』っていつも言ってるじゃないか」

 ジェイコブはニッコリ笑って

「だって友達じゃないか」

 と言った。

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