第8話 Side―B 第二章 入院

「ごめん翔太、待った?」

「いいや、全然待ってないよ。

 …ってか舞、何か雰囲気変わったね。」

舞と翔太は、大学の入学式の前の日、デートをする約束をしていた。

「そう?やっぱ分かる?

 ちょっと、時間がかかっちゃって…。」

舞はこの日、翔太の前で初めて、メイクをして現れたのである。

「そっか。

 でも舞、似合ってるよ。」

そう言われた舞は、少しだけ垣間見えた緊張の面持ちから、解放された。

 また、

「翔太も、何かいつもと雰囲気、違うね!」

「そうかな?ちょっと、新たな境地に入った、って言うか…。」

「何それ~?でも、その格好、似合ってるよ!」

「ありがとう!良かった~。」

翔太の方も、少しだけあった緊張から、解放された。


 舞は、高校時代はすっぴんだった見た目を、大学に入ってからは変え、しっかりメイクをしよう、そう決めていた。そして、その日、初めてのメイクの日は、(大学の入学式前であるが)翔太との、大学生になってから初のデートの時にしよう、そう決めていた。

 そして舞は、自分が高校時代から愛読していたファッション誌の、初メイクの特集を読み、今日の日に、備えて来たのである。

 しかし、いざメイクをするとなると、何から手をつけていいのか、分からない。

『えっと、とりあえず私は初心者だから、BBクリームを使って、あ、でも、塗り過ぎないようにしないとな、それで、次は…。』

舞は人生初のメイクに、苦戦しているようであった。

 『それから、コンシーラーも使って、フェイスパウダーもちょっとだけ使う…のか。

 次は、アイライナー…これ、難しいな…。それで、チークにリップ…。

 できた…かな?』

 舞は何とか、自分のメイクを完成させた。

その仕上がりは、派手すぎない、いわゆる

「ナチュラルメイク」と呼ばれるものであっ

た。

 しかし、舞にとっては初めての化粧であっ

たため、それが本当に「ナチュラルメイク」

であるのか、本当はやり過ぎていわゆる「ケ

バい」状態になっているのか、分からない。

『でも、とりあえず時間も時間だし、そろ

そろ行かないと間に合わないな…。』

そう思って舞は、翔太との待ち合わせ場所に、

向かった。

『ああ、私のメイクを翔太が見て、

 『何か変だね。』

って、言われたらどうしよう…ってか、言わ

れそうな気がする…。

 もうちょっとメイクに時間かけて、念入り

にやった方が良かったかな…。いやでも、や

り過ぎは禁物、って書いてあったし…。

 ああ、緊張する…。』

舞は翔太との待ち合わせ場所に着くまで、終

始、緊張していた。

 一方、翔太の方も、大学生となってから初

のデートということで、少し緊張していた。

 『とりあえず、大学生らしい服装、しない

とな…。』

 翔太はそう思い、デートをする2、3日前、

今まであまり見てこなかったファッション誌

を購入し、「大学生(新入生)特集」の所を

見ていた。

 『なになに…何か、この『キレイめ』の服

装、かっこいいな!』

翔太の今までの私服は、春先ならパーカにジ

ーンズ、という格好が多かったので、

『とりあえず、黒のテイラードジャケット

を、買いに行こう!』

と思い立ち、ファッション誌片手に、翔太の

家からも、下宿先からも少し遠い、セレクト

ショップに足を運んでいた。

 『あと、カーキのカーゴパンツも、かっこ

いいな。…これだと細身だし、黒のジャケッ

トにも、合いそう!

 あとは、靴か…。』

翔太は今まで、靴はスニーカーしか履いて来

なかったので、

『思い切って、ブーツに挑戦しようかな。』

とも思ったが、

『靴は履き慣れたものじゃないと、足が痛く

なる、って言うし…。それに、『頑張り過ぎ』

な服装も、どうかと思うしな…。』

と思い直し、靴は手持ちの中で、1番お気に

入りの、スニーカーを履いて行くことに決め

た。


 そして、デートの日当日を、迎えた。その

日、2人はお互いの「初」の試みによる緊張

感から解放された後、お互いがいつもと雰囲

気の違う姿に、少しびっくりすると共に、垣

間見えた「大学生」という、高校生とは違う、

大人のお互いの姿に、ドキッとした。

 「舞、舞は高校生の時も可愛かったけど、

何か、こうやって見てみると、『大人な大学

生』って感じがして、ちょっとびっくりした、

っていうか…、」

「ちょっとそれって、今までが子どもっぽか

った、ってこと?」

翔太が言いたいことを最後まで言い終わらな

いうちに、舞は気恥ずかしくなり、少し早口

になってそう言った。

「いや、そういう意味じゃないよ。ただ、何

か、舞って、やっぱり、可愛い、っていうか

…。」

「ちょっと、何言ってるの?」

翔太は、自分の口から出た発言に、自分自身

でびっくりしていた。そして、さらに舞は恥

ずかしくなった。

「え、いや、さっきの発言は、…なんかごめ

んね。」

「ちょっと、何で謝るのよ?」

「あ、それもそうだね。」

こうやってしゃべっている時の舞は、メイク

する前の高校生の時から変わらない、いつも

の、そして翔太の大好きな舞であった。

 「そ、それに翔太の方こそ、ちょっと、大

人っぽくなったんじゃない?」

「そ、そうかな?」

「うん。そのジャケットにパンツ、いつもの

翔太らしくないけど、似合ってるよ!」

舞は翔太の姿に少しドキドキしながら、こう

言った。

「そ、そっか。良かった。ありがとね、舞。」

翔太も気恥ずかしくなりながら、そう答えた。

 「でも話をしてみたら、やっぱ、いつもの

翔太だね!」

「まあ、そうかな?舞もいつもの舞だね!」

「そうかな?」

こう言って2人は、笑った。その笑い声は、

お互いに自分のことで、また少し大人になっ

た相手の姿を見て緊張した2人が、この日初

めて響かせたものであった。


 「今日も楽しかったね、翔太!」

「そうだね、舞!」

その日は、美術館や博物館巡りという、落ち

着いたデートプランであった。そして、その

日の夕方、2人は近くのカフェに寄り、少し

話をしていた。

「今日は、何か私、

『大学生になったな~。』

って、感じがした。

 …まあ、入学式は明日なんだけどね。」

「僕も、

『ついに、大学生になったのか。』

って、感じがしたよ。

 でも入学式もまだだし、まだ、大学生にな

っていないのか。

 ってことは、今日が高校生、最後のデート

かな?」

「でも、一応4月1日から、私たち大学生な

んじゃない?

 …自分で

『入学式は明日。』

って言っといて、何だけど…。」

「いやいや。

 …じゃあとりあえず今日は、

『大学生、先取りデート』

に、しましょうか!」

「あっ、ホントだ!それ、いいアイデアだ

ね!」

「でしょ、さすが早野翔太君!」

「いや、自分で言っちゃダメでしょ。

最後のは、余計だね!」

「はっきり言いますね…。」

「もちろん!」

そう言って、2人は笑った。そして2人は、

カフェを後にした。

 「じゃあ明日、入学式でね!」

「バイバイ、翔太!」

「バイバイ、舞!」

この日は、桜の花が綺麗に咲いている時期で、

特に翔太たちの大学は、キャンパス内に桜の

並木道があることで、有名だった。翔太と舞

は、

「入学式前に、桜の並木道、綺麗だから見に行かない?」

と、話をしたこともあったが、

「でも、やっぱり入学式まで、楽しみはとっ

ておこうよ。」

という結論に、落ち着くこととなっていた。

『明日はいよいよ入学式か…。あと、満開の

桜を見るのも、楽しみだな。』

2人は、春休みに準備した、それぞれの下宿

先に帰った後、これから始まるキャンパスラ

イフに、思いをはせた。また、大学生になっ

ても、変わらず、仲良しであり続けよう、2

人はお互いに、そう思った。


その日は、大学生活にも少し慣れてきた、

5月のことであった。翔太と舞は、昼食時に、

大学の学食にいた。

「ねえ翔太、大学の単位、とれそう?」

「うん、まあ一応、頑張ってるけど…どうか

な?何せ、初めてのことだからね…。」

「私も、ちょっと不安なんだ…。ほら、1年

生の時って、基礎科目があるじゃん?それで、

前にも言ったけど、私、理系基礎科目は生物

をとりたかったんだけど、数学になっちゃっ

て…。だから、単位取れるか不安、ってか落

とされるかも…。」

「なるほどね。僕も英語は必須だから、不安

だよ…。」

「そっか。私たち、何かその辺、高校時代と

変わってないね。」

「そうだね…。

 でも、第二外国語でとったフランス語の講

義は、楽しいよ!」

「そうそう、それで、フランス語の出来栄え

はどうですか、早野翔太くん?」

「え、ま、まあ、普通…かな?

 英語よりは、モチベーションもあるし、で

きるかな、ってのはあるけど…。」

「ホントに?」

「いや、ごめん、苦手かも…。

 でもまだちょっとしか勉強してないから、

分かんないよ…。」

「ごめんごめん、ちょっと意地悪しちゃった

ね。

 でも、私、フランス語はとってないから教

えることはできないけど、英語なら、何とか

なる…と思うから、分からないことがあった

ら、いつでも訊いてね!」

「分かった、ありがとう。」

「それと、私の数学も、見てください、早野

翔太先生!」

「分かりました!」

こう言って2人は、笑った。それは、学生た

ちの他愛もない、昼間の1コマであった。そ

して、そんな、小さな幸せが、この先もずっ

と、いつまでも続く、2人は、そう思ってい

た。

 「さ、私、昼から一コマだけ講義があるか

ら、そろそろ行かなきゃ。翔太は今日、講義

はもうないんだっけ?」

「うん、今日の残りの予定は、夜からのサー

クルだけだよ。」

翔太は大学に入ってから、軽音サークルに入

っていた。

「分かった。じゃあまた、メールするね!

 またね!」

そう言いかけ、舞が席を立とうとした瞬間…。

 舞が、倒れた。

「大変だ、人が、倒れたぞ!」

「おい、救急車だ救急車!」

周囲の人ごみから、そんな声が洩れたが、翔

太はその瞬間、一瞬だけ、固まってしまい、

パニックになってしまった。そして、そんな

翔太の耳には、周りの雑音は、入って来ない。

 しかし、翔太は正気を取り戻した。

『何やってるんだ、僕。ここでしっかりしな

いと…、舞の彼氏失格だ。』

そして、翔太は落ち着き、119番に電話を

かけた。

 「もしもし、救急ですか?消防ですか?」

「救急です。今さっき、人が倒れました。場

所は、○○大学の、学食の中です。」


 しばらくして、救急車がやって来た。そし

て、倒れて、意識を失った舞を、病院に運ん

で行った。

『舞、大丈夫だからね。今、救急車で病院に

向かってるんだ。病院に着いたら、ゆっくり

休もうね。多分、舞は頑張り過ぎたんだよ。

だから…、

 すぐに、良くなるよ。』

翔太は、舞の付き添い人として、救急車に乗

ることを許された。そして、救急車に乗って

いる間、翔太は、舞の心に届くように、ひた

すら心の中で、こう叫んだ。またそれは、翔

太自身に、言い聞かせる、そんな側面も持っ

ていた。


 「ありがとう、翔太くん。心配かけました

ね。」

舞の母親が、翔太にこう呼びかけた。

 翔太は、病院の待合室に座っていた。そし

て、救急隊員は、舞の携帯から、舞の母親と

父親に、

「野村さんですね。娘さんの舞さんが、急に

大学内で倒れ、○○病院に搬送されていま

す。」

という、連絡をしていた。

 ちなみに、翔太は高校時代から、舞の家に

遊びに行ったこともあり、舞の両親とは、面

識があった。

「いえいえ。それで…、舞さんは、大丈夫な

んですか?」

 その質問には、舞の父親が答えた。

「うん。君には話しておいた方がいいかな。

 実は舞、最近は、ずっと一人暮らしだった

んだけど、

 『食欲もそんなにない。』

『原因不明の頭痛がある。』

って言ってて、何か、様子がおかしかったん

だ。

 それで、病院に行くことを勧めたんだけど、

 『大丈夫。多分、疲れてるだけ。』

の一点張りでね。」

「そうなんですか…。すみません、気づきま

せんでした。」

翔太は、その言葉を聞いた時、自分自身を責

めた。

『舞が大変な時に、自分は、何もできなかっ

たどころか、それに気づいてあげることもで

きなかった…。』

その瞬間、翔太の心の中に、そんな思いが駆

け巡った。

「いやいや。君が謝ることじゃないよ。

 やっぱり舞も、自分の好きな人には、心配

をかけたくない、って思ったんだろうね。

 そういう素振り、見せなかったんだよね?」

「少なくとも、僕は気づかなかったです。」

『それが、舞の優しさなのかな…。』

翔太は、そうも思った。

 「それで、肝心の、舞が倒れた理由なんだ

けど、どうやら、脳に腫瘍が、できているみ

たいなんだ。

 幸い、腫瘍は良性で、命に別状は、ないみ

たいだよ。

 それで、入院期間は、まだ詳しい検査等が

あるらしいから、はっきりしたことは言えな

いらしいけど、早くて1週間後には、退院で

きるそうだ。」

「そうですか。…良かったです。」

翔太は、命に別状はないと聞き、安堵した。

 「さ、君も疲れているだろうから、今日は

帰った方がいいね。また、時間のある時に、

お見舞いに来てくださいね。

 舞も、喜ぶだろうと思うから。」

「もちろんです。また、伺います。」

そう言って、翔太はこの日、下宿先に帰った。


 病院の外に出ると、辺りは、暗くなり始め

ていた。今日はサークルがある日であったが、

翔太はもちろん、サークルには行く気になれ

ず、そのまま下宿先のアパートに、帰ろうと

した。また、その日は雲一つない快晴で、夜

になると一際目立つ、明るい月の光が、半分

隠れた太陽と共に存在し、少しずつ、周りを

照らそうとしていた。

 『舞は、命に別状はない。だから、大丈夫

だ。

 そうだ、命に別状はない。

 …でも、脳に腫瘍って…、本当に大丈夫な

のかな?

 いやいや、そんなこと考えちゃいけない。』

翔太は、アパートへ帰る道の途中から、アパ

ートに着くまで、またアパートに着いた後、

自分の部屋に入ってからも、相反する二つの

思いの中で、揺れていた。

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