Side-B

第7話 Side―B 第一章 怪盗ジョルジュ

「舞、昨日渡した、『怪盗ジョルジュ』の新作、読んでくれた?」

「もちろん、読ませて頂きました!

 それで、点数は…100点満点中、50点です!」

「げっ、辛口…。」

野村舞のむらまいと早野翔太はやのしょうたは、舞の入院先の病室で、話をしていた。そして話題は、他愛もない物から、翔太が書いている小説、「怪盗ジョルジュ」シリーズの最新作へと、移った。

「それで…具体的にどういった所が良くて、どういった所がダメだったのかな?」

「そうだな…。

 キャラクターの設定は、いつもながらうまいと思うよ。私も、『怪盗ジョルジュ』っていう人物のファンになっちゃいそう…ってかなってるしね。

 でも、トリックの設定が、いまひとつかな、って思ったんだ。私、ミステリーはそんなに、ってかほとんど読まないんだけど、そんな私でも、ちょっとトリックの作りが甘いかな、って思った。

 特に、怪盗ジョルジュが宝石を盗った後、部屋から脱出するシーンがあるよね?あそこのトリック、もう少し工夫できたら、もっと良くなると思うんだけどな…!」

「はい、アドバイス、いつもながらありがとうございます、野村舞先生!」

「いやいや、早野翔太くん。ベストセラー作家になるまで、もう少しだ。がんばってくれたまえ!」

こう2人は冗談を言って、笑った。

 「でも私、確かに翔太の書く、『怪盗ジョルジュ』シリーズは好きだけど、本当は、ラブストーリーの方が好きなんだ…。」

「前にも言ってたね。

 そっか、ラブストーリーか…。

 でも僕は、やっぱり、『怪盗ルパン』が好きだから、どうしてもミステリー、特に怪盗ものを、書きたくなるんだよな…。」

「でも翔太、翔太の書くジョルジュ、さっきも言ったけど、魅力的だと思うよ。

 もうちょっと頑張れば、本当に、ベストセラー作家も夢じゃない…、かもね。」

「またまた~。

 でも僕、ベストセラー作家になるのが、本当に夢なんだ!」

「そっか。じゃあ私、翔太の夢、応援するよ!」

「ありがとう、舞!」

こう言って2人は、笑った。


 同じ大学に通う大学生、早野翔太、野村舞。この2人の出会いは、高校時代に遡る。

 晴れて2人が高校生となった年の4月、2人は、同じ高校ではあるが、別々のクラスにそれぞれいた。そんな、縁遠いはずだった2人を結びつけたもの、それは…、

 「お互いに読書が好き。」

ということであった。

 舞、翔太の2人は本が好きであったため、高校最初の委員会は、2人とも「図書委員会」を選んだ。そして、高校の図書室で行われた、図書委員会の最初の会合で、初めて、2人は出会うこととなったのである。


 「はい、みなさん、新入生ということもありますし、まず、自己紹介を、しましょうか。」

図書委員会の担当の教師は、翔太や舞たちより少し若いだけの、新任に近い女性の教師であった。そして、舞や翔太たちは、順番に、自己紹介した。

 「1年2組、早野翔太です。僕はミステリー小説、特に、『怪盗ルパン』が好きです。よろしくお願いします!」

また、

 「1年5組、野村舞です。私は、胸がキュンキュンするような、ラブストーリーが好きです。よろしくお願いします!」

 この時のお互いのお互いに対する第一印象は、

 『何かあの眼鏡をかけた男の子、ちょっと暗そう…。まあ、私のタイプじゃないな。』(舞)

『あの女の子、確かに本は好きそうだけど、ちょっとメルヘンチックっていうか、何ていうか…、正直、僕のタイプでは、ないな。』(翔太)

というものであった。

 実際、この時、翔太は黒縁の眼鏡をかけており、頭は良さそうに見えるものの、決して、異性にモテるような風貌ではなかった。また、翔太は背も170cmとそんなに高くなく、(決して低くはないものの)どこにでもいるような、普通の高校生であった。

 また、舞の方は、背が低く、可愛らしい見た目であったが、積極的に男子と話をするタイプではなく、そのせいか、今まで特に男子たちから「モテる」という経験は、して来なかった。また、舞の見た目は、「お姫様」という言葉が似合いそうな物で、少しロリータ系であり、その雰囲気も含めて、舞の異性からの人気には、ブレーキがかかっていた。


 「はい、じゃあ今から、各クラスの、ペアを作りたいと思います。今からあみだくじをするので、それで、ペアを作ります。そのペアで、この図書室の受付や、掃除など、図書委員会の仕事を、行ってもらいます。

 じゃあ、まずはくじですね。」

そう言って図書委員会担当の教師は、あみだくじをした。その結果…、

 「はい、最初のペアは、2組、早野翔太さん、そして、5組、野村舞さんです。」

『げっ、あのメルヘンチックな子とペアか…。大丈夫かな?』(翔太)

『あの男の子、しゃべらなさそう…。うまくやっていけるかな?』(舞)

 2人はペアが決まった時、お互いにそう思った。


 そして次の日の放課後より、ペアでの図書委員会の仕事が、始まった。すると、お互いに、お互いの第一印象とは違う、いわゆる「ギャップ」があることが、分かってきた。

 「早野翔太くん…だよね?私、野村舞です。よろしくお願いします!」

「うん、野村さん。こちらこそよろしくね!」

そのあいさつから、2人の仕事は始まった。その日は、図書室の受付の仕事であった。2人は手分けして、初めてのこの仕事を、こなそうとした。

 そして、空き時間には、好きな本などの、話をした。

「確か、早野くんって、『怪盗ルパン』が好きだったっけ?」

「そうそう、覚えててくれたんだね。」

「まあね。それで早野くんは、ルパンのどういう所がいいの?」

「そうだな…。

 単純に、話の展開がかっこいい、ってのもあるけど、やっぱりルパンのキャラクターが、魅力的かな。

 知ってる?ルパンって、変装の達人なんだ。あんな風に僕も変装できたらかっこいいかなって、ルパンの小説を読んでたら、思うよ。」

「えっ、どこで変装するつもりなの?」

「それは…、時と場合によるかな…なんてね。」

「何それ…!早野くんって、案外面白いね!」

「面白い…かな?それに、案外は余計じゃない?」

「確かにそうかもね!」

「何だよそれ~。」

こうして2人で話をしてみると、

『早野くんって、意外と話ができる人なんだな。それに、ちょっと天然で、面白いかも!』(舞)

『野村さんって、見た目はメルヘンチックな女の子、って感じだけど、しゃべってみると、案外サバサバしてるんだな。これなら、うまくやっていけるかもしれない。』(翔太)

という風に、どちらかといえばマイナスだった2人の印象が、プラスに変わっていた。


 そして、2人は図書委員会の仕事をしていくうちに、もっと話をするようになり、どんどん仲良くなっていった。また、舞は英語が得意で数学が苦手、また翔太はその逆で、数学が得意で英語が苦手、ということが分かり、定期テスト前等になると、図書室で、お互いがお互いの勉強を見るようになった。(そして、その頃には、お互いに、「舞ちゃん」、「翔太くん」と、下の名前で呼ぶように、なっていた。)

 「舞ちゃん、ここの英文、どうやって訳すの?」

「ああ、これは…、関係代名詞だね。」

「関係代名詞か…。言われたら思い出すんだけど、どうしても、英文を前にすると、パニックになっちゃうんだよな…。」

「翔太くん!そんなことでは、フランスに行けないですよ!」

舞が冗談を言うと、

「いやいや、フランスはフランス語だから、大丈夫だよ…。」

と、翔太が真顔で答えた。

「いやいや、ムキにならないで。冗談だから!

 でも、英語ができないと、フランス語もできないんじゃない?」

翔太の返答に、舞はさらに、冗談とも本気ともつかない返答をした。

「いや、大丈夫…だと思うよ…。英語とフランス語って、似てるようで全然違うし…。それに僕、好きなことには没頭できるタイプだから…。フランス語は本気で勉強すれば、何とかなるよ…。」

翔太は少ししどろもどろになりながら、そう答えた。

「そっか。翔太くんが可哀想だから、この辺で追及は止めておくね!」

舞はそう言って、いたずらっぽく笑った。舞は、よく冗談で他人をからかう癖があったが、その後の天真爛漫な笑顔も魅力的で、憎めないキャラクターであった。

 「でも、英語とフランス語って、例えばどんな所が違うの?本当に全然違うの?」

「そうだな…。まあ、どっちもヨーロッパ系の言語だから、似てる部分もあるけど、アルファベットの読み方が、違ったりするんだ。

 例えば、フランス語では、『h』は基本的に、読まないんだ。

 だから、『ha』は『あ』って読むんだ。

 英語では、もちろんハ行の『は』だけどね。」

「えっ、そうなんだ!何か驚きだな。

 でも、英語とフランス語が違うなら、翔太くんも大丈夫だね!」

「フォローありがとう、舞ちゃん。」

こうして2人は、笑った。

 「さて、次は私が攻められる番かな…?」

「いやいや、攻める気なんてありませんから。」

「ホントに…?」

「本当だよ!」

「分かった分かった。でも、これ、二次関数の応用…だよね?」

「そうだね。なんだ舞ちゃん、分かってるじゃん!」

「いや、知ってるのは言葉だけだよ…。

 私、二次関数の計算、どうも苦手で…。そもそも、計算自体が苦手だし…。」

「分かった。えっとね、この計算方法はね…。」

翔太は丁寧に、舞に数学を教えた。

「ありがとう翔太くん!これで何とか、次の中間テスト、乗り切れそう!」

「僕もだよ舞ちゃん!僕も、英語頑張って、ルパンのライバルの、シャーロック・ホームズの母国、イギリスにも行けるようにしないとね!」

「何それ~。それは、翔太くんの英語力じゃ無理じゃない?」

「ちょっと、今『ありがとう』って言ってもらったばっかりなのに…。」

「冗談だよ冗談!

 …まあとにかく、次のテスト、頑張ろうね!」

「そうだね!」

舞と翔太は、中間テストが始まる前の頃にはすっかり打ち解け、冗談も軽快にとばせる間柄になっていた。


 そして、翔太、舞の2人が、お互いに恋心を持ち出したのは、その年、高校1年生の秋の頃であった。

 お互いに、恋に落ちるきっかけは、なかった―。気づけば自然と、恋が始まっていた、という表現が適切かもしれない。2人は、気づけば、図書委員会の仕事以外でも、2人で顔を合わせるようになっていた。また、気づけば、2人で過ごす時間が、長くなっていた。そして、気づけば―、お互いがお互いを、想い合うようになっていた。

 そしてその年の12月、翔太は意を決して、舞をデートに、誘うことにした。

「ねえねえ、舞ちゃんって、12月24日は、空いてる?」

「…うん、その日は空いてるよ。」

この時点で、舞は翔太の言いたいことが分かったが、

「どうしたの?」

と、舞はわざと、翔太にそう尋ねた。

「…いや、その日、一緒に映画、見に行けたらな、と思って。」

「…うん、いいよ。」

舞の返事は、デートに誘った翔太に負けないくらい、ぎこちないものであった。

「それで、何の映画?」

「ほら、最近流行りの、『Geekに恋した2人』、見に行きたいな、って思って…。」

「分かった。私もそれ、見たかったんだ。じゃあ、クリスマスイブの日に、見に行こっか。」

「うん、ありがとう、舞ちゃん。」

「こちらこそ。」

この日2人は、終始ぎこちなかった。


 「映画、良かったね!」

その年のクリスマスイブの日、舞が、翔太にそう話しかけた。

「そうだね。本当に良かった!」

翔太も、そう答えた。

「それで、舞ちゃん、今日は、舞ちゃんに大事な話があるんだ…。」

「何、急に改まって。」

「舞ちゃん、実は…、

 僕、舞ちゃんのことが好きなんだ。だから、僕と付き合って欲しい。

 …もちろん、急に言われても困るだろうから、返事は後でもいいよ。それに、舞ちゃんに他に好きな人がいたら、それはそれで、仕方ないのかな、いやでも…、」

「ちょっと、黙って!」

緊張で早口になり、余計なことまでしゃべりだした翔太を、舞は一旦制した。

「私も翔太くんに、大事な話があります。

 私も、翔太くんのことが、好きです。だから、翔太くんの告白、本当に嬉しい!

 こんな私でよければ、これから、付き合ってください。」

「…えっ、本当?」

「本当だよ。」

「ありがとう!」

こうして、聖なるクリスマスイブの日に、2人は付き合うことになった。

 「じゃあこれからは、『舞』って呼んでもいいかな?」

「もちろん!

じゃあ私も、『翔太』って呼ぶね!

 あと、みんなの前では、呼び捨ては止めてね。」

「分かったよ、舞。」

「早速だね、翔太。」

こう言って2人は、笑った。


 その後、2人は付き合いを続け、あの日、翔太が告白したクリスマスイブから、2年の歳月が流れた。2人は高3になり、受験生として、最後の追い込みの冬を、迎えていた。翔太も舞も、受験勉強のため、(高2の頃に比べると)逢える時間は減っていたが、いつもの図書館で、2人一緒に勉強するなど、時間を上手く使い、2人の時間を作り出していた。

 「ああ、やっぱり私、数学は苦手。このままだと、志望校落ちそう、ってか落ちる…。」

「僕も、英語苦手だから、おんなじ気持ちだよ…。

 でも、僕も舞に、教えられる所は教えるから、舞も、英語の勉強、教えてね。」

「うん、一緒に頑張ろうね!」

2人は、学部はそれぞれ異なるが、同じ大学を志望していた。それは、2人の実家から少し遠い所にあり、2人はそれぞれ、大学の近くのアパートに下宿する予定であった。

「それで僕ね、大学に入学したら、やってみたいことがあるんだ。」

「えっ、なになに?」

「実は…、僕ね、

 小説を、書いてみたいんだ。」

「へえ~そうなんだ。どんな小説?」

「とりあえず、タイトルだけ決めてるんだけど…。

 タイトルは、『怪盗ジョルジュ』っていうんだ。

 僕、『怪盗ルパン』が好きじゃん?だから、フランスが舞台の、怪盗の話を、書いてみたいんだ。」

「なるほどね。私、怪盗ものはあんまり読んだことないけど、翔太の書いた小説、早く読んでみたいな。」

「一応、受験が終わったら書き始める予定だから、完成はもう少し先になると思うけどね。」

「分かった。」

この日、翔太は自分の「夢」のようなものを、初めて他の人に話した。

「それで、舞は、大学に入学したらやりたいことって、ないの?」

「私は…、身長をもっと伸ばしたい、かな。」

「…えっ!?」

「冗談冗談。でも、私には、理想の姿があるっていうか…。

 私、もっと背が高くて、『美人』って誰からも言われるような女性に、憧れてるんだ。でも、現実の私は、背が低いし、理想とは程遠いな、と思って…。」

「そうなんだね。

 でも、舞は可愛らしいし、いい所、いっぱいあると思うよ。

 それに、しゃべってみたら、意外とサバサバしてる、っていうのも、ギャップがあっていいと思うしね。

 舞には舞の、いい所があるから、舞はそのままで、いいんじゃないかな?」

「ありがとう。翔太は優しいね。

 私、今他の人に初めて、私の理想の女の子像について、話した!翔太に聞いてもらえて、ちょっとスッキリしたかな。」

「それは良かった。僕も『怪盗ジョルジュ』について話すの、舞が初めてなんだ。

 お互い、何かあったら、何でも話そうね!」

「そうだね!」

そして2人は、来る大学入試に向け、その後も勉強をし続けた。


 「やった、合格だ!」

「私も、合格!」

翌年の春、翔太と舞は、合格発表を見に、受験した大学まで、来ていた。

「お互い、どっちかが落ちて、どっちかが受かってても、恨みっこなしね。」

「うん、分かった。」

そう2人は、大学に来るまでに約束をしていた。

 「でも、2人とも受かって、良かったね!」

「ホントに!」

2人は、記念に、受験番号の掲示板をバックに、ツーショット写真を撮った。

「これで、『怪盗ジョルジュ』も解禁だね、翔太!」

「うん、まだ大学生にはなってないけど、今すぐにでも書きたい気分だよ。」

「そっか。頑張ってね!」

「うん!」

2人は、次の目標に向けての話をし、また未来の大学生活に、思いをはせた。

 そして、舞が病気で入院するのは、2人が大学に入学して、しばらく経った後のことであった。

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