第4話 Side―A 第三章 御曹司の暴走
「もしもし、鈴木ですが…。」
麻衣は、深夜に鳴った自分の携帯電話の、見慣れない番号に警戒心を抱きながら、電話に出た。
「もしもし、鈴木麻衣さんですね。
俺は、相川孝希です。」
「あ、相川…孝希さん?」
麻衣は、意外な電話の相手に、びっくりした。
「はい、相川孝希です。」
「…なぜ、私の携帯の番号を、知っているんですか?…それと、どういったご用件でしょうか?」
麻衣は、孝希を少し警戒すると共に、
『もしかしたら、仕事上の大事な電話かもしれない。そうでなければ、こんな深夜に、相川さんが、いきなり私に電話をかけてくるわけない。』
とも思い、孝希の返事を待った。
「まず、どうして俺が、あなた、麻衣さんの携帯の番号を知っているかですが、俺が父の、相川孝に頼んで、チーフのシェフに、番号を教えてもらいました。」
「は、はあ…。」
『チーフに頼んで番号を教えてもらうということは、よっぽど差し迫ったことかもしれない。
…例えば、誰かが亡くなったとか…。』
麻衣は、憶測ではあるが、少し不安になった。
「…それで、ご用件は?」
「そうですね。
実は、俺と付き合って欲しいんです。」
「…は、はい?」
麻衣は、孝希の言葉に、耳を疑った。
「つ、付き合う?」
「そうです。
俺、麻衣さんをさっき初めて見て、一目惚れしました。
だから麻衣さん、俺と、付き合って欲しいんです。」
「…そのためにあなたは、お父さんに頼んで、チーフに電話番号を教えてもらったんですか?」
「はい、そういうことになりますね。
何か問題でも?」
孝希は悪びれる様子なく、そう言った。その瞬間、麻衣はキレそうになったが、何とか自分自身を抑え、冷静にこう言った。
「…相川さん、申し訳ありませんが、私には、付き合っている人がいるんです。私は、その人との関係を大事にしたいので、あなたとお付き合いすることは、できません。」
その言葉を電話口から聞いた孝希の顔は、みるみるうちに赤くなった。
『俺の財力からして、麻衣さんが俺を振ることなんて、ない。』
と高をくくっていた孝希は、怒りとも、嫉妬ともとれる感情、また、自分の思い通りにいかないことからくる苛立ちに、支配された。
「でもその彼氏って、そんなにお金、もってないんでしょ?少なくとも、俺よりはね。俺なら、そんなそんじょそこらの彼氏より、いっぱいお金、持ってますし、麻衣さんを幸せにしてあげられます。
だから、そんな彼氏とは、別れたらどうですか?」
麻衣の彼氏、健吾を馬鹿にした、孝希の発言に、麻衣の方も苛立ちを隠せない。
「ちょっと、その発言、私の彼氏に対して、失礼じゃありません?
その発言、撤回してください。」
「だって、本当のことじゃないですか。我が相川グループは、日本でも有数の、グループなんです。財力では負けません。
それで俺は、そこの御曹司なんですよ。」
「…財力なんて関係ありません。私は、今の彼氏のことが、本当に好きなんです。だから、今の彼氏と別れる気はありません。
申し訳ありませんが、あなたと付き合う気は、ありません。」
「でも…。」
「それに、この際だから言わせてもらいますが、あなた、お父さんに番号を訊いて、電話をかけてきたんですよね?」
「はい。こういうことは、速い方がいいかと思いまして。
ほら、『鉄は熱いうちに打て。』って言いますし。」
「そんなことは訊いてません。
あなた、どうして自分で私の番号、訊こうとされなかったのですか?」
「だから、こういうことは速い方が…。」
「そういう意味ではありません。
本来なら、もしあなたが私を本当に好きなら、いきなり直接電話なんてかけて来ずに、まず、私の気持ちを確かめるために、私の連絡先を訊いていいかどうか、チーフか誰かに相談すべきだと思います。
それを、まだほぼ初対面であるにも関わらず、いきなりこんな電話をかけてくるなんて…。失礼だと思いません?
それに、今は深夜です。私も、バイトで疲れているんです。そんな時間に、いきなり電話をかけてくるなんて、非常識です!」
麻衣は、麻衣にしては珍しく、怒りをあらわにしながら、こう言い放った。
「…とりあえず、用がそれだけなら、電話、切らせて頂きます。」
孝希は、全く納得していない様子であったが、麻衣はとりあえず、電話を切った。
『なんて失礼な人だろう。それに、父親も父親だし、チーフもチーフだ。何でチーフ、簡単に私の番号、教えるんだろう?
こうなったら、私はあのレストランでは、働けない。』
麻衣はこう決心し、その日は眠りについた。
「えっ、麻衣ちゃん、バイト辞めちゃうの?」
翌日、麻衣はチーフに、バイトを辞める旨の、申し出をした。
「はい。今日限りで、辞めさせて頂きます。
あと…、私、こう見えて、怒ってるんです。昨日の深夜に、相川孝希さんから、電話がかかって来ました。
チーフ、どうして勝手に、私の電話番号、教えたりしたんですか?」
「え、いや、それはその…。
僕だって、最初それには反対したんだ。
『それは、個人情報です。』
みたいなことを言って…ね。
でも、オーナーがどうしてもって言うから、つい…。
それにその時のオーナーの口ぶり、僕を脅しているようで、恐かったんだ。
僕だって、家族もいるし、ここの仕事を辞めるわけにはいかなかったんだ。だから…。
それに、その、孝希さんがそんな時間に、急に麻衣ちゃんに電話するなんて、思わなかったし…。
麻衣ちゃんには、本当に悪いことをしたと思ってるよ。ごめんね。
それで、麻衣ちゃんはここの仕事、向いてると思うし、わざわざ辞めなくても…ね。
考え直してくれないかな?」
「いえ、私、もうここの仕事を続けるわけにはいきません。
チーフの仰ること、分からなくもないですが、これはケジメです。
今まで、ありがとうございました。では、さようなら。」
こうして麻衣は、1週間ほどで、高級レストランの仕事を辞めることになった。
孝希は、電話を切られた直後の深夜、パソコンに向かっていた。
麻衣との電話の直後、孝希は激しい怒りと、嫉妬に駆られていた。そして、孝希は、あることを思いついた。
それは、
『今流行りのSNSで検索したら、麻衣の彼氏が、分かるかもしれない。』
という、思いつきであった。(この時点で孝希は、麻衣のことを心の中で、呼び捨てにしていた。)
そして、他の人なら完全に寝静まっている、深夜4時頃、孝希はパソコンを起動させ、
「鈴木麻衣」
という名前を、検索していた。
そしてすぐに、孝希は麻衣の、写真付きのプロフィールを、探し出すことができた。
『最近はSNSができて、本当に便利になったな!』
孝希はそう思い、一人ほくそ笑んだ。
そして、「鈴木麻衣」のページを開くと、そこには、
「鈴木麻衣、河村健吾と交際中」
という記述が、健吾の写真と共にあった。
『なるほど。こいつが麻衣の彼氏か。なんか、頼りなさそうな奴だな。』
孝希は、心の中でそう呟いた。
そのまま、「河村健吾」のページを辿っていくと…。
『この、河村健吾って奴は、麻衣と同じ大学の学生か。』
孝希はこうして、健吾の情報を、集めることができたのである。
「もしもし、健吾。麻衣だよ。」
「うん、どうしたの?」
麻衣は、バイトを辞めた直後、健吾に電話をかけた。
「実はさ私、前に言ってた高級レストランのバイト、今日限りで辞めることになったんだ。
今、レストランに行って、そのことを報告してきたとこ。」
「え、急にどうして?
麻衣、レストランのバイト、気に入ってたんじゃないの?
何か、嫌なことでもあった?」
「それが、ちょっと、…ね。
そのことについてはまた、会った時に直接話すね。
次、いつ会えそう?」
「ごめん麻衣、僕もちょっと今週は忙しいから、週末まで時間、作れそうにないんだ。
麻衣の話、聞きたいのはやまやまなんだけど…。本当にごめんね。
また、会える時間とか、詳しいことは電話かメール、するね!」
「うん、いいよ無理しなくて。
何せ、私の心は、常に健吾と一緒にいますから!」
「急に冗談やめてよ!
でも、僕もおんなじ気持ちだよ。」
「ちょっと、そっちこそ急に、止めてくれる?ドキドキしちゃうじゃん。」
「…言い出したのは麻衣の方だけど…。」
「それもそうだね!」
そう言って2人は、電話越しに笑った。健吾と麻衣は、2人でいる時は、(電話も含め)いつも冗談を言い合って、笑っている。また、急に(特に麻衣の方から)ドキッとするような台詞を言って、それに健吾は困惑しながらも、結局は楽しんでいる。健吾も麻衣も、お互いがお互いのことを本当に好きで、お互い、大切な、かけがえのない人だと思っている…。
そのことを、2人は会ったり、電話で話をしたりする度に、実感するのであった。
そして、そんな幸せが、この先も、ずっとずっと続く、2人はそう思っていた。
そして、健吾は麻衣との電話を終えた。その日の空は、前日の晴天とは打って変わり、曇り空で、時折小雨も降る空であった。
『昨日は星空が綺麗だったけど、今日はその星空も、見られないな。』
健吾は心の中で、そう思った。(実際、健吾の下宿先の近くも街灯は少なく、天気が良ければ星空を堪能することができた。)
そして、その日健吾は、たまたま傘を下宿先に忘れて、大学まで来ていた。午前中は、何とか雨は降らずに持ちこたえることができたが、夕方から、バイトのある夜にかけて、「降水確率はさらに高くなります。」という天気予報をスマホで見た健吾は、
『ああ、傘、何で今日みたいな日に、忘れて来たんだろう。この分だと夜はもっと降るみたいだし、傘、買った方がいいかな…。』
と思い、大学内にあるコンビニに、寄ろうとした。
「河村健吾さん!」
健吾がちょうどコンビニに入ろうとしたその瞬間、その背後から、健吾を呼ぶ、男性の声がした。
「ちょっと待ってください。あなた、河村健吾さんですね?」
「は、はい、私は河村健吾ですが…。
どちら様ですか?」
健吾と比べて背の高いその男性は、健吾のその言葉を聞くなり、怒りが今にも破裂しそうな表情をしたが、その後何とか冷静さを保つ表情に戻り、健吾に自己紹介をした。
「はじめまして。俺は、相川孝希、って言います。
単刀直入に訊きますが、あなた、鈴木麻衣さんの彼氏ですね?」
「…失礼ですが、鈴木麻衣さんとは、どういったご関係ですか?」
健吾は、急な孝希の振り、また身長180cmの高さから、攻撃的に見下してくる孝希の目線にも動じずに、こう孝希に訊き返した。
「実は私、相川グループの会長の、1人息子なんです。
あなたも、相川グループは、知っていますよね?」
「はい、知っていますが…。
もう一度訊きますが、鈴木麻衣さんとは、どういったご関係ですか?」
「実は俺、麻衣さんの、婚約者なんです。」
孝希がついた大きな嘘にも、健吾は動じる気配はない。
「そんなはずはありません。
確かに、あなたの言われた通り、僕は、鈴木麻衣さん…麻衣と、お付き合いをしています。そして、麻衣のことが、大好きです。
だから、僕は麻衣のことを信じています。麻衣は、彼氏がいながら、他に婚約者を作るような、そんな真似はしません。
あなた、嘘をついていますね?」
健吾は、一歩も動じずに、そう孝希に言い放った。(この辺り、普段は穏やかな健吾であったが、いざとなったら、毅然とした面も、健吾は持ち合わせていた。)
「失礼だなお前。いいや、嘘なんかじゃない。麻衣は、俺の婚約者になるべき、女なんだよ!」
「それは、あなたが勝手に思っているだけでしょう?」
急に命令口調のタメ口になった孝希にも、健吾は動じない。
「ああいえばこういう男だな、お前も。
じゃあ言ってやるよ。お前、麻衣の家に多額の借金があること、知らねえだろ?」
「…借金?」
今度の嘘は、健吾の心に引っかかったようだ、孝希は心の中でそうほくそ笑んだが、顔には出さずに、続けた。
「そうだよ。借金だよ。
麻衣がバイトしてたレストラン、彼氏だったら知ってるよな?そこ、俺ら相川グループが経営してる、レストランなんだよ。そこで、俺と麻衣とは、出会ったってわけさ。
それで、麻衣、その時週5でバイトしてたの、知ってるか?」
「…確かに、バイトにたくさん入っているのは、知っていましたが…。」
「それもこれも、全部借金を返すためだったんだよ!」
「そ、そんなことは、僕は一言も聞いていませんが…。」
「そんなこと、大好きな彼氏に、言えるわけねえだろうが!」
孝希は、語気を荒げて、そう言った。その語気に、健吾は嫌悪感を覚えたものの、動じることはなかったが、孝希の話の内容には、激しく動揺した。
「そ、それ、本当ですか?」
「ああ、本当だよ。
それで、俺は麻衣に声をかけたんだ。
『俺と結婚したら、借金は全部肩代わりしてやる。』
ってな。
まあ借金の額は言わねえけど、俺ら相川グループにしてみれば、小遣いみたいな金額だよ。」
「…で、でも、麻衣があなたみたいな人と結婚して、幸せになれるとは思えません。」
孝希は、嘘に嘘を重ねた。そして、孝希の頭の回転は、絶好調なようであった。
「おおそう来たか。泣かせるねえ!さすが、麻衣の彼氏だ。
じゃあ俺から1つ、提案だ。俺は、今日限りで、麻衣のことは諦める。」
「急に、どうしたんですか?」
「まあ最後まで聞けよ。それで、麻衣の借金も、肩代わりしてやる。
その代わり…。
お前も麻衣のことを、諦めるんだな。
お前も麻衣と別れる。それがこの話の条件だ。
どうだ、お前の大好きな麻衣が、これで借金苦から解放されるんだ。それに、俺との望まない、結婚をさせられることもない。
いい話だろう?」
「そ、それは…。」
孝希は、完全にこの場を楽しんでいた。
「まあ急に決めろ、っていうのも酷な話だな。
じゃあ、1週間やる。1週間以内に、麻衣に『別れる』ってこと、連絡するか、直接会って話をするかしろ。
あと、絶対に、俺から話があったってこと、いやそれだけじゃない、俺と会ったことも、麻衣には伏せて話をするんだ。その約束が守れねえなら、この話はなかったことにする。いいな?
それで、お前は俺に、麻衣と別れたことを報告するんだ。
ちなみに俺の携帯の番号は、
×××―××××―××××
だ。
ほら、携帯出せよ!」
孝希は健吾の携帯を半ば無理矢理取り上げ、一方的に、自分の番号を登録した。
「あと、俺の方が約束を守るか、不安だろ?ちょうどここに、紙と印鑑とペンがあるよ。まあ俺、仕事柄この3つは、常に持ち歩いてるんだけどな。
そんなことは興味ねえな。ほら、一筆、書いてやるよ。」
そう言って孝希は、ボールペンで「誓約書」と書き、さっき自分で言った内容のことを書き記し、また、最後に印鑑を押した。
「さあ、俺は誠意を見せたよ。次はお前の番だ。本当に麻衣が好きなら、どうすればいいか、分かるよな?
じゃあ、あばよ!」
孝希は無理矢理、「誓約書」を健吾に持たせ、そう捨て台詞を吐きながら、その場を去っていった。
『麻衣の家に、借金がある…。』
健吾の頭の中で、その言葉が、何度も何度も反芻していた。健吾は、その言葉に、強くショックを受けた。
気づけば、空の上からは、大粒の雨が、降り出していた。健吾は、とりあえず傘を買うために、さっき入りかけた、コンビニの中に入った。
麻衣は、バイトを辞める旨をレストランに報告し、健吾に電話した後、家に帰り、新しいバイト先を、家のパソコンで探そうとした。
『スマホでバイト先、探すのもいいけど、やっぱパソコンの方が便利だな。それに、私、お金を貯めなきゃだし…。
いいバイト先、見つかるといいな。』
麻衣は心の中でそう呟きながら、アパートに入った。
すると、またも差出人不明の手紙が、麻衣のポストに入っていた。
―親愛なる舞へ
今日も、嫌な気分になっちゃったかな?ごめんね。
また、2人でどこかへ、行けたらいいね!
ちなみに、新しい詩のタイトル、また考えたんだ。
タイトルは、
『静けさの中で』
だよ!
またね!
孝介より―
『2人でどこかへ行くって、舞さんと孝介さんは、付き合ってるのかな?』
麻衣は、そう思いながら、また改めてその手紙を不審に思いながら、手紙を、大事に机の引き出しにしまった。
※ ※ ※ ※
孝希は、健吾との一件から数日後、とある病院に来ていた。
孝希自身、自覚症状はない…に等しいが、よく考えてみれば、何かおかしい気がしないでもなく、念のため、病院に来たのであった。
「診断結果が出ました。相川孝希さん、あなたは…。」
そして、孝希は医師から、ある驚きの診断結果を、聞かされた。
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