第2話 依頼

「失礼致します」


 カランコラン。

 昨日の電話で取り決めた時間ちょうどに玄関が開くと、そこには電話の主であろう老紳士の姿が見えた。

 白髪の混じったオールバックに、綺麗にそろった髭、丸眼鏡の奥で薄く開いている垂れ目からは穏やかな佇まいを感じさせている。身長は170後半であろうか。整えられているスーツから雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」

「昨日お電話差し上げましたブラウン・キッシュと申します。依頼者は・・・お嬢様、こちらへ」


 そう言うと老紳士は体を横に移動させ、後ろにいた一人の少女が招き入れる。

 身長は160前後、細い手足を白いワンピースから覗かせており、儚く、華奢な印象を与えていた。クリッとした大きな翡翠色の瞳は、まるで人を吸い込こんでしまうかのようにまっすぐにクロノを見据えており、思わず目をそらしてしまいそうになるほどであった。


「初めまして。わたくし、セシリア・グランディッシュと申します。こちらは執事のブラウン。どうぞ、以後お見知りおきを」


 ワンピースの裾を少しつまみあげると、まるでお話の中に出てくるお姫様のようにお辞儀をした。ブロンドに輝く長髪が緩やかに揺れる。執事と紹介されたブラウンもそれに習い、礼をした。

 依頼者の確認ができたクロノは一礼をすると、フロアへと案内した。


「ようこそいらっしゃいました。では、どうぞこちらへ」


 クロノ先導の元、ブラウンとセシリアは歩みを進める。見た目だけでなく所作からも高貴さが窺えた。


(なんか、どっかのお姫様みたいだなぁ・・・)


 一瞬、客人への給仕も忘れただ惚けるエレナであったが、すぐに正気に戻る。すでに準備を済ませていた茶を、席に着いたクロノ、マリー、そして依頼者2名へと差し出す。


「どうぞ。お口に合うと嬉しいです」

「まぁ、ありがとうございます。いただきますね」


 セシリアはエレナに一礼したのに、お茶に口をつける。気品さに感じさせるその姿に、今度は口を半開きにしながら惚けていた。


 最初に口を開いたのはマリーであった。


「ではまず初めに、当店での契約時の項目の確認をさせていただきます」


 説明とともに、封筒から1枚の用紙が出され、テーブル上に置かれる。

 そこにはこう記してあった。




・契約内容は、犯罪等違憲行為、反社会的行為等が含まれていないこととする。

・契約内容を第三者へ漏洩することを両人禁止とする。

 また、本項が明らかに遵守されていないと両人又は一方が判断した場合、契約違反とみなし、クロクロショップ(以降、当店とする)スタッフは本契約を破棄する権限を持つものとする。

 また、依頼者(以降、貴とする)により契約が破棄された場合、前金は返金せず、成功報酬の1.5倍の金額の支払い要求をするものとする。

 また、当店スタッフにより契約が破棄されたとみなされた場合、前金の1.5倍の返金対応をするものとする。

・契約金は、前金(依頼執行に必要であると判断される経費・費用等より算出)・成功報酬の2回分納とする。金額については、両人の厳正な話し合いの下取り決めるものとする。

・契約執行中での依頼内容の変更は原則禁止とする。

ただし、貴又は当店の事情により変更が必要、もしくは変更せざるを得ない場合についてはその限りではない。




「こちらが当店で現在定められている『お客様』向けの事前契約内容確認事項となります。以上の内容に賛同できた場合、署名または印をお願いできますでしょうか? また、これから契約金や契約内容についてのお話し合いもございますが、その時点で破棄を希望される場合はお申し付けください。どの段階でも当店には守秘義務が発生しますので、契約内容については他言無用をお約束いたします」


 セシリアは契約書を手に取り、その内容を注視しながらマリーの説明に耳を貸す。時々頷き返事をし、内容の確認をしているようであった。


「・・・はい。契約内容、しかと確認させていただきました。爺、判を」


 セシリアがブラウンへ手を伸ばすと、すでに用意されていた判子を手に取り、丁寧に押す。


「ありがとうございます。

 ───では、契約内容の確認へと移らせていただきます。本日はどういったご依頼でいらっしゃいますか?」


 契約書を封筒の中へ入れテーブルの上へ置くと、マリーはまっすぐにセシリアを見つめた。


「・・・はい。では、私の身の丈からお話させていただきます」


 体裁を崩してはいないものの、不安そうな表情を浮かべ、彼女は口を開いた。


 



 アルテルトは産業革命以降、資本主義国家の形をとり、それは現在に至るまで約200年の間続いていた。

 中でも大きな財閥として名を轟かせているのがオールクリエイトカンパニー、通称ACCである。もとは運輸・調達を担っていた商社であるが、2代目取締役兼会長であったバスク・グランディッシュの手腕もあり、会社は大いに成長。国内外にその活躍の範囲を広げ、さらに事業範囲の拡大を推進していった。

 現在ACCは6代目が会長を、7代目は社長を務めている。そして彼女は、その社長の実の娘なのであった。


「父は昔から骨董品収集が趣味でして、各国の珍しい品々を買い取ってはコレクションをしているのですが、この度、それらを保管している別荘へこのような手紙が・・・」


 そう言うとセシリアが一通の手紙を差し出す。マリーに促されたクロノは手紙を手に取ると、すでに封が開いた便箋より三つ折にされた用紙を取り出す。そこには手書きでこう記されていた。


「『1612年 4月 24日 目当てのものはいただいていく R.F』

 ・・・これは怪盗予告ってやつか? 随分とまぁ珍しいものを・・・」


 呆れるように鼻で笑うクロノを尻目に、マリーは話を戻す。


「4月24日というと5日後ですか。それにこの『R.F』は・・・」

「えぇ。数年前から名が出始めている怪盗の名です」


 今より4年ほど前に遡る。骨董品だけに限らず、歴史的な物品や遺跡などを対象に、怪盗なるものがその名を広めだした。その行動範囲もさることながら、盗品対象の多さからその界隈では知らぬものがいないほどの存在へと肥大化。数年で無視できぬ脅威へと名乗りを上げた存在───それが『怪盗 R.F』であった。


「今回の依頼は、この怪盗 R.Fなるものから父のコレクションを守っていただきたいのです。もちろん、成功の報酬は多分にお支払いいたしま───」

「クロノ是非もないわ受けましょう」

「おい待て待て」


 セシリアの依頼内容も話半分に、すでに目の色を金の色に染めているマリーをクロノはなだめるつもりで、カチューシャにより露呈しているおでこを押さえこむ。


「まだ聞いてないこといっぱいあるだろ? まずはそれを確認してからだ」


 クロノはそう言うとおでこから手を離し、再びセシリアへと向き直る。


「まず初めに、今回の依頼。正直なところ憲兵隊やACCお抱えのSPで事足りるのではないかと考えていますが、いかがでしょう?」


 この質問にセシリアは困ったような笑顔で、ごもっともと言いたそうな表情を浮かべながら答えた。


「えぇ、実を言うとその通りです。なのですが・・・」

「お嬢様。僭越ながら、ここより先は私が」


 バツの悪そうなセシリアの空気を悟ったのか、ブラウンが説明役を買って出た。


「確かに。Mr.クロウリーのおっしゃるように、怪盗といえば犯罪者であります。よって、憲兵隊へ連絡するのが通常の対応にございます。ですが、此度の件が公のもとに晒されれば、我が社への風評被害が0とは限りません。ライバル社も多い昨今、あまり波風を立てたくはないのです。

 またSPについてです。確かに我が社が運営しております警備保障会社サーバント・サービスはございますが・・・なにやら噂では、この『怪盗 R.F』という輩は奇妙な術を使うと耳に届いております。それ故、今回のような案件にご経験があるこちらのお店を、指名させていただいた次第でございます」


「・・・ちなみに。その奇妙な術、というのは具体的には?」

「はい・・・『魔術』であると、我々は考えております」


 魔術。

 

 その言葉が出た瞬間、場の雰囲気が変わったのをエレナは感じ取った。


 ───窓から吹いた風が、静かにカーテンを巻き上げていった。

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黒のタイム クレス @Kures1017

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