第1話 クロクロショップ
「まったく、ま~たお金にならないことして。アンタ本当に暇人ね」
明るい髪色とヘアバンドとは正反対のような辛らつな表情を浮かべながら、少女───マリー・マクダウェルは、クロノに毒を吐き捨てた。ミルクと大量の砂糖を入れた紅茶のカップを片手に息をふいて冷ましながら、着ている白衣を正すことも無く、フロアのイスに無造作に座る。淑女としての嗜みなど、微塵も感じない動きであった。
「わかんないかなー? こうやって地道な活動がいつか花開いて、うちに仕事がやってくる。今の仕事は俺が持ってきているといっても過言じゃないよ?」
マリーより先にイスに座りコーヒーを啜っていたクロノがしたり顔で返す。銀色の髪と瞳に加え、キリッとした目元が非常に雰囲気を作り出していた。
「さすがに過言だ」
フロアの柱にもたれ掛かりながら、ハゲ、改め坊主の青年カズヤ・キリサキが横目にクロノを見やる。黒の半そでに黒のズボン、そして黒に染め上げられている一本の剣(彼の地元では『刀』と呼ばれる)を腰に下げており、なんとも他人を寄せ付けないような雰囲気であった。
『私とマリーおかげだよ』
彼の横であぐらをかき座っている、褐色の肌に白の短髪の少女ジルも、両手の中指を下に向けながら抗議を伝える。
「でもよかったよぉ、早く終わって。時間かかったら晩御飯の準備できないかな~、って思ってたから」
そう言いながら、エレナはフロアから見えるキッチンへと入っていく。彼女の表情や仕草から感じ取れる活発さや素直さを表現するように、一本に縛られた青い髪が左右に揺れていた。透き通るような蒼い瞳は、まるで彼女の心を表しているようであった。
「たまたまあそこは前に私が刻んでおいた術式があったからいいものの、なかったら手間なんてもんじゃなかったでしょ。もっとお金になる仕事しなさいよね」
「別にいいだろー。マリルの論文の依頼で稼ぎとしては十分なんだから」
「それに頼り切ってないでアンタも仕事で稼げって言ってんの! あとマリルって呼ぶな!」
マリーは目の端を吊り上げながらテーブルをパンパンと叩く。その度に揺れる紅茶が彼女の怒りをよく写していた。
すると、キッチンから声が通ってきた。
「そういえば、なんでクロノくんはマリーのこと、マリルっていうの?」
余計なことを、と言いたげなマリーの視線にエレナは苦笑い顔で返し、なおもクロノに質問する。
「あぁ。こいつと初めて会ったとき、自己紹介しあったんだけどさ。声が小さすぎて『マリー』と、『マクダウェル』の『ル』しか聞こえなくてさ。だからマリルでいいかなって─── 「よくないわよ!」
納得いかないというような表情を浮かべ、マリーはテーブルを叩きながら抗議する。紅茶の波紋は一層大きくなっていた。
「クロノ、アンタ私を舐めすぎじゃない? 天下の最優秀科学者「Dr.リーガル」様を! この店の稼ぎ頭である私のことを!」
「だが名前は出してないよな、お前」
「リーガルとマリーは別人なんだろ?」
マリーは自身が持つ「稼ぎ頭」という切り札を出したにもかかわらず、カズヤとクロノは涼しい顔で返した。
「そ、それにはいろいろと業界の事情があんのよ・・・」
実際、彼女や学会が抱える事情で、マリーの本名や素性が語られていないのも事実であった。
彼女が偽名で所属している団体「アルテルト学術発展振興連合学会」は、多種多様な優良研究者が所属しており、日夜さまざまな研究が行われている。そしてその研究結果を学術言論会という形で各学会や世間への公表がされている。
だが、その場にて発表が許されているのは極一部の有名な学者のみであり、女性・又は30歳以下の研究者(マリーは17歳であるため、条件を満たせずにいる)はその場での論文発表が学会発足当時より禁止されているのである。故に彼女は本名や性別を明かさず、他の研究者の研究内容に対し実験・事実立証や理論構築などを行い、論文を仕立て、仮の名を使い共同研究として世に貢献していた。彼女が店の稼ぎ頭というのは、クロクロショップではこの論文や研究等による収入面が約半分を占めており、その仕事だけで食べていけるから、ということであった。
「カズヤさんもクロノくんも、それくらいにしてよ。マリーのおかげで本当に助かってるんだから・・・。マリー、紅茶のおかわりいる?」
「・・・ミルクと砂糖多目で」
夕食の準備をしながらフロアの様子を見ているエレナの姿は、さながらこの店の母であり、もはやなくてはならない存在であることが見てとれた。
(私がこのお店に来るまでの間のこと考えると、ホント胃に悪いな~)
彼女がクロクロショップに社員として入ったのは、今より半年ほど前のことである。たまたま仕事で彼女の地元へ訪れたクロノに助けてもらった事がきっかけとなり、『彼の役に立ちたい』という一心から、クロクロショップへの入店を希望した。
(まぁ、本当の理由はそれだけじゃ、ないんだけど、ね)
当初は部外者の入店をマリーとカズヤは拒んだが、熱心に頼みこむエレナの熱意と、クロノから出された条件により、なんとか入店することができた。
条件は2つ。
1つ目は、働かざるもの喰うべからず。入店した以上、クロクロショップに入ってくる依頼を行うことと、店の家事全般を担うこと。
実のところ、彼女が入店するまで家事の一切は、クロノらが個々人で行っており、しかしそれは家事というには程遠い代物であった。洗濯物はたまり、キッチンには乱雑に置かれた食器とゴミ袋が並び、お客様が訪問するであろうフロアの掃除はほとんど行き届いているようには見えなかった。
クロクロショップにくるより前、エレナは祖父母の家に住んでいた。祖母の家事を日ごろから手伝っていた彼女からしたら、さほど難しいことではないと高をくくっていたのだが、あまりのレベルの
(あの時は本当にびっくりしたなぁ・・・ホント、なんとかうまくいってよかったよ・・・)
依頼の仕事に関しては、彼女は人当たりも良く、日ごろより近所の手伝いなどを行っていた勤勉な正確が功を奏したのか、すぐに評判となった。今では彼女目当てにリピーターがつくほどまでであった。
こちらの条件に関しては問題は一切無く、むしろ適正があると誰もが感じていた。
だが、2つ目は───
ジリリリリリリ ジリリリリリリ
突如フロアに電話音が鳴り響く。一番近くにいたのはマリーであった。
「あーはいはい・・・もしもし、クロクロショップでございます」
エレナ特製の紅茶を口にし、少々機嫌が直ってはいるようであったが、まだ少しトゲのある声で電話に出る。
「店長ですか? わかりました・・・はい、クロノ」
「おぅ」
クロノは受話器を向けられると、イスから飛び降りマリーへと向かう。
「はいお電話お変わりしました! 店長のクロノ・クロウリーでございます」
それはいつもの、依頼が舞い込んで来るときの風景であり、エレナもこの半年で見慣れたものであった。
また依頼が入ってきた。マリーはクロノの広報活動と銘打っている売名活動のことを酷評していたが、実際それを行ってからというもの、依頼の数は着実に、確実に増えていた。
探し物、ベビーシッター、ケガをした郵便局員のヘルプ、地元商店街の応援等・・・些細な仕事ではあったが、元より人との関わり合いが好きなエレナにとっては、まさに天職であるように感じていた。
今度はどんな依頼が入ってくるんだろう。誰が依頼を担当するのだろう。そんなことを考えながら夕食の準備を進めていると、受話器を持っているクロノの笑顔が、口元が、釣り上がるのを感じた。
「かしこまりました。では明日、当店へご来店いただけますでしょうか? 詳細はそちらにて・・・はい。・・・はい。よろしくお願いいたします」
受話器を置くと、クロノは笑顔を引き締め、ニヤつくように皆へと通達する。
「喜べマリー。久々に『西の太陽』からの依頼がきた・・・ガッツリ稼いでやるよ」
ドクン。
心臓が苦しそうに跳ね上がったのと、背筋に寒気が通ったのを、エレナは感じた。ついにこの時が───入店の際の条件、その2つ目を果たすときがきたのだ、と。
(2つ目の条件・・・それは、『半年後には『西の太陽』からの依頼・・・"裏の世界"からの依頼を、どんな形であれ参加・協力し、その実力を認められること』・・・)
胸に刻んだあの日の言葉を繰り返し、その言葉の重みに、ただでさえそれほど高くない身長が、さらに縮みそうな思いをするのであった。
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