黒のタイム

クレス

~プロローグ~

『ポイントW - 3に向かってる。好都合ね。あそこ、前に事故があった場所あるでしょ。そこの緑と赤色の倉庫の間なら袋小路に追い込めるからそこに追い込んで』


 この世界に広く存在するもの。それが人間。

 そしてそこには、様々な願いが、欲望が、思惑が存在する。

 それは時に美しく、時に醜く、そして時に儚くも残酷なものである。


「りょーかい! 先回りして待ってるから追い込みは任せたぜ、カズト!」

『おう』


 『願いとは呪いである』。かつてこの国にいた哲学者の言葉だ。

 一度願えば決して自分から離れることはなく、それは叶うまで一生まとわり続ける───まるで自身を追い立てるかのように。そしてその願いは大きければ大きいほど、呪いの力は強さを増す。


「・・・っ!」

「さぁ、鬼ごっこは終わりだ。元の場所に返してやる」


 では望まぬ事が正しいことなのか。考えることは愚かなことなのか。信じることは

愚鈍であるのか───しかして、それもまた否である。

 人間とは元来、考え、求め、作り出し、そして破壊する生き物である。

 まるで今を。世界を。否定するかのように。


「!」

「いったぞ、クロノ。早く片付けろよ」

『もち!』


 呪いを解くにはどうすればよいのか。誰かが助けてくれるのを待てばいいのか。しかしそれはいつなのか。出せぬ答えに迷い、自身を見失い、目の前にある光にすがってしまう。

 だが強すぎる光は時に陰を生み、闇を作り出してしまう。暖かければ、それだけ再びの冷たさを恐れてしまう。

 きっと彼女もまた、そうだったのだろう。


「さぁて、おとなしく・・・!?」

(壁の配管を足場に壁走り!? デブのくせにすばしっこい───ってまずい!)


 小さな影が走るその袋小路の先には、一本の木の柱が佇んでいた。それは優に壁を越えており、逃走にはもってこいである。

 クロノは咄嗟に右腰に下げていた銃を取り出し、柱を撃ち抜く。柱は銃弾を受けた衝撃で大きく傾き、倒れようとしていた。

 そこに影が足をかけた瞬間、影はバランスを崩し、真下に落下しようとしていた。


「・・・っ!?」

「あぶねぇ!」


 急いでクロノが走り、倒れる柱にまた一発銃弾を撃ち込む。柱はその衝撃で弾かれ、彼の身には一つの影のみが落ちてきた。


「まったく、手間かけさせてくれるなよな・・・。おとなしくしててくれよ。キャサリンちゃん」

「・・・ニャァ」


 小さな影の願いは叶わずとも、静かにまたその時を窺う。

 いつかは。やがていつかは、と───




「ま~~~~~キャサリンちゃん!!? 無事だった!? 怪我してない!?? やだも~~~~~急に走って行ってしまうんですもの! 私心配で心配で大変でしたのよ!!? も~~~~~離しませんことよキャサリンちゃん!!!」

「ニ"ャ"ア"~~~~~!!」


 小さな影の正体───猫のキャサリンはクロノの手によって飼い主の女性の手に渡されると、そのとてもふくよかな腕に抱き締められ、丸い顔をこすり付けられていた。

 すると、先ほどまでの落ち着きようはどこへやら。キャサリンは必死の抵抗を見せていた。心なしか、時たまこちらへ助けを求めるような視線を向けている。


(なんとなくだけど、逃げちゃった理由わかるね・・・)

(あぁ、あれはきついだろうな・・・)


 水色の髪の少女、エレナ・スプリングフィールドが苦笑いを必死に隠しながらクロノへと告げ口する。

 クロノは笑顔を崩さずにそれに返答するが、正直その場で笑い転げてしまいそうであった。それほどまでに、目の前の光景は強烈であった。

 おほん、と咳払いをし、クロノは女性へ告げる。


「いや~、お役に立ててよかったです。いろいろな所を逃げ・・・走り回っていたので、もしかしたら遊びたかったのかもしれませんね」


 クロノの言葉に、女性も感じるところがあったのか大きくうなずいていた。


「あら、もしかして最近いいキャットフードを見つけてそればっかり食べさせてたからかしら! 運動したかったのね~~~~~偉いわよキャサリンちゃん!! それじゃ家に入ったらたっぷり運動しましょうね! 遊んであげちゃうわよ~~~~~!!」

「・・・ニャァ・・・」


 キャサリンは観念したのか、それとも逃げれないと悟ったのか。一切の抵抗を止め腕の中で伸びてしまった。


「本当にありがとうねあなたたち! 見ず知らずの方にこんなことを頼んでしまうなんてはしたないと思ったのだけれど、これも不可抗力よね! 2人とも本当にありがとうね!!」

「いえいえ、お安い御用です。実は私たち、こういう仕事をしているものですから、こういったことも日常茶飯事ですので手馴れたものですよ」


 そう言いながらクロノは胸ポケットにあった名刺入れより一枚抜き取り、女性へと手渡す。


「あら、一体どんなお仕事を・・・?」


 チャンスとばかりにもがくキャサリンを強固に腕で拘束しながら、女性は渡された名刺を見やる。

 そこには住所や電話番号と共に、こう記されていた。


『相談・商談、なんでもござれ!あなたの街の「クロクロショップ」

店長 クロノ・クロウリー』


「それともう一つ。

───『ナイトメア』という言葉に、心当たりはありませんか?」

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