第22話
扉の向こうからは、物音一つ聞こえない。扉に耳を当ててみても、自分の鼓動がうるさいだけ。
アドヴェクスターは、そっと扉に手を掛け、引いてみる。
すると、開いた。
そのままゆっくりと部屋に入ると、カーテンが閉められており、中は闇に包まれており、カーテンの隙間から溢れる光が一筋あるだけだった。ものにぶつからないよう、そっとその光へ向かい、カーテンを開けると、部屋の中が静かに明るくなった。
見渡してみると、ベッドにシーファが寝転んでいるのが目に入る。
「姫、目をお開けになってください」
声をかけても返事がない。少し息が詰まりそうになりながら、彼女に近づき、頬に手を添えてみる。最後に姿を見た時より、ずっと痩せている。
口元に手をかざし、ちゃんと息があることを確認できただけで、安堵のため息が溢れる。羽毛布団を掛け直してやると、カーテンを留め、ほんの少しだけ窓を開けると、アドヴェクスターはそっと部屋を出て行った。
しばらくして、アドヴェクスターは温かいスープの皿を手に、再び部屋に現れた。
「姫、起きてください。お食事を……」
その時、彼女の静かな表情がほんの少し、苦く歪んだ。
もう一度声を掛けると、彼女は微かに目を開けた。だが、心ここに在らず、という様子で天井を見つめているままだ。
アドヴェクスターは、痩せ細った彼女を抱きかかえると、左腕で支えてやりながらスプーンにほんの少しだけスープを
窓から差し込む太陽の光が彼女の緑色の瞳を不思議に輝かせる。ゆっくりと瞬きをしたかと思うと、ひとつ、またひとつと涙を零した。
アドヴェクスターが声を発しようとすると同時に、シーファは細い腕で彼を押し倒す。握っていたスプーンからスープが、シーファの真っ白な部屋着に溢れる。
ベッドの上にスプーンが落ちるのとほぼ同時に、アドヴェクスターは、馬乗りになっているシーファを見上げた。
——なんで。どうして。
声にならない言葉がシーファの口から零れ、涙が零れ、アドヴェクスターを見つめる。アドヴェクスターは、仰向けになったまま彼女の涙を浴びていた。
そっとシーファの頭を撫でると、崩れるように彼女はアドヴェクスターの胸に顔を埋めた。
もう一度、彼女をしっかりと抱きしめ、アドヴェクスターは目を閉じた。
これで良かったのだろうか。 自分がやったことは、本当に彼女を幸せにするものだったのか。
「……俺は、幸せにするどころか不幸にしてしまったのか……?」
思わず、心の中で渦巻いていた言葉が漏れる。シーファはゆっくりと顔を上げると、そのまま起き上がり、ベッドの際の冷え切ったスープの皿に口をつけた。一気にそれを飲み干すと、シーファはアドヴェクスターに向き直り、目を伏せた。
「全部、思い出した。父上は、私の目の前で、毒矢で……」
また彼女の目からは、涙が零れ始める。
「こんな辛いこと、やはり思い出したくなかったか?」
「いや、むしろ有難いと思ってる。嘘の世界から解放してくれて、ありがとう。アドヴェクスター王子」
そっと微笑んだ彼女を見て、アドヴェクスターははっとした。
「……初めて名を呼んでくれたな」
これが限界だった。これ以上のことは言えない。彼女の優しさに甘えてはいけない。
「そうだ、ユリが咲き始めたから見に行かないか?」
差し出す手に、彼女の白く細い手が重なる。
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