第21話

 気がつくと、シーファは自室のベッドの中にいた。

 起き上がると、机の上に何か手紙のようなものが置かれているのが目に入る。

『裸足で部屋の外を出歩くな』

 少し書き殴ったように見える置き手紙の横には、小さな箱が置かれていた。

 それは、随分と古いようで、懐かしい感じもする。もしかすると「あの時」の……。

 だが、これ以上あの時の記憶を思い出したくない。受け止められる自信が無い。シーファは、その箱を引き出しの中にしまった。



 *



 シーファは、それ以来ろくに食事もしなくなった。

 部屋を出ることもなく、窓のカーテンも締め切っていることが多く、誰とも会おうとしない。

 アドヴェクスターも、ルーヴァンさえも、顔を合わせてはくれなかった。


 そんなある夜、ルーヴァンはアドヴェクスターを訪ねた。

「王子、シーファ姫が部屋から出て来ない理由をご存知ですか?」

「……大体察しがつく」

「では、なぜ?」

「我々がなんとかできる問題ではないんだ。お前なら尚更な」

 ルーヴァンはその言葉に怒りを覚えたが、そこは堪えて問う。

「貴方なら少しはマシなことが出来るのですか? ……だったらせめて、彼女に食事をするよう促して下さいよ。今日だってほとんど口を付けずに皿が戻されてきたんです!」

「ルーヴァン、お前は……彼女の気持ちを考えたことがあるか?」

「彼女のことは誰よりも知っていると思いますが」

「……出会う前のことは?」

 ルーヴァンは首を振る。

「今、姫はお前と出会う前の過去と戦っているんだ。護衛のお前は見守ってやれ。俺にも、お前にもそれ以上のことは出来ない」

 ルーヴァンが口を開こうとしたその時、不意に老いた女性が姿を現した。

「婆様……! もうお身体の具合は良いのですか?」

「あぁ、アドヴェクスター王子、お陰様でだいぶ良くなりましたよ、お気遣いありがとう」

 ルーヴァンは呆然としてそこに立っていた。

 何故この人が王子と親しそうにしているのか、何より、自分の知っている彼女はこんな話し方ではない。

「……ルーヴァン、ずっと私がただの老いぼれのフリをしてきたから驚いたのね。……私はね、国王の母親だったのよ」

「正しくは、俺が殺した男が、過去に殺した方の母上様だ」

 婆様は、そっとルーヴァンの手を握り、微笑んだ。

「その様子だと、まだ何も知らされていないようね、こちらにいらして、全て私がお話しします」

 離れに案内すると、婆様はルーヴァンにヴィラッドの過去の話を、悲しそうに語り始めた。



 *



 アドヴェクスターはその間、シーファの元へ向かった。

 相変わらず、部屋から出てきたような痕跡もない。

 アドヴェクスターは、そっと扉に手を添えて囁く。

「シーファ、お前の好きなユリが咲き始めたぞ」

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