第20話

 シーファは、目の前に座る青年の冷たい瞳に背筋を震わせた。

「それで、首をはねたってことは、事実だったってことなの?」

 静かな声で尋ねると、彼は頷き、低い声で言った。

「最初は当然、しらばっくれていた。でも、手に入るだけかき集めてきた証拠も全て目の前に出してやったら、苦い顔して崩れるようにうずくまった。あとは、今の通りだ」

 シーファは、膝に掛けていた彼の上着を取ると、彼に突き返した。

「……人殺しに物は借りたくない、か。それで良い。偽物だったとはいえ、本当の父親のように慕っていた人を、俺に、殺されたんだ。……俺のことは、嫌って構わない」

 そう言うと、彼は上着を受け取り、部屋を出て行った。



 シーファは、そのままベッドに入ったが、先ほどのアドヴェクスターの切なげな表情が瞼の裏に焼き付いて離れず、その夜は眠る事が出来なかった。



 *



 シーファは空が白くなり始めると、音を立てないように部屋を出た。

 音が響かないよう、裸足のまま宮中をひたひたと歩く。

 向かった先は、王の椅子がある広間だった。


 この椅子に、実の父も、その父を殺した偽の父も座っていた。

 椅子には、微かに血のシミが残っている。

 美しく彩られた窓のステンドグラスを見ると、今まですっかり忘れていたが蘇ってきた。



 *



 母が亡くなってから、シーファは父の傍を片時も離れなかった。

「その日」も、客人が来るのを父と待っていた。


 ステンドグラスに描かれたものを指して、父に話しかける。

「わたしね、あのおひめさまみたいに、おおきくなったら、りっぱになって、かわいくなって、てんごくのははうえにほめてもらうんだ!」

「シーファは母さんに似て美人だから、きっと素敵なお姫様になるよ。大きくなったら、隣の国の王子様と、幸せに暮らすんだよ」

「おうじさま? それは、どなた?」

「……それはまだ秘密だよ。とても素敵な方であることは、父が保証しよう」

 父は微笑んでシーファの頭をそっと撫でる。不意に、窓の外の遠くを見つめ、手を握ると、シーファもそれに応えてぎゅっと握り返す。

「シーファ、お前は……っ」

 突然、風の音と共に父の動きが止まる。

 そのまま父は床に倒れ込み、苦しそうに口を開いた。

「シーファ……逃げなさい……早く……!」

 父の背中には、大きな矢が刺さっている。そこからは、血がどんどん流れ出し、シーファの足元にまで赤い海が広がってくる。

 今考えれば、きっとあの矢には毒が練りこまれていたのだろう。

 間も無くして、父は、動かなくなった。

「客人」はそれを確認すると、シーファの襟首を摘み、地下の牢へと押し込み、何やら薬のようなものを飲まされ……

 記憶が途絶えた。



 *



 床に座り込み、俯く。

 目の前が霞んで、物の形すらも捉えられなくなる。床に水が滴り落ちる音が広間に響くと、シーファはしゃくり上げて泣いた。


 不意に、広間の扉が開く音が聞こえ、それと共に声が響いた。

「シーファ?」

 ルーヴァンの声だ。

「……来ないで。1人にさせて欲しいの」

 震える声でそう言うと、扉が閉まる音と、遠ざかっていく足音が鼓膜を揺らした。

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