第17話

 その夜、アドヴェクスターは、シーファが部屋に現れる気配がないので様子を見に行った。

 ドアをノックし、部屋に入ると彼女は窓辺に佇んでいた。月明かりに白い肌を青く照らされ、微風に栗色の髪が揺られている。その姿がなんとも美しい。

 アドヴェクスターが彼女の傍まで行くと、突然小刀を突きつけられた。微動だにせずそれを掴み、喉まで引き寄せる。

「殺したいのならば殺せばいい」

 しばらくの間、2人は1ミリも動かず、何も言葉を発しなかった。

 不意に、刃を握りしめた彼の手から、赤く細い筋が流れ、床に音もなく落ちる。

 それを見た瞬間、シーファは目の前が鮮血に染められたような感覚に陥り、思わず小刀を手放す。

 その場に崩れるように座り込み、床に手をつく。上手く呼吸ができていないような感覚に襲われ、深呼吸をしようとしても吐息は震え、息を吸い込むのが苦しく、肩を大きく震わせてしまう。

 頬を涙の筋が伝ったかと思うと、シーファは気を失ってしまった。


 アドヴェクスターはシーファをベッドまで運ぶと、彼女が目覚めるまで手を握って寄り添った。刃で切られた左の掌の傷は、そのままにして。



 *



 シーファが目を覚ましたのは深夜のことだった。

 うなされ、飛び起き、意識がはっきりしてくると、自分の手が握られていることに気付き、思わずそれを振りほどく。

「姫は、血が苦手なのか?」

 それに答えずにいると、アドヴェクスターは言った。

「この城の中で二度も私を殺そうとして、本気で来なかった理由を当ててやろう。一度は、自分を何故生かしておいたのかを聞きたかった。二度は、先程私が言った事を気にしていたからだろう?『私が殺したのは貴女の父親ではない』と」

「一つ足りない。ルーヴァンまでどうするつもりだ?」

 シーファは、彼と目を合わせないようにして言う。それを見たアドヴェクスターはそっと答える。

「わかった。質問に答える代わりに、姫君も私の質問に答えてくれ」

「……わかった」

一瞬彼女の瞳が揺れ、目を伏せると頷いた。

「貴女を生かした理由は、貴女を殺しても損しかない。貴女には私の、この国の妃となって頂く。ルーヴァン殿は私と貴女、2人の護衛をして頂く」

「……この国を乗っ取るのか」

「少し違うが、それは後でだ」

 アドヴェクスターはそう言うと、一息間を置いてシーファに尋ねた。

「貴女は幼い頃、誰かが殺されるのを目の前で見なかったか?」

「……わからない。けど、はっきりと否定はできない」

正直に答えたつもりだ。昔のこととなると記憶が曖昧で断言はできない。

それを察した彼は少し苦い顔を覗かせてそっと言葉を繋ぐ。

「信じられないかもしれないが、今はそれでも良い。落ち着いて聞いてくれ」



「貴女の本当の父親を殺したのは、私が殺したあの男だ」

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