第9話

 翌朝。ルーヴァンが目を覚ますと、既に窓から人々の賑わう声が溢れていた。

「あ、ロヴェル、起きた?」

「あ……。おはよう……ソフィーナ」

「何よ、そのアホ面」

 いやいや、待て待て。それは反則だろう。

 彼女はコルテに貸してもらった服を着ていたのだが、異国の服であるということもあり、いつもと全く雰囲気が違うのだ。

「アホ面とか言うなよ……元々こういう顔だ」

 すると彼女は軽く鼻で笑い、朝食を食べるよう勧めてきた。城を出てから彼女の態度が日に日に冷たくなって来ているように思えるのは気のせいだろうか。

「私はもう食べたから気にせず食べて。店ももう開けるから、早く食べて降りて来てよね」

 ルーヴァンはパンに噛り付き、少し緩くなったスープを飲み干すと1階の店へ向かった。



 昼過ぎ、3人の男がやって来た。見覚えのある服装だ。

「見ない顔だね? ここの新人?」

 そのうちの1人がシーファに話しかける。

「あ、いらっしゃい。今朝仕入れたばかりだから、どれも新鮮だよ」

「いや、野菜じゃなくてお嬢ちゃんのこと聞いてるんだけど」

 そうだ、あの服は……

 サッと背筋に氷水を流し込まれたような感覚が襲って来た。

 セランタ帝国の身分あるものの着物だ。胸元にある花のような刺繍が特徴だ。その刺繍の色によって身分を区別する。

 緑の刺繍からして恐らく、あの者たちは皇帝の食を管理する「薬師」だ。しかしその中でも下のもの。買い出しにでも出されたのだろう。

 そんな者たちがここに来てそんな質問をするということは、頻繁にこの店を訪れている可能性が高い。

 シーファもそれに気付いたようで、一瞬こちらを見た。

「あらあら、いらっしゃい。どうしたんです? あ、この子? 昨日ね、兄弟行き倒れてるところを拾ってあげたんですよ。住む家が無くなってしまっただとか」

 コルテが店の奥から明るい声で出てきた。

「大丈夫。私に任せな」

 ルーヴァンの横を通り過ぎる時、彼女は小声で言うと男たちに大きな籠に詰め込んだ大量の野菜を手渡した。

「この子には店番を手伝ってもらうことにしてね。可愛らしい子でしょう?」

「我々に無断で人を雇わないで頂きた……」

「今紹介したでしょう。無断じゃあ無いっ!」

 いつの間にかルーヴァンの隣に戻ってきていたシーファは小声で、強いな、と呟いた。

 全くその通りだ。いかにも重たそうな籠を押し付けられた薬師たちは既に目を泳がせて必至に言葉を探している。

 薬師の中でも身分の低い者たちで良かった。

「つ、次からは先に我々に伝えてくれ」

「わかりました。すみませんね、あっ、生姜少しオマケしておいたわよ」

 コルテはそう言って男から金を受け取り、彼らの姿が見えなくなるまで見送った。


「コルテ、あれは……皇帝の薬師だよな? よく来るのか?」

 ルーヴァンが問うと彼女は驚いた様子で言った。

「なんであの人たちが薬師だって知ってるんだい?」

 その時、大きな失態を侵してしまったことに気付き、ルーヴァンは顔をしかめた。

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