第7話

「サルオガセって植物、知ってる?」

「……? なんですか、それ」

「あの、木からぶら下がっている暖簾のような植物だ」

「へー。サルか……」

「サルオガセ」

「あー……」

 ルーヴァンとシーファは、薄暗い森を歩きながら国境へと向かっていた。

 湿度が高く重たい空気が体にベッタリと張り付いてくるひんやりとした空間は、実に神秘的なものだ。白くボヤけた針葉樹林は、2人を未知の世界へと誘うように静かに歌っている。

 その歌がシーファにも聴こえるようで、彼女は頭に被った絹織物から零れた栗色の髪を揺らして笑っている。

「姫……? 重くありませんか?」

 ルーヴァンは彼女が背負っていた荷物を手に取り、シーファの頭に手を置く。

「城の馬を使ってしまえば、王族だとバレてしまいますので、ご勘弁を……」

「そんなこと知っている。それより、もう敬語はやめだ。それこそ怪しまれる」

 そうだった。今は主従関係ではなく、「友」として隣に立つべきなのだ。

「わかりまし……わかった。じゃあシーファ、君はもう少し柔らかい口調で話した方が良い」

「……なんで?」

 そう来たか。

「町娘はもう少し柔らかい口調で話すものだと思っていたのですが……」

「それは、私の口調がキツくて尖っている品の無い残念なものだと?」

「そこまでは言ってない」

 咄嗟に否定したが、彼女は頬を膨らませて不機嫌な表情で前を向いている。

「……シーファ、今思ったのだが、名前は変えなくて良いだろうか?」

「そこまでは考えていなかった……。え、どうする?」

 正直、実名でも国を出て貴族に会ったりすることがなければ問題は無いように思えるが、万が一のことを考えて対策はするべきだ。

「んー……。では、ルーヴァンはロヴェルで良いだろう?」

「……! その名は……」

「おま……、あなたのお爺様の名。英雄と呼ばれた彼の名は、ヴィラッド帝国では縁起のいい名とされている。ヴィラッド出身の旅人ならば不自然では無いだろう?」

「そうで……そうだな、……俺の名はロヴェルでいこう」

「私の名は……。ソフィーナはどうだろう?」

「お妃様の……。良いね、そうしよう」

 ルーヴァンがそう言うと、シーファは満足気に笑い、荷物を背負い直した。

 隣の国は、面積が大きい割には人口の少ない所謂田舎。セランタ帝国。通称南の国。基本戦をしない平和な国なのだ。

 北のシュアルヴィッツ帝国と西のヨルグァナ帝国は今回の騒動の根源なので、周りの砂漠とそこ以外に逃げる場所は無い。

「ルー……ロヴェル、宿はどうする? 戦が長期化してしまえば野宿を続けるわけにはいかないだろうし……」

「ひとまず、今日は国境を越える事を目標として、森の中で野宿だな。……一応言っておくが、今までのような豪華なテントを張ってのキャンプとは違って、芝生の上に寝るのだからな?」

「知っ……知ってるわよ、そ、そんなことっ! バカにしてるつもり?」

 彼女は本当にわかりやすくて良い。動揺が隠せていないのが可愛らしい。

「……ちょっと、今絶対私のこと子供扱いしたでしょう⁉︎ 私のカンがそう言っているわ」

 何気に怖いこと言うな。前言撤回しよう。そう思った瞬間、彼女はルーヴァンの脇腹を突いた。

「立派に町娘を演じ切って、生き抜くから。あなたもちゃんと演じ切ってよね、ロヴェル」

 嗚呼、神様。


 どうか彼女を守り続けられますように。



 ルーヴァンはシーファの横顔を見ながら、そう祈り、微かに見える国境の大きな松の並木に目をやった。

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