一章 〜異国の地

第6話

「ちょっと、ルーヴァン‼︎ 待ちなさい!」

 自分たちの部屋に戻る途中で、彼女に言われて我に返った。

「まず、その手を離してくれないか」

「あ。すみません……」

「こうなったら仕方が無い。父上の仰る通りにするしか無いのであろう?」

「……そう……いう……ことに……なります……ね……」

 出来ればもっと良い方法を探して欲しいものだが。ルーヴァンがつかえながら言うと、シーファはニヤッと悪戯っぽく笑う。

「……さてはお前、不安なのか?」

「不安じゃないワケ無いでしょう?」

 すると彼女はポカンと口を開けてから、わざとらしく咳払いをした。

「……ルーヴァンにも、そんな可愛気なところがあったとはな、」

「姫も、もう少し危機感を持ったらどうなのですか?」

 横目で睨みつけると、彼女は涼し気な表情で返した。

「ルーヴァンと一緒なら安心だろう? ……それとも何だ。私を守れないとでも?」

 面倒くさいのが始まった。

「……姫、兎に角、荷物をまとめますよ。話は後です」

「……はいはい」

 彼女はため息混じりにそう言って、自室へ戻った。俺も荷物をまとめなければならないので、隣の部屋に入り、荷造りを始めた。


「ルーヴァン、この量は流石に厳しいぞ……」

「ん? ……なんでそんなに大きな荷物になるんですか⁉︎ 絶対おかしいっ! 何を持って行こうとしているのですか⁉︎」

「父上から頂いたアクセサリーや宝石に、母上の形見に、短剣に、セミの抜け殻コレクションに、それから……」

口を尖らせながら指を折って呟く彼女を押しのけ、荷物を奪い取る。

「手荷物検査をさせて頂きます」

「なっ……⁉︎ ちょっと、ルーヴァン!」

 彼女の荷物を強引に奪い取り、床に下ろしてから手速く解いていく。

「国王様から頂いたものは、最も良いものを2、3持って行けば良いでしょう。お妃様の形見と短剣は良しとして……このコレクションは明らかに不必要ですよね?」

「……そんな事はないっ」

「置いていきますよ」

「そんなぁっ」

 彼女は目を潤ませて俺を見つめてきたが、ここはグッと堪えて……

「さ、明日にでも出発しますから、今日は早くお休みになった方が良いですよ」

「……」

 彼女は、ムッと頬を膨らませ、そっぽを向いて部屋に戻ってしまった。

ルーヴァンは溜息をつき、荷造りに集中する。必要最低限の物だけでいい。彼女にそうは言ったものの、ルーヴァン自身も、荷物が多い。仕方がないので、荷物を一旦解き、またやり直す。

チャリ……

金具が触れ合う、小さな音が聞こえ、手元を見つめた。

手のひらに乗ったは、窓から差し込む陽をはね返し、ルーヴァンの顔を照らす。


「ルーヴァン、いつも、助けてくれてありがとう」

彼女と出逢って3年の時が流れた、ある夏の日。遊んでいる最中に、彼女は庭の小さな池に落ちた。

ルーヴァンが急いで彼女を引き上げたので、彼女は少し水を飲んだだけで済んだ。

そんな騒ぎの直後、ルーヴァンがシーファの髪を拭いていると、彼女はそう呟いたのだった。

「いえ、姫の為ですから。……突然どうなさったのですか?」

「いや、いつもルーヴァンに助けられている上に、身の回りの世話までしてもらっているな、と思ってな」

「今更ですか?」

「ああ、今更だ」

彼女は、無邪気に笑った。

その翌日。

「姫、どうかされたのですか?」

「ルーヴァン、これ……受け取れ」

「え?」

突然差し出された彼女の手には、白い箱がある。

「これ、ルーヴァンに……やる」

「え、私に?」

「……良いから受け取れっ!」

彼女は口を尖らせて、ルーヴァンにその箱を押しつけると、今度は開けろとせがんだ。

ルーヴァンは彼女に言われるがままに、箱に掛けれらたリボンを解く。

「あっ……!」

蓋を開けると、そこには、シンプルなデザインの、美しく太陽光を反射する懐中時計が。

「これを……私にくださるのですか?」

「何度も言わせるな。大事にしろ」

シーファは照れ臭そうにそっぽを向くと、もう一度振り返った。

すると、

シーファはルーヴァンに抱きついた。

「ひ……! 姫‼︎ お、お離しください!」

「……いやだ」

彼女はルーヴァンの首元に顔を埋めて呟く。

「……ルーヴァン、片時も離れずに、私の傍にいてくれ。約束だ」

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