第3話

 舞踏会というものは、実に華やかで、ルーヴァンにとっては、天の川の向こう岸のように遠い存在だ。

「何をしている」

 目の前に立つ百合のように美しい女性は、振り返りざまにルーヴァンに言った。

「早く行かねば、遅れてしまうぞ」

「姫、舞踏会は3時間後ですよ? 会場までは馬車で1時間半ほどで到着します。少し早過ぎるかと」

「……」

 彼女はムスッと頬を膨らませ、しばらく黙り込んだ後、

「では、変な奴に話しかけられた時の対処の練習でもしようか」

 はい、始まりました。いや、彼女の言い分もわかる。先日の舞踏会でも変なキモチワルイオヤジにナンパされてたものね?

「姫、先日の舞踏会では何を言われたのですか?」

「……あのエロオヤジか、」

 それ以外にも居たのか。

「だ、誰でもいいです」

「うーん、この前は……」


『おやおや、美しい女性がいらっしゃると思い誘われ来てみれば、シーファ姫ではありませんか。どうです? 一緒に踊りませんか?』

「いいえ、結構ですわ、伯爵」

『相変わらずクールなお方だ。今日も大変お美しゅうございます。私、すっかりその美貌の虜になってしまいました』

「あら、……御上手ですね」

『いやいや……。……私は、ベッドの上の方が上手に姫君の心を惹きつけられる自信がございますが……』


「と、言われた」

「とんだエロオヤジでございますね」

 息の根を止めてやりたい。

「最もだ。断り方が分からなかったので、最後まで言わせずにその場を去ったのだが、今宵もまた同じようなことを言われる恐れがある……。なんと言えば良いのだ?」

「では、こうしましょう」



 舞踏会には、近隣の国々の皇族が集っており、そこには一攫千金を狙った経済的目的を持った野暮な真似をする者や、男性経験のない金を持った女性目的の遊び人など、良くない輩も時々現れる。

 シーファは、その美貌から、よく男性に声をかけられる。

 ある時、シーファはそれが恐ろしくなったのか、舞踏会へ全く行かなくなった時期があった。

 しかし、国としてそれは好ましくないということで、ルーヴァンも舞踏会の会場内まで着いて行くこととなったのが始まり。

 そして今宵。ルーヴァンは初めて「護衛」ではなく「友」として彼女の隣を歩く。


「ルーヴァン、何故そんなに緊張しているのだ?」

「当たり前でしょう? 今迄と違う参加の仕方なのだから……」

「大丈夫。私の隣にピッタリくっついていれば変な輩はそう簡単に寄ってこないだろう?」

「いや、姫、それ自分に言い聞かせてますよね? 私に言ってないですよね?」

「……気にするな」

 そっと微笑む彼女から、ルーヴァンは視線を前にずらし、静かに溜息をつく。

 会場には、数々の美しく着飾った男女に、華やかに盛り付けられた料理など、ルーヴァンには「華やかだ」としか表現出来ない、キラキラと輝く世界が広がっていた。

 それをもう随分と見慣れたはずなのに緊張するのは、妙に意識してしまうからだろうか。

 と、我に帰ると、隣にいたはずのシーファが姿を消している。

 辺りを見渡すと、彼女は1人の男性に絡まれていた。

「姫君、お久しぶりですね」

「伯爵……お久しぶりでございます」

「そんな硬くならないで、名前で呼んで頂いても宜しいと先日申し上げましたのに……」

「そんな御無礼をはたらく訳にはいけません……」

「律儀だなぁ……。もう少し、羽目を外しても宜しいかと?」

 そう言って彼はシーファに酒を勧めた。ルーヴァンはそこに割って入ると、酒を代わりに受け取り、飲み干した。

「伯爵、そのような強い酒、彼女はお好みでないことをご存知無いのですか? 酒の力を借りなければ口説けないとは……」

「……っ。失礼ですが、何方でいらっしゃいますか? 君のような獣が来る場ではありませんよ?」

 彼は笑顔でそう言ったが、その目は笑っていない。

「それは貴方でしょう? 申し遅れましたが私、此方の姫君とお付き合いさせて頂いている者です」

 ルーヴァンは負けずに返す。視界の隅でシーファが一瞬目を見開いたが、嘘だと悟られないよう、彼の袖を握った。そのままルーヴァンは彼女の肩をそっと抱き寄せると、彼女は涼しげな表情で顔を上げた。

「ルーヴァン、このものを丸焼きにしてくださらないかしら?」

「……⁉︎ そ、それはなりませんよ、姫? 貴女は私だけを見ていてください。子豚は他の狼が食してくれるでしょうからね」

 ビックリした。まさか彼女があんな過激な発言をするとは思っていなかった。慌ててフォローしたが、多分フォローになっていなかった。

 その場に留まっているのも気不味いのでルーヴァンは彼女を連れて会場の隅へと移動する。

「何を仰っているのですか‼︎ もう少しご自身のお立場を御考え下さい!」

「……。そんなこと知らん。そんなことよりルーヴァン伯爵? 少しは踊りましょう?」

 彼女は微笑むと、ルーヴァンの手を引き、会場の中央へと向かった。

「あまり無理しないでくださいね」

 ルーヴァンも微笑むと、その手にそっと、キスをした。

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